『日本の詩歌』大岡信2017-12-04

2017-12-04 當山日出夫(とうやまひでお)

大岡信.『日本の詩歌-その骨組みと素肌-』(岩波文庫).2017
(講談社.1995 岩波現代文庫.2005)
https://www.iwanami.co.jp/book/b325111.html

コレージュ・ド・フランスでの講義録(1994、1995)ということなのだが、そのあたりを割り引いて読む必要があるだろうか。たぶん、現代において、日本文学の分野で、和歌や歌謡の歴史を研究する立場からみるならば、いろいろと言いたいところがあるであろう。

だが、そうはいっても、日本の和歌、歌謡の歴史を、菅原道真の漢詩から始めて、紀貫之、和泉式部、それから、さかのぼって万葉集の笠女郎におよぶ。それから、梁塵秘抄から閑吟集にいたる歌謡を見る。このようにして、日本の和歌、歌謡の歴史を概観したこの本は、日本文学などを専攻する学生が、専門の論文を読む傍らに、副読本として見るには適当な本であると思う。その一方で、最新の和歌、歌謡の研究に目をくばるということが必要ではあるが。

私の勉強の範囲で、ちょっとだけ書いておくならば、最初の章に出てくる菅原道真の作品。そのなかで、庶民の困窮を歌った詩……これは、風諭詩というジャンルでとらえるべきもの、白楽天の作品の日本における受容の一つの表れとしてみるべきだろう。

蛇足を承知で書くと、今回の岩波文庫版の解説を、池澤夏樹が書いている。それを読んで……平安時代になって、女性が、五〇の平仮名をつくった、とあるのは、どうにもいただけない。日本文学、日本語史の、学部での概論的な講義の知識のレベルでみても問題がある。

道真の漢詩、それから、閑吟集の歌謡などをふくめて、日本の詩歌を概観したこの本は、読むに価するとは思う。これを見ながら、日本文学などの勉強で、さらに何を考えるかが、学生にとっては、課題となるにはちがいない。

『わろてんか』あれこれ「女のかんにん袋」2017-12-03

2017-12-03 當山日出夫(とうやまひでお)

『わろてんか』第9週「女のかんにん袋」
https://www.nhk.or.jp/warotenka/story/09.html

前回は、
やまもも書斎記 2017年11月27日
『わろてんか』あれこれ「笑売の道」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/27/8735329

どうもこのドラマは、展開が早い。実際の人物をモデルに、その後半生まで描くということなら、テンポが速くなるのはいたしかたないかもしれない。が、もうちょっとじっくりと、若い夫婦の寄席経営の苦労を描いてもいいように思えるが、どうだろうか。

今回は、かんにん袋。寄席の仕事で家庭をかえりみない藤吉に、ついにてんはかんにん袋を破裂させてしまう。まあ、土曜日の段階で、もとにもどって、円満な家庭をとりもどしたところで終わってはいたが。

ところで、この週になって、風太が新たな役割で登場してきている。寺ギンのところで、芸能の仕事をはじめるらしい。これで、藤吉、伊能栞、それから、風太と、てんをとりまく男性たちが、それぞれに、芸能ビジネスに加わることになった。これが、これからの展開にどう影響してくるかなのであるが、しかし、どうみても一番ビジネスの才覚のなさそうなのが藤吉である。が、それぞれの登場人物が、どのような立場で、芸能ビジネスにとりくんでいくのか、その違いが、これからの見どころかもしれない。

たぶんこのドラマは、これからの藤吉のビジネスの失敗を、なんとか才覚と工夫でのりきることになる、てんの内助の功を描くことになるのだろう。
追記 2017-12-10

この続きは、
やまもも書斎記 2017年12月10日
『わろてんか』あれこれ「笑いの神様」

『事件』大岡昇平(その三)2017-12-02

2017-12-02 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2017年12月1日
『事件』大岡昇平(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/01/8738016

この小説の魅力は、というよりも、今読んでも説得力のある小説だと感じさせる点のひとつは、その「犯罪」にもあると思う。

事件はいたって単純な事件である。犯人の男、その付き合っていた女性が妊娠した。その女性の姉は、中絶するようにせまる。そして、事件がおこる。男は女性の姉を殺してしまう・・・まあ、書いてしまえばこれだけのことである。

