ダークサイドミステリー「四国ミステリー伝説〜安徳天皇・ソロモンの秘宝・牛鬼〜」 ― 2026-01-21
2026年1月22日 當山日出夫
ダークサイドミステリー 四国ミステリー伝説〜安徳天皇・ソロモンの秘宝・牛鬼〜
荒唐無稽と切り捨てることは簡単なのだが、なぜ、こういう伝説があるのか、ということの理由を考えてみるのは、重要だと思う。そして、古くからの伝説などを信じている、信じてきた、人びとの心性や生活誌、については、また別に考えられねばならない。
安徳天皇については、朝ドラの『らんまん』を放送していたとき、牧野富太郎が少年のころによく行ったところとして横倉山が何度も紹介されていて、その中で、安徳天皇のことが出てくることが多かった。
四国に限らないが、平家の落人伝説の土地がたくさんある。安徳天皇についても、謎が多い。義経は、生きのびて大陸にわたって成吉思汗になったのだが、安徳天皇は、その後、どうなったのだろうか。
こういうのを、貴種流離譚として見ることにはなるが、こういうことを伝えてきた人びとの生活の感覚こそが、重要なものであるというべきだろう。
ソロモンの秘宝であるが、こういう話しは大好きである。といっても、自分で実際に行ってみようとか、穴を掘ってみようとかという気にはならないけれど。「インディ・ジョーンズ」の真似をしようとは思わない。『古事記』を独自に解釈すると……という類いの話は、今でも絶えることなく続いている。(これは、日本の近代になってから、いわゆる日本神話というものが、人びとの間で、どのように受容されてきたという歴史の一コマともいえる。)
牛鬼は、見たことがないが、できれば、日本のどこかには生きのびていてほしいと思う。ニホンオオカミがいなくなり、カワウソがいなくなり、生きのびている可能性のあるものは、ツチノコぐらいだろうか。いないという証拠がない以上は、日本のどこかにいるはずである。いや、絶対にいるにちがいない。
2026年1月18日記
ダークサイドミステリー 四国ミステリー伝説〜安徳天皇・ソロモンの秘宝・牛鬼〜
荒唐無稽と切り捨てることは簡単なのだが、なぜ、こういう伝説があるのか、ということの理由を考えてみるのは、重要だと思う。そして、古くからの伝説などを信じている、信じてきた、人びとの心性や生活誌、については、また別に考えられねばならない。
安徳天皇については、朝ドラの『らんまん』を放送していたとき、牧野富太郎が少年のころによく行ったところとして横倉山が何度も紹介されていて、その中で、安徳天皇のことが出てくることが多かった。
四国に限らないが、平家の落人伝説の土地がたくさんある。安徳天皇についても、謎が多い。義経は、生きのびて大陸にわたって成吉思汗になったのだが、安徳天皇は、その後、どうなったのだろうか。
こういうのを、貴種流離譚として見ることにはなるが、こういうことを伝えてきた人びとの生活の感覚こそが、重要なものであるというべきだろう。
ソロモンの秘宝であるが、こういう話しは大好きである。といっても、自分で実際に行ってみようとか、穴を掘ってみようとかという気にはならないけれど。「インディ・ジョーンズ」の真似をしようとは思わない。『古事記』を独自に解釈すると……という類いの話は、今でも絶えることなく続いている。(これは、日本の近代になってから、いわゆる日本神話というものが、人びとの間で、どのように受容されてきたという歴史の一コマともいえる。)
牛鬼は、見たことがないが、できれば、日本のどこかには生きのびていてほしいと思う。ニホンオオカミがいなくなり、カワウソがいなくなり、生きのびている可能性のあるものは、ツチノコぐらいだろうか。いないという証拠がない以上は、日本のどこかにいるはずである。いや、絶対にいるにちがいない。
2026年1月18日記
BSスペシャル「ロサンゼルス山火事 復興への苦闘」 ― 2026-01-21
2026年1月22日 當山日出夫
BSスペシャル ロサンゼルス山火事 復興への苦闘
国によって、自然災害への対応ということは違いがあることは理解できるかと思う。この山火事の原因は、必ずしも自然に、ということではないことにはなるが、大きくは自然災害の範疇にいれてもいいかと思える。
焼けた街の土地を買いあさっているのは、いったいどういう会社や資金なのだろうか。その正体をかくさなければならないというのは、なんだかとてもあやしい。これについて、詳しく調べれば興味深いことがあるのかもしれないが、あえて、そういう部分には踏み込まなかったということなのだろうか。
