ETV特集「こうして僕らは戦士になった ミャンマー“学生部隊”の素顔」 ― 2026-04-02
2026年4月2日 當山日出夫
ETV特集「こうして僕らは戦士になった ミャンマー“学生部隊”の素顔」
非暴力こそが「正しさ」である、というのは幻想にすぎないと、思い知るべきだろう。すくなくとも、そうは考えない人がいることも認めなければならない。
こういうのが、現実的な判断というべきで、これを、理想的な(観念的なというべきか)非暴力主義で批判することは、筋がちがうと私には思える。キング牧師の言ったことは、それはそれで理想であるとしても、実際には、マルコムXの存在を抜きにして、アメリカの黒人の人権問題の歴史は、語れないだろう。(とはいえ、ガンディーのような人間の生き方もあるべきだとは思うのだが。)
ミャンマーについては、どうしても、軍のクーデターと、その後の軍による独裁政権ということを批判的に見ることになる。そういうことは確かにあるとしても、たとえ欺瞞でしかないとしても、選挙をおこなっていることは、それなりに国家としての秩序が保たれているということもあるだろう。
道路には、自動車が走っているし、マーケットではものを売っている。これが、自動車も走らないし、人はまったくいないし、お店にお売る商品もない……ということだったら、また、別の問題である。
だからといって、今の軍政を肯定することはない。
しかし、ミャンマーが、近代的な国民国家として統合されて、民主的に国家の運営がなされるべき……これは、(日本から見れば)理想であるとしても、どれほど現実的なことなのかとも思う。特に、少数民族が武力抗争をくりひろげている状態では、とにもかくにも、いったんは、強権的な武力で統合してしまうしかない……のかもしれない。民主的で平和的な手続きだけで、武力抗争を終わらせることができるとすると、かなり楽観的にすぎるように思えてならない。まったく不可能だとは思わないけれど。(アラブの春のその後とか、中南米のこととか、いろいろ思うことになるが。)
実際問題としては、ミャンマーがお金持ちの国になって、その富が、地方の人びとにも行きわたるようになれば……ということになるのかとも思う。しかし、それが実現するとしても、かなり遠い将来のことであろう。
ところで、奥地にひそんで戦闘をつづけている学生たちだが、通信につかっているのは、普通のスマートフォンのようである。この場合、通信回線は、どういうのを利用しているのだろうか。それから、スマートフォンの使用が、敵(別に政府軍とはかぎらない)に傍受されることはないのだろうか。
学生たちの軍事費(?)は、寄付などでまかなっているらしい。これも、ミャンマーの山奥で、キャッシュレス決済など使えると思えないし、現金などを使うということになるのだろうか。どういう経済圏の中で生活して、戦っているのだろうか。
その専門家が見れば、持っている銃などが、どこの製造のものか分かるにちがいない。その流通ルートから、さらにその背後にある、いろんな国際的な、ブラックなマーケットとネットワークが見えてくるのかとも思う。
2026年3月31日記
ETV特集「こうして僕らは戦士になった ミャンマー“学生部隊”の素顔」
非暴力こそが「正しさ」である、というのは幻想にすぎないと、思い知るべきだろう。すくなくとも、そうは考えない人がいることも認めなければならない。
こういうのが、現実的な判断というべきで、これを、理想的な(観念的なというべきか)非暴力主義で批判することは、筋がちがうと私には思える。キング牧師の言ったことは、それはそれで理想であるとしても、実際には、マルコムXの存在を抜きにして、アメリカの黒人の人権問題の歴史は、語れないだろう。(とはいえ、ガンディーのような人間の生き方もあるべきだとは思うのだが。)
ミャンマーについては、どうしても、軍のクーデターと、その後の軍による独裁政権ということを批判的に見ることになる。そういうことは確かにあるとしても、たとえ欺瞞でしかないとしても、選挙をおこなっていることは、それなりに国家としての秩序が保たれているということもあるだろう。
道路には、自動車が走っているし、マーケットではものを売っている。これが、自動車も走らないし、人はまったくいないし、お店にお売る商品もない……ということだったら、また、別の問題である。
だからといって、今の軍政を肯定することはない。