いわば、現代でもごく普通に起こりうるような事件であるといってよい。特殊な時代的背景があるというわけではない。週刊誌的にいえば、痴情のもつれである。

また、目撃証言も、物的証拠も、非常に限定的である。(裁判がはじまってから、はじめてあきらかになる、という要素はあまり多くはない。その解釈をめぐっては、検察側と弁護側が争うことになるが。そして、その過程は、スリリングで、ミステリとしてよく出来ている。)

しかし、ありふれた事件でありながら、昭和30年代の、東京近郊の小さな町の様子が、実にリアルに描かれている。読んでいると、その時代の空気、人びとの感じ方というものを、感じ取ることができる。

昭和30年代なかばという時代は、まだ戦争の影が残っている時代でもある。しかし、一方で、新しい高度経済成長に向かって進んでいく時代である。その微妙な時代の雰囲気を、この事件とそれにかかわる登場人物から感じられる。

今、21世紀になってから、戦後70年以上がたって、この小説を再読してみて、いささかも古びた印象がない。これは、作者(大岡昇平)が、普遍的な視点から、登場人物を、その時代の中で描いたから、ということになろうか。

『事件』は、まさにその時代を描いた小説でもある。

『事件』大岡昇平(その二)2017-12-01

2017-12-01 當山日出夫(とうやまひでお)

続きである。
やまもも書斎記 2017年11月30日
『事件』大岡昇平
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/30/8737349

読みながら付箋をつけた箇所を引用しておきたい。

「裁判批判はいくらやっても差しつかえない。(中略)ただそれを行う文化人も投書家も、まずなぜ自分がその事件について、意見を発表したくなるのか、ということを、自分の心に聞いてみる必要があるのかもしれない。」(p.105)

「法廷において、最後に勝つものは真実である、という考えは、あまりに楽観的にすぎるとしても、真実を排除した裁判は、民主主義社会では行われ得ないし、真実には実際それだけ裁判官の心証を左右する力があると見るべきである。」(p.311)

「自白あるいは法廷の証拠調べによって、疑う余地なしというところまで、事実がはっきりしてしまう事件はめったにない。大抵は多少の疑問を残したまま、大綱ににおいて過たずという線で判決を書くほかはない。絶対的真実は神様しか御存知ないのだから、正しい裁判手続きによって、「法的真実」をうち立てればよい、という論者もいるくらいである。」(p.461)

この『事件』という小説は、犯罪小説ではない。裁判小説である。1961年(昭和36)に新聞連載で書かれたこの小説は、随所に、戦前の裁判、法曹のあり方と、現在(この小説の書かれた)とを比較している。戦前は、成績のよいものから判事になっていったのだが、戦後になってそうではなくなった、とか。あるいは、戦前の裁判所では、検事は裁判官と同じように上段に位置したものが、戦後になって弁護士と同列、対等の位置におかれるようになったとか。法制史、法曹史、とでもいうべきところに、かなりの言及がある。

戦後になって、まだ戦前の記憶が残っている時代において、また、その時代に活躍している法曹関係者は、戦前に教育をうけている人が多いという状況をふまえて、戦前から戦後のかけての、裁判制度のうつりかわりにも、かなり触れている。

また、ところどころ、松川事件のことも、話題にしている。

そして、著者(大岡昇平)は、上記に引用したように、裁判で絶対の真実が明らかになるとは、考えていないようである。法律的に真相を解明すればよい、その落としどころで判決が決まればよい、としている。はたして、裁判という手続きで、犯罪の真実を明らかにすることができるのか……この点こそ、『事件』という裁判小説が描きたかったことかもしれない。

小説のなかで、ときおり、実際に行われる裁判の手続きの公正さへの疑義とでもいうべき指摘もみられる。

著者(大岡昇平)が望んでいるのは、戦後民主主義社会における、公正な民主的な裁判制度と、その運用であったろうことは、この小説から読み取れる。まさにこの『事件』という小説において、「裁判」そのものを描く(そのため、一般のミステリのように「犯罪」は、あまり描かれない)ことによって、あるべき民主的な裁判のあり方について我々は考えるべきであるというメッセージを伝えたかったのである……私は、そのようにこの小説を読んで感じるのである。

追記 2017-12-02
この続きは、
やまもも書斎記 2017年12月2日
『事件』大岡昇平(その三)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/02/8738540

『事件』大岡昇平2017-11-30

2017-11-30 當山日出夫(とうやまひでお)

