3か月でマスターするアインシュタイン「第1回 初めまして!アインシュタイン」2025-07-06

2025年7月6日 當山日出夫

3か月でマスターするアインシュタイン 第1回 初めまして!アインシュタイン

このシリーズは見ることにした。

正直に言って、さっぱり分からないことだらけであるのだが、ともあれ、物理学者、というより、サイエンスとは、どういうものの考え方のうえになりたっているのか、ということが、少しでも分かればいいかなと思っている。

時間の進み方が一様ではないということは、このこと自体は知識として一般に知られていることだと思っているのだが、どうしてそうなるのか、ということになると、はっきりいって分からない。まあ、移動の速度や、重力の影響によって、時間の進み方が異なる、ということは、そうなんだろうなあ、と思う。

だが、時間というものが可変的なものである、これは、絶対的な時間ということを考えうる、あるいは、できない、ということなのだろうか。スタジオで黒板に書いて示していた時間の早さの変化(遅れたり、速くなったり)は、普通に地球上に存在している場合と比較してということになる。だが、その地球も、宇宙のなかでは移動するものである。自転し、公転し、また、太陽系も異動している。この地球表面上の時間を、絶対的な尺度とすることはできないことになる。では、何を基準に宇宙の時間を考えればいいのだろうか。

科学のなかでも、生物の進化論などを考える場合には、地球上ではどの生物であっても、同じ時間の流れのなかにあるということが、前提であるように思える。違うのは、環境とそれに対する適応の仕方だと理解している。この場合は、生物の生きる場所によっては、時間の流れはことなるが、無視してさしつかえないぐらいのわずかな違いでしかない、という理解でいいのだろうか。

エレベーターの落下の思考実験は、実際には、無重力状態を実験的に作り出すためにおこなわれていることであるが、では、なぜそうなるのか……となると、よくわからない。これも、昔のエレベーターの感覚で、下りるときに宙に浮いたような体感ががある……というのも、もう今ではなくなってしまった。エレベーターの性能の向上のせいである。

アインシュタインが弾いたピアノは、奈良ホテルにある。近年、抜本的な修復作業があって、かなりの部品を新しくしたので、昔のままの音色ではなくなってしまった、ということは、ニュースで見たことである。実際にその音を聞いたことはないのだけれど。

黒板とチョーク、というのはとてもすばらしい。今の時代、大学の教室などでも黒板は少なくなりつつある。ホワイトボードが増えてきている。でも、やっぱり黒板とチョークがいいなあ、と思う。

2025年7月4日記

『とと姉ちゃん』「常子、ビジネスに挑戦する」「常子、職業婦人になる」2025-07-06

2025年7月6日 當山日出夫

『とと姉ちゃん』「常子、ビジネスに挑戦する」「常子、職業婦人になる」

この週で描いていたのは、歯磨きのこと。鉄郎おじさんがやってきて、歯磨きで商売しないかということになる。歯槽膿漏になる女性が多いということを知って(この時代、そういうことはあっただろうが)、歯磨きを作って売ることを常子は思いつく。そして、小橋家はもとより、森田屋のみんなをまきこんで、ビジネスを展開することができると思ったのだが、うまくいかなかった。

小橋の家の姉妹三人が仲よく協力してというのは、浜松にいたときに、ハトをつかまえて売ろうとして失敗したとき以来になる。このときは、ハトといっても、ドバトとキジバトの違いだった。

歯磨きの製法を、帝大生の星野が教えてくれるので、それにしたがって作る。

この時代、歯磨きを勝手に作って売ってよかったのどうか、ちょっと気になるところではあるが、ドラマとしては面白く作ってあると感じる。小橋家の人たち、森田屋の人たち、それぞれに個性があって、なんとか歯磨きビジネス(?)を成功させようとする。

歯磨きの作り方とか、売り方とか、気にはなるのだが、ドラマ全体の進行としては、この時代の深川の雰囲気、女学校の雰囲気、というものを背景に、情感をこめて描いていたと感じるところである。少なくとも、そんなに不自然な感じはしない。

鞠子の進学希望は、この時代にあっては、かなりの高望みだろう。そもそも高等女学校に進学する女性自体がすくなかったはずである。これには、地域差もあるが。しかし、それ以上の学校というと、東京ならば、東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)か、いくつかあった私立の女子大学(名前は、女子大学であっても、制度上は専門学校である)ぐらいになるだろうか。

森田屋にやくざがやってくるのだが、そのときの森田屋の面々の対応がコミカルで面白い。青柳の女将さんは、さすがの貫禄である。

2025年7月5日記

『あんぱん』「幸福よ、どこにいる」2025-07-06

2025年7月6日 當山日出夫

『あんぱん』「幸福よ、どこにいる」

このドラマは、個々の場面を見ると、コストをかけて作ってあるとは思う。新聞社の内部の様子であったり、闇市の様子であったり、頑張ってセットを作っているし、エキストラの人員もケチっていないと思う。