火事で焼けてしまったからといって、すぐに家が建て直せるということではない。これは、経済的事情もあるし、法的な規制もある。昔の戦争の後のように、空襲をうけた跡地に、バラックを建ててということは、できないようである。トレーラーハウスというのは、これは、家(建築)ではない、という認定になるから、これを選択する人がいるということなのだろう。
跡地のすみっこに小さい家を建てて住んで、空いた広いところを貸し地にする。その利益で、なんとかなる……ということらしいのだが、これも、将来の経済情勢如何では、どうなるだろうか。
そもそも、焼けた街が、黒人などのマイノリティのコミュニティであったということなのだが、歴史的にさかのぼれば、白人に疎外されて、どうにかこのエリアに住むべき街を作ったということかとも思う。多文化共生といいながら、分かれて住む、コミュニティごとに別れる、というのは、どうなのだろうと思うこともある。理念的に多文化共生というなら、みんな一緒になればいいじゃないかとも思える。あるいは、実際には、それは難しいので、妥協できる部分、混在できる部分、自分たちの仲間だけでいたいという部分、こういうところが、入り交じるのが実際の人間の社会のあり方ということかとも思うことになる。
火事の原因が電力会社の可能性がある。会社と裁判で争って訴訟を起こし、裁判で勝てば、かなりの賠償を得られる。これはいいとしても……アメリカは、裁判の国だとは思うのだが……弁護士が、成功報酬として、勝った場合には、25パーセントをもらうと言っていたのは、アメリカの相場としては、どうなのだろうか。これで、普通なのだろうか。
弁護士としては、無理に高額の賠償金を取る方向で争って負ける可能性のリスクを取るよりも、そこそこの額の賠償金でまとまるようにして、手数料を得ることの方が、もうかるだろう。アメリカの弁護士の職業倫理観というか、弁護士ビジネスの感覚というのは、どうなのだろうか。
日本だと、多くの場合、有志の弁護士などによる無料相談というようなことがあったりするのだが、アメリカでは、こういうことはないのだろうか。
しかしながら、何時の時代でも、どこの国でも、貧乏人が損をして、お金持ちが得をする……ということは、確かなことのようである。貧乏がかわいそうなのは、貧乏だからということだけではなく、そのことによって、より割高な出費を必要とする、ということになるだろう。(極端な例かもしれないが、日本の昔の木賃宿のことなど思ってみるのだが。)
2026年1月16日記
BSスペシャル ロサンゼルス山火事 復興への苦闘
国によって、自然災害への対応ということは違いがあることは理解できるかと思う。この山火事の原因は、必ずしも自然に、ということではないことにはなるが、大きくは自然災害の範疇にいれてもいいかと思える。
焼けた街の土地を買いあさっているのは、いったいどういう会社や資金なのだろうか。その正体をかくさなければならないというのは、なんだかとてもあやしい。これについて、詳しく調べれば興味深いことがあるのかもしれないが、あえて、そういう部分には踏み込まなかったということなのだろうか。
火事で焼けてしまったからといって、すぐに家が建て直せるということではない。これは、経済的事情もあるし、法的な規制もある。昔の戦争の後のように、空襲をうけた跡地に、バラックを建ててということは、できないようである。トレーラーハウスというのは、これは、家(建築)ではない、という認定になるから、これを選択する人がいるということなのだろう。
跡地のすみっこに小さい家を建てて住んで、空いた広いところを貸し地にする。その利益で、なんとかなる……ということらしいのだが、これも、将来の経済情勢如何では、どうなるだろうか。
そもそも、焼けた街が、黒人などのマイノリティのコミュニティであったということなのだが、歴史的にさかのぼれば、白人に疎外されて、どうにかこのエリアに住むべき街を作ったということかとも思う。多文化共生といいながら、分かれて住む、コミュニティごとに別れる、というのは、どうなのだろうと思うこともある。理念的に多文化共生というなら、みんな一緒になればいいじゃないかとも思える。あるいは、実際には、それは難しいので、妥協できる部分、混在できる部分、自分たちの仲間だけでいたいという部分、こういうところが、入り交じるのが実際の人間の社会のあり方ということかとも思うことになる。
