『チョッちゃん』(2025年7月21日の週)2025-07-27

2025年7月27日 當山日出夫

『チョッちゃん』 2025年7月21日の週

選挙のため、しばらくお休みだった。普通に見ているものとしては、とんだとばっちりという感じであるが、まあ、いたしかたないことであったと思う。

放送の再開は、月曜日の回から再びはじまっていた。この方が、週としてのまとまりがよくなるので、これは正解である。

蝶子は家出する。この経緯の描き方が実にたくみである。家の中の卓袱台においてあった唐辛子を加津子が口にする。それが原因で喧嘩になる。お向かいの家のはるさんが、蜂の子を食べさせるといいといって持ってきてくれる。それを要はおいしそうに食べる。庭に池を作って鮒を泳がせようとする。その穴を掘っているときに、お向かいの音吉との会話から、実は蜂の子であったことがばれる。二つの家でそろって口論になる。そして、要に愛想をつかした蝶子は、家出して、泰輔おじさんの家に加津子を連れていく。

この一連の流れが、自然に描かれていて、無理をして話を作っているという感じがまったくしない。これを15分にまとめている、脚本、演出、編集は見事である。この月曜日のなかで、蝶子が一家の写真を滝川に送って、滝川の家のみんなで見る場面がはさんであるのだが、これが、この週の終わりの蝶子たちの滝川訪問への伏線になっている。それが、違和感無く入っているというのも、上手である。

弟の道郎は、小説家志望をやめるという。ここで出てきていたのが、『若い人』である。石坂洋次郎の戦前の作品であるが、このドラマの作られた時代(1980年代)までは、ごく普通に読むことのできる本だった。私も何度か読みなおしている。

このドラマの10年ほど前には、NHKが夜の連続ドラマで、『若い人』を放送している。主演は、松阪慶子であった。このドラマのキャストはほとんど記憶している。石坂浩二であり、香山美子であり、左幸子であり、高橋悦史、などである。1980年代なら、多くの視聴者にとって、「若い人」というタイトルを聞いただけで、その内容をイメージできた時代であったことになる。(今でも売っているし、Kindle版もある。)

神谷先生が久しぶりの登場だった。邦子と話しているシーンで、邦子が神谷先生の手をみておどろいていた。まめができている。神谷先生は、童話だけでは食べていくことができなくて、日雇いの仕事をしているという。ドラマのなかでは、日雇いと表現していたが、昔風のいいかたでいえば、土方、土工、である。(このうち、土方はATOKは変換してくれないことばになってしまっている。)今風にいえば、建築労働者とでもなるだろうか。そこで、神谷先生は、日雇いの仕事をしていると、いろんな人に会えると言っていた。このドラマではあまり登場しないような、社会の底辺で生活する貧困層の肉体労働者ということになる。(なお、こういうイメージを残していたのが、『巨人の星』の星一徹ということになるが。昭和30~40年代のころのことになる。)

手を見れば、その人の働いている状況が分かる。こういうことが、普通の日常生活のなかで、人びとの感覚としてあった時代である。

喫茶店の泉が閉店する。その営業を泰輔おじさんがひきつぐ。再開のパーティに、軍人になった頼介が招待されてやってくる。そこで、今の日本の世相(昭和9年)について、軍人が要人暗殺などを計画するのは)、そもそも社会の困窮が原因で、政治がきちんとしていないからである……ということを話す。昭和の戦前というと、司馬遼太郎の史観になるが、軍部の横暴の時代ということでイメージされることになるが、しかし、この時代の地方の農村の困窮は大きな社会問題であった。陸軍の軍人は、その農村出身の兵士たちを見ていることになるので、社会の根本にある格差と貧困については、どうにかしなければならないと思っていたことになる。それが政治で解決できなかったことが、日中戦争、太平洋戦争に、つながっていくことになるというのが、おおかたの認める歴史である。

演奏旅行に出かけた要から電報がきて、蝶子は加津子をつれて北海道に行く。そして、滝川に、親子三人ではじめて行く。父親の俊道は、蝶子たちの結婚を許していなかった。数年ぶりの帰郷ということになる。お父さんの俊道が、要と会うシーンは、なるほどこんなふうだろうなあと思わせるものであった。

一番印象に残るのは、やはり最後の蝶子の科白である。加津子をあやす俊道の姿を見て、「父さん、老けたね」とつぶやく。娘として父親を見て育ったからこそ言える科白であり、これまで、このドラマで描いてきたことのすべてが、この科白のなかに凝縮されている。たった一言の科白であるが、この脚本はすばらしいと思う。

