長谷部恭男『憲法とは何か』「立憲主義の成立」2016-07-13

2016-07-13 當山日出夫

昨日のつづきで、『憲法とは何か』を読んでみる。

長谷部恭男.『憲法とは何か』(岩波新書).岩波書店.2006
https://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0604/sin_k286.html

今般の参議院選挙をうけて、改憲の問題がどうなるか、ということはさておき、そもそも立憲主義とはどういうことなのか、専門家はどう考えるのか、見ておきたいと思ったからである。

立憲主義は、近代のヨーロッパに生まれたとある。

「人間らしい生活を送るためには、各自が大切だと思う価値観・世界観の相違にもかかわらず、それでもお互いの存在を認め合い、社会生活の便宜とコストを公平に分かち合う、そうした枠組みが必要である。立憲主義は、こうした社会生活の枠組みとして、近代のヨーロッパに生まれた。/そのために立憲主義がまず用意する手立ては、人々の生活領域を私的な領域と公的な領域とに区分することである。私的な生活領域では、各自がそれぞれの信奉する価値観・世界観に沿って生きる自由が保障される。他方、公的な領域では、そうした考え方の違いにかかわらず、社会のすべてのメンバーに共通する利益を発見し、それを表現する方途を冷静に話し合い、決定することが必要となる。」(pp.9-10)

そして、この立憲主義は、人間の本性に反するものだという。

「立憲主義は人間の本性に反している。社会全体の利益を考えるときには、自分が本当に大切だと思う価値観・世界観は一応括弧にくくって、他の価値観・世界観を抱く人にも分かるように議論をし、そうした人でも納得できるような結論にもっていくよう努力せよというわけであるから。」(pp.12-13)

「それでもやはり立憲主義は人の本性に反する。(中略)問題は、人々の価値観・世界観が、近代世界では、お互いに比較不能なほど異なっているということである。」(p.15)

このような立憲主義(人間の本性に反するもの)を確認したうえで、憲法改正に関連して、つぎのようにのべる、

「他人の心持ちどうこうしようと思って、なんとかなるというものではないし、憲法に書けば、なんとかなるというものでも、もちろんない。価値観・世界観の多元化した社会で、特定の価値を押しつけようとすれば、相手はますます反発するのがこれまた自然な反応である。」(p.18)

「多少とも結構そうなことであれば、何であれ憲法に一応書き込むべきではないかという、これまた人の気持ちとしては自然であるが、立憲主義にもとづく憲法にはふさわしくない議論も見受けられる。」(p.18)

として、具体的に、「プライバシー権」「環境権」をあげている。そして、「国を守る責務」については、

「憲法に「国を守る責務」が書き込まれていても、それ自体に意味はないし、法律ができていれば、憲法の条文は不要である。」(p.19)

とある。

現在、改正が一番問題になるであろう、第九条については、

「憲法九条の改正論についても同じことがあてはまる。従来の政府解釈で認められている自衛のための実力の保持を明記しようというだけであれば、何の意味もない「改正」である。これに対して、従来の政府見解で設けられているさまざまな制約――たとえば集団的自衛権の否定――を吹っ飛ばそうというのであれば、吹っ飛ばした後、どう軍の規模や行動を制約していくつもりなのかという肝心の点を明らかにすべきである。どう制約するのかの先の見通しもなく、どこの国とどんな軍事行動について連携するつもりなのか――アメリカが台湾を実力で防衛するとき、日本はアメリカと組んで中国と戦争するつもりはあるのか――さしたる定見もないままに、とにかく政治を信頼してくれでは、そんな危ない話にはおいそれと乗れませんとしかいいようがない。そこまで政治が信頼できるという前提にたつのであれば、憲法などもともと無用の長物である。」(p.20)

「あたかも、憲法の文言を変えること自体に意味があるかのような振りををするのはやめて、文言を変えたその結果はどうなるのか、というあまり面白くはないが、肝心な問題に注意を向けるべきときが、そろそろきているように思われる。」(p.21)

ここで再確認しておくと、この本『憲法とは何か』が出たのは、2006年である。今から、10年前のこと。まだ、安保法制とそれをめぐっての改憲などの議論がおきるはるか以前の話しである。

ここで私見をのべれば……日本の自衛隊の装備からして、軍事的に活動できる範囲は、東アジアに限定されているだろう。そして、当面の問題としては、北朝鮮、それから、中国、台湾の問題がある。これらの問題に、どのような局面で、どのように日本はあるべきか、アメリカや韓国とはどうすべきか、中期的な展望のもとに、具体案に即して、安保法制・改憲などの議論はすすめられるべきである。

また、憲法は多元的な価値観・世界観を保証しなければならない、という観点は重要だと思う。この意味では、憲法は「家族」とか「愛国心」とかにかかわるべきではないということになる。近代的な立憲主義にもとづいたうえで、改憲の論議はなされなければならない。