本を読む時間2017-03-18

2017-03-18 當山日出夫

学生のころの思いでである。ふと思い出したこと、今でも憶えていることを書いてみたい。

ある先生……イギリスの経済史、社会思想史が専門だったと憶えている……のことである。

教養の学生のとき(日吉で一年のとき)、イギリスの政治社会思想の講義に出た。そこで、ホッブズとか、ロックのことを学んだのであった。が、それよりも、先生が講義の雑談のなかで、こんなことを言っていた。

大学の教養課程の授業の意義についてである。どんな話しであったか、おぼろにしか記憶していないが、今でいうリベラル・アーツとしての基礎教養の重要性ということを、話していたように憶えている。そのとき、イギリスのことを勉強するのには、英語が必要になる。だが、英語を勉強したければ、その専門学校に行けばいいのである。大学の講義は、そのためにあるのではない。このことは、はっきりと憶えている。

今はどうだろうか。大学の英語の授業は、実学の方向を向いている。TOEIC何点というのが、具体的な目標にかかげられたりしている。

大学によっては、英語を担当する教員のHPでの紹介に、TOEICで何点をもっているとか、書いてあったりする。こんなのを見ると、私は、心底うんざりとするのだが。

それから、その先生が、学内のある雑誌だっただろうかに書いていたことがある。次のような内容である。

留学していたとき(たしかイギリスだったと思うが)、そこで、ある本を読んでいた。その学問分野の基礎資料というべき本である。そのとき、現地、留学先の研究者の言うのには、そんな本は日本にでもあるだろう。どうして、ここで読んでいるのか。それに対して、その先生は、こうこたえた。もちろん、日本にもその本はある。しかし、ここ(留学先)にあって、日本にはないものがある。それは、本を読む時間である、と。

このエピソード、何故か、印象深く憶えている。私の学生のころであるから、今よりはるかに大学というところはのんびりしていたものである。

だいたい、新学期になって、最初から授業する先生など、ほとんどいなかった。休講が当たり前だった。それが、今では、毎回90分、15回、それに、試験をしないといけなくなっている。

そのような時代にあっても、研究者として、本を読む時間を大切にするということは、あったのである。その時代なりに、大学の仕事や講義などもあったのだろう。今よりはのんびりしていたかもしれないが、それでも、雑用におわれて本を読む時間がない、という気分があったのかもしれない。

本を読むのに、なにがしかのお金は必要になるだろう。それから、ある程度の、安定した社会的地位というものも、必要かもしれない。だが、それらがあるとして、一番肝心なのは、本を読む時間である、という感覚は、私は、学問の基本として大事にしたいと思う。いや、この年齢になって、そのような必要性を、痛感するようになってきた、ということである。

実際にどの程度、本を読む時間を確保できるかは、人のおかれた境遇によってちがう。しかし、それが、何よりも貴重なものであるという感覚だけは、持っておきたいものである。

このようなことを思い出す、考えるというようになったのは、それなりに、私も年をとってきたことなのかとも、思ったりしている。

『隠蔽捜査』今野敏2017-03-17

2017-03-17 當山日出夫

今野敏.『隠蔽捜査』(新潮文庫).新潮社.2008 (新潮社.2005)
http://www.shinchosha.co.jp/book/132153/

警察小説、それも日本のものを読んでおきたくなった。これまで、なぜか手にすることがなかったのであるが(佐々木譲などは読んでいたが)、文庫本で読んでおくことにした。

調べてみると、このシリーズだけの特設HPができている。

http://www.shinchosha.co.jp/topics/police/konno_bin.html

順次、このシリーズを読んで思ったことなど書いてみたいとおもっているが、まずは、第一冊目から。これは、吉川英治文学新人賞の受賞作でもある。

解説にも書いてあるが……なるほど、こういう手がまだのこっていたのかというのが、正直な感想。こんな主人公をよく思いついたものである。

読み始めて、この作品の主人公(竜崎)ぐらい、いやな人物はいない。なにせ、東大出の警察官僚(キャリア)。東大出身者にあらずんば、人にあらず……どうどうと言ってのける。

