3か月でマスターする人体「(5)腎臓が寿命を決める!?」 ― 2026-02-18
2026年2月18日 當山日出夫
3か月でマスターする人体「(5)腎臓が寿命を決める!?」
腎臓であるが……人体ではないけれど、最近、ネコの腎臓病の薬が実用化されるということがニュースになっていた。昔、飼っていたネコ、二匹の黒猫であるが、二匹とも、ほぼ同時に亡くなった。獣医さんにつれて行ったら、腎臓が悪いということだった。
人間の臓器に、寿命があるというのは、これは当然のことだろう。いつまで、働き続けることのできる臓器があるなら、それこそ不死ということになる。
興味深かったのは、臓器どうしのネットワークが人体の中ではたらいている、ということ。これは、一つの臓器の働きだけを見ていても分からないはずなので、それぞれの臓器の状態を調べることができるようになった、その技術があってということになるのだろう。
この臓器のネットワークに、人間の脳がどうかかわっているのか、いないのか、さらに詳しいことが知りたいところである。
私自身のことについてみれば、今のところ、健康診断や血液検査、尿検査などで、腎臓にかかわる異常は、言われていないので、まあまあ安心かな、というところである。
2026年2月12日記
3か月でマスターする人体「(5)腎臓が寿命を決める!?」
腎臓であるが……人体ではないけれど、最近、ネコの腎臓病の薬が実用化されるということがニュースになっていた。昔、飼っていたネコ、二匹の黒猫であるが、二匹とも、ほぼ同時に亡くなった。獣医さんにつれて行ったら、腎臓が悪いということだった。
人間の臓器に、寿命があるというのは、これは当然のことだろう。いつまで、働き続けることのできる臓器があるなら、それこそ不死ということになる。
興味深かったのは、臓器どうしのネットワークが人体の中ではたらいている、ということ。これは、一つの臓器の働きだけを見ていても分からないはずなので、それぞれの臓器の状態を調べることができるようになった、その技術があってということになるのだろう。
この臓器のネットワークに、人間の脳がどうかかわっているのか、いないのか、さらに詳しいことが知りたいところである。
私自身のことについてみれば、今のところ、健康診断や血液検査、尿検査などで、腎臓にかかわる異常は、言われていないので、まあまあ安心かな、というところである。
2026年2月12日記
BS世界のドキュメンタリー「“政治犯”にされて ―クレムリンに抗う声―」 ― 2026-02-18
2026年2月18日 當山日出夫
BS世界のドキュメンタリー「“政治犯”にされて ―クレムリンに抗う声―」
フランス、ベルギー、ドイツ。2025。
非常に天邪鬼な見方をするとであるが……こういう番組を取材して作れるということは、まだロシアという国は、自由があり民主的な価値観のある国なんだろうなあ、と感じる。これと同じようなこと、いやもっと酷いことは、おそらく、中国や北朝鮮でもあるにちがいないと思っているのだが、しかし、これらの国での言論弾圧があるとも、ないとも、あまり広く報じられることがない。あるにきまっているが、だまっているというのが、多くの日本のメディアである。
ロシアは、現在、世界の注目の国の一つだから、このような番組が作れる。世界には、ロシア以上に、独裁と腐敗の国家がたくさんあることだろう。
番組を見たかぎりでは、ロシアから出国の自由はある(らしい)。あまり適切ないいかたではないと思うが、ロシアが嫌いなら出ていっていい……ということである。こういう自由が保証されていない国も多くあると考えていいだろう。
とはいえ、この番組に出てきたような事例は、当局にとっては、みせしめ的なものだろうし、また、現実には闇から闇にほうむられるようなことも少なからずあるにちがいないとは思っている。そこは、皇帝であれ、共産党であれ、独裁と秘密警察の実績の積み重ねがある国である……いや、ロシアには独裁政治の歴史しかないといってもいいかもしれないが……まったくそれと気づかれないように、言論統制があり、邪魔者は排除される、ということがあってもおかしくない。
以前、NHKなど、香港の民主活動の動きを報じていたが、最近では、まったくなくなってしまった。本当の弾圧というのは、弾圧があるということを見せないでおこなうところにある、と理解していいだろう。ロシアのように見える形での統制がある国は、まだまとも(?)というべきかもしれない。
2026年2月17日記
BS世界のドキュメンタリー「“政治犯”にされて ―クレムリンに抗う声―」
フランス、ベルギー、ドイツ。2025。
非常に天邪鬼な見方をするとであるが……こういう番組を取材して作れるということは、まだロシアという国は、自由があり民主的な価値観のある国なんだろうなあ、と感じる。これと同じようなこと、いやもっと酷いことは、おそらく、中国や北朝鮮でもあるにちがいないと思っているのだが、しかし、これらの国での言論弾圧があるとも、ないとも、あまり広く報じられることがない。あるにきまっているが、だまっているというのが、多くの日本のメディアである。
ロシアは、現在、世界の注目の国の一つだから、このような番組が作れる。世界には、ロシア以上に、独裁と腐敗の国家がたくさんあることだろう。
