時をかけるテレビ「隣人たちの戦争〜コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々〜」 ― 2025-09-03
2025年9月3日 當山日出夫
時をかけるテレビ 隣人たちの戦争〜コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々〜
オリジナルは、1999年の放送。
コソボのこのエリアの人びとについては、NHKのBSスペシャルで、その後のことを、今年になってから放送している。それを見たときに思ったことを書いた。再掲載しておく。
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BSスペシャル「隣人たちの戦争 〜憎しみの通り “敗者”の25年〜」
2025年5月1日 當山日出夫
BSスペシャル 隣人たちの戦争 〜憎しみの通り “敗者”の25年〜
録画してHDに残っていたのをようやく見た。
コソボ紛争については、あまりはっきりとした記憶がない。NATOによる空爆の是非をめぐって、いろいろと議論のあったことは憶えている。だが、そもそもの旧ユーゴスラビアの崩壊と、その後のさまざまな紛争については、はっきりいってややこしすぎて、よく分からないというのが実際である。
しかし、私の年代として、はっきりと記憶していることは、昔のユーゴスラビアという国は、日本の一部の知識人(左翼といってもいいと思うが)からは、絶賛されていた国であったことである。特に、チトー大統領は、すぐれた政治指導者として、ユーゴスラビアの政治が、多民族共生(今のことばでいえば)の見本のように語られていたことである。それが、幻想であったことが、冷戦終結後の特にユーゴスラビアの崩壊をめぐって起こったことである、というのが、まず私が思うことになる。
コソボ紛争までは、隣人同士が異なる民族であっても仲よく生活していた……ということで番組は作ってあったのだが、まず、このあたりの前提からすこしひっかかるところがある。仲よく暮らせたのは、仲がよかったからである……というような同語反復的な説明でしかないように思える。
ここは、異なる民族どうしが、なぜそれまで仲よく生活できていたのか、歴史的経緯の説明がほしいところなのだが、おそらく番組の作り手としては、ここの部分は意図的にカットしているのだろうと思う。
私として思うことは、普通に生活している普通の人びとが、状況によっては、どれほど残虐になりうるのかという、これ自体としては、世界の歴史のなかでいくらでもおこってきた、ありふれたことの一つということで理解することになる。(だから、残虐行為が正当化されるということはないのだけれど。)
NHKの番組の作り方として、憎悪の連鎖、という部分をできるかぎり描かない、ということがあるのだろうとは思う。どうしても、こういう部分のバイアスのかかった番組として見ることになる。(これはこれで、一つの偏見だろうとは思うのだけれども。)
映像を見ていれば、アルバニア系の人びとがイスラムの信仰をもつ人びとであることは分かる。だが、番組のなかで、イスラムということばはまったく使っていなかった。登場していた人が、神、ということばをつかってはいたが、それが、どういう神なのか(どういう信仰にもとづくものなのか)、説明はなかった。そういう方針で作ったことは理解できるつもりではいるが……民族対立、宗教対立ということを言いたくない…、しかし、これはフェアではないという印象がどうしてもある。
民族の対立、宗教の対立を、(強いて言えば)押さえ込んでいた、隠していたのが、かつての旧ユーゴスラビアの国家ということになるのかもしれないが、だからといって、社会主義国家の方がすばらしいとはいえない……だが、こういうことにまったくふれないでいるというのも、どうかなと思わざるをえない。
2025年4月25日記
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過去の放送を見て思うことがいつつかある。
1999年の放送では、イスラム、ということをはっきり言っていた。しかし、現在になると、イスラムということばを避けている。おそらく意図的に使わなかったのだろう。また、民族、ということばも、昔はつかっていたが、現在では避けている。このあたりが、この問題をあつかうややこしさの一つだろうと思う。