なんでこんないやなやつと付き合わねばならんのだと思って読んでいくのだが、途中から、この偏屈というか朴念仁というか、この一風変わった主人公に、なんとなく感情移入していってしまう。

キャリアだから、捜査の現場に出ることはない。警察庁で、広報を担当しているという立場。なぞの連続殺人事件。警察官僚ならではの知識で犯人のめぼしをつけるのだが、それにどう対応するか、警察庁(カイシャ)としては、悩むことになる。いや、彼は、彼なりの自分の警察官僚としての正義を貫く。

このミステリの特徴は、

第一に、警察庁のキャリアとして、直接、捜査の現場に出ることはないのだが、全体として、警察小説として、犯罪とその捜査を描くことに成功している。この絶妙の距離感が、実に巧い。

第二に、警察小説の基本にあるのは、警察官としての正義である。何が、警察官の正義なのか。これが、現場の警察官(刑事)であれば、比較的わかりやすく描くことができる。市民感覚でわかるものである。しかし、キャリアのいだく、警察の正義とは何であるのか、これは、市民感覚ではわからないとことがある。それを、この小説は、説得力ある叙述で描ききってみせている。

以上、二点をあげることができるだろうか。

この「隠蔽捜査」シリーズ、第二作『果断』で、日本推理作家協会賞を受賞している。楽しみに読むことにしよう。まあ、実際に、こんなキャリアががいるかどうかという詮索は無駄、野暮というものである。

追記 2017-03-23
この続編については、
やまもも書斎記 2017-03-23
『歌壇 隠蔽捜査2』今野敏
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/23/8416674

『天子蒙塵』(第二巻)浅田次郎(その二)2017-03-16

2017-03-16 當山日出夫

つづきである。

浅田次郎.『天子蒙塵』(第二巻).講談社.2016
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062203708

やまもも書斎記 2017年3月15日
『天子蒙塵』(第二巻)浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/15/8406288

この本を読みながら、おもわず付箋をつけた箇所。

「軍隊は戦争の記憶を喪った。」(p.79)

として、満州事変のころの日本の軍隊のことが書いてある。つづけて、

「幼年学校にも士官学校にも、政治学や社会学の科目はただの一時間もなく、さらには選抜された陸軍大学校卒業者の支配する軍隊に、良識など期待するべくもない。」(p.79)

これは、陸軍の中尉のことばとして出てくる。

なぜ、この箇所に付箋をつけたのか、それは、加藤陽子の本のことが念頭にあったからである。

やまもも書斎記 2017年3月10日
『とめられなかった戦争』加藤陽子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/10/8398878

ここで、当時、四十歳代ぐらいの人間……社会の中核をになっている……は、なにがしか日露戦争の記憶をもっている人達であった。そのことが、満州事変から戦争の拡大につながっていく要因のひとつに考えるべきである、という意味のことがあった。佐官、将官クラスになれば、これはあたっていると思う。

だが、尉官クラスになれば、それより若い。士官学校を出たばかりの若手軍人が、逆に、日露戦争の記憶をもっていなかったということも、いえるだろうと思われる。

ここは、歴史の時代の流れのなかにおいて、日露戦争の戦争の記憶を継承している世代がどのようであって、逆に、それを持たない世代がどのようであるのか、歴史学の方面からの、検証が必要なことである。小説家・浅田次郎の小説において、若い中尉の意識を描いた部分と、歴史家・加藤陽子が、その著書で述べていることは矛盾することではない。どちらの方面に重きをおいて考えて見るか、その立場の違いである。

日本近代史を考えるとき、起こった出来事を年代順にならべるだけではなく、どのような生いたちを経てきた人間が、その時代をどうになって、かかわってきたのか、総合的に考える視点が重用であると思う。

歴史家の文学的想像力と、文学者の歴史観と、どちらがよいというものではなく、両者を総合してとらえるところにしか、過去を顧みて、未来を展望する道はないだろう。また、このように総合的に過去をふりかえる視点のもとに、現在の私たちのものっている歴史観、世界観が、どのような歴史的経緯をふまえたものであるのか、自覚的になる必要もあると思うのである。