大岡昇平.『事件』(創元推理文庫).東京創元社.2017
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488481117

まず、この作品は、当初『若草物語』の題名で、朝日新聞の夕刊に、1961年1月29日から、1962年3月31日まで連載された。その後、
初版 新潮社 1977
新潮現代文学 1978
新潮文庫 1980
と刊行された。さらに、
『大岡昇平集』6.岩波書店.1983
に収録されている。

この創元推理文庫版は、『大岡昇平集』6を底本にして、それに加えられた著者の訂正を反映したもになっているとのこと。つまり、この創元推理文庫版が、最終的な版ということになる。

1978年、第31回の日本推理作家協会賞を受賞している。

私は、この作品は、再読である(と、思う。)読んでいると覚えているのだが、はて、どの版で読んだかまではさだかでない。たぶん、新潮文庫版でだっただろうか。

『事件』であるが、法廷ミステリといっていいのだろう。だが、真犯人は誰か……という方向でのミステリではない。事件の筋はいたって簡単である。犯人は、誰であるか、この点については、首尾一貫している。この意味では、最後の意外性、いわゆるドンデン返しは無い。

描いているのは、基本的に、法廷での場面。裁判官、検察官、弁護士、それらの立場にたって、事件の真相にせまろうとしている。この意味では、法廷ミステリになる。

通常の法廷ミステリなら、弁護士、あるいは、検察官、いずれかの立場にたって、事件の真相を追究し、場合によっては、最後に意外な結末、事件の真相があきらかになる……という筋書きになるのだが、この作品はそうはなっていない。裁判にたずさわる、裁判官、検察官、弁護士、それぞれが、この事件をどう見ているのかが、描かれる。いってみれば、法的な真相の解明、ということになるだろうか。それをもとめて、裁判官、検察官、弁護士、それぞれのアプローチをしめしてある。もちろん、最後には、裁判官の判決で終わりになるのであるが。

読んでみて感じたことをいささかのべれば……ほとんどが、裁判の場面がほとんど。それにいくつか、判事、弁護士などの、この事件の裁判にかかわることになった人物についての、やや個人の事情にふみこんだ描写がすこし。かといって、特に、誰の立場に肩入れするという描写にはなっていない。判事にも、弁護士にも、それぞれに事情があるというように読める。

また、述べたように、裁判の過程を通じて、知られざる真相が明らかになるということはあまりない。(後半になって、それまで検察側で知り得なかったことが、明らかにはなるが、それが、「犯人」は誰かを決めることにはなっていない。)

登場人物も限られている。事件の当事者(犯人)、その被害者、その妹、他に関係する人物が少し。他は、すべて、法曹関係(裁判官、検察官、弁護士)である。

要するに、これは、ほとんどがある事件の裁判の過程を描いた小説なのである。にもかかわらず、退屈することなくほとんど一気に読み通してしまった。たぶん、これは、作者が描こうとしたのは、日本の刑事裁判について……しかも、それにいくぶん批判的な視点をまじえて……であるせいだろう。

作者が、その登場人物の内面の心理にまで踏み込んでいるのは、法曹関係者にかぎられている。事件の関係者は、ただ登場人物として登場するだけである。『事件』という小説は、裁判の進行と、それにかかわることになった法曹関係者の小説である。この意味においての法廷ミステリということになる。

その裁判についての、客観的で冷静な描写と、日本の法曹に対しての批判的視点、これが、この小説の魅力であると思う。そして、作者が最後に描いているのは、裁判で判決がくだされたものとしての事件と、本当はどうだったのかという究極的な問い、でもある。通常の推理小説が、普通ならば事件の真相としてしてしまうところを、最後に残している。だが、それでも、読後に不満が残らないのは、一連の裁判の描写、裁判官、検察官、弁護士、それぞれの立場が丁寧に描写されているせいだろう。最後の判決になって、そのことに納得のいくように書いてある。

追記 2017-12-01
この続きは、
やまもも書斎記 2017年12月1日
『事件』大岡昇平(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/01/8738016

山茶花2017-11-29

2017-11-29 當山日出夫(とうやまひでお)