しかし、ミャンマーが、近代的な国民国家として統合されて、民主的に国家の運営がなされるべき……これは、(日本から見れば)理想であるとしても、どれほど現実的なことなのかとも思う。特に、少数民族が武力抗争をくりひろげている状態では、とにもかくにも、いったんは、強権的な武力で統合してしまうしかない……のかもしれない。民主的で平和的な手続きだけで、武力抗争を終わらせることができるとすると、かなり楽観的にすぎるように思えてならない。まったく不可能だとは思わないけれど。(アラブの春のその後とか、中南米のこととか、いろいろ思うことになるが。)
実際問題としては、ミャンマーがお金持ちの国になって、その富が、地方の人びとにも行きわたるようになれば……ということになるのかとも思う。しかし、それが実現するとしても、かなり遠い将来のことであろう。
ところで、奥地にひそんで戦闘をつづけている学生たちだが、通信につかっているのは、普通のスマートフォンのようである。この場合、通信回線は、どういうのを利用しているのだろうか。それから、スマートフォンの使用が、敵(別に政府軍とはかぎらない)に傍受されることはないのだろうか。
学生たちの軍事費(?)は、寄付などでまかなっているらしい。これも、ミャンマーの山奥で、キャッシュレス決済など使えると思えないし、現金などを使うということになるのだろうか。どういう経済圏の中で生活して、戦っているのだろうか。
その専門家が見れば、持っている銃などが、どこの製造のものか分かるにちがいない。その流通ルートから、さらにその背後にある、いろんな国際的な、ブラックなマーケットとネットワークが見えてくるのかとも思う。
2026年3月31日記
おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 心を織るよろこび 染織家 平良敏子」 ― 2026-04-02
2026年4月2日 當山日出夫
おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 心を織るよろこび 染織家 平良敏子」
沖縄の芭蕉布についてである。芭蕉布というのは、実物を見たことはあるかとも思うが、触ったりしたことはない。こういうのを見ると、柳田国男の「木綿以前の事」を思う。木綿が普及する以前の、昔の布ということになるが、その土地の気候風土からすると、木綿が沖縄にふさわしい布地がどうかは、また考えることになるかと思う。
その織物の仕事とは関係ないことかもしれないが、ちょっとだけ名前が出てきていたのが、大原総一郎。平良敏子は、若いときに倉敷の紡績の会社で働いていたとあった。大原総一郎は、大原美術館に名前を残している。また、大原社会問題研究所もかかわっている。柳宗悦との関係もある。大原総一郎という人物がいて、平良敏子の仕事もあるということでいいのだろう。
芭蕉布については、その染色の技術や染料の歴史というようなことも気になる。あまり、美術とは関係ないことかもしれないが、このようなことを考えてみたくなる。無粋だということは承知しているのであるが。
映っているのを見ると、その手仕事の技は見事である。こういう仕事は、残ってほしいものだと思う。
2026年3月30日記
おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 心を織るよろこび 染織家 平良敏子」
沖縄の芭蕉布についてである。芭蕉布というのは、実物を見たことはあるかとも思うが、触ったりしたことはない。こういうのを見ると、柳田国男の「木綿以前の事」を思う。木綿が普及する以前の、昔の布ということになるが、その土地の気候風土からすると、木綿が沖縄にふさわしい布地がどうかは、また考えることになるかと思う。
その織物の仕事とは関係ないことかもしれないが、ちょっとだけ名前が出てきていたのが、大原総一郎。平良敏子は、若いときに倉敷の紡績の会社で働いていたとあった。大原総一郎は、大原美術館に名前を残している。また、大原社会問題研究所もかかわっている。柳宗悦との関係もある。大原総一郎という人物がいて、平良敏子の仕事もあるということでいいのだろう。
芭蕉布については、その染色の技術や染料の歴史というようなことも気になる。あまり、美術とは関係ないことかもしれないが、このようなことを考えてみたくなる。無粋だということは承知しているのであるが。
映っているのを見ると、その手仕事の技は見事である。こういう仕事は、残ってほしいものだと思う。
