BS世界のドキュメンタリー「地球の破壊者たち アフリカ サル密輸取り引きの闇」2026-02-11

2026年2月11日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー「地球の破壊者たち アフリカ サル密輸取り引きの闇」

2025年、フランス。

コンゴ民主共和国は、昔はベルギーの殖民地だったところだから、フランス語の国ということになる。そのこともあって、フランスの制作になっているのだろう。

アフリカの国(とは、限らないが)政府職員や国会議員などの腐敗ということについては、今さらおどろくことではない。それでも、ワシントン条約担当の役人が、動物の密輸出にかかわっているというのは、かなり衝撃的ではある。こうなると、ワシントン条約による保護など、まったく有名無実になる。

コンゴからサルの密輸出先は、中東、タイ、中国、ということだった。中東のお金持ちが飼うのか、あるいは、ここを経由して、ヨーロッパに送られるのか、どうなのだろうか。タイが経由地であり、多くは中国に送られるようである。

中国にテーマパークがあって、コンゴから、ゴリラが送られたらしいが、現地では確認できなかった。

おそらくは、長隆海洋王国、だろうと思う。検索してみると、いろんな生きものを飼育している、大規模な施設らしい。(ここで飼育されている生きものの由来は、はたしてどうなのだろか、気になるところであるが、はたして、日本のメディアで、取材する気概のあるところはあるだろうか。)

こういう施設の場合は、それでもなんとか取材することができるが、個人で買ってどこか人目につかないところで飼育しているような場合は、動物たちがどうなっているか、追跡調査することは不可能だろう。

日本は、税関が厳しいので、密輸入はかなり難しいかと思うが、それでも、時々、違法に生きものを持ち込もうとして捕まったということが、ニュースになる。いったい、どういう人が、そういう生きものを飼おうとするのだろうか。

しかしながら、賄賂も、密貿易も、これらをふくめて国の経済であり、国際的な経済である……ということも、現実にはあることかともいえよう。ただ、きれいごとですまない世界でもある。理想的には、コンゴの国民国家としての、政治的安定と経済ということになるにちがいないが。

2026年2月5日記

NHKアカデミア「篠田謙一(前編)古代DNA 私たちは何者か?」2026-02-11

2026年2月11日 當山日出夫

NHKアカデミア「篠田謙一(前編)古代DNA 私たちは何者か?」

録画してあったのをようやく見た。

現在の人類(ホモ・サピエンス)が、アフリカに起源をもち、今から6万年ぐらい前にアフリカを出て、世界に広がっていった。その過程で、他の人類……ネアンデルタール人やクロマニョン人など……と交雑して(生物学的には厳密にどういうべきか知らないのだが)、今の世界の状態になった。

日本人という概念は、学問によって定義がちがう……こんなことは、常識的なことだろうと思っていたのだが、今の時代は、そうではないらしい。いわゆる「日本人ファースト」ということばだけをとりあげて、そこで定義さえる日本人とはどういうものなのか、一義的にいえることなのか、その周縁にはさまざまなグレーな領域がある……ということに、まったく気を向けない人が、世の中の多数であることが、あきらかになった。どのような主張をするにせよ、基本的な思考のプロセスが、ものすごく短絡的になっていること、このことが大きな問題であると私は思う。日本人ファーストという言い方よりも、この思考の浅薄さが全体に蔓延していることの方を、私は憂うことになる。

その日本人をDNA解析の観点で見るならば、その起源はどこにもとめるべきか。純粋な日本人のDNAというものがあるということではない。大陸から、北方、朝鮮半島経由、南方から、いろんな方向から、重層的に時代ごとの積み重ねがあって、今の日本人ということになる。そして、そこで生まれた文化も、その担い手である人びとを、単純に定義できるわけではない。

こういうことは、日本の文化史ということを考えるときには、もはや常識的なことだと私は思っている。

だが、その一方で、近代的な国民国家として、想像の共同体のための幻想としては、何かが必要だろうとは思う。むしろ、DNA解析の結果がもたらすものは、近代的な民族や国家の枠組みを、人びとがどう再認識することになるのか、という論点であろう。

番組の中では、旧石器時代(今から4万年ぐらい前)から、縄文、弥生、古墳時代と出てきていたのだが、では、平安時代以降はどうなのだろうか。中世以降になれば、社会階層ごとに人骨のサンプルが採取可能かもしれないと思うのだが、これは、考古学、歴史学の分野で、どのようになっているのだろうか。

ほぼ同じDNAをもっているという面を強調するか、あるいは、同じDNAを持っている人間同士が、なぜ争うのかという面を見るのか、歴史や文化についての考え方はちがってくるにちがいない。ヨーロッパのうちで、カトリックとプロテスタントで争った時代があった(今でもある)ということは、DNAが同じ人間同士ということで、これからどう考えることになるのだろうか。

2026年2月9日記

ドキュメント20min.「写真家 浅田政志 “家族の15年”を撮る」2026-02-11

2026年2月11日 當山日出夫

ドキュメント20min. 写真家 浅田政志 “家族の15年”を撮る

家族の写真を撮るということから見えてくる、東日本大震災の後の人びとの生活ということである。記録写真ではなく、あらためて、一つのイベントのようにして、家族で写真を撮るということを設定するからこそ、その時点から振り返って過去のこと、これまでのことを思う……こういう気持ちになるだろうということは、理解できる。

