大学生のコンピュータリテラシの今2016-06-08

2016-06-08  當山日出夫

去年から、担当する授業を整理することにした。具体的には、コンピュータ操作の入門の授業を一つ辞めることにしたのである。

理由は主に次の二つである。

第一には、もう自分も年をとってきたので、そろそろ辞めにしたいという気になったことである。

一般の大学などにおける定年の年齢までには、まだ余裕がある。しかしである、大学生にコンピュータを教えるといっても、その大学生が生まれたのは、昔、Windows95が出てからのことになる。ものごころついたころには、身のまわりに、インターネットにつながったパソコンがあった世代である。その世代の学生を相手にして、Windowsはおろか、MS-DOS以前からパソコンを使っている人間が、もはやものを言う時代でもないだろうと思う。

大学生のコンピュータリテラシは、確かに向上している。もう、大学でWordやExcelの基本操作など、教えなくても、大丈夫だろうという気になっている。

第二には、これとは、まったく逆になるが、大学生のコンピュータリテラシが低下しつつあるので、ついていくのがつらくなってきた、ということにある。

その原因は、スマホ(スマートフォン)である。スマホひとつあれば、コンピュータでできることの、かなりのことをやってしまえる。私は実見したことはないが、スマホでレポートを書いてしまう学生もいるという。このような学生を相手にして、WindowsやWordの基本操作を教えるのは、骨がおれる。

以上、二つの理由。相反することがらであるが、これらのことが同時進行で起こっている。このような状況にあって、もはや私などの出る出番ではないな、と実感するようになってきた。

大学生のコンピュータリテラシは、今、両極端に分化してしまっている。コンピュータを使いこなす学生と、それができないでいる学生とにである。これから、大学生に対するコンピュータ教育は、どんどん難しいものになっていくにちがいない。その前に、私は、もう辞めようとと決断したことにになる。

それよりも、本がよみたいと思うようになった。(だから、このブログを再開してみたということもあるのだが。)