新日本風土記「フグとアンコウ」2026-04-03

2026年4月3日 當山日出夫

新日本風土記「フグとアンコウ」

フグは今年になってから、近所のお店で食べた。アンコウは、これまでに食べたことはあるかと思うが、はっきりと記憶にない。

番組の本来の趣旨とはまったく関係ないことから書いておくが、堺でてっさ包丁を作っているのだが、その鍛冶屋さんが、戦前は軍刀を作っていた、と語っていた。堺の包丁などの刃物産業については、いろんな番組でとりあげられるのだが、昔の軍刀の生産にかかわっていたといいうことが出てくるのは、きわめて珍しい。私の記憶する範囲では、初めてかもしれない。昭和になって、大量の軍刀が作られた(昭和新刀というが)のが、どのような地域のどんな工場においてであり、それが、どのように流通して利用された(?)のか、別に隠すことではないと、私は思っている。新しいとはいえ、日本刀を作れる技術を持っているところは、そう多くないはずである。こういうのを、今の価値観で軍需産業ということで、どうこう言うことでもないだろう。

日本の人びとが、フグとかアンコウとか食べてきた歴史は、どんなものなのだろうか。文献資料からも分かることだし、考古学の発掘資料からも、魚の骨が出てくれば、何を食べていたか特定できる。

フグを安全に食べられるようになったのは、明治になってから、伊藤博文が気に入ってということらしいが、それまでに、いや、それからも、たくさんの人が死んだのだろう。経験(これを食べたら死ぬ)の蓄積があって、また、近代になってから、どの部位にどんな毒があるか、科学的に分析できるようになったことが大きく寄与しているはずである。

番組では言っていなかったことだが、フグの調理の免許は、都道府県の管轄であり、地域によって、その取得の難しさの違いがある。フグを多く食べる地域と、そうではない地域とでは、異なるらしい。

フグというと、下関が有名である。取引されるのは、圧倒的に養殖である。天然のトラフグをもとめて、日本海の韓国とのEEZぎりぎりまで行く。天然トラフグは、高付加価値でもうかるらしい。だが、その漁船も少なくなっている。

福島のフグを、これから地域の名産として売り出すことは、有望かもしれないが、それならば、まず、フグ調理の免許のことを、きちんと制度的に整備して、多くの業者がかかわって、かつ、安全に、ということになるはずだが、こういうことはどうなっているのだろうか。

福島の常磐物として、フグが捕れるようになったのは、環境の変化、海水温の変化ということがあってのことのようである。

東京の神田のアンコウのお店は有名である。確か、神田の街の風景として、『虎に翼』で出てきていたかと覚えている。このドラマも、最初の方は、頑張って作っていた。

アンコウが捕れるところとして出てきていたのは、青森県の風間浦村。それから、茨城の大洗。アンコウの魚類としての生態については、分からないことが多いらしい。

青森で捕ったアンコウを新幹線で、生きたまま東京まで運んでくるというのは、現代ならではのことである。

アンコウを食べる歴史は、新しいらしい。だが、現在では、アンコウが地域の名物になっているところもある。

フグとかアンコウとか、名前はみんな知っている魚なのだと思うが、実際にそれを食べるかどうか、地域の食文化という観点で見ると、地域差が非常に大きいだろう。大阪あたりだと、街中で、普通にてっちりなどのお店があるが、東京では、見かけないかもしれない。

てっさについてくる薬味のネギが、特殊なものだとは知らなかった。キロ単価だと、フグよりも高い。

2026年3月26日記

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