『光る君へ』「まどう心」2024-03-18

2024年3月18日 當山日出夫

『光る君へ』第11回「まどう心」

まひろが、「長恨歌」を写本するシーンがあった。「長恨歌」は、『白氏文集』……私は「はくしぶんしゅう」と読むことにしている、これは現在では専門的にはほぼ定説になっているかと思う……の巻一二に収められている。まひろが見ていたテキストは、「長恨歌」だけの単行のテキストであったようだ。おそらく、巻一二から独立して、単行で筆写されたテキストが多くあったろう。

あまり詮索しようとは思わないが、「白氏文集」のテキストは、平安時代に写本で読まれた古鈔本系テキストと、宋時代に板本として刊行されたテキストでは、いくつかの箇所で大きく違っている。平安時代、ちょうど紫式部の時代は、古くからの古鈔本系テキストと、板本系テキストが、両方おこなわれていた時代ということになる。そのなかで、紫式部が読んだのは、古鈔本系テキストであったろう。

おそらく紫式部が読んだであろうテキストに最も近い形態のものが、「金沢文庫本白氏文集」巻一二である。重要文化財。現在、大東急記念文庫に所蔵されている。影印複製本が刊行されている。

このようなことは、平安時代の漢籍、なかでも『白氏文集』の受容ということについては、今日では学問的には常識的なことがらである。

まひろの写本は漢文の本文だけだった。ヲコト点は無かった。これは、まひろの学力なら、ヲコト点をほどこさなくても読めるということなのかとも思う。

このあたりのことで、古鈔本系テキストと板本系テキストの違い、平安時代の読み方などを最も簡便に見ることができるのが、新潮社の古典集成の『源氏物語』の第一巻である。太田次男先生と小林芳規先生による「長恨歌」が掲載されている。なお、岩波文庫本の『白楽天詩集』は、この点については、使い物にならない。

なお、『白氏文集』を略して『文集』ということがある。これも、古鈔本である「金沢文庫本白氏文集」を見ると、その内題(本文の最初に書いてある書名)は、「文集」となっている。つまり、もともとの書名が「文集」なのである。

一条天皇が即位した。まだドラマの時間内で存命の天皇について、その名称を「~~天皇」というのは、ちょっとおかしい気もするが、しかし、こうとしか言いようがないかもしれない。

即位のシーンで高御座が出てきた。高御座が、人びとに意識されるようになったのは、現在の上皇陛下が、昭和天皇の崩御の後、新たな天皇として即位されたときからである。この即位の儀式は、皇居でおこなわれ、テレビの中継があった。このときから、天皇の即位とた高御座が結びつけられて、人びとのなかに意識されるようになった。今上陛下の即位のときにも登場した。

その即位のときに、道長は大胆な行動に出る。このあたり、このドラマの脚本の作り方の方針だと思うが、どうなのだろうか。私などは、平安貴族は、ケガレを忌むということが、基本的な生活の感覚のなかにあったと思うのだが、道長はこれをはらいのけている。

伝わるところでは、道長は、藤原の兄弟のなかで最も豪胆な性格であったとある。有名なのは夜の肝試しである。ドラマでは、そのような側面のある人物として描いたということでいいのだろうか。

ところで、道長はまひろに「妾」になるように言った。別のことばで言うならば、召人とも言えるかもしれない。このあたりは、平安時代の貴族の婚姻のシステムからして、まひろが道長の正妻、つまり「北の方」になるということは、そもそも無理だろう。「いろごのみ」の道長から見捨てられることがなく、関係が長く続けばいいとしなければならない。このあたりは、『源氏物語』で光源氏をとりまく多くの女性たちについて言えることになる。ちなみに、物語の上では光源氏の「妻」は紫上ということになるが、葵上とか女三宮の存在を考える必要がある。たしかに紫上は、光源氏の正妻ではなかったが、しかし、最も愛された女性ということになる。まひろと道長の関係も、そのようにとらえることになるのだろうか。

2024年3月17日記

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