サイエンスZERO「“生殖”のミステリー!生き物の根源に挑む」2026-01-07

2026年1月8日 當山日出夫

サイエンスZERO “生殖”のミステリー!生き物の根源に挑む

再放送である。最初は、2024年12月。

性についての、生物学としての興味はとても面白い。このことは確かなのだが、こういうことを考えるときには、どうしても、生命のあり方とか、あるいは、人間における性のあり方……生物としてのみならず、社会的文化的な面から(つまり、現代の用語でいば、ジェンダー、であるが)考えることが多くある。

クマノミが性転換するということは、よく知られていることだろう。だが、クマノミが、このように進化してきた理由というのは、どんなものなのだろうか。

ミジンコの単為生殖も知られていることかと思う。それが、越冬するためには、オスとメスによる、生殖に切り替わる。このタイミングが、体内時計で日照時間の変化によるものということになる。(生物における季節の変化……日照時間とか、気温の変化とかをどう感知するのかということかと思うが、地球全体の環境の変化と、生物の進化とは、深く関係していると理解していいだろう。)

オスのマウスのiPS細胞から卵子を作って、オスとオスの遺伝子を持つ子どもを産むことになる。これは、いわゆるクローンではない。こういうことが可能であり、技術が発達していくことは、これ自体としては、高く評価すべきことにちがいない。

生物が、オスとメスに分かれて、生殖するということは、おそらくは、遺伝子の多様性があることが、進化の大きな原動力になっていると理解していいだろうか。細胞が分裂するときに、遺伝子のコピーに時々ミスが起こることが、結果的に個体の多様性を生み出し、それが種としての多様性にかかわり、それぞれの生物が生きる環境に適応していくことが、進化ということかなと、私は思っているのだが、どうなのだろうか。

私がこれまで生きてきた中で、社会における生命倫理ということについても、大きく変化があったと思う。これは、端的にいえば、技術的に可能なことは、認めるという方向であった。たぶん、これからも、大きな方向としては、この方向で変化していくだろう。それを、世の中の多くの人は受け入れていくだろう。

性についての議論や研究は、生物とは何かということを問うことでもあり、また、進化とは何かということを考えることでもある、こういうことはいっていいだろう。

今の時代だと、人間は自分の「性」も、自己の自由意志で自由に選択することができるべきだ、という考えが生まれてきているが、これも、また、人間というものの進化の結果というべきなのだろうか。

2026年1月1日記

中国 謎の巨大遺跡 “中華文明”の起源を探る2026-01-07

2026年1月7日 當山日出夫

中国 謎の巨大遺跡 “中華文明”の起源を探る

録画しておいて、お正月が終わってから、朝の早い時間にゆっくりと見た。

中国のことを番組に作るのは、いろいろと気をつかうところがあるだろうとは思う。何よりも、中国共産党のご機嫌をそこねないようにしないといけない。しかし、中国賛美の番組にすると、これで、批判を受けることにもなる。

結果的には、中国の文明は、とても古くさかのぼるものであり、それは、周辺のいろんな文明をとりいれて……今のことばでいえば、寛容性があって……融合したものとして、中国独自の中華文明を作ってきた、といえる。その一方で、中国の文明といっても、純粋な中国文明というべきものはないのであって、世界のいろんな古代文明の一つであり、周辺の地域からの影響……悪くいえば、パクリ……なしには、存在しなかった、このように見ることもできる。この両方の見方ができるように、なんとか、バランスを考えて作ったのだろう、という印象であった。

あえて誇大妄想的に言ってみるならば……中華文明の淵源は、広くユーラシア大陸の各所からながれこんできている。そして、これを、裏返せば、中国、いや、中華民族が、というべきかもしれないが、ユーラシア大陸の覇者となるのは、歴史をふまえて理の当然である、ということになる。この中には、中央アジアはもちろん、東シナ海、南シナ海、もふくまれることになるだろう。

古代を語ることは、えてして、現代の国家を過去に投影して、未来のありかたをしめすことにつながるものである。(それが、他の国の人びとから、どう思われることなのかは、別にして。)こういうことは、アメリカについてもいえることだし、日本についてもいえることである。それぞれの国家についての原像というべきものは、異なってはいるが。どれが「正しい」ということは、一概にはいえない。(アメリカなどは建国の理念ということが基盤にあると考えることになるだろうし、中華民族は歴史と情念の共同体という面から見ることができるかと思う。無論、これ以外の見方もできるし、そのような意識は自然にあるというよりも「つくる」ものだということもある。)

