英雄たちの選択「明治日本を襲った試練 〜伊藤博文とロシア皇太子襲撃事件〜」2025-11-15

2025年11月15日 當山日出夫

英雄たちの選択 「明治日本を襲った試練 〜伊藤博文とロシア皇太子襲撃事件〜」

再放送である。

大津事件のことであるが、このことについては、とおりいっぺんの知識しかもちあわせていない。一般的には、司法の独立を守った、児島惟謙をたたえることとして語られることが多い。

雑談として、磯田道史が言っていたことだが……伊藤博文など、明治の政府を作った人間は、新撰組の襲撃をくぐり抜けて生きのびてきた人たちなので、こういう人たちの、状況判断の能力と、行動のすばやさ、こういうことは、考えて見てもいいだろうと思う。ただ、こういうことは、歴史学の論文として書くことは、とても難しいことであるにはちないないけれど、しかし、歴史を考える上では、こういう想像力というのは必要だろう。

児島惟謙は、司法の独立を守った偉人としてたたえられるのが一般である。しかし、山口真由が言っていたこととして、児島惟謙は、裁判所の管轄を守っていない。一般の刑法で裁く、殺人未遂として無期徒刑になる、大逆罪を適用しないということなら、大審院ではなく、大津地方裁判所に、審理をさしもどすということになるべきである。また、大審院の裁判官に、大逆罪を適用しないように説いて回ったということは、個々の裁判官の判断の独立性をおかした、ということになる。こういう意味では、法律の歴史として、児島惟謙のとった行為は、かならずしもほめられたものではないことになる。

外交的判断としては、もし死刑判決になっていたら、どうなっただろうか、という気もする。

結果的には、日本が法律を守る国であるという、近代国家としてのイメージを確立するのに役立ったことになる。

しかし、法の遵守という近代的な感覚が、日本の為政者のみならず一般の人びとに深く浸透していくには、まだまだ時間が必要だっただろうと思う。いや、現代でも、法律を越えて厳しく処罰すべきという声が、特に性犯罪などについては、多く聞かれる。まあ、一部の人たちにとっては、法律を守るということよりも、自分の信じる正しさを主張することの方に価値がある、ということなのだが。

番組の中では言っていなかったが、国際法(万国公法)の観点では、この事件は、どう見ることになるのだろうか。当時の帝国主義の国際関係の中で、ロシアや、その他の列強諸国は、それぞれにどう判断することになったのか、国際情勢の中での大津事件ということも、興味深いところである。

2025年11月11日記

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