2026年3月30日記
ビストロボイス「ミュージカルと歌舞伎の声「城田優×山寺宏一×尾上松也」EP2」 ― 2026-04-02
2026年4月2日 當山日出夫
ビストロボイス「ミュージカルと歌舞伎の声「城田優×山寺宏一×尾上松也」EP2」
これは、ものすごく面白かった。
エンタテイメントはどういうものか、その本質にせまる内容だった。
私は、ミュージカルも歌舞伎も見ない生活をしている、もう世捨て人の老人であると思っているのだが、芸談として見ていて、う~ん、なるほどなあ、と深く思うところがあった。
ミュージカルでも、歌舞伎でも、その舞台の全体を見わたして、どの時点でどれぐらいの声の使い方をすればいいのか、計算していないといけない。でないと、最後になると疲れてしまうし、次の公演にもさしつかえる。こういうものなのだろうなあ、と思う。スポーツ選手でも、陸上や水泳などだと、コースの全体の中でのちからの配分ができないといけない、ということと同じようなことかとも思う。常に全力を出せばいいというものではない。
(しかし、その一方で、自分でも意識しないうちに勝手に体が動いている、ということもあるのだろうとも思う。芸術の神様が微笑んでくれたときである。こういうことについては、言及がなかったが。)
声がいいということは役者にとってとても大事なことだが、それに頼ってはいけない。
声優としての仕事として、いったい誰の声なのか分からないのが理想である、という。これも、そうなのだろうと思う。今の時代、声優という仕事がメジャーになりすぎてしまって、この声は誰の声であるか、このアニメでは誰が声優であるのか、それが、その作品の重要な要素のように広告されていたりする。これも時代の流れとしてそうなのかとも思うが、見ている側としては、誰の声であるか、意識しないで見るというのが、一つのあるべき姿かもしれない。(その意味では、舞台やドラマの役であっても、誰が演じているか関係がないという見方もあっていいのかと思う。おそらく、至高の芸というのは、演者を超えたところに存在すると言っていいのかととも思う。)
実写ドラマの声の方が、アニメよりも難しいというのは、そうかなと思う。すでに完成したドラマの声の部分だけ、変えることになる。これを、オリジナルの役者の声の真似から考えるというのは、役者(演技する者)としての声優の仕事というものの本質なのだろう。
もう今では、外国のドラマの日本語吹き替えというのは、少なくなった。NHKで放送しているものが、いくつかあるぐらいだろうか。個人的経験としては、「コンバット」のサンダース軍曹とか、「スパイ大作戦」のフィリックスなどは、どうしても、その日本語の声とワンセットで、記憶にしみついている。
2026年3月31日記
ビストロボイス「ミュージカルと歌舞伎の声「城田優×山寺宏一×尾上松也」EP2」
これは、ものすごく面白かった。
エンタテイメントはどういうものか、その本質にせまる内容だった。
私は、ミュージカルも歌舞伎も見ない生活をしている、もう世捨て人の老人であると思っているのだが、芸談として見ていて、う~ん、なるほどなあ、と深く思うところがあった。
ミュージカルでも、歌舞伎でも、その舞台の全体を見わたして、どの時点でどれぐらいの声の使い方をすればいいのか、計算していないといけない。でないと、最後になると疲れてしまうし、次の公演にもさしつかえる。こういうものなのだろうなあ、と思う。スポーツ選手でも、陸上や水泳などだと、コースの全体の中でのちからの配分ができないといけない、ということと同じようなことかとも思う。常に全力を出せばいいというものではない。
(しかし、その一方で、自分でも意識しないうちに勝手に体が動いている、ということもあるのだろうとも思う。芸術の神様が微笑んでくれたときである。こういうことについては、言及がなかったが。)
声がいいということは役者にとってとても大事なことだが、それに頼ってはいけない。
声優としての仕事として、いったい誰の声なのか分からないのが理想である、という。これも、そうなのだろうと思う。今の時代、声優という仕事がメジャーになりすぎてしまって、この声は誰の声であるか、このアニメでは誰が声優であるのか、それが、その作品の重要な要素のように広告されていたりする。これも時代の流れとしてそうなのかとも思うが、見ている側としては、誰の声であるか、意識しないで見るというのが、一つのあるべき姿かもしれない。(その意味では、舞台やドラマの役であっても、誰が演じているか関係がないという見方もあっていいのかと思う。おそらく、至高の芸というのは、演者を超えたところに存在すると言っていいのかととも思う。)