だが、見ていて、この時代を生きた人びとの生活の感覚というものが、どうしても感じられない。

細かなことかもしれないが、気になることがいくつかある。

新聞社で、コーヒーをいれてくれと頼まれたのぶは、社内の達磨ストーブの上にヤカンをおいていた。流れからするならば、コーヒーをいれるためのお湯を沸かすためと考えられるのだが、しかし、達磨ストーブの上にヤカンをおいたからといって、そんなにすぐにお湯が沸くことはない。常にお湯をわかしておくために、ヤカンをおいておくということはあっただろうが。これは、現代の石油ストーブの上にヤカンをおいておくのと同じである。こういう場面を見ると、ドラマを演出した人は、達磨ストーブで実際に暖をとるということの経験がないのかと思う。(私の小学校のときは、教室の暖房は、石炭の達磨ストーブだった。校内の石炭置き場からその日の石炭をはこんできて、朝、火を付けるのは、日直の子どもの役目だった。)

闇市で店をひらいている嵩と健太郎であるが、健太郎は進駐軍からの掘り出し物として万年筆を嵩にわたしていた。これはいいとしても、このときに、漫画を描くようにと言っていた。これから、嵩が漫画を描くシーンがあるのかどうかわからないが、漫画を描くの万年筆はつかわない。つかうのは、鉛筆(下書き用)とペン……いわゆるつけペン、ペン軸の先に金属製のペン先をとりつけて、インクをつけて描くものである、Gペンとか、スプーンペンとか、いろいろ種類がある……であるはずである。これは、現在でも、マンガを描くための用途として売っている。また、筆記具としては、日常的に使うものとして、昭和40年代ぐらいまでごく普通であった。その後、ボールペンの性能(インクの耐久性)がよくなって、ボールペンが主流になっていく。ちなみに、昔のボールペンの文字は、耐久性がなく、書いて数ヶ月もするとにじんで消えてなくなったのであるが、このようなことを、体験的に覚えている人は、今の時代としては少数になってしまったかと思う。ともあれ、万年筆をわたすとき、これで漫画を描け、ということはないはずである。

戦後まもなく地方の新聞社で、(おそらく代用品であったと思うが)コーヒーを職場で飲む習慣があったかどうか、疑問でもある。時代を考えると、コーヒーはネルドリップ方式だったかと思うのだが、これは、そんなに簡単に職場で飲めるというものではない。インスタントコーヒーが日本の社会に普及するのは、戦後かなりたってからである。ペーパーフィルタを使うようになったのは、私の学生のころからだったので、昭和50年ぐらい以降になる。このころ、町の喫茶店では、サイフォン方式が主流だった。ともあれ、このシーンは、普通に「お茶」と言っておけばよかったと思えてならない。

メイコは、東京に行きたいと言って家出する。自分で自立したい、という気持ちがある。これはこれでいいことなのだが、戦後まもなくの高知のさらに田舎の町で、家業が石材店(パン屋もやったことがある)の娘が言うことだろうか。確かメイコは、女学校にも行っていなかったはずである。それが、ラジオののど自慢を聞いただけで、自分も東京に行って輝きたい、などと思うだろうか。私には、このあたりの気持ちがどうにも不自然に思える。このように自立したいという女性がその意志をかなえようとするのは、その後の高度経済成長期を経てのことになるはずである。

メイコのように思う女性がいても、その気持ち自体は、現在の価値観からするならば、肯定的にうけとめることになる。しかし、時代的背景を考えると、いかにも不自然である。ただ、この時代としては、メイコのような境遇であれば、働きに出るということ自体は普通にあったことのはずである。地元でなければ高知、そうでなければ大阪ということだろうか。東京に出て「自立」したいと思うかどうか、ということなのである。

列車の乗ったメイコのシーンはおかしい。戦後のまもなく鉄道がどんな状態であったか、これは、かなり資料や証言が残っているはずだが、平然と座席に座っている、周囲に立っている人はいない……ということはなかっただろう。

また、メイコのような若い(というよりまだ幼い)女性が、一人で東京に行きたいと言ったとき、普通の親なら全力で止めようとしたはずである。いったい道中で、ついた先の東京で、どんなことがあるか分からない。日本の社会が、そんなに安定して、治安が保たれている状態ということではなかった。町には、いっぱい戦争孤児や浮浪者がいたはずである。こういうことは、『虎に翼』を作ったAKのスタッフなら知っていることのはずである。(強いていえば、「防波堤」になった、あるいは、ならされた女性たちがいたことは確かなことではある。)

