サイエンスZERO「ノーベル生理学・医学賞 Tレグ 免疫学の常識を覆した大発見」2025-12-11

2025年12月11日 當山日出夫

サイエンスZERO ノーベル生理学・医学賞 Tレグ 免疫学の常識を覆した大発見

私の知識では、そもそも免疫ということが、よく分かっていない、知識がないので、よく分からないところがあった、というのが正直なところである。

生物が、自己と非自己を、どうやって認識しているのか、ということについては、おそらく、地球上の生物の歴史にかかわる重要な問題なのだろう。

見ていて思ったことであるが、T細胞を分類するマーカが開発されて利用できるようになったということと、この研究のタイミングが、うまくあった、と理解していいだろうか。もし、研究を始めるのが、10年ほど早かったら、はたしてどうなっていたかという気がする。それでも我慢強く、研究を続けるということになったかどうか、どうだろう。

この研究によって、医療への応用が広がることは確かだろうが、私として興味深く思ったのは、免疫を上げたり下げたり、コントロールできるようになる、ということがある。

「運鈍根」ということばを久しぶりにきいたかと思う。今の若い人には分からなかったかもしれない。

2025年12月10日記

ドキュメント20min.「30分の解放区〜スマホと青春の関係論〜」2025-12-11

2025年12月11日 當山日出夫

ドキュメント20min. 30分の解放区〜スマホと青春の関係論〜

函館のラ・サール高校なのだが、生徒には、デジタル機器は使って授業するだろうし、調べ物をするのにインターネットは欠かせない。教科書をデジタル版を使っているかどうかはわからないが、現在の知見としては、旧来の紙の教科書の方が有効であると言われている。(教育関係の企業や、文科省としては、デジタル教科書に方向であるとは思うが。)もちろん、情報の授業では、かなり高度な知識を教えているだろう。

こういう環境の中で、スマートフォンの使用を制限するというのは、こういう方針があってもいいかと思う。何かあったときに、すぐにスマートフォンを見てしまうということの弊害、さらにこれからのことを考えると、AIに頼ってしまうことの弊害を考えると、信頼できる知識や情報とはなんであるのか、ということについての基本的な考え方を身につけておくことは、きわめて重要である。

これは、エリート校だからできることかもしれない。一般の高校で、寮があるとしても、このようなことは難しいだろう。

スマートフォンが人びとの生活の中に定着してから、10数年ぐらいしかたっていない。だが、これは、人びとのものの考え方を大きく変えることになっている。「オールドメディア」と言われることになるかもしれないが、紙の本の辞書や百科事典、個人の文学全集、さまざまな図鑑、こういうものに直接触れる機会の有無が、その後の人生のものの考え方に大きく影響する(かもしれない)ということは、いえそうである。知識とメディアということの関係に自覚的になる必要がある。

なお、私自身は、携帯電話は持っているが、スマートフォンは持っていない。そのかわり、家にいるときは、PC(今は、VAIOであるが)が手のとどくところにある。ほとんど出かけることの無い、世捨て人的生活である。隠者といってもいいのだが。スマートフォンにしなければならない必用性をまったく感じない。

2025年12月9日記

新日本風土記「東京 日本橋人形町」2025-12-11

2025年12月11日 當山日出夫

新日本風土記「東京 日本橋人形町」

再放送である。最初は、2024年7月。

人形町というと、昔、東京で学生だったとき、玉ひでに親子丼を食べに行ったのは憶えているのだが、それっきりといってもいい。このお店も、その後、いろいろあったようなのだが、行く機会もないままに今にいたっている。

番組の冒頭で、住民の人が、植物を育てている話しをしていた。都市部で、家の前の歩道に鉢植えなどを置いて育てている光景は、普通のものなのだが、これは、歩道を勝手に使っているということで、法的には問題ないことなのだろうか、常々気になっている。だからといって、そういうものを撤去してしまうべきだとは思わないのだけれど。

お豆腐屋さんが言っていたことで、木綿豆腐はやわらかく、絹ごし豆腐はしっかりと、ということは、そのとおりだと感じる。

お豆腐屋さんもそうだし、人形焼きもそうだが、職人の仕事が今も残っている街、ということになる。人形焼きは、昔は、ハイカラなお菓子だったらしいのだが、いつのまにか昔ながらの伝統というイメージになっている。(鯛焼き、タコ焼き、などをふくめて、こういうお菓子のことについては、どれぐらいのことが歴史的にわかっているのだろうか。)

見ていて一番興味深かったのは、刃物屋さんが話しをしているシーン。家の中の座敷だったが、背景に映っていた障子が、とても凝っていた。今どき、こんな凝った障子の家を建てるというのは、よほどの好き者(?)かもしれない。あるいは、刃物職人の美意識が、こういうところに現れているというべきだろうか。

切り絵の芸人である、今丸師匠とのやりとりも面白い。紙切りの芸は、そんなに切れすぎない、適度に遊びの部分がある鋏を使うということは、以前、何かで知ったことだが、その芸を、こういう職人さんの仕事がささえていることになる。

それにしても、お嫁入りのときに、母親が持たせてくれた包丁を、何十年も研ぎを重ねて使い続けているというのも、今どきのこととしては、とてもいい話しである。現代だと、包丁は、近所のホームセンターでいくらでも売っている。

気になることとしては、この刃物屋さんの仕事は、研いで刃を調整することである。その刃物(包丁とか鋏)を、作っているのは、各地の職人さんなのだろうが、いったいどこにどういう仕様で発注しているのだろうか。作っている職人さんたちのことが、知りたいことである。

元吉原の話題の中で、映っていた人が、「枕をひいて」と言っていた。これは、「引いて」ということなのか、あるいは、「敷いて」の「し」を「ひ」と言ったものなのか、どうなのだろうか。

この地域に昔あったのが、陰間茶屋。陰間ということばは、日本文学の歴史について、すこし勉強すれば出てくることばである。江戸時代、犯罪というほどのタブーではなかったのだが、しかし、そう堂々と一般に認められるものでもなかったか……どうもこのあたりの価値観は、時代や地域によって微妙に変わっていくものなので、現代からどう見るかは難しい。

祭りを企画して実行するのに、新しく引っ越してきた、マンションなどの住民も参加するというのは、いいこころみだとは思う。現在、都市部において、町内会ということは、封建的因習、あるいは、戦時中の隣組の遺制、ということで、とにかくマイナスの評価がされるようになってきている。

関係者があつまって、ビールなど飲みながら、うだうだとああでもないこうでもないと話しをしているなかで、なんとなく議論ができあがっていくというのは、現在の、効率重視の社会にあっては、ものすごく無駄なことかもしれない。だが、こういうことでつちかっていく人間関係が、古くからの街の歴史をささえてきたということもある。私などは、こういうところに、「忘れられた日本人」の名残を見ることが出来るかもしれないと思っている。

清心丹は、検索してみると、ネット通販もやっている。ただ、昔ながらの清心丹は、もう売っていないようである。HPを見ると、貸し会議室もやっている。人形町という場所がらのせいだろう、ビジネス関係の需要はあるかと思うが、どうなのだろうか。

昔からこの街で生活してきた人が、その仕事と生活を、引き継いで、さらに、次の世代に残そうとしている、このことを、肯定的に描いていたということはたしかである。福田恆存が書いてることだが、保守主義とは馴染みの蕎麦屋の味を残すことだ、と。生活の感覚を大切にする、ことばの本来の意味での保守主義ということがあっていい。そして、それは、時代の変化を受け入れるものであり、単なる懐古趣味ではない。

2025年12月7日記