新日本風土記「東北 夏の旅人」 ― 2026-07-21
2026年7月21日 當山日出夫
新日本風土記「東北 夏の旅人」
これまでの放送の再編集版であるので、見たことのあるところもあった。見ながら思ったことなど書いておく。
東北の夏の祭りをとりあげている。そこで使われる楽器は、笛、太鼓、カネ、である。三味線が使われていた場面は、この回ではなかった。日本の音楽の歴史として、三味線は新しい楽器であることは知っていることだが、音楽の伝承ということでは、東北の民俗行事には、三味線がおよんでいない、という理解でいいだろうか。
祭りの山車などの装飾が、北前船で運ばれてきたということはあったとして、音楽が伝わったルートは、また、別のことだったのかもしれない。
竹久夢二は、いろんな番組で、ちょっとづつ登場することが多い。それだけ、日本各地に、逸話(?)を残している。今の正しいとされる性的な規範意識からすると、とんでもない、ろくでもない、最悪と評価されるにちがいない。いくら石がとんできてもおかしくない。今の(自称)リベラル左翼には、性的なトラブルについては、時効や和解というような考えはまったくないのであるが、さて、竹久夢二のことなど、どうなるだろうか。
捕鯨が日本の重要な産業であった時代が、かつてあった。私は憶えていることなのだが、今では、とおい昔のことになっている。ちょっと気になったのは、このクジラのところで、井上二郎アナウンサーが、「したづつみ」と言っていた。こういう言い方もあるので、間違いということではない。現代では、多くの場合、「したつづみ」になっている。私は、「したづつみ」を使う。
全体として、東北の夏を映していて、田の稲が映像としてきれいである。東北が、米作の重要な地域になってきたのは、品種改良などあって、冷害に強い品種が生まれてからのことと思っている。
特定の栽培作物に依存する、定住農耕ということは、気候変動に弱い。いくら備蓄を用意しておくとしても、三年ほど凶作がつづいたら、もうどうしようもない。なのに、なぜ、日本という国では、定住農耕として稲作をイメージするようになったのか、実際に日本の人びとが何を栽培し、何を食べてきたのか、ということとはまた別の観点から、考えてみなければならないことである。安易に、水田の風景を、日本の原風景などと言うべきではないと、私は思う。
2026年7月9日記
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