漱石『三四郎』の野々宮と野々宮さん2016-12-01

2016-12-01 當山日出夫

半藤一利.『漱石先生ぞな、もし』(文春文庫).文藝春秋.1996 (原著 文藝春秋.1992)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167483043

このところ、漱石関係の軽い本を、ぽつぽつと読んでいる。そのなかの一つ。この本の続編『続・漱石先生ぞな、もし』については、すでにふれた。

やまもも書斎記 2016年10月12日
半藤一利『続・漱石先生ぞな、もし』徴兵逃れのこと
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/10/12/8222873

今回は、最初に出た方の本を読んで気のついたことを、いささか。

『三四郎』について、つぎのように述べてある。ちょっと長くなるが引用する。

 小川三四郎の先輩にして、物理学者である野々宮宗八は、三四郎にとっては、美禰子をめぐっての恋のライバル(?)である。『三四郎』の愛読者には、そんなことは百も承知のことであろうが、では作者の漱石がこのふあーとした三角関係をいかなる工夫をもって描いているか、注目してみる価値がありそうである。

 『三四郎』という小説は原則として三四郎の「視点」によって描かれている。ほぼそれで一貫し、ときどき漱石先生は三四郎を第三人称で描出するが、まずは三四郎の目に映り、耳に聞こえ、心に思ったことが中心となっている。

 そこでライバル野々宮がどう扱われているか、探偵眼を光らせてちょっと注意すると、野々宮荘八どの、野々宮さん、野々宮君、そして野々宮の呼び捨て、とそのときどきで呼称が違うのに気付くのである。いちばん多いのは野々宮さん、つぎに野々宮君。いずれにせよ三四郎の先輩なのだから、これは当然のこと。注目すべきは野々宮と呼び捨てにするとき。

 漱石は、それを巧みに区別して使っているような気がわたくしにはする。思いつきに近く、あまりに確信のない話なんであるが……。たとえばその一例――、

以上、p.162、「野々宮と野々宮さん」から。

そして用例をあげたあとで、さらに次のようにある。

 野々宮と呼び捨てにしている場面が全部が全部そうとばかりいえないが、漱石は、美禰子をめぐって野々宮荘八が三四郎の胸のうちをかき乱すとき、かならず「さん」や「君」を取りはらっている。この点はたしかで、三四郎の妬ける心の動きをそこに示すかのように工夫しているようなのである。

(中略)

 はたして野々宮さんが真に恋のライバルなのかどうか、分明でないところに『三四郎』の面白さがある。それをはっきり示さずに、「野々宮」と呼び捨てにすることで三四郎の一方的な心理の焦りをだす。そんなところに、漱石の見事な小説作法があるように思うのであるが、どうであろうか。まるっきりの誤診かな。

以上、p.164

著者(半藤一利)は、「まるっきりの誤診かな」と言っているが、そんなことはないと思う。

また、最近でた本にも同じ趣旨のことがかいてある。

半藤一利.『漱石先生、探偵ぞなもし』(PHP文庫).PHP研究所.2016 (文庫オリジナル)
https://www.php.co.jp/books/detail.php?isbn=978-4-569-76659-1

「野々宮と呼び捨てにしている場面の全部が全部そうとばかりはいえないかもしれませんが、漱石は、美禰子をめぐって野々宮宗八が三四郎の胸のうちをかき乱すとき、かならず「さん」や「君」を取り払っている。この点はたしかで、三四郎の嫉ける心の動きをそこに示すかのように漱石先生は工夫しているようなのであります。」(p.192)

以上、長々と、半藤一利の言っていることを引用してきた。これは、次のことを書きたいがためである・・・実は、これとまったく同じ指摘が、日本語学の方面からもなされているのである。

これは長くなるので、明日につづく。

漱石『三四郎』の野々宮と野々宮さん(その2)2016-12-02

2016-12-02 當山日出夫

昨日のつづき。夏目漱石『三四郎』における、野々宮の呼称をめぐる問題である。

やまもも書斎記 2016年12月1日
漱石『三四郎』の野々宮と野々宮さん
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/12/01/8263506

今日とりあげるのは次の本。

小池清治.『日本語はいかにつくられたか?』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.1995 (原著 筑摩書房.1989)
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480082107/

