『小説読本』三島由紀夫2020-04-16

2020-04-16 當山日出夫(とうやまひでお)

小説読本

三島由紀夫.『小説読本』(中公文庫).中央公論新社.2016(中央公論新社.2010)
http://www.chuko.co.jp/bunko/2016/10/206302.html

『文章読本』を久しぶりに読んでみて、面白かったので、続けて読んでみることにした。これを読むと、三島由紀夫が類い希なる小説の読み手であったことが分かる。

読んで思うところは、次の二点ぐらいだろうか。

第一には、これはこれとして、すぐれた文学案内……文学のうちでも特に近代の小説ということにはなるが……となっていることである。なるほど、小説とはこのような読み方、味わい方ができるものなのかと、認識を新たにするところがいくつかあった。

第二には、著者(三島由紀夫)自身の小説の書き方の内側をのぞき見ることができるという興味である。この本に収められたいくつかの文章で、三島由紀夫は、自分自身の小説に対するこころがまえのようなものを語っている。それを読むと、三島由紀夫の文学の裏側を自ら語っていると感じるところがある。

特に、三島由紀夫は、小説を書くとき、そのラストをイメージしてから書くという。これは、興味深い。たとえば、『午後の曳航』とか『金閣寺』とかのラストは、きわめて印象的に覚えているのだが、これは、そのようなラストを書くことをあらかじめイメージしていたのかと思う。また、「豊饒の海」四部作の最後『天人五衰』の最後も、忘れることはできない。はたして、三島由紀夫は、『天人五衰』のラストのシーンをイメージして、市ヶ谷に向かったのだろうか。

以上の二点が、この本を読んで感じるところである。

そして、忘れてはならないことは、三島由紀夫にとって、小説とは芸術であったのである。今の日本の文学を語るとき、特に小説を語るとき、芸術という発想で見ることはあまりないように思う。しかし、三島由紀夫にとって、はっきりと小説は芸術でなければならなかった。このことを確認する意味でも、この本は価値があると思う。

また興味深いのは、法律、なかでも、刑事訴訟法に魅力を感じていたと書いているあたりのこと。三島由紀夫の文学と法学というのも、きわめて興味あるテーマにちがいない。

この本は、2010年になって、中央公論新社で新しく、編集して刊行されたものである。三島由紀夫の生前の編集になるものではない。「全集」から、近代の小説について書かれたものを選んで、一冊に作ったものである。

つづけて、同じ中公文庫の『古典文学読本』を読むことにしたいと思う。

2020年4月1日記