火事の原因が電力会社の可能性がある。会社と裁判で争って訴訟を起こし、裁判で勝てば、かなりの賠償を得られる。これはいいとしても……アメリカは、裁判の国だとは思うのだが……弁護士が、成功報酬として、勝った場合には、25パーセントをもらうと言っていたのは、アメリカの相場としては、どうなのだろうか。これで、普通なのだろうか。
弁護士としては、無理に高額の賠償金を取る方向で争って負ける可能性のリスクを取るよりも、そこそこの額の賠償金でまとまるようにして、手数料を得ることの方が、もうかるだろう。アメリカの弁護士の職業倫理観というか、弁護士ビジネスの感覚というのは、どうなのだろうか。
日本だと、多くの場合、有志の弁護士などによる無料相談というようなことがあったりするのだが、アメリカでは、こういうことはないのだろうか。
しかしながら、何時の時代でも、どこの国でも、貧乏人が損をして、お金持ちが得をする……ということは、確かなことのようである。貧乏がかわいそうなのは、貧乏だからということだけではなく、そのことによって、より割高な出費を必要とする、ということになるだろう。(極端な例かもしれないが、日本の昔の木賃宿のことなど思ってみるのだが。)
2026年1月16日記
新日本風土記「冬を食べる あの手この手の物語」 ― 2026-01-21
2026年1月21日 當山日出夫
新日本風土記 「冬を食べる あの手この手の物語」
再放送である。最初は、2025年2月17日。
加賀の鴨猟は、とても面白い。たしか、皇室の行事としておこなわれている鴨猟も、同じような方式だったはずである。ただし、皇室の場合は、食べずに逃がしている。(皇室の鴨猟の歴史についても、面白いことはたくさんあるだろう。私の記憶にあるところだと、これに出席しなかったことをアピールした政治家もいたかと記憶しているのだが、定かに憶えてはいない。)
加賀の鴨鍋は、食べてみたい。
中国地方の山間部で、ワニ、としてサメが食べられていることは、広く知られていることだと思う。私は、まだ、食べたことはないのだが、食べてみたい。石見銀山へのルートを使って輸送されたということであった。しかし、最近では、わざわざサメ漁をすることがなくなったので、日本中の漁師さんの協力で手に入れているらしい。フカヒレをとった後の、サメの本体の方は、どうするのだろうかという気もする。もったいないし、食べるのが一番かもしれない。
雪納豆というのは、やはり雪国ならではの食文化の工夫だろう。ただ、私は、納豆を食べる習慣がまったくないので、これは、食べてみたいとは思わない。
ビスケットの天ぷらというのは、何かの番組で見て、こういう料理があるんだ、と思った記憶がある。ビスケットが普通に広まってからの食べ方になるのだろうが、いつごろか、どの地方でおこったことなのだろうか。(私の記憶だと、「ドキュメント20min.の「ニッポンおもひで探訪」で出てきたかと憶えている。これは、実は離村になった集落のことだった。テレビのドキュメンタリーとしても、傑作だったと思う。)
伊那の天竜川で、ざざ虫が獲れる。むか~し、学生のころだったか、松本の信州大学で学会(国語学会)があったときに、懇親会の後の二次会で、地元の料理屋さんに行って、出てきたのを憶えている。どんな味だったかは、忘れてしまった。記憶に残るほどの美味だったということはなかった(私の場合)。
これも、現代では、ラオスなどからの輸入になっている。昆虫食ということは、将来の人類の食料として、いろいろと議論されるテーマではあるが、はたしてどうなるだろうか。
アイヌのアシリパノミの行事。これについては、テレビの画面では、「リ」が小さい表記になっていた。アイヌ語用のカナであり、JIS規格になっているので、普通のコンピュータで使える。「ㇼ」であるが、これを、今の普通のパソコンで入力するのは、ちょっと難しい。(このことについては、論文として書いたことがある。)
サケとばを作るのに、醤油を使うということだったから、おそらく、内地の「日本人」との交易で、手に入るようになってからのものかとは思う。もちろん、醤油の発明と普及は、かなり新しい。少なくとも江戸時代以降である。
能登の七尾のナマコ、それから、クチコのことは、最近でも、同じ映像を使っている。やはり地震の影響が大きいようなのだが、さて、この地域は、これからどうなるだろうか。
