新日本風土記「東京の庭」 ― 2026-07-02
2026年7月2日 當山日出夫
新日本風土記「東京の庭」
知っているところもあり、行ったことのないところもあり、という回だった。
六義園は何度か行っている。しかし、古河庭園は、行ったことがない。六義園から、そう遠くないところにある、ということは知っているのだが、なんとなく行きそびれて行かないままになってしまった。
皇居東御苑は、いいところだと思う。ここで、古い品種の果樹などが、保存のために栽培されているということは知らなかった。これは、貴重なことだと思う。
佃島の路地の鉢植えのことがでてきていた。前から気になっていることなのだが、佃島周辺は、埋め立て地で、かつては海だったところだと思っているのだが、こういうところで、井戸水が得られるというのは、どういう理由によってなのだろうか。あるいは、井戸水があったから、佃島が今のように残っていることになった、ということなのかもしれない。
子規庵は、行ったことがない。この近くの書道博物館には、何度か行っている。これは、鶯谷から、ラブホテルが立ち並ぶ中を通っていくことになる。
正岡子規の『病牀六尺』は読んだ本である。『仰臥漫録』もいい。晩年の子規の書いたものを読むと、今、生きているということの実感が伝わってくる。
杉並の桜を庭に植えた家。昔の写真と一緒に映っていたのは、『巴里通信』と『銭形平次』の古い本。なんとなくとりあわせがアンバランスな気がするが、こういう昔の本と一緒に残っているということで、昔の写真も、庭の桜も、大事にされてきたのだろうと感じることになる。
ところで、空襲で焼け野原になった地域の土地の区画や所有権の確定というのは、いろいろと難しい問題があっただろうと思う。今になって、ほじくりかえすと、さまざまにやぶへびになることがありそうだから、あんまり触れないでおくことになっているのかもしれないと、思ったりする。(強制疎開で壊されて、空襲で焼けて、闇市ができて、というようなところは多いと思うが、こういうことは、戦後の日本の歴史の闇の部分になるのかもしれない。)
私も歳をとってきたのだろうが、身の回りの植物を写真に撮るとしても、園芸種の花よりも、空き地の隅の雑草などに目がいくようになってきた。春になって、オオイヌノフグリの青い花が見えて、ハコベの白い花が見えると、また、春になったなあ、と実感するようになってきている。番組の中にでてきたニワゼキショウもその一つである。
2026年6月29日記
時をかけるテレビ「ある人生「新宿駅長」「出かせぎの歌」」 ― 2026-07-02
2026年7月2日 當山日出夫
時をかけるテレビ「ある人生「新宿駅長」「出かせぎの歌」」
オリジナルの番組は、1967年(昭和42年)、1968年(昭和43年)である。歴史的な流れとしては、日本の口語経済成長期であり、政治的には70年安保の少し前のことになる。
ともに、私が中学生のころのことになる。
まず、見て感じることは、昔の日本にはこういう時代があったよなあ、という感慨である。そこには、一抹の郷愁もふくまれている。
たたき上げの国鉄職員の仕事の日常であり、新宿駅の様子である。
番組の中で、警察関係の人が、新宿西口の案内をどう改善すべきかという会議の中で、通路だから、ということを言っていて、思わず、こういうことの言われた時代があったなあ、と思う。(分かった人は、私と同じぐらいか、それ以上の年齢ということになるが。)
農村からの出稼ぎ労働ということ、また、若者の集団就職ということ、こういうことを生活の実感として憶えている人は、もう老人だけという時代になっている。これは、いたしかたのないことである。こういうことは、下手に語り継ぐというよりも、きちんとした記録や証言を残すことが大事だと、私は思っている。
まったくどうでもいいことかと思うが、池上彰は、「日本左翼史」のシリーズ(4冊になるが)を、佐藤優との対談本という形で刊行している(講談社現代新書)。これは、全部読んだ。日本の左翼運動、労働運動の歴史の中で、国鉄の国労、動労、そして、出稼ぎの農民たちのこと、これらは、どう考えられてきたのか、どう活動をになってきたのか、どうだったか……このあたりは、とても面白い話しになるはずだが、番組の趣旨からして、こういうところに発展することがないのは、なんとなく残念な気もする。
さらにどうでもいいことだが、8月から再放送が始まる、朝ドラの『ひよっこ』は、まさにこの時代の東京が舞台である。失踪するお父さんは、建設現場で働いていたということになっているが、その職場や住まいは、非常にリアルに作ってあったということになる。
2026年6月30日記
ドキュメント72時間「香川 謎の“古代サウナ” 灼熱の向こうに」 ― 2026-07-02
2026年7月2日 當山日出夫
ドキュメント72時間「香川 謎の“古代サウナ” 灼熱の向こうに」
ここに行ってみようとは思わない。あつい(暑い、熱い)のは苦手である。
それにしても、今の時代によくこんなところが残っていると感心する。なんとかボランティアを基本に頑張っているらしいのだが、これから続けていくことができるだろうか。ここは、頑張って残して欲しいと思う。
そんなに興味津々の人がいるとか、劇的な人生ドラマがある、というわけでなないのだが、ごく普通の田舎町(といっては失礼かと思うが)にある、ちょっと変わったところにあつまる、ごく普通の人たち……ということで、これは、とても面白かった。
2026年6月30日記
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