民族や宗教による対立、ということを避ける立場で描くならば、世界における紛争のかずかずをどう考えるか、枠組みを失ってしまうと思えるのだが、逆に、単純に民族や宗教の対立に還元できない、その他のいろんな要因がある、ということになる。
コソボの紛争の特徴(?)は、組織的な指導者がいないこともある。現在の、ロシアのプーチン大統領とか、イスラエルのネタニヤフ首相とか、リーダーであると同時に、批判する側からすれば、ヒトラーに擬することができるような存在がいない。
つまり、異なる民族や宗教が隣接して居住するとき、そこに軋轢が生まれるのは、自然なこととも理解することもできる。逆に、隣人として、仲よくすることもできる。この人間というものの複雑さに直面せざるをえなくなる。ただ、あいつが悪いからだ、と特定の人物を否定的に語ればいいということではない。
昔なら、せいぜい、棍棒でなぐりあうぐらいのことしかできなかったものが、現在では、機関銃でなぎはらうことができるようになった……ということはあるだろう。
今の番組で、サヘル・ローズが登場して語るのは、適役かと思う。その言っていたこととして、自分自身のなかにも、憎悪の感情があることを否定できない、と言っていた。こういう言い方は希である。これは、普通の日本の(というしかないが)コメンテーターだったら、一般的なヒューマニズムで論じて、憎悪はいけないことだと言うしかない場面である。
素朴なヒューマニズムの感情と、憎悪の感情が、一人の人間のなかに同居することがある、これが人間というものなのである。理想的に、憎悪の連鎖を断ち切れば、というだけではすまないのが、人間が生きてきた歴史であり、現在の世界の有様である、と考えるべきである。こういう問題を語るときに問われるのは、理想だけを語ることではなく、現実を見つめて人間とはどういうものなのかということへの洞察でなければならない。人間のうちにある憎悪の感情をみとめるところからしか(同時に博愛の精神もあるのだが)、現実的に意味のあることは何であるのか、想像し構想することはできない。
人間は、ときとして運命を甘受しなければならないときもある……こう思うことは、残酷なことかもしれないが、この人間の世界とはこういうものだと、私は思うことになる。
やはり思うことは、旧ユーゴスラビアを、多民族共生の理想国家として賞賛していた人たち(日本における、いわゆる革新、リベラルという人たち)の欺瞞である。いや、それを欺瞞と思うことさえなかったかもしれないと、今になると思うことになる。池上彰も、こういうことは十分に分かっているはずだが、この番組としては、そこを語ることはできないであろう。
2025年8月30日記
時をかけるテレビ 隣人たちの戦争〜コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々〜
オリジナルは、1999年の放送。
コソボのこのエリアの人びとについては、NHKのBSスペシャルで、その後のことを、今年になってから放送している。それを見たときに思ったことを書いた。再掲載しておく。
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BSスペシャル「隣人たちの戦争 〜憎しみの通り “敗者”の25年〜」
2025年5月1日 當山日出夫
BSスペシャル 隣人たちの戦争 〜憎しみの通り “敗者”の25年〜
録画してHDに残っていたのをようやく見た。
コソボ紛争については、あまりはっきりとした記憶がない。NATOによる空爆の是非をめぐって、いろいろと議論のあったことは憶えている。だが、そもそもの旧ユーゴスラビアの崩壊と、その後のさまざまな紛争については、はっきりいってややこしすぎて、よく分からないというのが実際である。
しかし、私の年代として、はっきりと記憶していることは、昔のユーゴスラビアという国は、日本の一部の知識人(左翼といってもいいと思うが)からは、絶賛されていた国であったことである。特に、チトー大統領は、すぐれた政治指導者として、ユーゴスラビアの政治が、多民族共生(今のことばでいえば)の見本のように語られていたことである。それが、幻想であったことが、冷戦終結後の特にユーゴスラビアの崩壊をめぐって起こったことである、というのが、まず私が思うことになる。
コソボ紛争までは、隣人同士が異なる民族であっても仲よく生活していた……ということで番組は作ってあったのだが、まず、このあたりの前提からすこしひっかかるところがある。仲よく暮らせたのは、仲がよかったからである……というような同語反復的な説明でしかないように思える。