米沢の雪菜は、雪に埋もれた中で生長する野菜だという。食文化としても面白いが、植物のこととしても興味深い。ただ、作ってももうかるビジネスになっているということではないようである。
2026年1月16日記
新日本風土記 「冬を食べる あの手この手の物語」
再放送である。最初は、2025年2月17日。
加賀の鴨猟は、とても面白い。たしか、皇室の行事としておこなわれている鴨猟も、同じような方式だったはずである。ただし、皇室の場合は、食べずに逃がしている。(皇室の鴨猟の歴史についても、面白いことはたくさんあるだろう。私の記憶にあるところだと、これに出席しなかったことをアピールした政治家もいたかと記憶しているのだが、定かに憶えてはいない。)
加賀の鴨鍋は、食べてみたい。
中国地方の山間部で、ワニ、としてサメが食べられていることは、広く知られていることだと思う。私は、まだ、食べたことはないのだが、食べてみたい。石見銀山へのルートを使って輸送されたということであった。しかし、最近では、わざわざサメ漁をすることがなくなったので、日本中の漁師さんの協力で手に入れているらしい。フカヒレをとった後の、サメの本体の方は、どうするのだろうかという気もする。もったいないし、食べるのが一番かもしれない。
雪納豆というのは、やはり雪国ならではの食文化の工夫だろう。ただ、私は、納豆を食べる習慣がまったくないので、これは、食べてみたいとは思わない。
ビスケットの天ぷらというのは、何かの番組で見て、こういう料理があるんだ、と思った記憶がある。ビスケットが普通に広まってからの食べ方になるのだろうが、いつごろか、どの地方でおこったことなのだろうか。(私の記憶だと、「ドキュメント20min.の「ニッポンおもひで探訪」で出てきたかと憶えている。これは、実は離村になった集落のことだった。テレビのドキュメンタリーとしても、傑作だったと思う。)
伊那の天竜川で、ざざ虫が獲れる。むか~し、学生のころだったか、松本の信州大学で学会(国語学会)があったときに、懇親会の後の二次会で、地元の料理屋さんに行って、出てきたのを憶えている。どんな味だったかは、忘れてしまった。記憶に残るほどの美味だったということはなかった(私の場合)。
これも、現代では、ラオスなどからの輸入になっている。昆虫食ということは、将来の人類の食料として、いろいろと議論されるテーマではあるが、はたしてどうなるだろうか。
アイヌのアシリパノミの行事。これについては、テレビの画面では、「リ」が小さい表記になっていた。アイヌ語用のカナであり、JIS規格になっているので、普通のコンピュータで使える。「ㇼ」であるが、これを、今の普通のパソコンで入力するのは、ちょっと難しい。(このことについては、論文として書いたことがある。)
サケとばを作るのに、醤油を使うということだったから、おそらく、内地の「日本人」との交易で、手に入るようになってからのものかとは思う。もちろん、醤油の発明と普及は、かなり新しい。少なくとも江戸時代以降である。
能登の七尾のナマコ、それから、クチコのことは、最近でも、同じ映像を使っている。やはり地震の影響が大きいようなのだが、さて、この地域は、これからどうなるだろうか。
米沢の雪菜は、雪に埋もれた中で生長する野菜だという。食文化としても面白いが、植物のこととしても興味深い。ただ、作ってももうかるビジネスになっているということではないようである。
2026年1月16日記
NHKスペシャル「椎葉 山物語 “のさり”の原風景」 ― 2026-01-21
2026年1月21日 當山日出夫
NHKスペシャル 椎葉 山物語 “のさり”の原風景
柳田国男の「後狩詞記」は、名前は知っているが、実はまだ読んでいない。ごく初期の民俗学の文献になる。「定本柳田国男集」は今は書庫の中である。これを買ったのは、大学生のときだった。角川文庫版が、かなりKindle版で読めるのだが、その中にはふくまれていないようである。
柳田国男は、NHKでは「やなぎたくにお」と読むのが普通になってきていると思っているが、ナレーションでは「やなぎだくにお」と言っていた。
椎葉村という村の名前は、ニュースでときどき接することがある。たいていは、九州で災害が起こったようなときである。警報などが発表された自治体の名前をニュースで言うのだが、「しいばそん」という読み方で憶えている。「村」を「そん」と読むのは、かなり地域による違いがあると思うが、日本全体としてはどうなのだろうか。