戦争の記憶をどのようにとどめていくのか、あるいは、今の自分たちはどのような戦争の記憶をもっているのか……このようなことに自覚的である必要がある。このような視点から、浅田次郎の『帰郷』とか、加藤陽子の『とめられなかった戦争』は、読むにたえる価値のある本だと思う。

やまもも書斎記 2017年3月8日
『帰郷』浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/08/8396413

このような意味において、文学と歴史は連続するところがあると、私は理解している。

『天子蒙塵』(第二巻)浅田次郎2017-03-15

2017-03-15 當山日出夫

浅田次郎.『天子蒙塵』(第二巻).講談社.2016
http://bookclub.kodansha.co.jp/product?isbn=9784062203708

やまもも書斎記 20171月4日
『天子蒙塵』(第一巻)浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/04/8302238

第一巻と二巻と、同時に買ったのだが、二巻の方が、読むのがおそくなってしまった。しばらく積んであった。

この本、第一巻の続きと思って読むと、面食らう。この第二巻は、これはこれで、独立した一つの物語をなしていると思って読んだ方がいい。第一巻は、清朝の最後の皇帝・溥儀の側室の「かたり」でなりたっていた。しかし、この第二巻になると、もう登場しない。第二巻は、満州国をめぐっての物語になっている。

満州国……この本では「満洲」の用字がつかってある……張作霖の死から、満州事変、そして、満州国の成立、このプロセスは、日本近代史のなかで、ことに注目すべきところだろう。結局、日中戦争になり、さらには、太平洋戦争へと発展していく、そのとっかかりのできごとである。

この本、物語において、著者(浅田次郎)の採用した方式は、群像劇である。溥儀をはじめとして、永田鉄山のような実在の人物、さらには、劉文秀のような架空の人物をとりまぜて、あまたの人物の視点から、張作霖の死から満州国建国までのあたりを、大河ドラマのように描こうとしている。

そして、これが成功したかどうかになると……私の評価としては、微妙だなというところ。そのように感じるの次の二点に整理できようか。

第一には、近現代史のこのあたりのことになると、文学作品としての小説よりも、歴史的事実そのものの方が面白い。あるいは、興味深く叙述することができる。

たとえば、
やまもも書斎記 2017年3月10日
『とめられなかった戦争』加藤陽子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/10/8398878

のような本の方が、面白い。重厚な歴史書というわけではないが、日本が、日中戦争へと突き進んでいく歴史を、非常に簡潔でわかりやすく、また、興味深いものとして、叙述してある。

「事実は小説より奇なり」というが、どうも、近現代史、満州事変あたりのことになると、事実そのものの方が、面白いと言ってもよいように思える。(無論、どのような歴史観で、どのように叙述するかということもあるのだが。)

第二には、浅田次郎は、その経歴、自衛隊体験の故であろうか、軍隊を描くとき、下士官、兵卒の視点にたって描くことは、きわめてうまい。

たとえば、
やまもも書斎記 2017年3月8日
『帰郷』浅田次郎
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/08/8396413

しかし、士官、司令官、あるいは、為政者という立場の人間、そのエトスを描くには、適していないと思われる。これも、時代がさかのぼって、このシリーズの最初『蒼穹の昴』のような時代になれば、想像力の世界でどのようにでもなる。

だが、近現代の歴史、まだ、その記憶がのこっている時代について、為政者の視点で、小説として語るには、その資質が向いていないと思わざるをえない。軍閥、馬賊ぐらいなら、浅田次郎の本来の面目である語りで表すことができるかもしれないが、正規の軍隊の士官・指揮官、政治家となると、逆に作用する。むしろ、その人物を矮小化してしまいかねない。