ここは、異なる民族どうしが、なぜそれまで仲よく生活できていたのか、歴史的経緯の説明がほしいところなのだが、おそらく番組の作り手としては、ここの部分は意図的にカットしているのだろうと思う。
私として思うことは、普通に生活している普通の人びとが、状況によっては、どれほど残虐になりうるのかという、これ自体としては、世界の歴史のなかでいくらでもおこってきた、ありふれたことの一つということで理解することになる。(だから、残虐行為が正当化されるということはないのだけれど。)
NHKの番組の作り方として、憎悪の連鎖、という部分をできるかぎり描かない、ということがあるのだろうとは思う。どうしても、こういう部分のバイアスのかかった番組として見ることになる。(これはこれで、一つの偏見だろうとは思うのだけれども。)
映像を見ていれば、アルバニア系の人びとがイスラムの信仰をもつ人びとであることは分かる。だが、番組のなかで、イスラムということばはまったく使っていなかった。登場していた人が、神、ということばをつかってはいたが、それが、どういう神なのか(どういう信仰にもとづくものなのか)、説明はなかった。そういう方針で作ったことは理解できるつもりではいるが……民族対立、宗教対立ということを言いたくない…、しかし、これはフェアではないという印象がどうしてもある。
民族の対立、宗教の対立を、(強いて言えば)押さえ込んでいた、隠していたのが、かつての旧ユーゴスラビアの国家ということになるのかもしれないが、だからといって、社会主義国家の方がすばらしいとはいえない……だが、こういうことにまったくふれないでいるというのも、どうかなと思わざるをえない。
2025年4月25日記
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過去の放送を見て思うことがいつつかある。
1999年の放送では、イスラム、ということをはっきり言っていた。しかし、現在になると、イスラムということばを避けている。おそらく意図的に使わなかったのだろう。また、民族、ということばも、昔はつかっていたが、現在では避けている。このあたりが、この問題をあつかうややこしさの一つだろうと思う。
民族や宗教による対立、ということを避ける立場で描くならば、世界における紛争のかずかずをどう考えるか、枠組みを失ってしまうと思えるのだが、逆に、単純に民族や宗教の対立に還元できない、その他のいろんな要因がある、ということになる。
コソボの紛争の特徴(?)は、組織的な指導者がいないこともある。現在の、ロシアのプーチン大統領とか、イスラエルのネタニヤフ首相とか、リーダーであると同時に、批判する側からすれば、ヒトラーに擬することができるような存在がいない。
つまり、異なる民族や宗教が隣接して居住するとき、そこに軋轢が生まれるのは、自然なこととも理解することもできる。逆に、隣人として、仲よくすることもできる。この人間というものの複雑さに直面せざるをえなくなる。ただ、あいつが悪いからだ、と特定の人物を否定的に語ればいいということではない。
昔なら、せいぜい、棍棒でなぐりあうぐらいのことしかできなかったものが、現在では、機関銃でなぎはらうことができるようになった……ということはあるだろう。
今の番組で、サヘル・ローズが登場して語るのは、適役かと思う。その言っていたこととして、自分自身のなかにも、憎悪の感情があることを否定できない、と言っていた。こういう言い方は希である。これは、普通の日本の(というしかないが)コメンテーターだったら、一般的なヒューマニズムで論じて、憎悪はいけないことだと言うしかない場面である。
素朴なヒューマニズムの感情と、憎悪の感情が、一人の人間のなかに同居することがある、これが人間というものなのである。理想的に、憎悪の連鎖を断ち切れば、というだけではすまないのが、人間が生きてきた歴史であり、現在の世界の有様である、と考えるべきである。こういう問題を語るときに問われるのは、理想だけを語ることではなく、現実を見つめて人間とはどういうものなのかということへの洞察でなければならない。人間のうちにある憎悪の感情をみとめるところからしか(同時に博愛の精神もあるのだが)、現実的に意味のあることは何であるのか、想像し構想することはできない。
人間は、ときとして運命を甘受しなければならないときもある……こう思うことは、残酷なことかもしれないが、この人間の世界とはこういうものだと、私は思うことになる。
