映像の世紀バタフライエフェクト「イランとアメリカ そして日本 石油をめぐる百年」 ― 2026-06-15
2026年6月15日 當山日出夫
映像の世紀バタフライエフェクト「イランとアメリカ そして日本 石油をめぐる百年」
今の国際情勢をうけて、日本とイランとの関係をあつかったということなのだが、だが、あまり目新しい視点があるということではない。
見ていて問題だと思うのは、今のイランという国家を、古代のペルシャにそのまま重ねて見ていることである。これは、歴史を語るときに、もっとも気をつけなければならない落とし穴である。
今のイランの人びとや為政者が、自分たちの国のなりたち、あるいは、政権の正統性(レジティマシー)として、古代のペルシャに言及するのは、いいとしても、だからといって、それをそのまま、番組で無批判にコピーして言うことはない。むしろ、どういう経緯で、今のイランの人びとが、ペルシャにさかのぼる国家という意識を持つようになったのか、ということを検証することの方が重要である。このことと、反イスラエル、反米、ということも考えるべきである。
どう考えても、シーア派イスラム敎という信仰が、古代のペルシャの時代にあったはずはないので、こういうところの歴史と地域の連続性/不連続性、ここは、批判的に見ておくべきだろう。
現在のイランは、シーア派イスラム教徒が多数とはいえ、すべてがそうではない。多民族、多宗教、の国である。この地域で、1979年のホメイニ革命がどういう意味を持っているかは、改めて考えるべきだろう。
さらりと触れていたことだが、革命防衛隊は、イランという国家の軍隊ではない。イスラムの信仰にもとづく忠誠心はあるかとも思うが、国家への忠誠心から動く国軍ということではないようである。おそらく、このあたりが、現代のイランをめぐる問題をややこしくしている一因にはちがいない。
2026年6月12日記
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