サイエンスZERO「色彩の科学へようこそ!“黒”は暗黒で漆黒!?」2026-01-14

2026年1月14日 當山日出夫

サイエンスZERO 色彩の科学へようこそ!“黒”は暗黒で漆黒!?

再放送である。最初は、2025年1月5日。

これは見逃していた。色彩については、この番組では、その後、赤、緑と、続くのだが、その最初が、黒、である。黒を最初にもってきたというのは、色彩学の見地からすると、妥当なことかなと思う。一見、簡単そうに見えて、難しいのが黒である。

何度も書いていることだが、まず、光(電磁波)で、人間が可視光としてとらえることのできる範囲の波長が、決まっている。これは、他の動物や昆虫などでは、異なっている。また、いわゆる、RGBで色を認識するのも、人間の特性といってもいいかもしれない。さらには、それは、目の機能であると同時に、脳の機能でもあるはずである。そして、色彩は、文化的な要因を多くふくむ。

RGBを反対にしたものが、CMYである(理論的には)。しかし、普通のパソコンで使うプリンタのインクは、CMYK、である。K、つまり、ブラックの色を加えないと、プリンタでは、色をプリントできない。(なぜ、そうなるのかということは、これも色彩学と印刷技術との関係で、面白いことだと思うが。)

イカの実験はとても興味深い。ここで、さらりと触れただけだったが、そもそもイカは、どのような視覚、色彩の、環世界に生きているのか、ということの話しがもうちょっとあってもよかった。

漆の黒が、鉄イオンが触媒として作用することで生まれるというのは、とても面白い。ただ、さらにいえば、漆の塗り物は、黒であると同時に、光沢もある。光沢ということも、また、色彩学では面白いことだが、これについては触れてなかった。この延長としては、金色とか、銀色、ということの謎もある。(金色や銀色は、RGBでもCMYKでも、さらには、Labでも、マンセルでも、あらわすことができない。)

まっ黒、というのは、とても難しいことである。見ていると、その物質が完全に光を吸収して黒くなるということではなく、表面の微細な円錐状のくぼみがたくさんあって、それが、内側の方向に光を反射するので、結果的に、外に向けて反射して出てくる光がなくなる。それで、黒くなる。

では、完全に光を吸収して黒くなる物質というのは、有りうると考えられるのだろうか。

色彩学をさかのぼると、ゲーテとニュートンにいきつくというのは、色彩学の基本である。それに加えるならば、ウィトゲンシュタインのこともあるのだが、これは、かなり思弁的である。だが、サイエンスと無関係ということでもないだろう。

2026年1月9日記

最後の講義「デザイナー 佐藤卓」2026-01-14

2026年1月14日 當山日出夫

最後の講義 デザイナー 佐藤卓

佐藤卓という人は、私と同じ年の生まれである。その仕事に沿って、自分も生きてきたことになる。そのデザインの多くは、目にしているものである。

ニッカが「ピュアモルト」を売り出したときは、非常に新鮮なイメージがあったのを記憶している。それまでのウイスキーのイメージを大きく変えるものだった。どことなくおしゃれで、ちょっと品があって、同時に、カジュアルな感じがした、というべきだろうか。

出てきていた商品は、「ピュアモルト」「クールミント」「おいしい牛乳」だった。

画面に映っていたなかで、気になったのは、「カルピス」である。「カルピス」は、私の子どものころは、黒人がストローで飲んでいる姿がデザインされていた。それが、時代の流れに合わないということで、変えることになったのだろうと思う。とにかく、黒人が出てくるだけで、それは差別だ、と言われた時代があった。今は、逆に、黒人を出さないと、差別だ、と言われるようになっている。時代の価値観や、それに合った表現というのは、変わっていくものである。(だからといって、これから、だっこちゃん、が復活することはないだろう。「ちびくろサンボ」は、買える本にもどったのだが。)

また、「カルピス」は、その名キャッチコピー「初恋の味」でも知られる。こういう商品について、古くからの顧客を失わずに、新しいデザインに変えるというのは、とても大変なことだっただろうと思う。できれば、こういうことの話しを聞きたいと思うのだが、やはり難しかったのかもしれない。