やはり思うことは、旧ユーゴスラビアを、多民族共生の理想国家として賞賛していた人たち(日本における、いわゆる革新、リベラルという人たち)の欺瞞である。いや、それを欺瞞と思うことさえなかったかもしれないと、今になると思うことになる。池上彰も、こういうことは十分に分かっているはずだが、この番組としては、そこを語ることはできないであろう。
2025年8月30日記
100年後も、旅に出る。「大阪編1」 ― 2025-09-03
2025年9月3日 當山日出夫
100年後も、旅に出る。「大阪編1」
テレビの番組表を見ていて、たまたま目にとまったので録画しておいた。かなり面白かったのだが、こういう内容なら、「小さな旅」でやってもいいだろうし、新世界とか通天閣あたりのことなら、「ドキュメント72時間」でも面白いものがつくれるかもしれない(もう、とりあげたのかとも思うが。)
大阪の新世界、それから、天王寺公園のあたりが、昔の博覧会の跡地利用であった。(さて、日本で近代になってから、いっぱい博覧会が開かれてきたのだが、それがその後の跡地利用としては、どうなったかという研究とか調査はあるのだろうか。これは、たぶん、とても面白いと思う。1970年の大阪万博の跡地には、公園と国立民族学博物館ができているし、愛地球博の跡地には公園とジブリパークがある。明治の京都の博覧会の跡地は、平安神宮になったはずである。)
健全な娯楽とか、庶民の歓楽街、ということで作ったことになるが、しかし、時代のことを考えると、その一歩裏には、かなりいかがわしい商売があったとしてもおかしくはない。いや、昔は、娯楽とか遊びの範囲が、現代とは違っていたということで考えなければならないだろう。
新世界の商店街に、100年以上つづく店が数軒残っているのは、たくさん残っているというべきか、これだけしか残らないというべきか。だが、残っている店は、それなりに面白い。
店の天井からザルがさげてあって、中にお金がいれてあって、それで会計をしていた。こんなのは、私の子どものころであれば、普通のことだったが、いつのまにか姿を消した。今では、多くの店が、商品のバーコードを読みとっての決済になっている。この方が、商品の管理がやりやすいことはたしかである。それにキャッシュレス決済になれば、面倒なことははぶける。合理的になるとはいえるだろうが、昔ながらのザル方式も、ある意味では、便利である。ごまかしやミスさえなければ、ザルの中の現金がすべてということになる。
コロッケを買って、店頭で立ちながら食べる、このような光景は、今では珍しいものではなくなっているが、これも、新しい日本の生活のスタイルの一つかもしれない。(私の記憶としては、立ちながら、歩きながら、ものを食べるというのは、お行儀の悪いことの一つだった。)
下駄を買っていくのが、外国人が多いというのは、今の時代である。
澤野工房JAZZのCDは、今では、(当然ながら)オンラインで買うことができる。店内の机の上にあったのは、Bang & Olufsen かなと思って見ていたのだが、とっても音に凝っていることは分かる。
ヨーロッパの洗練されたジャズと、大坂の新世界の下駄屋さんが、同居しているというのは、なんとも奇妙な感じがしなくはないが、しかし、世の中とはこんなものだという気もする。
柏原が葡萄の産地(デラウェア)であり、それを使ってのワイン造りというのは、面白い。地場産業として、やっていけるのだろう。ただ、葡萄の栽培のコストが問題かもしれないが。
それよりも、番組のなかで少しだけ言っていたこととして、この柏原のあたりが、江戸時代には、木綿産地として栄えた地域であった。河内木綿ということばで残っている。明治になって輸入品におされて姿を消したということだが、これは、おそらくは英国製品なのだろうか。大英帝国の世界貿易の支配が、大坂のこの地域の人びとのくらしに影響していたことになる。
2025年8月29日記
100年後も、旅に出る。「大阪編1」
テレビの番組表を見ていて、たまたま目にとまったので録画しておいた。かなり面白かったのだが、こういう内容なら、「小さな旅」でやってもいいだろうし、新世界とか通天閣あたりのことなら、「ドキュメント72時間」でも面白いものがつくれるかもしれない(もう、とりあげたのかとも思うが。)