見ながら思ったこととしては、自分の写真のこと。おそらく、私自身は、自分の写真がほとんど残っていない。家族との写真もほとんどない。

記録とか、資料とか、アーカイブとか……ということを、これまでにいろいろと考えることがあったせいかもしれないが、このことを、自分自身のこと(自分自身の記録であり、写真であり)については、意図的に考えないようにしてきたということがある。要するに、資料を残すとはこうあるべき、ということを、自分自身のことについて、あてはめて考えるのは、実に面倒なのである。

書いた論文とか、本とかは、しかるべきところに保管されて残ればいいと思っているだけである。

昔は、一つの論文を書くのに、その資料とか、草稿とか、発表のパワーポイントとか、まとめて保存しておいた。MOを使っていたが、これが無くなったので、DVD-Rに記録することにした。MOが便利だったのは、ラベルをプリントして貼っておける。物理的に、一枚ずつに分離して保管できる。DVD-Rの場合には、プリンタでラベル印刷をして、どの論文のデータや草稿などであるかを書いておくことになる。

今の時代だと、スマートフォンの時代になっているので、家族の折にふれての記録などは、家族の誰かのスマートフォンに写真が残っている、という時代になっている。(私自身は、スマートフォンは持っていない。)

写真が人びとの生活の中にはいってきて、一世紀ぐらいだろうか。子どもが産まれたとき、入学式、卒業式、それから、結婚式など、人生の節目ごとに、記念の写真を撮るようになった。それが、家族の記録として残されるようになった。写真と家族ということの、近代の歴史を考えることになる。

こういうことを考えると、なおさら、自分の場合はどうなのか、どうあるべきか、考えるのが、面倒になってくる。何もしないままに月日が過ぎてしまっている。

まあ、100年前までぐらい、写真などと無縁の生活を大多数の人びとがおくっていたのだから、今の時代だからといって、強いて写真を残すこともないだろう、と思ってみることになる。

人は生きた記録など残さず、歴史の積み重なりの中に溶け込んで消えていっていいものだと、思うことにしている。こういう考え方もあっていいだろう。

2026年2月7日記

新日本風土記「豪雪 八甲田」2026-02-11

2026年2月11日 當山日出夫

新日本風土記「豪雪 八甲田」

再放送である。2025年2月24日。

映画の『八甲田山』が公開されたのは、私が学生のころだった。今から、半世紀近く昔のことになる。この映画は映画館では見なかったが、最近、テレビで放送していたのを、全部というわけではないが見た。原作の新田次郎の『八甲田山死の彷徨』は、読んだ本である。

現代でも、青森の第9師団第5普通科連隊は、八甲田山で訓練をしている。(無論、第5連隊は、かつての陸軍の名称を引き継いでいる。)

幽霊の話しから始まっていたが、まだ、成仏しない霊がさまよっていてもおかしくない。

冬の八甲田は、簡単に人を寄せ付ける場所ではない。近年になって、道路ができて、除雪の機械などが発達したおかげで、酸ヶ湯にも、冬に人が行けるようになった。この除雪にかかわる人の仕事も、社会のインフラをささえる重要な仕事である。

酸ヶ湯は、名前は知っている。とにかく、雪のニュースがテレビであると、かならずといっていいほど名前の出てくる土地である。日本で最も積雪の多い地域ということになる。

八甲田山系の山の中の、夫婦二人でやっている温泉宿。こういう暮らしがあってもいいだろうと思うし、また、いったんこういう生活になると、街中の生活にもどるのは簡単なことではないかもしれない。薪を積んだ光景が映っていたが、尋常な量ではない。この薪割りも、この二人でやることになると、とても大変である。

酸ヶ湯温泉が、混浴ということだったが、昔は、多くの温泉がそうだったのだろうと思う。というよりも、男女をきちんと分けるようになったのが、かなり新しいことというべきだろうか。(こういう温泉なら、性別の自認など無関係に入ることができると言ったら、今の時代においては、暴論だろう。)

農地には適さないが、夏の間は、野菜を育てることができる。これはこれで、高付加価値の農業といえるかもしれない。

この農地を開拓した先人の努力は、敬服すべきものである。多くは、満州や樺太からの引き揚げ者であったという。日本には、この地域の他にも、こういう人たちによって開拓された土地が多くあるだろう。

興味深かったのは、こういう土地だと、ことばが標準語になるということ。子どもが、中学になって学校の友達と話しをして、津軽方言を知ることになる。(日本語学としては、旧外地……朝鮮、台湾、満州、南洋の島など……での日本語については、帝国主義的であるとして非常に否定的に見ることになる。だが、実際にその土地で、どのような日本語が使われていたのか、ということは、とても興味深いことである。)

出てきていなかったのが、水田。このような地域では、とても水田稲作は無理だろう。百姓=稲作、ということではない。江戸時代、中世までも、そうだったし、近代になってからもそうである。

農家の家の中が映っていたが、見ると本棚に本がかなりある。こういうのは、珍しいかと思う。(私自身は、国語学ということで勉強してきたこともあって、身の周りに本があるのが当たり前の生活をしているが、普通の人にとっては、かならずしもそうではないだろう。)

バックカントリーのスキーは、最近では、スキー場での遭難がニュースになる。スキー場の周囲では禁止にして、それと同時に、八甲田山のようなところで格別の体験ができるとして、高額の料金を取るのが、おそらく政策的には正しいのではないかと思える。

山の中の昔の温泉宿で、まだ温泉がつかえる……清水義範の作品に、秘湯をあつかったものがあったことを思い出した。

2026年2月7日記