実写ドラマの声の方が、アニメよりも難しいというのは、そうかなと思う。すでに完成したドラマの声の部分だけ、変えることになる。これを、オリジナルの役者の声の真似から考えるというのは、役者(演技する者)としての声優の仕事というものの本質なのだろう。
もう今では、外国のドラマの日本語吹き替えというのは、少なくなった。NHKで放送しているものが、いくつかあるぐらいだろうか。個人的経験としては、「コンバット」のサンダース軍曹とか、「スパイ大作戦」のフィリックスなどは、どうしても、その日本語の声とワンセットで、記憶にしみついている。
2026年3月31日記
映像の世紀バタフライエフェクト「昭和天皇 前編 立憲君主から現人神へ」 ― 2026-04-02
2026年4月2日 當山日出夫
映像の世紀バタフライエフェクト 昭和天皇 前編 立憲君主から現人神へ
最後まで見て、名前があがっていたのは、古川隆久、梶田明宏、一ノ瀬俊也。昭和の歴史、それも昭和天皇のこととなると、こういう人選になるかなと思う。(あまり、こういうところまで見る人は少ないかなとは思っているが。他にも、昭和史、近代天皇史の専門家の名前は、思いうかぶが。)
番組では、天皇機関説について、昭和天皇自身はそれを肯定する立場であったと言っていたが、これは、近代史の常識だろうと思っている。さらには、昭和の戦前までの時代であっても、高級官僚など、国家の枢要に位置する人たち、知識人の一部にとっては、美濃部達吉の天皇機関説は、ごく普通の考え方であったはずである。
しかし、一般の庶民については、絶対的な天皇制ということが、強制されていたというのが、基本的な理解でいいかと思う。だからこそ、戦後になってからの、天皇制をめぐる、さまざまな言説が問題となるということだと思っている。
ここで、上杉慎吉とか、箕田胸喜の名前を出すこともなかっただろう。
昭和天皇について語るとき、昭和天皇自身がどんな人物であったのかということと、(明治憲法の)その天皇制という制度のもとで、国家の指導者や軍がどのように考えて行動したか、ということとは、とりあえず分けて考えるべきだと思っている。
しかし、これも、西欧の目から見れば、ヒトラーとムッソリーニと昭和天皇がならんであつかわれるのは、歴史の流れとしていたしかたないことではあるだろう。近年だと、これにスターリンがならぶことになるかもしれない。(どういう人物で歴史を語ることになるのかということは、歴史とともに変わる。)
昭和天皇が、ヨーロッパ外遊のときが、生涯の花だったと語ったことは、よく知られていることだと思っている。そのときの、パリの地下鉄の切符が残っているのは、とても興味深い。
映像資料として興味深かったのは、明治宮殿の内部の写真であるし、また、戦争の末期につかわれた御文庫の内部。終戦の聖断が下された場所である。今から10年ほど前の映像だったが、荒廃していた。これは、今はどうなっているのだろうか。
昭和天皇について語っていながら、現在の上皇さまについても、さりげなく触れている。そういえば、その軍服姿を見たことがない。
生物学者、博物学者としての、昭和天皇のことは、もっと知られていいことだと思っている。(以前は、伊勢の海の博物館に、昭和天皇が相模湾の調査のときに使った船が展示されていたのだが、これは、今はどうなっているだろうか。)
特攻ということに、ことさら気持ちを寄せていることは、そういうことなのだろうと思うが、ただ、日本の社会において、ことさらに特攻を美談として語ることには、私は反対である。しかし、その軍人たちの意志や気持ちは、最大限、尊重されなければならないとも思う。(また、他の、戦死者、民間の犠牲者についても、同様であるべきだが。)
毎回、見て思うのだが、特攻機がアメリカ軍の軍艦に突入していく様子が、カラーフィルムで記録されている。こういう記録を残していた、アメリカ軍は、やはりすごいとしかいいようがないと感じるところである。(他に適当な表現が思いうかばないのだが。)
昭和天皇が、自らの意志を明示して政治を動かすことになったのは、二・二六事件のときと、終戦のときと、言われている。それに加えて、昭和3年の田中義一内閣のときのことも、昭和の歴史を考えるうえでは重要なポイントになる。