この本は、日本語の歴史を、古事記・万葉集の時代から、近代の文学にいたるまでを概観した、ごくわかりやすい本である。(実は、この本を、以前は、日本語史の講義の教科書に使っていた。しかし、今は、もう絶版になってしまっている。)

第Ⅴ章「近代文体の創造 夏目漱石」を見ることにする。

まず、漱石のことばにはいくつかの層があることを指摘する。

  古語の層、江戸語の層、現代語の層

これらの各層が無頓着につかわれているとする。(pp.176-177)

「この無頓着ぶりは漱石の文体がいわゆる言文一致体でないことを如実にしめしていることになる。もし言文一致であるとすれば漱石の口頭語は古語、中世・近世語、現代語が渾然一体となった不思議な言語であったということになるからだ。/漱石が意を用いたのは言語の文学的用法であった。」(p.178)

として、

 A 野々宮宗八どの  一例
 B 野々宮さん    三例
 C 野々宮宗八    一例
 D 野々宮さん  一一八例
 E 野々宮君    七〇例
 F 野々宮     四〇例

と調査の結果をしめす(p.178)

「『三四郎』という作品は、小川三四郎を視点人物として、基本的に三四郎の「語り」によって成り立っている。三四郎の目に映り、耳に聞こえ、心に思ったことが、彼は熊本出身の大学生であるにもかかわらず、東京弁で語られる。」(p.179)

そして、用例をあげたのち、つぎのようにある。やや長くなるが引用する。

 これも三四郎の耳を通した表現である。このように『三四郎』では、三四郎の眼に野々宮宗八が一人の男、美禰子を中に挟んでの三角関係のライバルと映る時に、「君」や「さん」という上下関係を表わすことばが振り捨てられるのである。(中略)

 「野々宮」には、視点人物三四郎眼・耳を通した表現と三人称視点の表現の両用法がある。そして、前者は、三四郎の主観、即ち、野々宮宗八を一個の男、ライバルとして見るという意識が反映している用法なのである。『三四郎』の鑑賞のしどころの一つは、野々宮が真にライバルであるか否かというところにある。それを、二種類の「野々宮」によって、作者は技巧的に表現しているのであった。

 夏目漱石の方法の工夫とは、こういう種類の工夫である。『三四郎』には「男」が一六八例、「女」が三六六例用いられている。これらにも、漱石独自の工夫が施されている。

以上、p.182。

いかがであろうか。昨日の半藤一利の指摘とまったく同じ趣旨のことを言っている。半藤一利の『漱石先生ぞな、もし』には、参考文献の一覧が巻末に掲載になっているが、そのなかに、小池清治の本ははいっていない。また、半藤一利の書きぶりからしても、先行文献として小池清治の仕事があることは、知らなかったようでもある。

これは、偶然に、ほぼ時を同じくして、『三四郎』における「野々宮」の呼称をめぐって、同じような論考を展開したことになる。歴史探偵・半藤一利と、日本語学者・小池清治である。

なお、半藤一利、小池清治の文章から、『三四郎』の該当箇所の引用はあえてはぶいた。これらの本を見るもよし、あるいは、『三四郎』を自分で読んで、その目で探してみるもよし、ということにしておきたい。

桜木紫乃『ラブレス』2016-12-03

2016-12-03 當山日出夫

桜木紫乃.『ラブレス』(新潮文庫).新潮社.2013 (原著 新潮社.2011)
http://www.shinchosha.co.jp/book/125481/

この著者(桜木紫乃)の『氷平線』については、すでにふれた。

やまもも書斎記 2016年11月28日
桜木紫乃『氷平線』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/28/8261786

この本(『ラブレス』)のことについては、すでにいろんな人が書いていると思うので、私なりの読後感を整理して記してみる。三点ある。

第一には、北海道、それも、釧路の街を描いた作品であるということ。桜木紫乃は、北海道を描いている。ただ、そこが舞台であるだけではなく、その土地とそこに住む人びとの生活を描いている。

これは、私にとっては、宮尾登美子における土左・高知のようなものとしてうけとめることになる。『櫂』からはじまって、宮尾登美子の主な作品は読んできたつもりでいる。宮尾登美子は、その生いたちなどを背景にして、土左・高知を描いている。まさに土左・高知を舞台にしなければならない作品になっている。

