私的「じんもんこん2007」覚え書き(5) ― 2007-12-24
今回は懇親会のこと。
会場は、京大会館の地下のレストラン。会場の設定の都合上、ここになることはやむをえない。別に文句があるわけではないが、だいたい、学会を開く場所と、懇親会場は、ワンセットになっていることが多い。(……また、同じ料理か……と思うこと、しばしば。)
学会の懇親会など、同じようなものだから、強いて書くこともないのだが、ひとつだけ、非常に印象に残ったことがある。集まった人の中で、代表で挨拶、あるいは、一言のコメント、というとき、洪(ホン)さん(IBM)の話しが面白かった。
以下、私の記憶で書いているので、細部の表現は、違っているかもしれないが、大意は間違えていないつもり。
洪さんは、もともと、農芸化学の専攻(東北大学)。それが、どういうわけか知らないが、IBMに入社することになり、また、人文学とコンピュータの世界にかかわることになった。国立民族学博物館で、大型計算機を導入したときにさかのぼる。
そのとき、洪さんは、IBMの担当者にきいたという。どうして自分なのか、と。その答えは、コンピュータ技術一辺倒ではない人材が必要だから、という。 また、IBMの担当者は、洪さんに、こうたずねたという。「君は、パソコンを知っているかね?」「いいえ、知りません」「これからはパソコンの時代だ。パラダイムシフトが起きる」
いま、ちまたでは、Web2.0 と言われているが……上記の話しは、今から20年以上もむかし、まだ、IBMの大型計算機が、世界を支配していた時代のこと。インターネットなど、まだ無いころのこと。
今の若手の研究者は、論文を書く=ワープロ、という時代で育ってきているから、どうとなく、聞き流す話しだろうと思う。しかし、卒論・修士論文と、万年筆と原稿用紙であり、紙の用例カード整理から解放されたいと思って、パソコン(NECのPC-9801)を使い始めた人間(私のような)にとっては、驚愕すべき話しである。
現在、IBMはパソコン事業から撤退してしまっている。しかし、大型計算機の世界を支配していたIBMが、パソコンの時代を予見し、それにそなえて人材を確保してきていたということ……これは、コンピュータの歴史のなかで、再確認しておくべきことであろう。
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