水曜日なので花の写真。今日は、山茶花(サザンカ)である。

家の駐車場の横に木がある。一ヶ月ほどまえから、つぼみがふくらんで花を咲かせ始めている。

例によって、日本国語大事典(ジャパンナレッジ)を見てみる。

「さざんか」で見ると、ツバキ科の常緑小高木、とあり、「ツバキの漢名、山茶に由来する「さんさか」の変化した語」とある。

「さざんか」の語形では、俳諧・冬の日(1685)、大和本草(1709)に用例がある。近世になってから、「さざんか」の語になったようである。

語誌として注記があり、「「山茶花」の表記は中世後期に見られるが、当初は「さんざか」と読まれていた。」とある。

で、「さんざか」の語形でさらに検索しなおしてみることにする。

すると、「さんさか」ともとあり、用例としては、尺素往来(1439~64)、日葡辞書(1603~04)あたりが古い例になる。日葡辞書の例は、「Sanzaqua」とあるよし。この語形の新しいのを見ると、書言字考節用集(1717)である。

とすると、古くは「さんざか/さんさか」であり、江戸時代に「さざんか」の語になり、両方が用いられていた。それが、現代になると、「さざんか」に統一して使用されているということになるようだ。

例年、この花は、冬になると駐車場の横で咲いている。隣り合わせにもう一本の木があるのだが、こちらはツバキのようである。これも、この前見たら一輪すでに花がひらいていた。

サザンカ

サザンカ

サザンカ

サザンカ

Nikon D7500
AF-S DX Micro NIKKOR 85mm f/3.5G ED VR

『おんな城主直虎』あれこれ「決戦は高天神」2017-11-28

2017-11-28 當山日出夫(とうやまひでお)

『おんな城主直虎』第47回「決戦は高天神」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story47/

前回は、
やまもも書斎記 2017年11月21日
『おんな城主直虎』あれこれ「悪女について」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/21/8731658

現代の我々は、歴史の結果を知っている。織田信長は、本能寺で死ぬ。その後、豊臣の時代を経て、最終的に勝者となる、天下をとったのは徳川家康であることを。その結果がわかっていながら、それにいたる過程をどう描いてみせるかが、ドラマの作り方の工夫である。

今回の『おんな城主直虎』を見ていると、ドラマは、主に、徳川のイエを中心に動いている。もはや井伊谷ののどかな山間の谷の暮らしはでてこない。

今回、見ていて印象に残ったことを整理すれば、次の三点だろうか。

第一は、徳川のイエの物語としてドラマが進行していること。最終的に天下をとることになる徳川、それがなにゆえに天下をとることができたのか、そのイエの結束力と、家康のリーダーシップを軸に描かれていた。

万千代は、その徳川のイエのために生きている。井伊という家名をなのってはいるが、井伊谷には何の未練もない。井伊谷を安堵されることは望まないと、きっぱりと言い切っていた。万千代になって、徳川の井伊になった。井伊谷の国衆の井伊では、もはやない。徳川への忠誠心とともに、井伊はあることになる。

第二に、織田との対比。戦いをさけて、武田を降伏させようとしている徳川に対して、織田は、攻め滅ぼすようにせまる。苦渋の決断ではあるが、ここでは、徳川は、織田の指示にしたがうことになった。これは、おそらく、この後の本能寺の変へといたる伏線にもなるのであろう。あくまでも、武力で相手をつぶそうとする織田に対して、逆に、その先の和平をのぞんでいる徳川の対比である。

第三は、直之の生き方。直之は、井伊谷へのパトリオティズムで生きているかのごとくである。しかし、最終的に、万千代に従って徳川につくことを決断する。そして、直虎(おとわ)は、井伊谷に残る。万千代を通じて、戦のない、平和な世の中がおとづれるように、願っている。

以上の三点が、今回で思ったところである。

このドラマもあと放送は残りすくなくなってきた。どこまで描くことになるのだろうか。たぶん、本能寺の変を経て、徳川が勢力基盤を確立する、そして、それに忠誠心をもってつかえる万千代(直政)の姿、たぶん、このあたりまでかなと思っているのだが、どうなるだろうか。

それから、今回、ネコがちょっとだけ映っていた。ネコ和尚のところで、カゴにはいっていた。

追記 2017-12-05
この続きは、
やまもも書斎記 2017年12月5日
『おんな城主直虎』あれこれ「信長、浜松来たいってよ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/05/8742156

『わろてんか』あれこれ「笑売の道」2017-11-27

2017-11-27 當山日出夫(とうやまひでお)

