3か月でマスターする数学「(10)描け!栄光の架け橋 関数」 ― 2026-07-06
2026年7月6日 當山日出夫
3か月でマスターする数学「(10)描け!栄光の架け橋 関数」
再放送を録画してあって、ようやく見た。
この回を見て思うことは、グラフを書くということの意味(特に、数学教育において)かと思える。
まずは、手を動かして、紙の上に点をうつ、それを、つないでいくと線になる。手を動かして、図を描いてみて、それで考える……ということは、これはこれで、重要な意味が、少なくとも教育としてはあるはずである。
ただ、点をたくさんうってつないでいくと線になる、ということを、きちっと論理的に話すのは、飛躍を必要とすることかとも思う。直感的には、点をつないで線になるのだが、逆に考えて、線が点の(有限の)あつまりであるとは言えないだろう。無限ということにふれずに、このことを説明するとしたら、どうなるのだろうか。
最初に出てきた、電話料金のプランの問題は、方程式で考えるか、あるいは、グラフを描くか、この両方を組み合わせて説明するのが、妥当かなと感じるところである。
2026年7月5日記
『太平記』「笠置落城」 ― 2026-07-06
2026年7月6日 當山日出夫
最後に登場したのが、北畠顕家だが、後藤久美子である。そういえば、そうだったなあ、と思い出す。かわいいというべきか、きれいというべきか。美形であることはたしかである。
はじまりのところで、「おうとうのみや/だいとうのみや」、「もりなが/もりよし」で説明のナレーションがあったが、これは異例である。おそらく、先の放送について、たくさんクレームがきたのだろう。
漢字で書かれる日本人の人名が、どのように読まれるべきか、ということについては、かなりややこしい。近代以降のことについては、音読しても、訓読しても、別にかまわないということだと思っている。そういえば、『光る君へ』で、「~子」という女性の名前を、「さだこ」とか「あきこ」と読ませていたのは、男性を「みちなが」ということとのバランスを考えればそうなるかと思って見ていたが、なんとなく落ち着かない感じだった。習慣としては(いつごろからなのかは分からないけれど)、「定子、ていし」であり、「彰子、しょうし」の方がいい。
ビルドゥングスロマンとして作ってある。だから、高氏は悩む。そして、悩むのは高氏だけということになっている。
楠木正成も、以前は、帝のために戦うべきかどうか悩んでいたこともあったが、この回になると、もう悩まない。ひたすら後醍醐天皇のために戦う決意をかためている。
登場人物の人物造形がわかりやすい。だが、決して粗雑という印象にはなっていない。そして、それぞれに個性が感じられる。こういうことがあって、高氏を主人公とした、ビルドゥングスロマンとしてなりたっている。
日曜日の昼に『豊臣兄弟!』を続けて見ていると、『太平記』は科白が少ないし、しゃべり方もおだやかである。私としては、こちらの方を気に入っている。過剰な感情表現とか、ながったらしい説明の科白は不要である。
2026年7月5日記
『豊臣兄弟!』「信長を笑わせろ!」 ― 2026-07-06
2026年7月6日 當山日出夫
『豊臣兄弟!』「信長を笑わせろ!」
本能寺の変は、足利義昭黒幕説と見せかけて、実は、織田信澄、ということになる(らしい)。これも、来週になると、さらにひっくりかえるかもしれないが。
この回は、どういう意味があったのだろうか。まあ、秀吉が、ひとたらし、であることを描こうとしたのだろうということは分かるが、しかし、信長が信澄をゆるすかゆるさないかということは、信長にとっては、天下一統のための戦略にかかわることで、情実でどうこうなることではないだろう。
うがった見方をするならば、ここで、信長が非情冷酷になれなかったことが、本能寺の変につながった。つまりは、ミスをした、ということになり、その原因にかかわったのが、秀吉と小一郎であった……ということになる。となると、この回でのことは、後になって、秀吉にとって大きな禍根となるはずだが、さてどうなるだろうか。
長浜城の宴会は、演出に工夫を凝らして作ってあるし、役者さんも頑張っている、という印象になるのだが、私の見た感じとしては、制作の予算をケチったあげくの沙汰となるのだが、このあたりは、見る人によって印象は変わるだろう。
興味深かったのは、最後の紀行。信澄の事跡として、大溝城のことが出てきていた。安土城、坂本城、長浜城、そして、大溝城、これで、琵琶湖のまわりを固めていたとなると、琵琶湖の水運を利用しての信長の領地経営、ロジスティックス、ということを考えることになる。琵琶湖は、北は敦賀から日本海に通じる。かつて、敦賀の街はロシアへのルートであった。(ちなみに、近代になって、杉原千畝によって日本に来ることのできたユダヤ人は、シベリア鉄道から、敦賀の地に上陸した。)一方、琵琶湖の南は、宇治川から淀川に通じ大阪湾から瀬戸内海にいたる。
琵琶湖の水運を信長がどう使っていたのか、とても興味のあることなのだが、このドラマでは、まったく出てこない。
このドラマの最初の回で、秀吉は、銭に関心があること、それから、武芸のたしなみがすでにあること、という人物造形だった。ただ、銭は、地中に埋めてあったので、今でいえばタンス預金である。これを投資に回してこそ、経済にかかわるというべきだが、そうなってはいない。武芸のこころえがあり残酷な面もあるとはいっても、それが、これまでのストーリーの中で、生きているということも感じられない。
「太閤記」はこれまでに、たくさん作られてきているし、戦国時代ドラマも山のようにある。その中で、新機軸の「太閤記」を作ろうという意欲は、とっくの昔に消えてしまったということになるだろう。ただ、戦国時代の有名なエピソードを、実はこうでした、という暴露話で、面白おかしくつないで見せているというだけになってしまっているように思えてならない。
本能寺の変を描くとして、重要なのは、それを知った秀吉の動きであり、その後の、旧信長家臣団の中での生き残り合戦であるはずだが、これをどう描くことになるのか。おそらくは、柴田勝家との戦いに、お市がからんできて、ということで終わりそうであるのだが。
やっぱり本能寺の変は、炎の中で最期をとげる信長、というイメージをくつがえすのは無理なのか、いや、これこそ戦国時代劇の定番であるというべきか(雪の中の赤穂浪士の討ち入りのようなものとして)。
2026年7月5日記
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