「愛と哀しみの“現代のルパン”〜僕と彼女の屋根裏美術館〜」2024-09-21

2024年9月21日 當山日出夫

ダークサイドミステリー 愛と哀しみの“現代のルパン”〜僕と彼女の屋根裏美術館〜

この事件のことは、日本であまり大きく報じられることはなかったかと思う。私は、この事件について記憶していない。

見ていて興味深かったことがいくつかある。フランスには、美術品の盗難などを専門にあつかう部署がある。日本ではどうだろうか。そもそも美術品の盗難ということが珍しいかもしれない。

番組のなかで、犯人たちが盗みをはたらいた美術館を地図で示してあったが、お城がけっこうあった。私は、ヨーロッパの美術館めぐりなどしたことはない。西欧美術に造詣のある人なら当たり前に知っていることなのかもしれないが、たくさんお城が残っていて、それが美術品を展示しているということを、この番組で知ったというのが実際のところである。これらの美術品は、どういう来歴で、現在の所有権とかはどうなっているのだろうか。おそらく、昔なら、領主様とか貴族の所有ということだったのだろうと思ってみるのだが。

それにしても、ああも簡単に盗み出せるものなのかと、ちょっと驚く。今なら、監視カメラも高性能になっているので、難しくなっているかと思うが。

盗まれた美術品のうち、絵画などは、犯人の母親によって燃やされてしまったというのは、なんとも惜しい話しである。

どうでもいいことだが、番組の中でつかわれていたBGMが、なるほどその場面でこの曲を使うのかと、笑いながら見ていたということもある。

2024年9月19日記

「微生物の狩人 北里柴三郎の挑戦」2024-09-21

2024年9月21日 當山日出夫

英雄たちの選択 「微生物の狩人 北里柴三郎の挑戦」

再放送なのだが、今のNHKの番組HPを見ても最初の放送がいつだったか書いていない。磯田道史が、所属が静岡文化芸術大学だったころのことになる。

おそらく今から数年以上前の制作であるが、今になって見てみると、おそらくその時には思わなかっただろうことを思うことになる。言うまでもなく、二〇二〇年からのCOVID-19パンデミックである。このことをふまえて見ることになるので、なるほど、この番組ではいいことを言っていたなと感じるところがいくつかある。

何よりも、中村桂子が、まだ知られていない病原菌やウイルスなどが、世界中で流行する可能性があり、それに対する対応の必要を語っていたことである。COVID-19の起源は、何であるか分からないというのが、一般的な理解かと思うが、少なくとも世界的な流行の震源地になったのは、中国であることは確かである。

北里柴三郎の時代、一九世紀の後半の科学の時代ということになるが、この時代、科学がすぐに実学に結びつくというところがあった、というのは、そういうものかと思う。北里柴三郎が、破傷風菌の培養に成功して、それが、すぐに血清の製造として、治療法につながったことになる。

実学が、Howを問うものであるのに対して、科学は、Whyを問うものである。これは、そうかなと思うが、さらに、北里柴三郎の時代では、それをWhatとして示すことに意味があった。具体的に、病原菌はこれだと、突き止めて見せることに意味があった。なるほど、そういうものかなと思うところがあった。

科学について語るとき、科学技術としてテクノロジーと一緒にされることが多い。この両者は、たしかに強い結びつきの関係にはあるだろう。だが、純粋な知的好奇心にもとづく科学ということを考えることもある。私としては、すぐに実学に結びつくものではない、知的好奇心の結晶としての科学への探究心というものを大切にしたいという立場でいるのだが、しかし、それが実際に世の中の人のために役立つという視点も、また必要なことだろうとは思う。

今の時代は、科学、サイエンスの方法論が、あまりに窮屈になってしまってきていると感じるところがある。(私のわかる範囲でも、人文学の研究で、安易に「仮説」ということばを使い過ぎるように思える。サイエンスの方法論だけが、学問の方法論ではないと、私は思うのであるが。)

番組の趣旨に沿っていうならば、実学と結びついた基礎的な科学の探究、これが今の日本で、どれほど根づいているのか、こころもとないという気になる。具体的には、COVID-19ワクチンの開発が、日本では出来なかったということがある。感染症対策については、結果としては、そう悪くはなかったかと思うのだが、その政治的決定が、どれほど科学的な専門的知見に裏付けされたものであったかは、これからの検証ということになるだろか。

帝国大学に限らないが、大学のなかでの序列を競うようなところからは、独創的な研究は生まれない。今から一〇年ほど前の番組で言っていることが、今の日本では、その泥沼から抜け出せないでいる。形式的な指標によるものだが、日本の科学の世界的な発信力は低下の一方である。

少なくとも、金は出すが口は出さない……この当たり前のことを守るべきである。だが、それも、貧すれば鈍す、余力のない状態では難しくなってきているかと思う。

NHKには、子どもが目を輝かせて見入るような、自然や科学についての番組をこれから期待したいところである。磯田道史が語っていたように、子どものころ「鉄腕アトム」は、科学への夢があった。それが、今の少年漫画ではどうだろうか。もうSF漫画など過去のものなのだろうか。最近のものでは、「鬼滅の刃」など科学とはどうも関係がなさそうである。(私は読んでいないので何ともいえないが。)

いわゆる理系、文系を問わず、知的好奇心を刺激してそだて、それが、実学として世の中の人のためになることを考える、これからの教育のあらゆる場面で、考えなければならないことにちがいない。

2024年9月9日記