以上の二点が、この作品について思ったところである。

さらに付け加えるならば、中国と日本の近現代史を群像劇で描くというこころみは、それなりに評価されていいことだと思う。えてして、日本の悪行だけを描くことになったり、中国が純粋無垢な善であるかのごとき、一般的な歴史書にくらべれば、総合的に、いろんな立場から歴史の出来事を見てみようということは、これはこれとして、非常に価値あることだと思う。だが、それが、成功しているかどうかは、また、別問題とすべきだろう。

この作品、まだ、第三巻以降につづく。その流れのなかで、再度、読み直してみれば、感じ方も変わってくるかもしれない。

『おんな城主直虎』あれこれ「走れ竜宮小僧」2017-03-14

2017-03-14 當山日出夫

『おんな城主直虎』2017年3月12日、第10回「走れ竜宮小僧」
http://www.nhk.or.jp/naotora/story/story10/

前回は、
やまもも書斎記 2017年3月7日
『おんな城主直虎』あれこれ「桶狭間に死す」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/07/8395053

う~ん、ここで「つづく」になるのか、という終わり方だった。次回はどうなるのだろう。

今回、ネコが再登場。籠のなかにはいっておとなしくしていたし、また、和尚にも抱かれていた。

今回の見せ場としては、主に二つ、あるいは、三つか。

第一に、鶴と亀の場面。やはり、小さいころからの幼なじみの二人であるというところを感じさせる描写であった。

第二に、次郎法師と寿桂尼との対面シーン。寿桂尼との話しの場面、貫禄において、次郎法師は負けていなかったと思う。

第三に、最後の瀬名との対面のところから、ラストにかけて。

といったあたりか。

ところで、出産のところで、夫(亀)が、弓の弦をならしていた。これは、魔除けのまじない。安産祈願ということなのであるが、これは、説明のナレーションでもあった方がいいのではないかと思った。でないと、いったい何故、妻の出産の場面で弓をもっているのか、分からなかった人もいるかもしれない。

さらに考えれば、鶴が、寺に逃げ込んで次郎のもとで助けられるのだが、これは、寺がアジールとして機能したということ……でも、ないようである。中世の寺院なら、なにがしかアジール的機能があったと思うので、とりあえず寺に逃げ込むということはあり得るのかとも思うが、このあたり、歴史考証の面でどうなのだろうと思ったりした。

さて、次回も、ネコは出てくるだろうか。和尚の出てくる限りは、登場させてほしいものである。

追記 2017-03-21
このつづきは、
やまもも書斎記 2017-03-21
『おんな城主直虎』あれこれ「さらば愛しき人よ」
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/21/8412696

『吉本隆明 江藤淳 全対話』吉本隆明・江藤淳2017-03-13

2017-03-13 當山日出夫

吉本隆明・江藤淳.『吉本隆明 江藤淳 全対話』(中公文庫).中央公論新社.2017 (中央公論新社.2011 増補、改題)
http://www.chuko.co.jp/bunko/2017/02/206367.html

この本は、2011年に、中央公論新社から、『文学と非文学の倫理』のタイトルで刊行。それに、吉本隆明インタビュー「江藤さんについて」、解説対談、内田樹・高橋源一郎を加えて、文庫化したもの。

「文学と思想」 1965
「文学と思想の原点」 1970
「勝海舟をめぐって」 1970
「現代文学の倫理」 1982
「文学と非文学の倫理」 1988

この本を読むまで、江藤淳と吉本隆明が、こんなにも多くの対談を重ねていることを、不明にも知らなかった。保守と左翼というイメージのある二人であるが、対談を読んでみると、非常にすんなりとお互いに意思疎通できているようである。

読んでの印象なのであるが、吉本隆明は「詩人」なのである、ということを強く感じた。吉本隆明は、詩人である。そして、江藤淳は、評論家である。

たとえば、次のような箇所。

(江藤)ただ、吉本さんがそういうものに対して批判をもっておられるのはわかるが、吉本さんの資質のなかにも、非常に詩人的・達人的なものがあると思います。それが小林秀雄に似ているか、中原中也に似ているかわからないが、とにかく吉本さんのなかで詩的絶対性のようなものを求める気持は、とても強いと思うのです。吉本さんの詩には、これがとても美しい形で出てくる。
(p.24)