中国は広いのだから、これから発見される遺跡は多くあるだろう。番組であつかっていた、黄土高原の遺跡よりも古いものが発見される可能性もあると考えていいだろうか。

それが、今の中国……現在の中国共産党が主張する中華人民共和国の範囲、台湾についてどう考えるかは微妙だが……の国境の内側にあるとは、限らないかもしれない。中華文明の起源の中核は、中国の内側になければならない、ということは、学問的には意味のないことであるが、しかし、政治的には重要なことである。(こういう観点では、イスラエルとかロシアのことなど、思うことになる。)

最後の方で言っていたことであるが、黄帝を共通の祖先と意識する共同体が、中華民族である、これは、今の中国の人たちに、共通する認識といっていいのだろうか。無論、中国は、多民族国家であるから、これに同意しない他民族を、国家の支配下においていることはたしかである。

殷の時代になって甲骨文字が生まれた。だが、そのための、卜骨という方法は、遊牧民族からもたらされたものである。

どうも、この番組としては、農耕民族である中華民族の方が、ユーラシア大陸を移動してきた北方の遊牧民族よりも、上位の存在である、という暗黙の発想が感じられる。だから、DNAの分析によって、古代の人たちも中華民族である……これは、科学な事実であるとしても……ことを言うことになる。だが、この言説は、同時に、非常に政治的な意味を持つものでもある。

ともあれ、人類史、その文明の歴史も、DNA解析によって、数万年前にアフリカを出た今の人類の祖先が世界に広がっていった跡をたどることができ、また、その間におこった地球規模での気候変動と自然環境の変化をふくめて、総合的に記述する方向にむかってきている。この視点からは、純粋な~~文化とか、~~文化の起源、というような言説のあり方そのものが、根本的な見直しが必要になってきているとはいえるだろう。だからこそ、かえって、昔ながらの国家の原点、原像ということが、重要な意味を持ってきているともいえる。

漢字という文字が、中国とその周辺において、重要な意味をもつ文字であったことはたしかである。日本も、その中に当然ながらふくまれる。(だが、このことの議論は、ややこしいことでもある。)

2026年1月4日記

新日本風土記「酒と酒場の旅」2026-01-07

2026年1月7日 當山日出夫

新日本風土記 「酒と酒場の旅」

これまでの放送から、酒にかんするエピソードを集めて編集したものである。

まず何よりも、グランマちか子のギターの流しの歌が良かった。歌っていたのはアメ横の飲み屋街である。ここは、むかし、一~二回ぐらい行ったことがある。庶民的なところだったが、今では、どうなっているだろうか。

おどろいたのは、「夜が来る」を歌っていたこと。小林亜星の作品であるが、多くの人にとっては(無論、私にとっても)サントリー・オールドのコマーシャル曲である。この曲を、NHKで普通に使うようになったことが、なんとなく感慨深い。(といって、今の若い人は、この曲のCMをもう知らないだろうが。)

見ながら思ったことを、書いてみる。

最初は、盛岡の酒屋の角打ちから。角打ちは、全国にいくつかある風習であると思うが、この酒屋さんでは、土間があって、上がりがまちのところに腰掛けて飲んでいる。昔の家の作りで、家に入って広い土間があって、上がりがまちがある。家に来た人が、玄関の外、玄関の中の土間、上がりがまちに腰掛ける、床にあがる、囲炉裏の側か、それとも、奥の座敷か……こういう、待遇のレベルの違いということがあった。もう昔の話しかと思うが、このような生活の感覚も、今では失われてしまったものの一つである。(家の中と外との中間的な領域として、土間の上がりがまちに腰掛けて話す、あるいは、外に向いた縁側で腰掛けて話す、ということがあったが、これらは、現代の家の構造では無くなったものである。)

石油の火鉢を使っていた。今でも使っていることになる。これは、かなり便利である。(すこし前、朝ドラの『あまちゃん』の家の中にあったのを憶えているが、これは、あまり注目されなかったようだ。)

北九州での角打ちは、朝から酒を飲む。これは、製鉄所関係の労働者の勤務の交替の関係で、朝帰りの人が利用するということがあった。朝から酒を飲めるというのは、あるいは、昔は普通のことだったかともいえる。現代になって、酒を飲むのは、夜になってから、という習慣が一般化しているが、この方が歴史的には特殊なことなのかもしれない。