ただ、その土地を舞台にしたというだけではなく、その土地そのもの、その風土とそこに生きる人びとの生活を描くところに、桜木紫乃の小説の醍醐味がある。

第二には、主人公は百合江。北海道の極貧の開拓村に生まれ、中学を出て奉公にだされる。そこを出て旅芸人の一座にはいる。そして、その後の、流転の人生。そして、それとは対照的に、地元に残った妹の里美。一見、堅実に見える理容師の道をすすむが、その人生もまた、平坦なものではなかった。

基本的には、この二人の女性を軸とした、女性(百合江)の一代記、ということになる。それは、日本の高度経済成長から、バブルの時代、その終焉。地方の疲弊、過疎化、高齢化、といった時代の流れをたどることになる。主人公たちの人生も、そのなかにあった。

この小説は、まさに、昭和・平成の歴史になっている。

だが、百合江・里美の姉妹を中心としながらも、その母親が、なぜ北海道の開拓村に移り住むことになったのか。そして、百合江・里美の娘たちの、これまた穏やかとはいえない人生。

つまり、この小説は、あわせて三世代の近現代の女性の生きた姿を描いた作品となっている。

第三には、この三世代の女性の物語を語る視点の複雑さである。この小説の中心は、百合江の人生を描くところにあるのだが、それを、また別の視点からも見るようにしてある。娘たちの視点である。

この百合江の人生を描写していく視点と、それとは別に、百合江が老いてたおれた後、娘たちがその人生について興味をもち探っていく、そして、自らのアイデンティティーを確認していく。この視点が、百合江の物語の外側に設定されている。

さらに複雑なことには、百合江の娘は、小説家をなりわいとしており、百合江のこと、自分のことを、作品に書く、という設定になっている。だが、その作品の具体的な内容は出てこない。この作品における百合江の物語は、あくまでも独立している。

このように錯綜した視点をつかわけながら、百合江の人生を描きつつ、そして、同時に、その母と娘の、女性三代の物語を語っているところに、この『ラブレス』という作品の、妙味があると、私は読む。

以上の三点が、『ラブレス』を読んでの感想ということになる。

これは『氷平線』でも感じたことだが、桜木紫乃の小説は、まさに現代の問題、地方の問題、高齢化の問題、これらの諸問題を描いている。だからと言って、マスコミに出てくる解説者のように、したり顔で「こたえ」をしめしたりはしていない。そのような課題のなかに生きている人びとの生活を描く。そのことによって、読む人間に、問題をするどくつきつける。

まさに現代の小説家であるといってよいであろう。

山内昌之『「反」読書法』2016-12-04

2016-12-04 當山日出夫

山内昌之.『「反」読書法』(講談社現代新書).講談社.1997

今では絶版のようだ。

著者は、言うまでもなく、現代イスラームの歴史、国際情勢についての専門家。そして、私の見るところで、現代におけるすぐれた人文学者であり、読書家でもある。いや、読書家などと言っては失礼にあたろうか。だが、著者の書いた書評の類は、どれも興味深い文章である。

ネットで検索して、古本で買って読んでみた。

読みながら付箋をつけた箇所。

「いずれにせよ、周囲とのやりとりで疲れたとき、歴史性と叙述性を兼ね備えた作品を読んでは気分を転換させたものです。とくに歴史と文学との間で感銘を受ける作品に出会ったことは、その後の私の進路に大きな意味をもちました。」(p.177)

として、あげてあるのが、大佛次郎の『パリ燃ゆ』と『天皇の世紀』である。

私は、『パリ燃ゆ』は、残念ながら読んでいない。『天皇の世紀』の方は、近年、(といっても、ずいぶん前になるが)、文春文庫版で出たのを、順番に読んでいったものである。(しかし、残念ながら、これも途中で挫折している。まあ、もともとが、未完の作品なので、いいかなとも思っているのだが。とはいえ、その冒頭の京都の雪の描写のシーンは、憶えている。)