大阪の新世界、それから、天王寺公園のあたりが、昔の博覧会の跡地利用であった。(さて、日本で近代になってから、いっぱい博覧会が開かれてきたのだが、それがその後の跡地利用としては、どうなったかという研究とか調査はあるのだろうか。これは、たぶん、とても面白いと思う。1970年の大阪万博の跡地には、公園と国立民族学博物館ができているし、愛地球博の跡地には公園とジブリパークがある。明治の京都の博覧会の跡地は、平安神宮になったはずである。)
健全な娯楽とか、庶民の歓楽街、ということで作ったことになるが、しかし、時代のことを考えると、その一歩裏には、かなりいかがわしい商売があったとしてもおかしくはない。いや、昔は、娯楽とか遊びの範囲が、現代とは違っていたということで考えなければならないだろう。
新世界の商店街に、100年以上つづく店が数軒残っているのは、たくさん残っているというべきか、これだけしか残らないというべきか。だが、残っている店は、それなりに面白い。
店の天井からザルがさげてあって、中にお金がいれてあって、それで会計をしていた。こんなのは、私の子どものころであれば、普通のことだったが、いつのまにか姿を消した。今では、多くの店が、商品のバーコードを読みとっての決済になっている。この方が、商品の管理がやりやすいことはたしかである。それにキャッシュレス決済になれば、面倒なことははぶける。合理的になるとはいえるだろうが、昔ながらのザル方式も、ある意味では、便利である。ごまかしやミスさえなければ、ザルの中の現金がすべてということになる。
コロッケを買って、店頭で立ちながら食べる、このような光景は、今では珍しいものではなくなっているが、これも、新しい日本の生活のスタイルの一つかもしれない。(私の記憶としては、立ちながら、歩きながら、ものを食べるというのは、お行儀の悪いことの一つだった。)
下駄を買っていくのが、外国人が多いというのは、今の時代である。
澤野工房JAZZのCDは、今では、(当然ながら)オンラインで買うことができる。店内の机の上にあったのは、Bang & Olufsen かなと思って見ていたのだが、とっても音に凝っていることは分かる。
ヨーロッパの洗練されたジャズと、大坂の新世界の下駄屋さんが、同居しているというのは、なんとも奇妙な感じがしなくはないが、しかし、世の中とはこんなものだという気もする。
柏原が葡萄の産地(デラウェア)であり、それを使ってのワイン造りというのは、面白い。地場産業として、やっていけるのだろう。ただ、葡萄の栽培のコストが問題かもしれないが。
それよりも、番組のなかで少しだけ言っていたこととして、この柏原のあたりが、江戸時代には、木綿産地として栄えた地域であった。河内木綿ということばで残っている。明治になって輸入品におされて姿を消したということだが、これは、おそらくは英国製品なのだろうか。大英帝国の世界貿易の支配が、大坂のこの地域の人びとのくらしに影響していたことになる。
2025年8月29日記
ワールド・トラックロード 〜俺の助手席に乗らないか〜「オーストラリア編」 ― 2025-09-03
2025年9月3日 當山日出夫
ワールド・トラックロード 〜俺の助手席に乗らないか〜 オーストラリア編
再放送である。最初は、2023年1月2日。
録画しておいて、朝の早い時間に、ゆっくりと見た。
こういう番組を見るときは、あまりものを考えないようにしているのだが、それでも、見ながらいろいろと思うことがある。
まず、当たり前のことなのだが、オーストラリアでは、自動車が道の左側を走る。(テレビなど見ていて、自動車が走る場面があると、道の左右のどちらを走っているか、気になる。オーストラリアで、道の左を走るというのは、大英帝国の名残、ということなのだろう。)
それにしてもトラックが大きい。移動のルートを見ると、内陸をトラックで運ぶよりも、船で運んだ方がいいようにも思えるのだが、陸上輸送をするには、それなりの理由があるのだろう。
道は二車線。四車線の道は映っていなかった。しかし、ほとんどまっすぐの道が多いし、交通量も少ない。対向車など、ほとんどいない。
トラックは、ゆっくりと走るので、追い越したい自動車(これもトラック)とは、無線で交信するらしい。いったいどういうシステムになっているのだろうか。
ゆっくり走っているとはいっても、一日の走行距離が1000キロ近くになる、というのは、とてつもない距離だという印象である。いくら信号で止まることがないような道ばかりとはいえ、一日にいったい何時間運転しているのだろうか。(今の日本だったら、法令違反になりそうである。)
