クラシックTV「点と線 つながるヒストリー」2025-09-26

2025年9月26日 當山日出夫

クラシックTV 「点と線 つながるヒストリー」

録画してあったのをようやく見た。

いわゆるクラシック音楽というのが、西洋の歴史の中で新しいことである、というのは、まあ、常識的なことだろう。バッハは江戸時代、元禄のころといってもいいだろうが、の人である。ざっくりいって、西洋の近代という時代の芸術、それが文学だったり、音楽だったり、また、美術だったり、これを日本では多く受け入れている。

日本で戦国時代の終わりのころ、キリシタン宣教師たちがやってきたのだが、キリスト教がやってきたと同時に、西洋音楽も入ってきた。また、鉄砲ももたらされた。キリシタン宣教師が、日本で布教のために学校を作っているが、そこでは、音楽も教えられていたはずである。信長や秀吉が西洋音楽を聴いたというのは、そのとおりだろうと思う。

シーボルトがピアノを持ってきていた、ということは知らなかった。これは今も山口県に残っている。

ペリーがやってきたとき、軍楽隊も一緒だった。絵に描かれているので、知っていたことではあるが、実際にどんな音楽を演奏したのかということは、あまり考えたことがなかった。

幸田延のバイオリンソナタは、いい曲だと感じる。幸田延をモデルに、NHKが朝ドラを作ったりしないだろうか。

山田耕筰の作曲した『赤とんぼ』の曲については、現代の国語学研究者、日本語の歴史の研究者なら、かならず知っているはずである。「あかとんぼ」ということばのアクセントについて、山田耕筰は、その時代の日本語のアクセントにしたがって曲を作った。つまり、時代によってアクセントが変化したが、その昔の形を、『赤とんぼ』は残していることになる。(こういう話しは、学生のときに、金田一春彦先生の授業で習ったことかと憶えている。)

日本語のアクセントにあわせて作曲する、というのが、昔は自然なこととして考えられていた。だが、近年の音楽(Jポップなどになるが)では、意図的になのだろうが、日本語のアクセントやリズムを、壊して曲を作ることが多い。こういうのは、私としては、あまりなじめないということになる。まあ、私が古い人間なのかとも思うが。(規定の日本語に合わせないということは、それはそれで、ひとつのカウンターカルチャーとしてのあり方ではある。)

バイオリンというと、夏目漱石の『吾輩は猫である』の中に、バイオリンを演奏することがでてくる。また、『それから』では、代助が、実家に行ってピアノを練習する子どもに手ほどきをするシーンもある。明治の終わりのころに、家にピアノのある家というのは、ごく一部のお金持ちだっただろう。今では、わりと普通の家にピアノのある時代になった。(ちなみに、我が家にもある。アップライトであるが。孫が大きくなったら使うかと思って、調律だけは定期的にしている。)

滝廉太郎の『荒城の月』は、NHKのドラマの『坂の上の雲』でロシアのペテルブルグで演奏されたシーンがあった。(このシーンは、司馬遼太郎の原作にはない部分である。)

北原白秋の「この道」の歌唱があったが、北原白秋の詩は、ことばの音楽であるといってもよい。これは、古い詩人に共通する。『荒城の月』の作詞は、土井晩翠であるが、漢語を基調としてた晩翠の詩もまた日本語の音楽であるといっていいい。「あかとんぼ」の作詞は、三木露風である。このような日本語の音楽というべき詩の感覚は、萩原朔太郎にも受けつがれている。草野心平の作品もそうだろう。

2025年9月22日記

サイエンスZERO「迷惑植物?“クズ”驚異の生命力に迫る」2025-09-26

2025年9月26日 當山日出夫

サイエンスZERO 迷惑植物?“クズ”驚異の生命力に迫る

HDに録画しておいたのが残っていたので、ようやく見た。

ちょうど今頃が葛の花のシーズンである。道路を歩いていて、地面に紫色の小さな花びらが落ちているのを見つけて、上をみると、木にからまった葛の花が咲いている。ただ、今年は、九月になってもものすごく暑いので、カメラを持って外を歩くということをしていない。もうちょっと涼しくならないと。

葛という吉野葛が有名である。テレビのニュースなど見ていると、葛を作る工場の様子とか、山の中にはいって葛を掘り出してくる仕事とか、紹介されることがある。これも、山の中から葛の根を掘り出すのは、重労働で、後継者がいない仕事になっているらしい。

葛からバイオ燃料が作れる、こういう基礎研究はとても大切だと思う。葛以外の植物についても、いろんな研究が進んでいることだろうと思う。(現在だとバイオ燃料というと、トウモロコシを使うことが多いかと思っている。人間が食べることのできるものを、いくらそれなりの事情があるとはいえ、燃料の原材料にしてしまうのは、なんかおかしいという気がしている。)

葛布は、古くから使われてきていて、今でも作っている。しかし、これも手間暇かかる仕事になるので、大規模なビジネスにはなりにくいかとも思う。しかし、残っていってほしいものの一つである。

速く成長して、栽培の管理に手間がかかるというわけでもなさそうであるので、広く利用法があればいいのにと思うが、どうなのだろうか。

一方で、都市部で電柱などにからまってしまう葛をどう除去するか、生えなくするかということの研究も必要になるにちがいないが。

2025年9月18日記

ドキュメント20min.「はじまりの空」2025-09-26

2025年9月26日 當山日出夫

ドキュメント20min. はじまりの空

帯広の航空大学校については、おそらくほとんどの人がそうであるかもしれないが、『舞いあがれ!』で出てきたので知っている。(ドラマとしては、あまり世評はよくなかったようだが、私は、けっこう面白いと思って見ていた。航空大学校のときのことよりも、東大阪のネジの町工場の人びとの描き方がよかったと思って見ていた。)

自分一人で、飛行機を操縦して、好きなところを飛べるというのは、これを経験した人でないと分からないことだろう。

もし、旅客機のパイロットになれば、決められた路線以外は飛べない。(自衛隊などのパイロットは、また別の意味での決まりがいろいろとあるだろう。)

興味深かったのは、訓練用の飛行機が、昔はアナログのメーターばかりだったのが、今では、デジタル表示のディスプレイがいくつかあるだけになっていること。こういうのは、時代の変化ということになる。

小型の練習機で飛ぶからこそ、人間の肌で感じる空というものがあるのだろう。こういう素朴な感動というのは、サン・テグジュペリのころから、そう大きく変わるものではないといっていいだろう。

2025年9月24日記