『天皇の世紀』は、幕末・明治維新を描いた作品である。その関連で思い浮かぶのは『遠い崖』(萩原延壽)。これは、全巻買ってもっているのだが、まだ、手をつけていない。

ところで、『「反」読書法』は、上述の箇所のように著者の若い時の読書体験をつづったところがある。そのなかで、気付いたところ。

『パリ燃ゆ』を買ったのが、学生のときのこととして、その値段が、1400円であったとある。そして、

「岩波新書が百五十円の時代だったといえば、この本がいかに高価だったかをお分かりいただけるでしょう。」(p.178)

とある。

そうなのである。岩波新書は、昔は、150円均一だった。思えば、その当時、岩波文庫は、★の数で値段を表示していたものである。私の記憶にある、★ひとつの値段は、30円。

いまでも、手軽に手にとれる分量のすくない本のことを、「岩波文庫でほしひとつ分ぐらい」と、つい言ってしまうことがある。

ともあれ、『パリ燃ゆ』は読んでおきたい本のひとつ。今では新版が出ている。三巻になる。やはり三巻そろえると、岩波新書の一冊の10倍ぐらいの値段になる。それから、『天皇の世紀』も、再度、じっくりと読んでみたい。こんなことを思いながらも、今、興味があるのは、桜木紫乃の小説など。そして、その合間に、北原白秋や萩原朔太郎の作品を、パラパラとめくって懐かしんでいる。そんなこのごろである。

桜木紫乃『ホテルローヤル』2016-12-05

2016-12-05 當山日出夫

桜木紫乃.『ホテルローヤル』(集英社文庫).集英社.2015 (原著 集英社.2013)
http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-745325-6&mode=1

第149回の直木賞作である。

このところ、直木賞・芥川賞だからといって、買って読むことがなくなってきている。別に興味が無いわけではないのだが、その賞をとったからといって、特に買って読もうという気がしないでいる。それよりも、毎年、年末にだされる、各種の今年のミステリのベストの方が気になっている。(今年は、どの作品が、どのように選ばれるだろうか。)

本を読む生活をしたいと思うようになって、著名な賞をとった作品、ベストセラーの類は、「読んでいない本」が多々あることにあらためて気付く。おくればせながら、少しでも読んでみようかという気になっている。

今では、古書であれば、ネットで安価に買える時代になっているし。

この『ホテルローヤル』である。検索してみて、同じ名前のホテルが実際に存在することを知った。いかにもありそうな名前ではある。

この作品のことについては、川本三郎の本で知った。

やまもも書斎記 2016年11月09日
川本三郎『物語の向こうに時代が見える』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/09/8244751

この川本三郎の文章に、私が何ほども付け加える必要はないと思う。この文庫本の「解説」が、『物語の……』に採録されている。

ただ、私なりに印象に残ったことを記しておくならば、読後感に残るのは、北海道、釧路の、空の色である。東京ともちがう、京都ともちがう、そしてまた、札幌ともちがう、釧路ならではの空の色である。

この作品は、ホテルローヤルという名のラブホテルの、顛末と、そこにまつわる人びとの物語の短編集。時系列では、逆順に配列してある。すでに廃墟となったところからさかのぼって、経営が傾きかけている状態、最後は、大きな夢をいだいてホテル経営にのりだす経営者の男の話。

私が読んで一番印象深いのは、「星を見ていた」である。これは、ホテルの清掃作業に従事する女性……それもかなり高齢の、話し。この作品にも、釧路の空は登場する。だが、晴れた青空ではない。星のまたたく夜の空である。

すこしだけ引用しておく。

「砂利に足を取られぬように坂を下り終えた。右に曲がり、灯りのない坂を上りかけたところでふと、空を仰いだ。林の葉も散って、空が広くなっている。月のない夜だった。冷えた空気のずっと向こうに、星が瞬いている。細かいものを見るのは駄目になったけれど、不思議なことに星の瞬きはくっきりと目に飛び込んできた。」(pp.177-178)

釧路というと、湿原をイメージしてしまうのだが、この小説に湿原の描写は基本的にない。そのかわりにあるのは、釧路の空、である。空の色で、釧路を表している。

そして、その釧路の空の下での人びとの生活が描かれている。その人びとの生活こそが、この作者の描きたかったものであることが、読むとつよくつたわってくる。

直木賞にふさわしい作品だとおもう。が、私個人のこのみからすれば、『ラブレス』の方が、いいかなという気はしている。

『真田丸』あれこれ「引鉄」2016-12-06

2016-12-06 當山日出夫

『真田丸』2016年12月4日、第48回「引鉄」
http://www.nhk.or.jp/sanadamaru/story/story48.html#mainContents

