『いだてん』あれこれ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」2019-10-29

2019-10-29 當山日出夫(とうやまひでお)

『いだてん~東京オリムピック噺~』第40回「バック・トゥ・ザ・フューチャー」
https://www.nhk.or.jp/idaten/r/story/040/

前回は、
やまもも書斎記 2019年10月15日
『いだてん』あれこれ「懐かしの満州」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/10/15/9165156

ラグビーのため、先週は、一回お休みなった。これはちょうどよかったのかもしれない。その前までで、戦争の話に区切りをつけて、この回から、戦後の話。一九六四(昭和三九)年の、東京オリンピックに向けて、心機一転、全速力で再スタートといったところであろうか。

この回を見て思ったこと……それは、一九六四年のオリンピックを開催した日本としてては、来年の二〇二〇年のオリンピックは開催すべきではなかった、という思いである。来年のオリンピックで、世界に見せたい日本など、どこにあるというのだろうか。平和の祭典になりうるのだろうか。あるいは、楽しいオリンピックになるのだろうか。

オリンピックのマラソンの開催地をめぐって、IOCと東京都で対立している。札幌での開催をもとめるIOC、それに対して、あくまでも東京での開催を主張する東京都。そもそも、真夏の一番暑い時に、オリンピックを開催するというのがまちがっている。そんなことは、立候補の時からわかっていたはずである。ならば、はじめから立候補などしなければよかったのである。

が、ともあれ、この回は、ドタバタとあっというまの四五分の放送時間であった。敗戦後の混乱から、スポーツをめざす、田畑や選手たち。そして、オリンピックを東京で開催することを決意し、政界に進出することにになる田畑政治。それは、自分の実家の財産を切り崩しての政界への転身でもあった。また、一方で、アジアにおける太平洋戦争の加害者としての日本、それを忘れてはいないアジアの人びと。だからこそ、東京でオリンピックをと意気込む田畑たち。それを、冷静に批判する平沢。そして、最後には、平沢が招致の最終プレゼンテーションのスピーチをすることになる。

東京オリンピック開催の決定にいたるプロセスを、なにもかも一緒にほうりこんで、あっというまのこととして描いていた。これはこれで、このドラマの作り方なのであろうと思う。ここには、一九六四年のオリンピックにむけて、ひたすらに頑張る人びとの姿がある。それを描くには、スピーディーな、ごったまぜの描写で一気に押し切るしかなかったのだと思う。

思い返してみれば、一九六四年の東京オリンピックには、夢があった。希望があった。その夢と希望を、このドラマは、描いていくことになるのだと思う。

ところで、この回では、志ん生がほとんど登場してきていなかった。まあ、無事に病院から退院したところは出てきたが。この志ん生……田畑たちをはじめとして、日本中が熱中したオリンピックを、たかがオリンピックごとき……と、笑い飛ばすだけの「毒」をもった存在であると思うのだが、今のところ、田畑たちの勢いに押されているようである。これから、その「毒」に期待したいものである。楽しみに見ることにしよう。

追記 2019-11-05
この続きは、
やまもも書斎記 2019年11月5日
『いだてん』あれこれ「おれについてこい!」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2019/11/05/9173068

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