2025年7月26日記

『とと姉ちゃん』「常子、プロポーズされる」2025-07-27

2025年7月27日 當山日出夫

『とと姉ちゃん』「常子、プロポーズされる」

この週で、少し年月がたっている。三女の美子が女学校に行っている。常子、鞠子と同じ学校である。たぶん、制作のコスト(制服など)の手間をはぶいたという印象がある。三姉妹が、同じ女学校に行かなくてもいいと思ったりもする。この時代、いくら東京とはいえ、女学校に行くのは、女性としては高学歴ということになるはずである。

ドラマの進行とともに、小橋の家のなかでは、いろいろと問題がある。常子が、父親から受け継いだ「家訓」は守るのが難しくなっていく。ただ、これも、浜松の家で、子どもたちが小さいうちのことであったと思えば、東京に来て、常子が働きに出て、妹たちも女学校に通っている、という状況では、難しいことはたしかだろう。

星野は、植物学の勉強を続けるために大阪に行くことになる。そこで、常子にプロポーズするのだが、常子としては、家族をおいて自分が大阪に行くことをためらう。このあたりは、小橋家の家長としての常子、ということになる。

このドラマの最初の放送のときも見ているのだが、そのときは特に気にならなかったことであるが、森田屋のお弁当屋さんの家族の描写が非常にいいと感じる。この時代、家族経営の深川のお弁当屋さんとは、こんなものだったのだろうか、という雰囲気をうまく出している。実際はどうだったかということは、考えることになるが、ドラマとしては、ごく自然な描き方で無理がない。

この森田屋に住まいする小橋の一家と、森田屋の人びとのとの、距離感の描写が絶妙にうまいと感じる。一つ屋根の下に暮らしている家族として、お互いに助け合うというところがある一方で、常子が初めてもらった給料で買ったお肉ですき焼きをするときは、これは常子たちのものだから、という。こういう微妙な距離感が、常子たちにとって、東京での生活を安穏なものにしていることになる。

2025年7月26日記

『あんぱん』「あなたの二倍あなたを好き」2025-07-27

2025年7月27日 當山日出夫

『あんぱん』「あなたの二倍あなたを好き」

このドラマはあいかわらず世の中の評判になっているのだが、私は見ていて、あまり面白いとは思わない。いろいろと理由はあるが、過去の時代に生きた人間を描くドラマとして見た場合、どうしても、その時代の人間という感じがしないのである。これが、明治以前の昔だったら、まあそんなものかなと思って見ることもできるのだろうが、昭和の戦前から戦後のことになると、自分の一つ上の世代のことになり、なんとなく、その時代を生きていた人間についての感覚というのがある。

のぶは、薪鉄子議員のところではたらくことになり上京する。このドラマのこれまでもそうなのだが、高知と東京との間のことが、あまりにも気軽に行き来できるように思える。交通機関の問題もあるが、心理的・文化的・社会的な距離の感覚としては、もっと遠くに感じていただろうと思えてならない。この時代、高知に住んでいる人たちは、東京までの距離をどのように生活のなかで感じていたのだろうか。

東京の有楽町のガード下に、闇市があり、戦災孤児・浮浪児たちがいたということは、そうだろうと思う。このドラマでは、闇市のセットもかなり念入りに作ってあると感じる。いくつか店がならび、いろいろと売っている。闇市のエキストラの人数も多い。だが、それだけなのである。このドラマを見ていて、この時代の雰囲気というものを、画面から感じないのである。

戦争が終わって、解放された気持ちがある一方で、これから先どうなるか分からないという絶望感もあったかもしれない、活気と混乱のある、その混濁した猥雑な社会の雰囲気が、まったく感じられない。テレビの画面にはたくさんのものや人が映っているのだけれども、空気の雰囲気が希薄なのである。(非常に印象的な言い方しかできないのだけれど。おそらく、このあたりの感じ方は、見る人によって異なってくるところだろうとは思うのだが。)

見ていていくつか気になるところがある。

のぶは、嵩のことを、いつでも「たかし」と言っている。八木の前でも、「たかし」である。これは、おかしいと思う。嵩の軍隊時代の上官だった八木の前では、「やないさん」と言うべきだと思う。私は見ていて、こういう人物の呼称については、非常に気になる。対人関係のなかでの人の呼称というのは、やはり大事な部分だと思う。(まあ、ドラマのなかで一貫性を持たせたいということなのだろうとは思うけれど。)

高知で地震が起こる。戦後にあった、昭和南海地震である。

地震のあった翌日の東京の新聞に大きく記事が出ていた。だが、ドラマの後のこととしては、東京と高知の間は、電話が不通で通信手段がなかった、ということである。では、新聞社は、どうやって高知の被害の状況などの情報を入手して、新聞の一面の大きな記事にしたのだろうか。電話が通じないとしても、無線(この時代であれば、モールス信号だろう)は可能だったかもしれないが、それで、新聞に十分な情報が得られたのだろうか。そもそも、現地の高知でも、被害の状況把握も出来ていないようなときにである。高知新報でも、被害の把握もできていないし、嵩が無事かどうかも分かっていなかった(これは、嵩の問題ではあったのだが。)