番組を見たかぎりでは、ロシアから出国の自由はある(らしい)。あまり適切ないいかたではないと思うが、ロシアが嫌いなら出ていっていい……ということである。こういう自由が保証されていない国も多くあると考えていいだろう。
とはいえ、この番組に出てきたような事例は、当局にとっては、みせしめ的なものだろうし、また、現実には闇から闇にほうむられるようなことも少なからずあるにちがいないとは思っている。そこは、皇帝であれ、共産党であれ、独裁と秘密警察の実績の積み重ねがある国である……いや、ロシアには独裁政治の歴史しかないといってもいいかもしれないが……まったくそれと気づかれないように、言論統制があり、邪魔者は排除される、ということがあってもおかしくない。
以前、NHKなど、香港の民主活動の動きを報じていたが、最近では、まったくなくなってしまった。本当の弾圧というのは、弾圧があるということを見せないでおこなうところにある、と理解していいだろう。ロシアのように見える形での統制がある国は、まだまとも(?)というべきかもしれない。
2026年2月17日記
ETV特集「過疎のトンネルの先には」 ― 2026-02-18
2026年2月18日 當山日出夫
見ながら、なんとなく歯切れが悪いというか、言うべきことをはっきりと言わないですませているように感じるところが多くあった。
早川町は、いわゆる平成の大合併のときに、近隣の市町村と一緒にならない、という選択をした。まず、このときのことから、話しを始めておくべきだったかと思う。人口減少の先に、過疎の村や町がどうなるか、予測できたはずである。
番組の中で出てきて気になったのが、旧村一拠点、ということ。おそらくは、早川町になる前の、いくつかの村について、それぞれの村ごとに拠点となる施設を作るというこだろうと思う。調べてみると、早川町がいくつかの村の合併で町になったのが、1956年(昭和31年)である。今から、70年ほど前になる。それだけ時間がたっても、昔の村に別れていた時代の意識が残っていて、人びとの生活の中にある。こういう村の人びとなのだ、ということが、まずは問題なのかもしれない。(自分の生まれ育った土地への愛着は理解できるとしても、である。)
いいかえるならば、村全体のことを考えるという視点が、町の人びとに共有されるのかどうか、ということになる。昔の村ごとの対立(?)をかかえたままで、これからの人口減少の危機に、町全体としてたちむかえるとは思えない。
生活のインフラのことについては、番組に映っていた範囲では、きれいな道路が整備されている。二車線道路である。しかし、この道が、どこからどこまで通じているのか、山の奥の集落の方はどうなのか、ということが、現実には問題だろう。今の時代であれば、軽トラックが入っていけないようなところに、家を建てて住み続けることは、かなりの無理がある。
上水道の維持管理が負担になると出てきていたが、これなどは、この地域のかかえる問題の、氷山の一角というべきことだろう。当たり前のことだが、飲料水の確保できないところに、人間が定住することはほぼ無理である。
ジビエがビジネスとしては赤字である。だから、補助を今後もつづけるかどうか、考えることになる。事業単体で見れば、補助の打ち切り、という判断に傾くことになる。しかし、シカやイノシシの猟が無くなってしまうと、次の問題としては、増えすぎたシカやイノシシが、これから地域にとって、どういう存在になってくるのか、ということであるはずである。(これは容易に予測できることで、全国各地で問題になっていることだと思うのだが、番組で何もふれていないというのは、欺瞞的である。増えすぎたシカの問題については、一つの自治体のジビエの事業だけで考えることはできないはずである。)
番組では言っていなかったこととして、早川町では、自動車の乗り入れを制限している。町のHPにはっきりと書いてある。自然環境の保護のためである。これはこれで、意味のあることである。しかし、自動車の交通規制があるエリアで、観光などを軸に将来の展望を描くことは、かなり難しいかもしれない。それだけ、山林の自然を残して大切にしているということであるにはちがいない。その魅力と、町へのアクセスとは、両立が困難かもしれないし、大きな課題であるかと思う。このことまで、番組の中で言及するのは、あつかいきれないということで、まったくふれないであったのかとも思う。
一つの町の問題ではあるが、そこから、日本の過疎地域につながる一般的な問題点を考えることができる。昔の村の意識、増えすぎるシカやイノシシ(地域によっては、クマ)、交通のアクセスと働く場所、介護や福祉のこと、など、思いつくことなのだが、こういうことについては、番組の中で具体的に将来への計画、あるいは、それが無理だとして、その無理である理由……こういうことについては、触れることがほとんどなかった。
町を運営していくことの苦悩は、伝わってくるのだが、ただそれだけだったと思う。