なんだか、誰にも止めることのできない、歴史の流れというようなものを感じさせるようになってきた。誰かが意図して企んでそうなったというよりも、それぞれの歴史上の登場人物たちが、それぞれの思惑で行動した結果、その最後の結末をむかえる、そのように感じる。歴史の宿命とでもいったらいいだろうか。そのなかに信繁(幸村)が生きていたことになる。

ここで最後を前にして、信繁(幸村)が上田に帰りたい、という意味のことを言っていたのが印象的。最後……豊臣のために死ぬ気になって……故郷とでもいうべき上田の地に帰りたい、いわば、パトリオティズム(愛郷心)が現れてきている。

そして、この回で描かれていたのは、豊臣、あるいは、徳川への忠誠心と、真田のイエの一族であるということの、相克。信繁(幸村)のみならず、その子供(大助)、兄(信之)、それからその子供たち兄弟を巻き込んで、真田のイエ意識と、豊臣/徳川への忠誠心のはざまでの葛藤が描かれていた。

また、利休が残しておいた、鉄砲。たぶん、これが最後の場面にどうつかわれるかのか、そのあたりが楽しみな展開である。

最後に、主人公・信繁(幸村)が亡くなるまでをどう描くかということもあるが、その周りの人物、茶々、秀頼をはじめとして、このドラマの最初から登場してきている、きりや佐助がどのようになるか、そのあたりも気になるところである。

この意味では、本当の結末は最後まで見ないと分からない、ということなのであろう。

山上浩嗣『パスカル『パンセ』を楽しむ-名句案内40章-』2016-12-07

2016-12-07 當山日出夫

名前は知っていても、「読んでいない本」である…パスカル『パンセ』。

この本については、『いまこそ読みたい哲学の名著』(長谷川宏)にも紹介してある。

やまもも書斎記 2016年11月18日
長谷川宏『いまこそ読みたい哲学の名著』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/18/8253270

この本では、中央公論社『世界の名著』版をおすすめとしてある。しかし、その後、岩波文庫から新しい訳が出ている。これは貴重な新訳であり解説なのであろうが、全三巻になると、ちょっと荷が重い。

パスカル/塩川徹也(訳).『パンセ』上・中・下(岩波文庫).岩波書店.2015
http://www.iwanami.co.jp/cgi-bin/isearch?isbn=ISBN4-00-336142-S

と思っていたところに、講談社学術文庫で、いい本が出た。

山上浩嗣.『パスカル『パンセ』を楽しむ-名句案内40章-』(講談社学術文庫).講談社.2016 (文庫オリジナル)
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062923941

この本は、『パンセ』のなかから、興味深い章句をとりだして、随意に註解を加えたという体裁になっている。どこから読んでもいいように作ってある。分量も手頃。300ページに満たない。これなら、挫折することなく、自在に『パンセ』の神髄を味わえるというものである。

「はじめに」を読むと、このような形式の本は、先例があるとのこと。

アントワーヌ・コンパニョン/山上浩嗣・宮下志朗(訳).『寝るまえ5分のモンテーニュ 「エセー」入門』.白水社.2014
http://www.hakusuisha.co.jp/book/b203908.html

ところで、『パンセ』という書物は、パスカルが書き留めた未完の断片・章句を総合したもの。どれがどの順番で書かれたのか、それぞれの章句の関係をめぐっては、複雑な研究史があるらしい。簡略ながら、講談社学術文庫版に解説がある。これは役にたつ。

そのなかで、興味をひいたのが、WEBで、『パンセ』研究資料を総合しようというこころみ。電子版パスカル『パンセ』サイト、として次のHPが紹介してある。(p.26)

http://www.penseesdepascal.fr/

門外漢の私には、残念ながらこのHPについてコメントすることはできないのだが、『パンセ』の研究というような仕事には、やはりWEBの仕組みが向いているとべきなのであろうと思う。

それから、この本を読んで、重要だとおもったこと。「あとがき」であるが、それは、ある学生(人一倍熱心な学生)が、

「パスカルのような何百年も前の人の思想を研究することに、いったいどのような意味があるのでしょうか。」

と質問したらしい。(p.263)