『わろてんか』第8週「笑売の道」
https://www.nhk.or.jp/warotenka/story/08.html

前回は、
やまもも書斎記 2017年11月19日
『わろてんか』あれこれ「風鳥亭、羽ばたく」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/11/19/8730449

いつもは、日曜日にアップロードするのだが、ちょっと家を留守にしていたので、月曜になった。

私の見たところで、見どころは次の三点ぐらいか。

第一に、ごりょんさん。この週で一番したたかだったのは、ごりょんさん(啄子)だったのではないだろうか。

寄席の商売がうまくいかない。てんと藤吉の弥縫策的なこそくなアイデアでは、お客を逃がしてしまうことになった。そこで、ごりょんさんが、すっくと立ち上がって、寄席の経営にのりだす。その敏腕のほどは、あまりくどく描かれることはなかったようだが、とにかく商売の方はうまくいったようだ。てんが、京都の藤岡屋から借りた500円の借金も、無事に返済できた。そして、寄席がどうにかやっていけそうになったところで、土曜日、日本を去ってアメリカに行くという。実に颯爽としていてかっこよかった。

冷やしあめを売るという、てんのアイデアも、ごりょんさんがいてこそ成功したというべきであろうか。

第二に、てんの哀切。てんの父親(儀兵衛)が死んだ。が、その死に目に会うことはできなかった。風太が、その訃報を知らせにきたシーンは、哀切がただよっていた。京都の家を出て縁を切ったからには、もう会えないということなのか。

第三に、伊能栞。この週も伊能栞が登場していたが……どうも、冷徹なビジネスマンという感じではなくなってきている。てんたちの仕事をてだすけすることになる。チンドン屋までやっていた。この伊能栞という人物、もっと冷徹な人物造形にした方がよかったのではないかと思っているのだが、どうだろうか。

以上の三点ぐらいが、この週のみどこだったかと思っている。

それから、ようやくてんと藤吉が祝言をあげた。週が変わって、年月もたつようである。続きも楽しみ見ることにしよう。

追記 2017-12-03
この続きは、
やまもも書斎記 2017年12月3日
『わろてんか』あれこれ「女のかんにん袋」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/12/03/8739898

『「維新革命」への道』苅部直2017-11-24

2017-11-24 當山日出夫(とうやまひでお)

苅部直.『「維新革命」への道ー「文明」を求めた十九世紀日本ー』(新潮選書).新潮社.2017
http://www.shinchosha.co.jp/book/603803/

全部で11の章からなるが、1章から8章までが『考える人』に連載に加筆したもの。9章から11章までは、書き下ろし。そのせいか、連載部分とその後の部分で、随分と論調が異なる。

本書のサブタイトル「「文明」を求めた十九世紀日本」が、『考える人』の連載部分にはよくあてはまる。

一般に、中学・高校などで習う歴史の知識としては、明治維新によって日本は文明開化の道を歩みはじめ、近代国家を建設していった、ということである。それがまったく嘘ではないにしても、いくぶんの問題のある歴史観であることは、すこし歴史にかかわる勉強をすればわかる。

明治になるまえから、江戸時代から、すでに日本においては、近代的な社会の諸制度、思想、文化とでもいうべきものがあった、というのがひとつ。

それから、明治になったからといって、すぐに全面的に近代社会になったのではなく、前近代的な要素を多分にふくんでいた社会であった、ということがひとつ。

この本は、このうちの前者……江戸時代のうちに、すでに日本では、近代的とでもいうべき、各種の要因が芽生え始めていた、ということを、論じている。例えば、本居宣長に「進歩」の思想を見いだしたりしている。

それと、この本の特に書き下ろし部分でのべてあることは、「文明」「開化」とは、いったい何であったかの考察である。その当時の資料、史料をみながら、明治期に生きた人びとにとって、明治維新によっておこった社会の変革がどのように映じていたかを、述べてある。

これは、この本のはじめの方でのべてあること……明治維新というが、これは、「復古」なのか、「革命」なのか、という論点の提示。新しい日本の建設が、なぜ、「王政復古」という復古的な制度としてスタートしたのか。そして、なぜ、「維新」という語が選択されてきたのかの考察。

本書の内容は、ざっと以上のようになるだろうか。

近世から明治にかけての、特に、近世後期の社会の制度、学問、思想のありかたを手際よく整理してある。明治維新の以前に、江戸時代において、すでに近代につながる様々な萌芽が見いだせる。これ自体は、特に目新しいものではないと思うが、この本のような形で整理してあると、説得力のあるものとして読める。

