どえらい大学。「東京農工大学」2026-05-06

2026年5月6日 當山日出夫

どえらい大学。「東京農工大学」

東京農工大学については、知り合いの先生はいないが、ここの卒業生という人は知っている。

見ていると、(理学というよりも)工学の傾向のつよい大学かなという印象がある。

農学部で、樹木の葉っぱを200種類について同定する試験があるというのは、面白い。分野にもよるが、植物について勉強している学生なら、普通に街を歩いていても、街路樹だったり、庭の植木だったり、これは何の木であるか、と判断しながらということがあるだろう。というよりも、こういうことが身につかないと、専門家とはいえないだろう。(日本語学でも文字の研究者であれば、街を歩いていても、看板の文字などは読みながら歩くのが普通である。)

工学部で、ARで、食べ物を食べるときの感触や音などを、再現して感じられるようにするということは面白い。これも、現代では、人間の味覚についての研究も進んでいるし、場合によってある程度コントロールする(あるいは、だます)ということも可能になっているかと思う。

学内の自動販売機にペットボトルがないというのも、これはいいことだと思う。(あえていえば、ちょっと偽善的ではあるが。)

寮の学生の部屋の内部がかなり広い。よく作ってあると感じたのは机。いまだったら、パソコンをつかって、大きなディスプレイを横に並べて使うことが普通になっているので、その幅が確保されている。

2026年5月1日記

新日本風土記「太宰府」2026-05-06

2026年5月6日 當山日出夫

新日本風土記「太宰府」

再放送である。最初は、2024年3月19日。

太宰府には行ったことがない。九州国立博物館をふくめて、行ってみたいところの一つなのではあるが、さて、行くことがあるかどうか。

見て思ったことの一つは、太宰府天満宮の門前町の参道が、まっすぐで道幅が広いことである。昔からこうなのか。あるいは、何かの事情があって、こうなったのか。(『ブラタモリ』だったら説明があるところだろうが。)

それから、菅原道真の事跡について触れるとき、讃岐国の国司であったときに、民の窮状について書いているのだが、これは、文学史としては、中国の漢詩の流れの中にある「風諭詩」というジャンルを受け継いでいることになる。ただ、道真の詩だけをとりあげて、民衆の気持ちの分かった政治家というのは、ある意味でちょっとおかしい。(極端にいえば、実際の民衆のことなど知らなくても書ける文学のテーマである、といってもいいだろうか。このあたりは、和漢比較文学の専門家がどう考えるかということになるが。)

今の太宰府天満宮が、文化や芸術にちからをそそいでいることは、重要だろう。九州国立博物館のこともあるし、新しく建てた建物のふすま絵のこともある。

参道にあるお餅やさん(でよかったかな)で使っていた電話は、昔ながらのダイヤル式の電話機だった。今でも、生き残って使われている。電話で音声通話だけなら、これで十分である。コードレスにすると便利なのだが、しかし、コードレス電話は、子機がどこかにいってしまうという不便がある。

神社のお祭りを、門前町の人びとが、協力してささえてきているというのは、いい話しだと思う。見方によっては、前近代的な習俗ということになるが、こういうことが残っていく価値はある。ワラで縄をなうということを手仕事ですることは、もう農家の仕事ではなくなってしまっている。このような行事の中で、かろうじて継承されているといっていいだろうか。

太宰府天満宮の宮司さんが、道真の子孫の家系でつづいていて、また、神社につとめる家系もつづいてきている。由緒ある神社だと、その宮司になれるのは、特定の家系の人に限られるということはある。

平安時代の道真の時代から、ずっとそのままということはないのだろうが、それでも、古くからの習わしを残している。鬼をやっつける行事は、いつごろからのものだろうか。平安時代でも、『今昔物語集』ぐらいになると、「鬼」というのは出てくるが、しかし、現代でイメージする鬼とは、ちょっとちがっている。日本の文化史における鬼は、いろいろと研究されていることである。

神社には、楠が多い。照葉樹を中心とした文化があった、という理解でいいだろうか。

神様を移動させる行事がある。日本の神様は、移動する。天神さまも、十一月になると、出雲にいらっしゃるのだろうか。ずっと同じ土地にいつづける霊的なものがある一方で、移動することができる霊的なものもある。こういう視点から見ると、日本の信仰も、面白いことが見えてきそうである。民俗学において、十分に研究されていることではあるが。

神社の中にある遊園地というのもいい。蒸気機関車は弁慶号ということだったが、前には、無限、と書いてあった。これも、時代の流れである。

2026年5月3日記

ドキュメント72時間「大阪 人情銭湯ここにあり」2026-05-06

2026年5月6日 當山日出夫

ドキュメント72時間「大阪 人情銭湯ここにあり」

大阪の豊中で62年前からやっているという。おそらくは、高度経済成長期に、大阪の郊外の住宅地として人口が増えてきたエリアで、そのころは、まだ家にお風呂のない家が多かったので、地元の人たちが日常的に利用するところだったのだろう。それが、なんとか今まで営業が続いてきているのは、ビルに建て替えて、施設を大きくして、駐車場も作って、ということができたからかと思う。たぶん、店をふくめて駐車場の土地を持っていたからかな、ということを思うが、どうだろうか。

都市部に銭湯は残っているが、どこも経営は苦しいらしい。特に近年では、燃料の重油が価格があがっている。規模を大きくして、お客さんを増やして、24時間営業にして、収益と、その運営コストは、なんとかバランスがとれているということかなと思う。

都市の中にこういうところがあることは、いいことだと思う。それも歩いていけるところ、自転車でいけるところにあるというのはいい。

600円は高いような気もするが、しかし、ここに来てお風呂に入ることを楽しみにしている人にとっては、納得のいく料金かなと思う。

老人にとっては楽しみだろうし、働く人にとっても気持ちと体のやすらぐ場であるだろう。それから、特に、子どもにとっては、こういうところがあるというのは、いいことだと思う。

このようなところが、都市の生活から、どんどん無くなってきているというのが、今の日本の姿かと感じる。

2026年5月3日記