考えられる町の生き残りは、幹線道路沿いに居住地を集約すること……それには農地や観光施設などもふくまれるかもしれないが……と思われるのだが(生活のインフラを維持するためにはこれしか方法がない)、これが無理なわけがあるのだろう。それは、おそらく、日本の多くの過疎の地域に共通することであるにちがいない。(こういうことこそ、いったい誰が言いだすのか、ということである。分かってはいるけれども、言いだせないでいることになるだろう。せいぜい苦悩する町長の姿を映すだけにとどまる。)
そして、どうでもいいことかもしれないが、町の人口にくらべて、町役場の規模が大きいように思えたのだが、はたしてどうなのだろうか。まだ人口があった時代の組織と設備をそのまま引き継いでいるということかとも思うが、まず、手を着けるべきところかもしれない。
2026年2月16日記
見ながら、なんとなく歯切れが悪いというか、言うべきことをはっきりと言わないですませているように感じるところが多くあった。
早川町は、いわゆる平成の大合併のときに、近隣の市町村と一緒にならない、という選択をした。まず、このときのことから、話しを始めておくべきだったかと思う。人口減少の先に、過疎の村や町がどうなるか、予測できたはずである。
番組の中で出てきて気になったのが、旧村一拠点、ということ。おそらくは、早川町になる前の、いくつかの村について、それぞれの村ごとに拠点となる施設を作るというこだろうと思う。調べてみると、早川町がいくつかの村の合併で町になったのが、1956年(昭和31年)である。今から、70年ほど前になる。それだけ時間がたっても、昔の村に別れていた時代の意識が残っていて、人びとの生活の中にある。こういう村の人びとなのだ、ということが、まずは問題なのかもしれない。(自分の生まれ育った土地への愛着は理解できるとしても、である。)
いいかえるならば、村全体のことを考えるという視点が、町の人びとに共有されるのかどうか、ということになる。昔の村ごとの対立(?)をかかえたままで、これからの人口減少の危機に、町全体としてたちむかえるとは思えない。
生活のインフラのことについては、番組に映っていた範囲では、きれいな道路が整備されている。二車線道路である。しかし、この道が、どこからどこまで通じているのか、山の奥の集落の方はどうなのか、ということが、現実には問題だろう。今の時代であれば、軽トラックが入っていけないようなところに、家を建てて住み続けることは、かなりの無理がある。
上水道の維持管理が負担になると出てきていたが、これなどは、この地域のかかえる問題の、氷山の一角というべきことだろう。当たり前のことだが、飲料水の確保できないところに、人間が定住することはほぼ無理である。
ジビエがビジネスとしては赤字である。だから、補助を今後もつづけるかどうか、考えることになる。事業単体で見れば、補助の打ち切り、という判断に傾くことになる。しかし、シカやイノシシの猟が無くなってしまうと、次の問題としては、増えすぎたシカやイノシシが、これから地域にとって、どういう存在になってくるのか、ということであるはずである。(これは容易に予測できることで、全国各地で問題になっていることだと思うのだが、番組で何もふれていないというのは、欺瞞的である。増えすぎたシカの問題については、一つの自治体のジビエの事業だけで考えることはできないはずである。)
番組では言っていなかったこととして、早川町では、自動車の乗り入れを制限している。町のHPにはっきりと書いてある。自然環境の保護のためである。これはこれで、意味のあることである。しかし、自動車の交通規制があるエリアで、観光などを軸に将来の展望を描くことは、かなり難しいかもしれない。それだけ、山林の自然を残して大切にしているということであるにはちがいない。その魅力と、町へのアクセスとは、両立が困難かもしれないし、大きな課題であるかと思う。このことまで、番組の中で言及するのは、あつかいきれないということで、まったくふれないであったのかとも思う。
一つの町の問題ではあるが、そこから、日本の過疎地域につながる一般的な問題点を考えることができる。昔の村の意識、増えすぎるシカやイノシシ(地域によっては、クマ)、交通のアクセスと働く場所、介護や福祉のこと、など、思いつくことなのだが、こういうことについては、番組の中で具体的に将来への計画、あるいは、それが無理だとして、その無理である理由……こういうことについては、触れることがほとんどなかった。
町を運営していくことの苦悩は、伝わってくるのだが、ただそれだけだったと思う。
考えられる町の生き残りは、幹線道路沿いに居住地を集約すること……それには農地や観光施設などもふくまれるかもしれないが……と思われるのだが(生活のインフラを維持するためにはこれしか方法がない)、これが無理なわけがあるのだろう。それは、おそらく、日本の多くの過疎の地域に共通することであるにちがいない。(こういうことこそ、いったい誰が言いだすのか、ということである。分かってはいるけれども、言いだせないでいることになるだろう。せいぜい苦悩する町長の姿を映すだけにとどまる。)
そして、どうでもいいことかもしれないが、町の人口にくらべて、町役場の規模が大きいように思えたのだが、はたしてどうなのだろうか。まだ人口があった時代の組織と設備をそのまま引き継いでいるということかとも思うが、まず、手を着けるべきところかもしれない。
2026年2月16日記
最近のコメント