ビストロボイス「ミュージカルと歌舞伎の声「城田優×山寺宏一×尾上松也」EP2」 ― 2026-04-02
2026年4月2日 當山日出夫
ビストロボイス「ミュージカルと歌舞伎の声「城田優×山寺宏一×尾上松也」EP2」
これは、ものすごく面白かった。
エンタテイメントはどういうものか、その本質にせまる内容だった。
私は、ミュージカルも歌舞伎も見ない生活をしている、もう世捨て人の老人であると思っているのだが、芸談として見ていて、う~ん、なるほどなあ、と深く思うところがあった。
ミュージカルでも、歌舞伎でも、その舞台の全体を見わたして、どの時点でどれぐらいの声の使い方をすればいいのか、計算していないといけない。でないと、最後になると疲れてしまうし、次の公演にもさしつかえる。こういうものなのだろうなあ、と思う。スポーツ選手でも、陸上や水泳などだと、コースの全体の中でのちからの配分ができないといけない、ということと同じようなことかとも思う。常に全力を出せばいいというものではない。
(しかし、その一方で、自分でも意識しないうちに勝手に体が動いている、ということもあるのだろうとも思う。芸術の神様が微笑んでくれたときである。こういうことについては、言及がなかったが。)
声がいいということは役者にとってとても大事なことだが、それに頼ってはいけない。
声優としての仕事として、いったい誰の声なのか分からないのが理想である、という。これも、そうなのだろうと思う。今の時代、声優という仕事がメジャーになりすぎてしまって、この声は誰の声であるか、このアニメでは誰が声優であるのか、それが、その作品の重要な要素のように広告されていたりする。これも時代の流れとしてそうなのかとも思うが、見ている側としては、誰の声であるか、意識しないで見るというのが、一つのあるべき姿かもしれない。(その意味では、舞台やドラマの役であっても、誰が演じているか関係がないという見方もあっていいのかと思う。おそらく、至高の芸というのは、演者を超えたところに存在すると言っていいのかととも思う。)
実写ドラマの声の方が、アニメよりも難しいというのは、そうかなと思う。すでに完成したドラマの声の部分だけ、変えることになる。これを、オリジナルの役者の声の真似から考えるというのは、役者(演技する者)としての声優の仕事というものの本質なのだろう。
もう今では、外国のドラマの日本語吹き替えというのは、少なくなった。NHKで放送しているものが、いくつかあるぐらいだろうか。個人的経験としては、「コンバット」のサンダース軍曹とか、「スパイ大作戦」のフィリックスなどは、どうしても、その日本語の声とワンセットで、記憶にしみついている。
2026年3月31日記
ビストロボイス「ミュージカルと歌舞伎の声「城田優×山寺宏一×尾上松也」EP2」
これは、ものすごく面白かった。
エンタテイメントはどういうものか、その本質にせまる内容だった。
私は、ミュージカルも歌舞伎も見ない生活をしている、もう世捨て人の老人であると思っているのだが、芸談として見ていて、う~ん、なるほどなあ、と深く思うところがあった。
ミュージカルでも、歌舞伎でも、その舞台の全体を見わたして、どの時点でどれぐらいの声の使い方をすればいいのか、計算していないといけない。でないと、最後になると疲れてしまうし、次の公演にもさしつかえる。こういうものなのだろうなあ、と思う。スポーツ選手でも、陸上や水泳などだと、コースの全体の中でのちからの配分ができないといけない、ということと同じようなことかとも思う。常に全力を出せばいいというものではない。
(しかし、その一方で、自分でも意識しないうちに勝手に体が動いている、ということもあるのだろうとも思う。芸術の神様が微笑んでくれたときである。こういうことについては、言及がなかったが。)
声がいいということは役者にとってとても大事なことだが、それに頼ってはいけない。
声優としての仕事として、いったい誰の声なのか分からないのが理想である、という。これも、そうなのだろうと思う。今の時代、声優という仕事がメジャーになりすぎてしまって、この声は誰の声であるか、このアニメでは誰が声優であるのか、それが、その作品の重要な要素のように広告されていたりする。これも時代の流れとしてそうなのかとも思うが、見ている側としては、誰の声であるか、意識しないで見るというのが、一つのあるべき姿かもしれない。(その意味では、舞台やドラマの役であっても、誰が演じているか関係がないという見方もあっていいのかと思う。おそらく、至高の芸というのは、演者を超えたところに存在すると言っていいのかととも思う。)
実写ドラマの声の方が、アニメよりも難しいというのは、そうかなと思う。すでに完成したドラマの声の部分だけ、変えることになる。これを、オリジナルの役者の声の真似から考えるというのは、役者(演技する者)としての声優の仕事というものの本質なのだろう。
もう今では、外国のドラマの日本語吹き替えというのは、少なくなった。NHKで放送しているものが、いくつかあるぐらいだろうか。個人的経験としては、「コンバット」のサンダース軍曹とか、「スパイ大作戦」のフィリックスなどは、どうしても、その日本語の声とワンセットで、記憶にしみついている。
2026年3月31日記
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