このようなところを読むと、私も深く同意するところである。吉本隆明は、本質的に詩人なのである。今、世間一般の見方としては、評論家、あるいは、思想家というように考えるかもしれない。だが、吉本隆明が、本質的に詩人であると思ってみるならば、「共同幻想論」も、「大衆の原象」も、それなりに、納得できると思う。詩的直感を、詩としてではなく、評論のような形で表現しているから、ある読者にとっては、きわめて難解で読みにくいものになる。

このような意味で、つまり、詩人として吉本隆明が何を語っているか、読みながら付箋をつけた箇所としては、

(吉本)たとえば大江さんなんか、ちょっと『ヒロシマ・ノート』などを見ると、僕は文学者失格であるというようなことを考えます。思想家失格などとは、別に専門でないから、言わないわけですが。
(p.41)

上記の二つの引用は、「文学と思想」、1966年に『文芸』に掲載。対談は、その前年、1965年。

ここの引用した、1960年代の雰囲気として、文学者、詩人と、思想家、あるいは、評論家は、それぞれに、違った分野の人間として意識されていたことが読み取れよう。それが、現在、21世紀の今だと、これらの違いがあまり強く意識されることはないようである。

解説の対談に登場している内田樹などは、以前は、評論家、あるいは、フランス現代思想研究者、と呼ばれていたと思うが、最近の本では、思想家となっていたりする。私は、内田樹の書いていることに同意することもあるし、しないこともあるが、しかし、思想家だとは思っていない。

これが、吉本隆明、江藤淳の時代だと、文学者、評論家、詩人というのが、それぞれに独立した立場をたもっている。この時代の変化というのは、ある意味で、重要なことかもしれない。現代において、文学が何を語りうるのか、ということの問題にかかわってくるからである。また、現代における詩人的直感は何を洞察するのであろうか。さらには、現代において、批評とは何であろうか。

ともあれ、この本で、私は、ひさしぶりに、江藤淳の書いたものを目にした。今から、十数年間のあるとき、江藤淳の随筆を読みかけていた。そして、その訃報に接した。その時以来、読みかけの随筆に栞をはさんだまま閉じてしまった。その後、江藤淳の書いたものを読むことは、意図的に避けてきたように思う。

それほど、江藤淳の死は、私にとって衝撃的な事件であった。思い起こせば、高校生のころから、『夏目漱石』などを読んでいた。また、吉本隆明は、大学生になってから、とにかく読んだものである。今、その全集(晶文社)が出ているので、順番に買ってある。

このあたり、再度、江藤淳の書いたもの、吉本隆明の著作など、再読してみたいと思うようになってきた。確かに、戦後日本の文学の世界のなかでは、ともに屹立した仕事を残したと思う。それよりも、昔、若いときに読んだ本を、再度読んで味わってみたい、そのような気がしているのである。

その意味で、この『吉本隆明 江藤淳 全対話』は、手軽に読める文庫本として、それぞれの、詩人としての、評論家としての、資質をたどることのできる恰好の本である。

28回「東洋学へのコンピュータ利用」でいいたかったこと2017-03-12

2017-03-12 當山日出夫

3月10日は、京都大学人文科学研究所で、第28回「東洋学へのコンピュータ利用」。
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/seminars/oricom/
http://kanji.zinbun.kyoto-u.ac.jp/seminars/oricom/2017.html

私の話しは、最初。
「JIS仮名とUnicode仮名について」

これは、去年の表記研究会(関西大学)で、「JIS仮名とユニコード仮名」というタイトルで話をしたものに、再整理して、テーマを、仮名のコード化ということにしぼって、さらに、用例・実例などを、追加したもの。表記研究会では、主に、日本語学研究者を相手だった、今回は、うってかわって、コンピュータや文字コードの専門家があつまる会。