道の途中でカメを見つけるシーンは、面白かったが……このとき、画面を見ていると、鉄道の線路があって、それを横切っている。日本のルールだと、絶対に一旦停止となるところだが、だだっぴろい見通しのいいオーストラリアでは、こういうことは気にしなくていいということなのだろうか。
距離の表示や表現が、「キロ」と「マイル」が混在している。英米圏だと、マイル、が一般的なのかなと思うが、メートル法も使っている。自動車のメーター類は、どちらの表示なのだろうか。
軽油の値段が高い。2023年の放送だから、ちょっと前のことになるが、日本での価格にくらべると、かなり高い。1リットル、220円、であった。
空の風景がとてもいい。青い空に白い雲があるだけなのだが、それがどこまでもつづく道の向こうに見える。
運転手の男性は、高校を卒業して、運転手の仕事についたらしい。結婚して、子どもが二人いて、自分の家がある。こういうのは、今の先端的な価値観からすると、個人の自由を束縛するものとしての、結婚制度であり家族であると否定的に見なされることが多いのだが、しかし、こういう番組のなかで、こういう人たちのくらしを見るということになると、昔ながらの(厳密にはこれも問題はあるのだが)こういう人びとの生活は、とても貴重なことに思える。このような働く人たち……ブルーカラーということになるが……が、充足して生活をおくれる世の中が、できれば残して継承していきたいもの、と思うことになる。
2025年8月31日記
ワールド・トラックロード 〜俺の助手席に乗らないか〜 オーストラリア編
再放送である。最初は、2023年1月2日。
録画しておいて、朝の早い時間に、ゆっくりと見た。
こういう番組を見るときは、あまりものを考えないようにしているのだが、それでも、見ながらいろいろと思うことがある。
まず、当たり前のことなのだが、オーストラリアでは、自動車が道の左側を走る。(テレビなど見ていて、自動車が走る場面があると、道の左右のどちらを走っているか、気になる。オーストラリアで、道の左を走るというのは、大英帝国の名残、ということなのだろう。)
それにしてもトラックが大きい。移動のルートを見ると、内陸をトラックで運ぶよりも、船で運んだ方がいいようにも思えるのだが、陸上輸送をするには、それなりの理由があるのだろう。
道は二車線。四車線の道は映っていなかった。しかし、ほとんどまっすぐの道が多いし、交通量も少ない。対向車など、ほとんどいない。
トラックは、ゆっくりと走るので、追い越したい自動車(これもトラック)とは、無線で交信するらしい。いったいどういうシステムになっているのだろうか。
ゆっくり走っているとはいっても、一日の走行距離が1000キロ近くになる、というのは、とてつもない距離だという印象である。いくら信号で止まることがないような道ばかりとはいえ、一日にいったい何時間運転しているのだろうか。(今の日本だったら、法令違反になりそうである。)
道の途中でカメを見つけるシーンは、面白かったが……このとき、画面を見ていると、鉄道の線路があって、それを横切っている。日本のルールだと、絶対に一旦停止となるところだが、だだっぴろい見通しのいいオーストラリアでは、こういうことは気にしなくていいということなのだろうか。
距離の表示や表現が、「キロ」と「マイル」が混在している。英米圏だと、マイル、が一般的なのかなと思うが、メートル法も使っている。自動車のメーター類は、どちらの表示なのだろうか。
軽油の値段が高い。2023年の放送だから、ちょっと前のことになるが、日本での価格にくらべると、かなり高い。1リットル、220円、であった。
空の風景がとてもいい。青い空に白い雲があるだけなのだが、それがどこまでもつづく道の向こうに見える。
運転手の男性は、高校を卒業して、運転手の仕事についたらしい。結婚して、子どもが二人いて、自分の家がある。こういうのは、今の先端的な価値観からすると、個人の自由を束縛するものとしての、結婚制度であり家族であると否定的に見なされることが多いのだが、しかし、こういう番組のなかで、こういう人たちのくらしを見るということになると、昔ながらの(厳密にはこれも問題はあるのだが)こういう人びとの生活は、とても貴重なことに思える。このような働く人たち……ブルーカラーということになるが……が、充足して生活をおくれる世の中が、できれば残して継承していきたいもの、と思うことになる。
2025年8月31日記
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