出てきていたのは、蜂蜜を採る老夫婦、イノシシの狩りをする老人、がメインだった。
蜂蜜を採っている老夫婦の家が映って、その家のすぐ隣に、立派な墓があるのにおどろいた。とても大きい。はっきりいって、これを建てるだけでも、かなりのお金がかかっただろうと思う。
映っていた蜜蜂は、たぶんニホンミツバチかなと思うが、専門家はどう見ただろうか。我が家の周辺でも、蜜蜂が巣を作ることがある。この場合、専門の業者にたのんで取り去ってもらうことにしている。蜜蜂は悪さをしないのだが、蜜蜂の巣を狙ってスズメバチがやってくる。スズメバチをあらかじめ、来ないようにするため、やむなく蜜蜂の巣を採ってしまうということをしている。
しかし、椎葉村では、蜜蜂が人を刺さない。蜜蜂と話しができている。おそらく、スズメバチも来ないのだろうか。
こういう自然の養蜂ということは、今の日本で、どれぐらい残っていることなのだろうか。
焼畑も、まだ、ここでは残っている。この他には、たしか高知県の山奥に残っていたかと思う。昔は、焼畑は、原始的な農業で、森林を破壊してしまうものであると、低く見なされていたが、それが、現在では、順繰りに焼畑を行っていくことで、むしろ自然環境を壊さない循環型の農業のスタイルと、評価されるようになってきている。
だが、生産効率を考えると、今の時代には適さないかとも思える。番組では、蕎麦を栽培していたのだが、収穫の労力を考えると、はたしてビジネスとしてなりたつのだろうか。
焼畑体験……というような、あえていえば過疎地ビジネスとしては、なんとか可能性があるのかもしれない。
イノシシは、全国的に獣害として問題になっている。私の住んでいる地域でも、問題である。
古来からのイノシシ猟ということなのだろう。それにしても、山の中の道なき道を走り回って、よく道に迷わず無事に帰れる……そこは、この道のプロの仕事である。(今の普通の人なら、GPSで位置を確認できないと無理である。そもそも急峻な山を走れない。)
お昼ご飯のときに、人の家にあがりこんで食事を御馳走になる。それが当たり前になっている。食べる人も、その家の人も、それを当然としている。こういう村落の人間関係が、まだ生き残っているということは、おどろく。こういう人びとの心性があって、旅から旅へと移動する人びとがいても、それをもてなすということになるのかとも、思ったりする。
番組の中で出てきていなかったのが、田畑。山の中の村なのだが、段々畑とか棚田とかはあるかと思うのだが、映っていなかった。
食事のシーンでは、白いお米のご飯であったが、おそらく、古くはこの村の中で日常的に、こういう食事ができたとは思えない。はたして、どうだったのだろうか。(白いお米のご飯をメインとする食事が一般のものであるという認識が、近代になってから広まった歴史ということになると思うが。だからといって、昔ながらの食事にもどるべきと思うわけではない。)
昔からの墓は、ただ、地面に石を置いただけのものである。私の生まれ故郷の村の墓も、似たようなものである。もう、何十年も行ったことはないが。
家の側に墓があり、また、自然石が墓石であり、古くは土葬であり、ということで、祖霊信仰ということにつながる。これは、やはり柳田国男が考えたことに、関連する。ただ、家の中にある立派な仏壇は、かなり新しいものかとも思える。
COOPのロゴの自動車が映っていた。おそらく、日常生活に必要なものは、なんとかなっているのだろう。今の時代であれば、道路があって、電気が通じていれば、山の中の集落でもなんとか生活はなりたつ。(こういう最低限のインフラの維持が難しくなったら、そのときは、また考えることになるだろうが。)
人間だれでも年をとる。体が動かなくなる。そうなったら、仕事をリタイアする。それが自然の摂理である。強いてあらがうこともない。
2026年1月19日記
NHKスペシャル 椎葉 山物語 “のさり”の原風景
柳田国男の「後狩詞記」は、名前は知っているが、実はまだ読んでいない。ごく初期の民俗学の文献になる。「定本柳田国男集」は今は書庫の中である。これを買ったのは、大学生のときだった。角川文庫版が、かなりKindle版で読めるのだが、その中にはふくまれていないようである。