これにたいして、著者は、このように返信したとのこと。

「(前略)世の中には、ただ単に読んでいておもしろいと感じる作品もありますが、研究という厳格な方法的操作を長年経てはじめておもしろさがわかる作品もあります。」(p.264)

これには同感する。

『パンセ』の場合は、フランスの古典になるが、日本の古典でも同じようなことがいえるはずである。日本語を母語としていれば、日本の古典の多くは、ある程度の註解をつければ、読める。『万葉集』など、そうかもしれない。しかし、『万葉集』を本当に理解しようとするならば、古代日本語、古代の文化、社会、歴史についての、厳格で緻密な研究にもとづかなければならない。

現代日本語で読めてしまうが故に、ある種の危険性がそこにあるともいえる。

研究という方法を経ることによってはじめて理解できる本当のおもしろさ、それを伝えていく必要がある。この意味において、人文学、そのなかでも、古典研究の分野の存在意義というのは、決して軽いものではないはずである。

桜木紫乃『凍原 北海道警釧路方面本部刑事第一課・松崎比呂』2016-12-08

2016-12-08 當山日出夫

桜木紫乃.『凍原 北海道警釧路方面本部刑事第一課・松崎比呂』(小学館文庫).小学館.2012 (原著 小学館.2009 文庫化にあたり改稿)
https://www.shogakukan.co.jp/books/09408732

桜木紫乃の小説を読んでいる。この作品も釧路が舞台である。が、この作品には、釧路の空があまり描かれない。その代わりに描かれるのは、湿原である。(まあ、釧路といえば、湿原というイメージがあるのだが。)

その一部を引用すると、

「車を停めた場所から五十メートルほど歩くと、もうそこは人の背丈よりも高い葦の原になっている。泥炭で膿んだ湿地に下りる。足の下が巨大な生き物の背のように感じられた。やはりここは水に浮いた街なのだ。(中略)思ったより靄が薄かった。空も幾分青みを増しているようだ。風も川緣とはすこし違う。それでもやはり湿原から吹く風には、飲み込んできた生きものたちのにおいが混じっていた。」(p.99)

湿原を舞台とするといっても、やはり桜木紫乃は空の色にこだわるようである。

「比呂はその様子をログハウスごと視界に入れた後、少し灰色の混じった青空を見上げた。海から二十キロ内陸に入っただけで、市内を覆う海霧は空に吸い込まれてしまっている。空が青いというだけで、なにやらこの景色がとても尊いもののように思えてきてた。」(p.204)

この物語は、ミステリーとして描かれているが、それで成功しているかどうかとなると、ちょっと疑問だと思う。謎解きとしては、巧くない。だが、物語としては、一気に読ませるものがある。最後の結末は、それなりに納得できるものになっている。この意味ではさすがである。

まず、十数年前の少年の行方不明事件からはじまる。そして、現在、殺人事件がおこる。また、それとは別に平行して物語られる、終戦時の樺太でのできごと。これらの、さまざまなできごとが、ひとつになってこの作品はできあがっている。そして、そこにあるのは、どんなに理不尽なことがあったとしても生きていかなければならない、その理不尽とむきあって生きている、人びとの生活の姿である。いや、理不尽というよりは、古風な言い方になるが「業」のようなものと言った方がよいかもしれない。

なぜ、その男は殺されねばならなかったのか。なぜ、その男は、自分のルーツを追い求めていたのか。それを追う、刑事・比呂の姿は、決して颯爽とした女性警察官という雰囲気はない。「生活」を背負った姿がそこにはある。

ところで、この作品、上記のように終戦時の樺太のことが書いてある。ソ連が参戦してきて、逃げることになる日本人の姿である。日露戦争の結果、樺太の南部は、日本のものとなった。そこには、多くの日本人がいた。そして、太平洋戦争の敗戦。そこで、どんな悲劇があったか。今、そのことを描くものは少ないのかもしれない。これは、北海道を主な舞台として小説を書いている桜木紫乃ならではの観点かなと思う。樺太で生活していた日本人にとってのソ連参戦からの逃避行ほど、理不尽なことはないだろう。