数日たって、やっと高知の高知新報と東京の薪鉄子のオフィスとが、電話がつながった。このとき、電話にはのぶが出て、朝田の家の家族のことと、嵩の安否を、話していた。これは、おかしい。やっとつながった電話ならば、まず、話しをすべきは、高知の今の被害の状況と、東京の薪議員として何をなすべきか、という話しであるはずである。でなければ、高知新報の会社と東京の薪鉄子のオフィスが、電話が可能になったことの意味がない。(ここも、のぶと嵩の気持ちの行き違いを電話の会話で表現しようということなのだろうとは思うが、しかし、状況を考えるとあまりにも不自然である。)

この地震のことも、金曜日の放送の回になると、もう無かったことのようになっている。ただ、被害にあったかもしれない嵩のことを思うのぶの気持ちを、電話で話をして、そのすれ違いを描きたかったために地震のことを出してきただけと思える。この地震と高知新報の新聞社としての仕事、それから、GHQの検閲、こういうエピソードを描くこともできただろうにと思うのだが。

金曜日になって、嵩が有楽町ののぶの前に現れる。高知での仕事を徹夜で終わらせて来たと言っていたが、まず、切符がすぐに手に入ったのかどうか。この時代、高知から東京まで、思いたってすぐに来ることができるようなことはなかったと思える。長距離を旅してきた(二日はかかったはずだが)とは思えず、身なりもこざっぱりしている。こういうところは、私には、いかにも不自然に思えてしかたがない。

のぶの東京での住居は、どうやら有楽町のガード下らしい。昭和21年のころ、街には浮浪児やパンパンがいる、こういうところに、手頃な空き部屋があって、そこに、若い女性(この時点でのぶは未亡人)が一人で住むということが、ありえただろうか。(まったく無理だったとは思わないけれど、かなり不自然な印象がどうしてもある。)

八木は言う。空腹が満たされればそれでいいのか……という意味のことを言う。浮浪児たちには、ゴーリキーの『どん底』を読んで聞かせる。これはこれで面白い部分だとは思うのだが、しかし、その人物的な背景が分からない。戦時中の軍隊のときから、八木は謎の存在だった。これは、いいとしても、なぜ、八木がそのような人物であり、そのようなことばを口にするのか、その背景説明になるべき人物描写が皆無なのである。このような生いたちや経歴があって、こんなふうに考える人間になった、という部分の説明がまったくない。だから、せっかくのいい科白に説得力がない。

ドラマの作り方としては、その登場人物に、その科白を言わせるために、それまでにどんな人物であったか(生まれや育ちや経歴など)を、それとなくはさみこんでおいて、ここぞというときに、その科白を言わせるのでなければ、ただ、画面のなかでかっこいい(ように見える)科白をしゃべっているだけになってしまう。

こういう部分で、ドラマ全体を見わたしたうえでの設計ができていない、と感じてしまうことになる。(あるいは、これから、八木がどんな人生をこれまでに歩んできたか説明があるのかもしれないが、後から言っても遅いと思う。)

セットの準備の都合なのだろうと思うが、高知の御免与の嵩の家は無くなってしまったようだ。御免与は空襲はなかったはずだから、ドラマのなかでは自然に消滅したということになる。この家には、電話があったから、のぶの母親の羽多子が、電話を東京ののぶにかけたいと思ったならば、嵩の家の電話を借りるのが、普通だろうと思う。(昔、電話のある家というのは、数が少なかったから、ちょっとぐらい距離のある家にでも借りに行ったものである。田舎ではそうであった。こういうのも、もう、いまでは失われてしまった生活の感覚かもしれないが。)

これまででもそうだったが、この時代、まだ長距離の電話が、ダイヤルを回して直通でかけられるということはなかった。まず電話局に申し込んで、交換手につないでもらうのを、しばらく待たなければならなかった。こういう電話にまつわる知識ということも、忘れられてしまったことになる。

同時に放送しているのが、朝は『チョッちゃん』であり、昼は『とと姉ちゃん』である。どうしても見比べてしまうことになるのだが、過去のドラマの方が、そのドラマの舞台とした時代を感じさせる。この時代に、こんなふうに感じて生きていた人たちがいたのか、と思うところがある。しかし、『あんぱん』には、それがまったくない。時代設定が現代のドラマとして見れば、そうかなと思えるぐらいである。

そして、登場人物が手を動かしながら科白を言う場面が少ない。お弁当屋さんで調理の仕事をしながらの会話(『とと姉ちゃん』)、おじさんとおばさんが長火鉢をはさんでものを食べたりお酒を飲んだりしながらの会話(『チョッちゃん』)、こういうシーンを見ると、『あんぱん』の演出と演技がからっぽに思えてしかたがないのである。

2025年7月25日記