柳田国男は、NHKでは「やなぎたくにお」と読むのが普通になってきていると思っているが、ナレーションでは「やなぎだくにお」と言っていた。
椎葉村という村の名前は、ニュースでときどき接することがある。たいていは、九州で災害が起こったようなときである。警報などが発表された自治体の名前をニュースで言うのだが、「しいばそん」という読み方で憶えている。「村」を「そん」と読むのは、かなり地域による違いがあると思うが、日本全体としてはどうなのだろうか。
出てきていたのは、蜂蜜を採る老夫婦、イノシシの狩りをする老人、がメインだった。
蜂蜜を採っている老夫婦の家が映って、その家のすぐ隣に、立派な墓があるのにおどろいた。とても大きい。はっきりいって、これを建てるだけでも、かなりのお金がかかっただろうと思う。
映っていた蜜蜂は、たぶんニホンミツバチかなと思うが、専門家はどう見ただろうか。我が家の周辺でも、蜜蜂が巣を作ることがある。この場合、専門の業者にたのんで取り去ってもらうことにしている。蜜蜂は悪さをしないのだが、蜜蜂の巣を狙ってスズメバチがやってくる。スズメバチをあらかじめ、来ないようにするため、やむなく蜜蜂の巣を採ってしまうということをしている。
しかし、椎葉村では、蜜蜂が人を刺さない。蜜蜂と話しができている。おそらく、スズメバチも来ないのだろうか。
こういう自然の養蜂ということは、今の日本で、どれぐらい残っていることなのだろうか。
焼畑も、まだ、ここでは残っている。この他には、たしか高知県の山奥に残っていたかと思う。昔は、焼畑は、原始的な農業で、森林を破壊してしまうものであると、低く見なされていたが、それが、現在では、順繰りに焼畑を行っていくことで、むしろ自然環境を壊さない循環型の農業のスタイルと、評価されるようになってきている。
だが、生産効率を考えると、今の時代には適さないかとも思える。番組では、蕎麦を栽培していたのだが、収穫の労力を考えると、はたしてビジネスとしてなりたつのだろうか。
焼畑体験……というような、あえていえば過疎地ビジネスとしては、なんとか可能性があるのかもしれない。
イノシシは、全国的に獣害として問題になっている。私の住んでいる地域でも、問題である。
古来からのイノシシ猟ということなのだろう。それにしても、山の中の道なき道を走り回って、よく道に迷わず無事に帰れる……そこは、この道のプロの仕事である。(今の普通の人なら、GPSで位置を確認できないと無理である。そもそも急峻な山を走れない。)
お昼ご飯のときに、人の家にあがりこんで食事を御馳走になる。それが当たり前になっている。食べる人も、その家の人も、それを当然としている。こういう村落の人間関係が、まだ生き残っているということは、おどろく。こういう人びとの心性があって、旅から旅へと移動する人びとがいても、それをもてなすということになるのかとも、思ったりする。
番組の中で出てきていなかったのが、田畑。山の中の村なのだが、段々畑とか棚田とかはあるかと思うのだが、映っていなかった。
食事のシーンでは、白いお米のご飯であったが、おそらく、古くはこの村の中で日常的に、こういう食事ができたとは思えない。はたして、どうだったのだろうか。(白いお米のご飯をメインとする食事が一般のものであるという認識が、近代になってから広まった歴史ということになると思うが。だからといって、昔ながらの食事にもどるべきと思うわけではない。)
昔からの墓は、ただ、地面に石を置いただけのものである。私の生まれ故郷の村の墓も、似たようなものである。もう、何十年も行ったことはないが。
家の側に墓があり、また、自然石が墓石であり、古くは土葬であり、ということで、祖霊信仰ということにつながる。これは、やはり柳田国男が考えたことに、関連する。ただ、家の中にある立派な仏壇は、かなり新しいものかとも思える。
COOPのロゴの自動車が映っていた。おそらく、日常生活に必要なものは、なんとかなっているのだろう。今の時代であれば、道路があって、電気が通じていれば、山の中の集落でもなんとか生活はなりたつ。(こういう最低限のインフラの維持が難しくなったら、そのときは、また考えることになるだろうが。)
人間だれでも年をとる。体が動かなくなる。そうなったら、仕事をリタイアする。それが自然の摂理である。強いてあらがうこともない。
2026年1月19日記
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