やるべきことは、いろんな情報を蓄積していくなかで、自然と浮かびあがってくるもの、と言っていたのは、そういうものだろうと思う。

重要だなと思ったのは、自分と違う価値観、判断をする人を尊重すること。自分自身を疑うこと。と言っていたことである。今の時代、自分の感性や考え方について、なぜ自分はそう考えるのか、そう感じるのか、ということを疑うということがなくなってきている。ただ一方的に、自分の「正しさ」を主張するだけ、ということが多い。

番組の中では言っていなかったことだが……デザインの解剖ということは、今の普通のことばになおせば、その商品ができるまでのサプライチェーンということになるだろう。また、商品についての、フェアトレードということにもなる。

言っていなかったこととしては、ユニバーサルデザイン、ということをどう考えるのかということがあるのだが、できれば、このことについて話しがあるとよかった。

「にほんごであそぼ」は、国語学・日本語学という分野から見ても、非常に高く評価できる番組だと思っている。

デザインについては、魅力的な分からなさ、が大事であるという。分かりやすいことがいいことだという風潮の中にあっては、貴重なことである。

2026年1月8日記

よみがえる新日本紀行「雪原に歌が流れる〜新潟県十日町市〜」2026-01-14

2026年1月14日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行 雪原に歌が流れる〜新潟県十日町市〜

再放送である。最初は、2020年。オリジナルは、昭和53年(1978)。

なんで、こんな雪深いところに人が住むようになったのだろうか。冬の雪に埋もれている間は、外のことはできないし、家の中ですごすしかない(というのは、偏見かもしれないが)。いつごろから、こういう豪雪地帯で人間が住んでいるのか。その生活のスタイルは、いったいどんなだったのか。何を食べていたのか。今でこそ、新潟は穀倉地帯というイメージがあるが、古くはそうではなかったはずである。『北越雪譜』は、岩波文庫本で、学生のときに読んだ本である。

なんでこんなところに人が住んでいるんだ……ということなら、「アラビア遊牧民」とか「カナダエスキモー」とか「ニューギニア高地人」とか……もう、こういう本のタイトルを憶えている人も、少なくなっただろう。私は、高校生のころに読んだ。

生活の道具の多くはワラで作っている。ワラ靴など、雪国の必需品である。このためのワラのためには、まず、稲作がなければならない。安定してワラの供給がなければならないのだが、稲作、ワラ、雪国の生活道具、これらは、どのように総合的に関係することになるのだろうか。

NHKの作っている番組だから、過去の部分でも、現代の部分でも、都会から地方にやってきて、移住して、その土地の人たちと仲よくくらしている、という視点から番組を作ることになる。こうなることは理解できることではある。ただ、現代では、実際には、地方移住の困難や失敗の事例ということも、多く言われるようになってきているし、地方に住みたくないという若い人の気持ちも、語られるようになってきている。

小正月の鳥追いの行事は、民俗学の知識として知っていることである。地方ごとに特色はあるはずである。

オリジナルの番組の時代には、家の中に囲炉裏があった。そこは、板敷きであり、畳は敷いていない。こういう家屋が今も残っているとするならば、リフォームして、フローリングの体裁に作り変えることになっているだろう。

東京からやってきた若い男性を怪しんで、連合赤軍ではないかと、警察が監視していたというのは、もう今の若い人には分からないことだろう。しかし、この時代の人びとの感覚としては、非常にリアルなものだった。

大地の芸術祭として、今は、なんとか成功しているらしいのだが、実際には、少子高齢化、人口減少という、大きな流れはどうしようもないことかとも思う。

節季市で、近在の村々の人たちが、ワラ製品などを持ち寄って売る。

この番組とは関係ないことかとも思うが……私の住まいに、年に何度か、行商で軽トラックに竹製品……ホウキとかザルとか……を積んで売りに来るおじさんがいる。たいてい、なにがしか買うことにしている。話しを聞くと、売っている竹製品は、もう日本製ではないらしい。どこで作っているのか分からないと言っている。現代では、竹ホウキなどは、日本で作るものではなくなってしまったということだろうか。(一部の高付加価値の美術工芸品などを除いては、ということになるが。)

2026年1月7日記