青ヶ島のことは、いくつかのテレビ番組で見たのを憶えている。たしか、最初のころの「100カメ」がこの島の人びとの生活だった。人口の少ない島に、八人の杜氏がいる。焼酎をつくるが、麹菌は、天然に生えているオオタニワタリを使う。こんな酒の造り方が、日本でおこなわれているということは、おどろく。

珠洲の出身の杜氏のことが出てきていた。地震の災害の前のことになる。豪雪地帯で、留守の家はたいへんである。(それにしても、冬にこんなに雪が積もるところは、人間の住むところとして適しているとは思えないところもあるのだが、どうして、日本列島でこういう豪雪地帯に人が住むようになったのだろうか。素朴に考えて、ちょっと不思議な気もする。『北越雪譜』は、学生のころから、二~三度、読んだことのある本だが。)

秋田の川反の飲み屋街は、知られているところだが、現在ではどうなっているだろうか。酒の燗をするのに、炭火で古い道具を使っていたが、こういう店は、貴重だろう。(今では、家庭だったら、酒の燗は電子レンジでという時代である。炭火を使うと、安定した火力が保てるということはあるかと思うが、どうだろうか。)

能登の七尾のナマコは、この地方ならではの珍味というべきだろう。これも、地震の後、あまり良い状態ではないらしい。(私は、パソコンのディスプレイは、ブラウン管の時代から、ナナオを使ってきている。七尾に創業の会社である。現在は、EIZOの4Kディスプレイを写真の現像のときには使うようにしている。)

歌舞伎町にホストの集まる焼き肉屋さんがあるというのは、このエリアならではのことだろう。

新潟の南魚沼のビールを、天然の水で造るというのはいい話しである。山から流れてくる水が飲める、井戸の水が飲める、水道の水が飲める……これは、日本では当たり前のことになっているが、世界的に見れば貴重なことである。(私は、小学生のころ、上水道の来ていない家に生活したことがあるので、水道の水が飲める生活のありがたさということが、身にしみている。)

阿蘇のトンネルの中の湧き水の話しはいい。結果として、阿蘇と高千穂をつなぐ鉄道はできなかったことになる。もし、この路線が開通していたら、九州の産業や観光は、違ったものになっていたかもしれない。

八丈島の女性たちが、お酒を飲んでいるシーンは、とてもいい。流人の島であった八丈島は、米が貴重なので、酒造りが禁止されていた、そのため、焼酎を造ったという。人が生活するのに、酒は、ある意味での必需品といっていいのだろう。

(私は、国語学を勉強してきた人間なのだが、方言学については、知識がない。八丈島の方言が、かなり特殊なものであるということは知っているのだが、具体的にどのようなことばかは知らないでいる。番組を見ていて、女性たちの話すことばは、たしかに特殊といっていいだろう。)

大阪のミナミにキャバレーが残っている。時代遅れかもしれないが、こういうところがあってもいい。

キャバレーが、昔のカフェーに由来すると言っていたが、これは、少し言い足りない。昔のカフェーは、ほとんど最底辺の特殊な飲食店であったという側面は、言っておくべきだろう。林芙美子が『放浪記』を書いたのは昭和の初期であるが、そのころ、カフェーの女給は、それより下はもう街娼しかないというぐらいの存在であった。永井荷風が通っていたような銀座の高級店もあったが、しかし、そこの女給である女性は、ほとんど娼婦といってよかったのだろうと、私は思っている。こういうことは、近年まで、形をかえて続いていることでもある。

民謡酒場が昔あって、それが、今でもわずかながら残っているという。私は、民謡酒場ということは知っているが、行ったことはない。集団就職などで、東京に出てきた人たちにとっては、こういう場所は格別なものがあった。もう今では、集団就職ということがあった時代のことは、過去のことになってしまっている。私は、かろうじてこの時代の感覚が、どうにか分かるというぐらいである。出稼ぎということも、過去のことになった。小作ということも、歴史のかなたのことである。(どうでもいいことかもしれないが、民謡酒場のところで映っていた老人の後ろの本棚には、広辞苑があった。)

酒から見えてくる人びとの、その土地に根ざした文化とか生活、ということを強く感じる内容であった。

出てきた酒は、日本酒か焼酎、あるいは、ビールで、ウィスキーやワインは出てきていなかった。日本のウィスキーとかワインについても、いろいろと面白い話があるにちがいない。

2026年1月3日記