『氏名の誕生』尾脇秀和2021-07-27

2021-07-27 當山日出夫(とうやまひでお)

氏名の誕生

尾脇秀和.『氏名の誕生-江戸時代の名前はなぜ消えたのか-』(ちくま新書).筑摩書房.2021
https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480073761/

面白く、刺激的な内容の本といえるだろう。(あるいは、歴史学に造詣のあるひとならば、とっくに承知のことであるのかもしれないが。)

近代……明治維新の後……日本人(この場合には、「日本人」といっていいと思う)の「氏名」が、戸籍の制度の必要から、半ば強制的につけられていった経緯、そして、それは、それまでの江戸時代までの人の名前の常識からすると異なるものであった、このあたりのダイナミックな歴史を分かりやすく解説してある。

人間の名前は、生まれた時に親がつけるもので、それは一生変わらないものである。また、名前は、苗字と名から構成される……このようなことが一般化するのは、明治なってからのことである。それまでは、人の名前というのは、一生のうちにおいて、様々に変わりうるものであり、ある意味で自由なものであった。それが、明治維新になって、王政復古ということで、京都の公家の間での名前の風習が、武家式の名前のあり方に、影響を与えるようになる。

読んで面白いと思って点としては、次の二点ぐらいをあげておくことにする。

第一には、明治維新のドタバタ騒ぎである。

明治維新は、新しく近代国家を作っていくプロセスであると同時に、王政復古として、旧来の昔に帰そうとという動きもあった。両者の関係のなかで、様々な混乱が生じる。この本でとりあげてある人の名前のルールなどは、その最たるものかもしれない。明治維新が、どれほど、混乱をきわめてものであったか、この観点から見ても、非常に面白い。

第二には、江戸時代の身分制度の自由さである。

一般のイメージとしては、近世までは身分社会で、いわゆる士農工商として、がっちりとした身分秩序があった、そう思われている。しかし、実は、江戸時代の身分というものは、かなり流動的なものでもあった。それに応じて、人の名前も、かなり自在に変わりうるものであった。

以上の二点ぐらいが、特に興味深いところかと思う。

だが、はっきりいって、近世以前の人名のルールは、かなりわかりずらい。それが、武士を中心とした名前のルールと、公家たちのルールが異なるものであったことは、興味深い。また、農民、庶民の名前も、また、かなり自由なものであったことが知られる。

人名について、今のわれわれが持っている、唯一無二という性格は、かなり近年になってからものである。名前のありかたも、歴史とともに移り変わる。

この本は、そのことを意図して書かれたものではないが、いわゆる夫婦同姓ということも、制度的にきまったのは、新しいことになる。日本人の誰でもが苗字を持つようになっても、夫婦は別姓があたりまえであった。それが、民法の制定以降のこととして、同姓ということになった。これは、日本の人びとの歴史からするならば、つい最近の出来事にすぎない。

夫婦の同姓、別姓の議論についても、また、一人の人間の名前を戸籍に一元的に管理するシステムのあり方についても、さらには、最近の話題としては、戸籍に読み方の情報をつけようとする動きについても、とにかく、現代の日本人の名前をめぐる議論を考えるうえでは、一読の価値のある本だと思う。

さらに書いてみるならば、人名の漢字とか、あるいは、行政用の漢字……これらのことを考えるときに、そもそも日本人の人名はどのような歴史があるのか、ちょっと振り返っておく必要があるとも思う。その読みや表記について、現代の法的な制度のなかでだけ考えるのではなく、過去をふりかえって、なぜ、こうなっているのか考える視点も必要である。

2021年7月9日記