朝田の家でのど自慢を聞くとき、ラジオが家のなかで畳の上においてあった。これもどうなのだろうかと思う。ラジオ(真空管をつかう)は、家のなかのテーブルか簞笥の上にでもおいてあるのが普通だと思う。家のなかでも、あるいは、野外にでも、好きなところに持って行って聞くことのできる、乾電池式のトランジスタラジオが普及するのは、かなり後のことになる。

高知でののぶとメイコの暮らしも、なんか奇妙である。物資が不足している時代、食料品の買物とかどうしていたのだろうか。のぶは闇市に取材に行っている。つまり、現実の人びとの生活としては、闇市を利用するしかないということを知っている。だが、のぶとメイコの生活には、物資の不足した時代の生活という雰囲気がまったくない。だれが、のぶの生活の買物や家事をしていたのだろうか。せいぜい、食卓の上の料理が少ないだけである。

新しい雑誌「月刊くじら」の広告を質屋が出してくれることになった。戦後まもなくの物資不足の時代に、質屋という商売はいったいどうだったのだろうか。ここは、説明がほしいところである。でなければ、ちらりと映っていた時計屋の方が、まだ説得力があると、私は感じる。なによりも、質屋という商売が、雑誌に広告を出してお客が増えるようなビジネスではないと思うのだが。

それから、質屋という商売は、表通りにどうどうと大きな看板をかかげることはない。すこし目立たないところで、しかも、店の横の路地からこっそりと出入りできるような(その姿を人目に見られないで済むような)、そういう店の作り方をしたと思うのだが、どうなのだろうか。

のぶの新聞社で「月間くじら」を出すのはいいとしても、それまで新聞の編集をしてきた人間が、雑誌を作れるだろうか。新聞の紙面のレイアウトを考えるのと、雑誌は違う。さらに、雑誌だと台割りをまず決めないといけない。それに合わせて原稿(広告をふくめて)を用意することになる。このノウハウがないと編集の仕事は無理である。

また、この時代の雑誌の流通ルートはどうだったのか。少なくとも最近の話題の本である『町の本屋はいかにつぶれてきたの』(飯田一史、平凡社新書)ぐらいは、ふまえたものであるべきだろう。

雑誌を発刊するときは、高知県民のための……、でいいかもしれないが、広告を取るときには、どのような読者がいて、どれぐらいの発行部数……ということでないといけないはずだが、そうなっていない。

働き始めたのぶは同期入社の琴子と、一緒に飲み屋に行く。そこで琴子の話を聞くことになる。これはいいとしても、このシーンで、二人のテーブルの上にきれいな灰皿(とおぼしい)があった。戦後まもなくのカストリ焼酎しかないような飲み屋で、灰皿なんてあるはずがない、というのが私のイメージである。無論、煙草も貴重であったが、灰皿など用意したりすることはなく、吸い殻は地面に捨てて終わりだっただろう。むしろ小道具として用意すべきは、床に落ちている煙草の吸い殻であったはずである。(煙草をすうときは灰皿を用意してというのは、きわめて新しい感覚である。)

以上、気になったことを思いつくままに書いてみた。このようなことは、それぞれはささいなことかもしれない。だが、こういうことがつみ重なってくると、このドラマ全体として、この時代(戦後まもなく高知の地方都市)で生活していた人びとの生活の感覚(混乱もあり、たくましくもあり)というものが、描けていないと感じることになる。生活の感覚が感じとれないところで、登場人物の言動に共感しろといわれても無理である。

のぶは夕刊の発行が無理になって、雑誌の編集の仕事をすることになった。これはいいのだが、GHQの検閲ということをどう描くことになるのだろうか。戦時中は、政府からの言論統制があって、自由に新聞記事を書くことができなかった……これは通説、俗説であって、実際は、新聞社の方で、軍や政府に忖度して(自主規制して)記事を書いていたということが、今日の歴史としての常識的知識である。そして、戦後になれば、GHQが、言論統制を引き継いで、雑誌や新聞を支配していたことは、周知のことである。ただ、その実態がどうであったかについては、研究が広く一般に知られているようにはなっていないかと思う。

今年は、放送100年ということで、NHKはいろんな特集番組を作っているので、戦時中からGHQの時代にかけて、言論統制はどうであったのか、調べて知っていないはずはない。それを、どうドラマの内容に反映させるかは、また考えることになるだろうが。

昭和戦前の新聞やラジオが、軍や政府の圧力に屈した、抵抗できなかった、そして、国民はだまされていた……通俗的な歴史観としては、このようになるのだが、実際はどうだったかということは、現在ではいろいろと調べて明らかになってきていることだと思っている。

これは、のぶは教師の仕事において、軍や政府にだまされて、のぶは子どもたちをだましていたのか……という根本的な問題にもつながる。このドラマは、ここのところにおいて、どうも思慮が浅いという印象を持ってしまうのである。

2025年7月4日記