加藤陽子の『昭和天皇と戦争の世紀』は読んだ本であるが、もう一回読んでみようかと思っている。
どうでもいいことだが、制度的な制約とはいえ、「平成天皇」とか「令和天皇」ということばを使うことが許されないのは、こういう時代のことを語るときに、なんとなく不自由である。見ながら、頭の中で、こっそりと変換して理解することになっている。
2026年3月31日記
映像の世紀バタフライエフェクト 昭和天皇 前編 立憲君主から現人神へ
最後まで見て、名前があがっていたのは、古川隆久、梶田明宏、一ノ瀬俊也。昭和の歴史、それも昭和天皇のこととなると、こういう人選になるかなと思う。(あまり、こういうところまで見る人は少ないかなとは思っているが。他にも、昭和史、近代天皇史の専門家の名前は、思いうかぶが。)
番組では、天皇機関説について、昭和天皇自身はそれを肯定する立場であったと言っていたが、これは、近代史の常識だろうと思っている。さらには、昭和の戦前までの時代であっても、高級官僚など、国家の枢要に位置する人たち、知識人の一部にとっては、美濃部達吉の天皇機関説は、ごく普通の考え方であったはずである。
しかし、一般の庶民については、絶対的な天皇制ということが、強制されていたというのが、基本的な理解でいいかと思う。だからこそ、戦後になってからの、天皇制をめぐる、さまざまな言説が問題となるということだと思っている。
ここで、上杉慎吉とか、箕田胸喜の名前を出すこともなかっただろう。
昭和天皇について語るとき、昭和天皇自身がどんな人物であったのかということと、(明治憲法の)その天皇制という制度のもとで、国家の指導者や軍がどのように考えて行動したか、ということとは、とりあえず分けて考えるべきだと思っている。
しかし、これも、西欧の目から見れば、ヒトラーとムッソリーニと昭和天皇がならんであつかわれるのは、歴史の流れとしていたしかたないことではあるだろう。近年だと、これにスターリンがならぶことになるかもしれない。(どういう人物で歴史を語ることになるのかということは、歴史とともに変わる。)
昭和天皇が、ヨーロッパ外遊のときが、生涯の花だったと語ったことは、よく知られていることだと思っている。そのときの、パリの地下鉄の切符が残っているのは、とても興味深い。
映像資料として興味深かったのは、明治宮殿の内部の写真であるし、また、戦争の末期につかわれた御文庫の内部。終戦の聖断が下された場所である。今から10年ほど前の映像だったが、荒廃していた。これは、今はどうなっているのだろうか。
昭和天皇について語っていながら、現在の上皇さまについても、さりげなく触れている。そういえば、その軍服姿を見たことがない。
生物学者、博物学者としての、昭和天皇のことは、もっと知られていいことだと思っている。(以前は、伊勢の海の博物館に、昭和天皇が相模湾の調査のときに使った船が展示されていたのだが、これは、今はどうなっているだろうか。)
特攻ということに、ことさら気持ちを寄せていることは、そういうことなのだろうと思うが、ただ、日本の社会において、ことさらに特攻を美談として語ることには、私は反対である。しかし、その軍人たちの意志や気持ちは、最大限、尊重されなければならないとも思う。(また、他の、戦死者、民間の犠牲者についても、同様であるべきだが。)
毎回、見て思うのだが、特攻機がアメリカ軍の軍艦に突入していく様子が、カラーフィルムで記録されている。こういう記録を残していた、アメリカ軍は、やはりすごいとしかいいようがないと感じるところである。(他に適当な表現が思いうかばないのだが。)
昭和天皇が、自らの意志を明示して政治を動かすことになったのは、二・二六事件のときと、終戦のときと、言われている。それに加えて、昭和3年の田中義一内閣のときのことも、昭和の歴史を考えるうえでは重要なポイントになる。
加藤陽子の『昭和天皇と戦争の世紀』は読んだ本であるが、もう一回読んでみようかと思っている。
どうでもいいことだが、制度的な制約とはいえ、「平成天皇」とか「令和天皇」ということばを使うことが許されないのは、こういう時代のことを語るときに、なんとなく不自由である。見ながら、頭の中で、こっそりと変換して理解することになっている。
2026年3月31日記
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