ただ、後半の9章~11章が、どうも堅苦しい。雑誌連載をもとにしたものではないせいか、いかにも生硬な議論という印象がある。(私の読んだ印象として、結局、この本は明治維新について、何をいいたかったのか判然としなかった。)

が、ともあれ、明治維新ということについて、江戸時代からの流れで考えるとう視点と、その明治維新の時代にあって、人びとはどのようにその出来事をとらえていたのか、という視点、この二つの観点が重要であることは、理解できたかと思う。

ところで、来年のNHKの大河ドラマは、西郷隆盛が主人公である。明治維新関係の書物がいろいろと出ることになるだろうと思う。テレビをみながら、いろいろと気になる本を読んでいきたいと思っている。

『あの頃、あの詩を』鹿島茂(編)2017-11-23

2017/11/23 當山日出夫(とうやまひでお)

鹿島茂(編).『あの頃、あの詩を』(文春新書).文藝春秋.2007
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784166606085

『吉本隆明1968』を読んで、この本が出ていることを知った。今では、もう売っていない本のようである。古本で買った。

この本は、昭和30年代の、中学校の国語教科書に採用されていた詩をあつめたアンソロジーである。編者(鹿島茂)が、実際に中学生のころに学校の教科書で読んだ作品群ということになる。

私は、鹿島茂の生まれ、1949年よりも、少し後の生まれである(1955)。世代的には、接続する世代ということになるであろうか。この本を通読して、共感する部分が少なからずある。

二点をまず確認しておきたい。

第一には、日本の近代の抒情は、まさに詩によって形作られてきているということの確認である。島崎藤村、北原白秋、などの作品が収録されている。これを読むと、日本の近代の抒情詩の歴史に重なることになる。

第二には、編者(鹿島茂)が指摘していることだが、昭和30年代の中学国語教科書の詩には、ある種のバイアスがかかっていることである。明るい希望、未来への夢をうたった詩の多いことに気付く。それを、編者(鹿島茂)、戦争という経験を経たうえでの、この時代に特有の雰囲気であったと説明している。

以上の二点が、このアンソロジーを通読して確認しておきたいところである。

そういえば、何故か、中学の時の国語教科書というのは、詩からはじまていたような記憶がある。詩というものが、文学の根幹にあるという発想からなのだろうか。ともあれ、私もまた、文学というものを読む経験において、詩を読むということは、中学の時の国語教科書にあったように憶えている。

このアンソロジーを通読すると、無性に懐かしい感じがする。その一方で、私が読んだ詩はこんなではなかったという違和感のようなものを感じる。それは、とりもなおさず、この時代(昭和30年代)の国語教科書に特有のものであったと判断されよう。私の時代(昭和40年代)になると、それが、微妙に変わってきていたのかもしれないと思う。

たぶん、私の時代になると、伝統的な叙情性の中に回帰してきていたのかもしれない。

気付いたこととしては、このアンソロジーには、萩原朔太郎がはいっていない。編集の方針として、編者(鹿島茂)が意図的に落としたということではいないようだ。30年代の国語教科書にははいっていなかったのだろうと思われる。

国語学、日本語学という領域は、国語教育という分野とは、接してはいるが、離れている。今、どのような詩が国語教科書に載っているのか、知らない。また、詩というものが、日本語研究の領域であつかわれるということはないようである。古くさかのぼれば、和歌は、資料になるのだが。

私が、中学、高校の頃、「日本の詩歌」(中央公論)のシリーズがあった。その後、文庫版(中古文庫)も出たりしていたが、今では絶版になったままである。文庫本で読める詩も数少なくなっているようだ。

日本の文学ということを考えるとき、やはり詩をはずすことはできない。さらには、今では読まれなくなってしまったが、漢詩も、文学史的には重要である。

たとえば、

中村真一郎.『頼山陽とその時代』(ちくま学芸文庫).筑摩書房.2017 (中央公論社.1971)

など読むと、近世における、抒情詩、叙景詩において漢詩を無視し得ないことが実感される。この本については、思ったことなど書きたいとおもって、手元においてあるのだが、なかなかその順番が回ってこないでいる。

ことばというものを研究する立場にいるもののはしくれとして、詩を読む心をうしないたくはないと思う次第である。