そして、この作品を読んで、ふと松本清張を思い出した。この作品には、どこか松本清張の作品の雰囲気に通じるものがある。これは決して悪い意味で言っているのではない。松本清張の作品も、社会派ミステリーと言われたりする側面はあるというものの、時代と社会のなかで、そのように生きざるをえなかった人間の宿命のようなものを感じさせる。それに通じるところを、私は感じた。

人間の業を描いた作品として、松本清張などの作品につらなる系譜に位置づけられるかと思う。

俵万智『サラダ記念日』2016-12-09

2016-12-09 當山日出夫

「七月六日はサラダ記念日」・・・俵万智の歌といえば、まず思い浮かぶのはこの作品あるいは歌集だろう。

俵万智.『サラダ記念日』(河出文庫).河出書房新社.1989 (原著 河出書房新社.1987)
http://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309402499/

この本、今でも売っているようだ。単行本の初版は、1987年であるから、今からざっと30年前。いまだに現役で売られているのは、それなりに読まれているということなのだろう。

今年の7月6日、たまたま、学校の講義の日。

私は、黒板にまず、その授業の科目名、それから、日付(年月日)、今日のテーマを、板書することにしている。科目名とか日付とかは、こちらで指示しなくても、学生がノートをとるときにまず記入すべきことだとは思っているのだが、ねんのため、そのような習慣をつけさせるトレーニングのひとつとして、自分で、黒板に板書して確認するようにしている。

で、7月6日。「今日は、サラダ記念日ですね。」と言ってみたが、学生の反応はまったくなし。いやしくも日本文学科の学生なら、『サラダ記念日』ぐらいは知っているだろうと思ったのだが、どうやら無理であったようだ。

しかし、考えてみれば、本が出たのが、30年も前のはなし。学生にしてみれば、自分が生まれる10年ほど前の刊行になる。そのような本のことをいわれても、ぴんとこないというのも、いたしかたのないことかもしれない。

ネットを検索してみれば判明することだが、実際には、7月6日にサラダをつくったというわけではないようだ。これはこれでいいとして、このようなことが話題になるということ自体が、メタレベルで興味深い。それは、「写生」ということが、いまだに短歌などの世界で息づいて残っているということの反映なのかもしれないとおもったりする。

この「写生」という観点からこの『サラダ記念日』所収の作品を読んでみれば、これは作った歌だなと感じさせるものになっている。もちろん、なかには、自身の体験・経験をそのまま詠み込んだようなものもあるのかもしれないが、それは、特にそれとして目立つ存在ではない。

私自身は、現代短歌というものからは門外漢なので、その作品のありさまとか、あるいは、現代における現代短歌研究がどうなっているのか、まったく知らない。

だが、そのような私でも、この『サラダ記念日』は、目を通しておかねばならないと思って読んでみている。やはり、読んだ印象として、現代風の視点・感性をもちこみながらも、『万葉集』からつづいている日本古来の和歌の流れのなかにある作品だな、ということはなんとなく感じる。

そして、そこに詠み込まれているのは、淡い青春の思い出である。この『サラダ記念日』は、現代の青春歌集といってもよいのではないか。すでに指摘されていることだと思うが、俵万智は、小道具の使い方がたくみである。たとえば、「カンチューハイ」など。「サラダ」に隣接する歌に登場するのは、「ハンカチ」「トースト」「ワイシャツ」。これらカタカナ語が、伝統的な短歌の和語の世界に、ある種の違和感を感じさせながらも、すんなり溶け込んで読まれている。これらの語が表象する「日常」が、この『サラダ記念日』の主な流れをつくっている。

ところで、現代における短歌とはどうであろうか。ちなみに、ツイッターで、「#短歌」で検索をしてみると、実にたくさんの作品が出てくる。中には、写真をつけて、それに歌をそえたものまである。

現代のインターネット、SNSの時代になって、新たなメディアのうえに、現代の短歌があるというべきなのである。そして、このような現代の短歌のあり方をふまえなければ、今後の、日本文学における短歌研究というものもなりたたない時代になってきているといえるだろう。

