『夜明け前』(第一部)(上)島崎藤村2018-02-23

2018-02-23 當山日出夫(とうやまひでお)

夜明け前(一)上

島崎藤村.『夜明け前』第一部(上)(新潮文庫).新潮社.1954(2012.改版)
http://www.shinchosha.co.jp/book/105508/

今年は、明治維新、日本の近代についての本を読んでみたいと思っている。そのなかで選んだうちのひとつ。再読になる。最初、この作品を読んだのは、若い時、高校生のときか、大学生になっていただろうか。読んだことだけは憶えているのだが、その内用についてまでは、さっぱり忘れてしまっている。

新しく改版してきれいになっている新潮文庫版で読むことにした。まず、第一部の上巻から。

この小説、言うまでもなく、島崎藤村の代表作であり、日本近代文学、自然主義文学の最高峰に位置づけられる作品である。信州馬籠の庄屋に生まれた青山半蔵を主人公とする。これは、藤村の父親がモデルになっている。

時代設定は、幕末から明治維新にかけて。そして、この作品が書かれたのは、昭和のはじめごろになる。第一部が発表されたのは、昭和4年から昭和7年。日本の歴史でいえば、満州事変から五・一五事件のころ、ということになる。この時代、明治維新とはどんな意味をもっていたのだろうか。そこのところが気になっている。

というのは、(話しは変わるが)国立国会図書館の歴音(歴史的音源)で、犬養毅の声を聞くことができる。

演説:新内閣の責務(上)
http://rekion.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1316931

昭和7(1932)年の録音である。この年、五・一五事件が起きている。これを聞くと、なかで、「維新60年」ということを言っている。また、歴史の知識としては、昭和のはじめごろ、「昭和維新」ということばが使われたことも知っている。たしかに、昭和の初期、まさに明治維新から60年ぐらいが経過している。

この時代、まだ明治維新は、記憶のうちにあった時代ということになる。

たとえば、戦後70年以上が経過した今日、太平洋戦争は歴史的な出来事であると同時に、ある一定の世代以上の人びとにとっては、自らの記憶のうちにあるできごとでもある。

島崎藤村は、明治5年(1972)に生まれている。たぶん、島崎藤村にとって、明治維新という出来事は、自分の経験の延長にあったことにちがいない。その藤村が、自分の父親をモデルにして書いたのが『夜明け前』である。

順番に読んでいってみようと思って、まず、第一冊目(第一部、上巻)。この巻で、印象的なのは、次の二点だろうか。

第一は、信州馬籠という、一見すると辺鄙とおもわれがちな地方にあっても、確実に、歴史の動きがおしよせていることである。黒船のやってくる少し前のところから、この小説はスタートする。その黒船騒動が、信州馬籠という宿場町にいても、肌で実感できる歴史的、社会的な出来事として語られている。

具体的には、中山道をとおる、その道中を誰がどんなふうに旅して行ったかということから分かることでもある。ちなみに、皇女・和宮は中山道をとおって江戸に向かっている。

幕末から明治維新の歴史を、江戸でもなく、また、京でもなく、さらには、薩摩でも長州でもない、信州馬籠という宿場を舞台にして描いていることになる。

第二は、これは若い時に読んで印象に残っていることで憶えているのだが、半蔵は、平田篤胤の没後の門人ということになる。若いころ読んだ時に、そんなこともあるのかと思って読んでいた。

まがりなりにも、国語学といような分野で勉強してきて、この年になって、この箇所を読んでみると、近世における国学の隆盛ということを物語るエピソードとして理解できる。

読みながら付箋をつけた箇所……鎖国こそが漢心(からごころ)であって、古代の素直な心にたちかえるとするならば、開国ということになる……という意味のことが書いてあった。国学というと、尊皇攘夷思想と結びつけて考えがちであるが、一方で、このような理解のしかたもあるのかと思って読んだ。国学というものが、日本の近世から近代にかけてもっていた意味について、考えてみなければならないと思った。(強いていうならば、国学という学問の持っている近代的な側面ということになる。)

だが、そうはいっても、世の中の趨勢としては、尊皇攘夷という方向に動いていく。青山半蔵も、そのなかに巻き込まれていくことになる。

以上の二点が、第一部(上巻)を読んで感じたところである。

ともあれ、明治になってから生まれ、日本の近代文学を背負ってきたといってもよい島崎藤村にとって、昭和のはじめごろに、明治維新とはどのようなものとして描かれることになるのか、このような関心をもって続きを読むことにしようと思っている。

追記 2018-03-01
この続きは、
やまもも書斎記 2018年3月1日
『夜明け前』(第一部)(下)島崎藤村
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2018/03/01/8796037