新日本風土記「お面仮面」 ― 2026-05-09
2026年5月9日 當山日出夫
新日本風土記「お面仮面」
もともとは、何かに変身するためのツールであった仮面が、時をへることで、いつのまにか、それ自体が霊的な何かという雰囲気のものに変わっていく……ちょっと距離をおいて観察して見るならば、こういうことがいえるだろうか。
この番組の趣旨とはまったく関係ないことで、興味深かったのは、秋田のナマハゲの家。畳の座敷であったが、真ん中に囲炉裏が作ってあった。まだ、家の中で囲炉裏を使う(実用的には、もうほとんど意味はないかと思うのだが)、あるいは、こういうものがあることを必要とする感覚が生き残っているということなのだろう。このようなことは、日本でどれぐらい残っていることなのだろうか。(仮面を使う行事は、この番組がそうであるように、民俗行事として残ったり、記録されていくだろうが、家の中に囲炉裏を残す生活の感覚は、それを意識して記録していかないと、いつのまにか分からなくなってしまうだろう。)
ハタハタも近年では、秋田で獲れるお魚ではなくなってしまっている。
お稲荷さんで、狐のお面をつけてする結婚式は、今の時代ならではのアイデア商法というべきだろうか。
京都の祇園の能面工房。能面を作るのに鏡に映して見ることで、遠くから見た状態を確認する。このアイデアは、いつごろからのものなのだろうか。江戸時代以前では、今のようなガラスの鏡は普及していないので、無理である。側にいる弟子に指図して、ちょっとこれを持って向こうの方に行って見せろ、ということだったかなと、想像してみる。
能面は、伝統的なスタイルで作るが、そこに、ちょっぴりと現代的な作者の個性を反映させてみることもできる。こういうことができるようになるのには、一人前になってからのこと、といっていいのだろう。
縄文時代の土偶に仮面をつけた状態を表現したものがあることは知られている。縄文の昔に仮面があったことは、特に特殊なことではないだろう。古代の文化・文明において、仮面は、いろいろと意味のあるものであったろう。現代の文化人類学などの知見からは、いろいろといえるかと思う。面白いのは、人間が仮面を着けているということが分かる造形で、土偶を作っていること。ただ、人間以外のものの顔で土偶を作ることになっていない。こういうスタイルの人形などは、世界の民族や考古学の発掘で、どれぐらいあるのだろうか。
カマドの神様は、なにがしかの意味では、日本中にあることかと思うが、それが、人の顔の形の仮面として家の中に祀られているのは、東北の一部ということになるのだろう。(昔は、家族揃っての写真というのを写していたのだが、今では、そういう習慣も無くなってしまったといっていいだろうか。)
鹿児島の神社の、見てはいけないお面。テレビの画面でも、扇で隠されていて映っていなかった。別に見てみたいという気はないけれど、だれにも見られずに、また箱の中におさまって、また、次の年につかわれる……これを繰り返していくことになる。
お面を軽トラに乗せて、村の中を走って行く。これは、お面それ自体が、霊的な力をもった何かということになる。
長野の神社でのお面をつけてのお祭り。かなり古いものを残している祭りだと感じるところがあった。この祭りは、まだ、参加できるのが男性に限られているらしい。(そうナレーションで言っているということではなかったが。)
日本列島に縄文時代から人が住んできたことは確かなのであるが、それを、現代につながる日本の文化の流れにどう位置づけるかは、かなり難しい問題があるかと思っている。
2026年5月6日記
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