俵万智もきちんと読んでおきたい作家(?)の一人。『チョコレート革命』のことなどは、また追って。

車谷長吉『赤目四十八瀧心中未遂』2016-12-10

2016-12-10 當山日出夫

車谷長吉.『赤目四十八瀧心中未遂』(文春文庫).文藝春秋.2001 (原著 文藝春秋.1998)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167654016

この本も実は「読んでいない本」のひとつだった。上記の書誌を書いて見て、もう20年近く前の本になるのか、とあらためて感じた。第119回の直木賞作品。そして、その著者(車谷長吉)は、昨年(2015)亡くなっている。

文庫版の解説を書いているのは、川本三郎。この解説、『物語の向こうに時代が見える』に収録されている。だから、解説を、この本で先に読んでからということになる。

やまもも書斎記 2016年11月9日
川本三郎『物語の向こうに時代が見える』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/11/09/8244751

文芸評論風にいうならば、この小説は「私小説」とのこと。たしかに、この小説のストーリーの主な部分と、著者の経歴を見ると、重なるところがある。この本が出たときの印象(報道などによる)としては、関西の陋巷というか、スラムというかの、凄惨な生活を赤裸々に描いた小説、というイメージをつよくもっていた。読んでみて、たしかに、そのとおりの作品ではある。

実際に読んでみて、「私小説」として、「私」のあり方、小説を描く視点のとりかたに、興味を覚えた。

小説における「私」が気になるのは、安藤宏の本のせいかもしれない。

安藤宏.『「私」をつくる-近代小説の試み-』(岩波新書).岩波書店.2015
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/4315720/

やまもも書斎記 2016年6月23日
志賀直哉『城の崎にて』は小説か随筆か
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/06/23/8117250

さて、「私」という観点からこの小説を読むとどうだろうか。「私」の視点から描いたという意味での「私小説」ではない。むしろ、この小説における「私」は自由に位置をかえている。

たしかに、この小説のストーリーは、「私」を中心にして展開していくし、基本的に、「私」の目で見て、体験したことが、描かれている。だが、その視点は、ある一定の位置から、「語り手=私」を見てはいない。時には、深く主人公の心の奥深くにはいりこむこともあれば、時には、俯瞰的に主人公をふくんだ時代の流れや、土地の景観を描写することもある。かなり自在に、その視点を動かしながら、主人公によりそって、物語をすすめていく。

といって、第三人称視点の描写があるというわけではない。表面上は、あくまでも、「私」の語りによってこの小説は構成されている。だが、その「私」の視点の位置が揺れ動いているのを、行間から感じ取ることができる。

だから、この小説が描いている、アマ(尼崎)の陋屋での生活も、一見するとグロテスクな描写ではあるが、その一方で、どこか冷めた目で見ているという印象を与える。これが、この小説の巧みさなんだろうと思う。

いうならば、「私」を見ている「私」の存在である。たとえば、次のような箇所、

「併し私はその日その日、広告取りをすることの中に、私が私の中から流出して行くような不安を覚えた。」(p.21)

このようなメタレベルの「私」というのが、ふと顔を出すところがある。「私小説」というのが、日本の伝統的とでもいうべき近代文学のひとつのあり方であるとして、この作品は、その流れのなかに位置しながらも、一つの物語を小説として虚構している。それは、「私」を主人公とする小説である。

そうはいっても、この小説は、陋巷にあって人生のどん底につきおとされて、そこでうごめくしかない、様々な人間の性(さが)あるいは業とでもいうべきものを、見事に描き出している。直木賞作であることが、うなづける作品である。

この作品の初出は、1996(平成8)年である。まだ、バブル景気の余韻の残る時代であるといってよいか。そのような時代背景のもと、社会から取り残された底辺の人びとの生活を克明に描いている。これが、今の時代なら、ある種の社会問題として取り上げられるようなテーマかもしれない。格差社会からもさらに落ちこぼれた悲惨な生活実態とでもいうことになろうか。

ところで、日本には、底辺社会ルポルタージュとでもいうべきジャンルがある。たとえば、

松原岩五郎.『最暗黒の東京』(講談社学術文庫).講談社.2015
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062922814

これは、明治26年の本である。

『赤目四十八瀧心中未遂』は、「私小説」の流れのなかにありながら、その一方で、底辺社会ルポルタージュの系譜に位置づけることができるかもしれない。私としては、このようなことを思ってみたりもする次第である。