体感!世界の“恐竜博物館”「恐竜が眠る大地 ロイヤルティレル古生物学博物館」2026-07-07

2026年7月7日 當山日出夫

体感!世界の“恐竜博物館”「恐竜が眠る大地 ロイヤルティレル古生物学博物館」

たまたまテレビの番組表で見つけたので録画しておいて見た。

恐竜は人気である。特に、子どもは好きである。

この手の番組を見るとき、つねづね思うことは、そもそも化石とはどういうものなのか、説明されることがほとんど無いことである。恐竜の化石は、その骨そのものが残っているのではない。その生きものが死んで、骨の部分が、まわりの環境によって成分が置き換わって、石になったもの……私は、おおむねこのように理解している。死んでから、分解されやすい部分は残らない。骨は、比較的後まで残ることが多く、分解されてしまわないで、石に変化したということでいいだろうか。

カナダのこの博物館のことは知らなかったが、見ていて面白い。特に、バックヤードで、どのように化石が保存されているかは、とても興味深い。

やっぱり気になるのは、復原CG。しばらく前まで恐竜には羽根がなかったが、最近の復原CGでは、カラフルな羽根がついていることがある。この番組では、そのようには作っていなかったが。もし、羽根があったとしても、それがどんな色だったかまで、分かるのだろうか。

古生物学にはまったくの門外漢なので、ただ想像するだけなのだが、古代の恐竜などの復原イメージは、おそらくは、現在の地球に棲息しているいろんな生きものたちの行動や生態の観察から生まれているのだろうと、思っている。だから、ウソであるとは思わないが、どれぐらいの想像をしたら、あんなふうにイメージすることになるのか、その思考の筋道が知りたいと思う。

強いていえば、古生物学研究の分野であっても、研究者は、まずナチュラリストでなければならない、ということだと思うのだが、このような方向で、博物館の展示などが作られているといい。

この前、福井県までちょっと旅行で行ってきた。目的は、三方五湖の水月湖のほとりにある年縞博物館である。ここの7万年の年縞は、一度、自分の目で見てみたいと思っていた。7万年というと、今のホモ・サピエンスが、アフリカを出て世界にひろまっていた時期に重なる。それが年単位で、しかも、誤差(200年に満たない)まで含めて分かっている。

恐竜博物館には行かなかった。そのうち孫が行きたいと言いだすかもしれない。そのときには、年縞博物館にも連れて行ってやりたいと思っている。そういうときがくるまで、長生きしたいものである。

2026年7月3日記

BSスペシャル「市民が見たイラン」2026-07-07

2026年7月7日 當山日出夫

BSスペシャル「市民が見たイラン」

イランでの戦闘は、なんとか終息のめどがついた、ということなのだろう。こういう番組で、イランの普通の人びとの、(一部であるとはいえ)その日常的な気持ちを表現した番組というのは、めずらしい。

ただ、出てきていた人には、かなりかたよりがあるとは感じる。テヘランに住む、どちらかといえば、中産階級の人で、教育があって、仕事がある、ということになる。また、女性が多く登場しているように構成したということも感じる。

番組で出てきたことが、現代のイランの普通の人びとの意見をそのまま代表するものだとは、私は思わない。むしろ、こういう立場の人が、こういう意見を述べても、それを日本のテレビで放送できる、という状況になっている……ということを感じる。

イランという国は、イスラムの国というイメージが強いのだが、多言語、多民族、多宗教の国という面もあると思っている。歴史的経緯をふくめて、こういうことの詳細は、イランの専門家の解説がほしい。

イラン国内での反政府の意見を取材できるようになった、ということはたしかなことだろう。

イランにやってきているアフガニスタンからの移民(といっていいのだろうか)は、かわいそうという気持ちににはなるのだが、これは、現代のイランという国のなりたちや産業ともかかわることだろうし、そう簡単には解決できることではないかと思える。

イランに仕事をもとめてやってくる人がいる一方で、イランから外国に仕事などのために出て行く人もいる。オーストラリアには、かなりの数の人が行っているらしいが、これは、出稼ぎ労働ということでいいのだろうか。

そういえば、今からかなり昔のことになるが、イランから、かなりの人が日本にやってきていて、これが社会問題であったこともあったと思い出す。

オーストラリアからイランに帰ってくる航空券を得るのに、イラン国内で借金をするということだったが、物価とか、賃金を考えると、オーストラリアで働いて稼いだ方が合理的と思えるのだが、どうなのだろうか。

借金をするのに、昔かしたお金があるから返してください、というのは、ちょっと日本の金銭感覚と違うのかと感じたところである。

それにしても、出てくるお金の数え方を見ると、とんでもないインフレである。(第一次大戦後のドイツほどではないかとも思えるが。)

どうでもいいことかもしれないが、番組で使ってあった映像資料の出典として、新華社のものがあった。現在、新華社は、世界にどれぐらいの取材網を持っていて、どういう取材をしているのだろうか。これはこれで、非常に気になるところでもあった。

2026年7月3日記

ドキュメント72時間「南国タイ ニッポンの中古品 海を渡る」2026-07-07

2026年7月7日 當山日出夫

ドキュメント72時間「南国タイ ニッポンの中古品 海を渡る」

日本から、かなりの中古品が海外に輸出されていることは知っていたことだが、具体的にどんな商売になっているのか、これはこれで面白い。

USED IN JAPAN が価値のあることは分かるが、中には、MADE IN THALAND というものもあるかと思う。(ちなみに、私が使っているデジタルカメラには、そう刻印してある。)その他、MADE IN CHINA という品物も多くあるだろう。日本のブランドであっても、日本で作っているとは限らない。

なんでこんなものをタイの人は買っていくのだろうと思うようなものがある。お人形とか、仏壇とか、いったいどうする気なのだろうか。ラジカセとか、もう日本では普通には使わなくなっている。

一方で、それを捨てることにした日本の事情ということも気になる。遺品整理などで、ごっそりと業者が持っていって、整理して輸出できる中古品を選ぶということは知っていることなのだが、いったいどういう素性のものなのか、タイの人は、そんなに気にしないのだろうか。

古着は、これはこれで、世界にマーケットが広がっている。日本から輸出される古着もあれば、逆に、日本に輸入してくる古着もあるだろう(これは、廉価というよりも、高付加価値の商品としてであろうが。)

このお店で売れ残ったものは、ゴミになるということだったが、どういう処理をされるのだろうか。ここの最終の行き先まで見とどけることも可能なのだろうが、しかし、それはこの番組の趣旨ではないかとも思う。本当は、資源ゴミとしてリサイクルされるのかどうかということは、気になる。

ノンバイナリーの人が出てきていたが、三日間の取材で、たまたま出会ったということでいいだろうか、という気はどうしてもする。また、いわゆる性的な少数者については、その地域の文化や歴史と大きく関係することなので、一律にあつかえることではないことも重要だろう。おそらくは、タイという国が、こういうことについては、おおらかということになるのかもしれない。

2026年7月3日記