話しの内容の基本は、私の書いているもう一つのブログ「明窓浄机」で書いたことである。

明窓浄机
http://d.hatena.ne.jp/YAMAMOMO/

基本的な主な内容は、すでにここに書いてこと。それに対して、今回特に付け加えて言ったこととしては、ちょっとだけ、最後の方に追加したことがある。それは……翻刻とはどういう行為であるのか、そして、翻刻と文字コードとはどう考えればよいのか、ということ。

今回の研究会、最後の発表が、

永崎研宣(人文情報学研究所)
Webで画像を見ながら翻刻をするためのいくつかの試み

この発表の趣旨は、主に、IIIFによる、画像データの処理。これはこれで、非常に興味深いことなのだが、その先の具体的な話しになると、「翻刻」「翻字」「釈文」というのは、いったい何なのか、という議論の世界がまっているはずである。

常識的に考えて、写本・版本の漢字・仮名を、現在の通行の漢字・仮名におきかえる仕事、といってしまえば、それまでであるが、この時、考えなければならないいくつかの問題点がある。

漢字は、現在の通行字体(常用漢字体)にするのか、それとも、いわゆる正字体(旧字体)にするのか、という問題がある。これは、単純に置き換えることのできな場合がある。

それから、変体仮名の問題がある。全面的に変体仮名が縦横につかわれている近世以前の版本・写本を、現在の通行の仮名字体になおす、これはいいだろう。

ところが、明治以降、近代になってから、活字印刷がはじまってから、変体仮名活字というものが、使用されている。これを、どのように、翻刻するべきなのか。これから、議論しなければならない論点になってきている。

近代になって、特に、戦後、仮名は非常に整理された状態になっている。変体仮名を使おうと思っても、その活字、また、フォントが無い、という状態であった。それが、今般、変体仮名のユニコード提案という事態になって、変体仮名を翻刻につかえる可能性が出てきた。

では、明治時代ぐらいの書籍などで、変体仮名活字がつかわれている場合、そのまま変体仮名で表記するのか、それとも、現在の通行の仮名字体にするのか、新たな判断が求められるようになってくるだろう。

現在でも、古典籍の翻刻などにおいて、「ハ」「見」は、「は」「み」にせずに、漢字の字体を使用するというような慣習がある。(詳しく調べたわけではないが、これは、私の学生のころから、ひろくひろまってきた慣用的な方法のように理解している。)

そして、このような翻刻の方針について、異論を述べる人も現在でもいる。

翻刻における漢字字体の問題、仮名の問題(変体仮名)、このような問題に、すぐに正解があるということではないであろう。あつかう文献の種類や、その翻刻の利用目的に応じて、様々な方式があるとすべきである。だが、これから、本格的に、近代の活字資料の翻刻、デジタルテキスト化ということをむかえて、このことについて、改めて議論を重ねていく必要があるにちがいない。

『とめられなかった戦争』加藤陽子(その二)2017-03-11

2017-03-11 當山日出夫

加藤陽子.『とめられなかった戦争』(文春文庫).文藝春秋.2017 (NHK出版.2011)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167908003

やまもも書斎記 2017年3月10日
『とめられなかった戦争』加藤陽子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/10/8398878

つづきである。

著者(加藤陽子)の史料を読む感性に関心するところがある。たとえば、次のような箇所。第2章「日米開戦 決断と記憶」の冒頭、東条英機が陸軍航空士官学校を視察したときのエピソード。

東条英機が、「敵機は何で墜とすか」と質問したのに対して、生徒が機関砲でと答えた。それを東条は訂正して、「違う。敵機は精神力で墜とすのである。」と言った話し。

東条英機の精神主義を象徴するエピソードとして、よく歴史書、戦記などに引用、言及されるものである。このエピソードについて、著者(加藤陽子)は、このように述べている。

以下、引用する。

「しかし、この発言がなされた時期にも留意する必要があります。四四年五月といえば、すでに日本の敗色が農耕になっていた時期。」(pp.59-60)

として、具体的に状況を説明した後、

「そのような時期に発せられたこの言葉の背景には、どうしようもない彼我の戦闘力の差、つまりは国力の差に対するはっきりとした認識があり、そのような絶望的な状況を覆すにはもはや精神力に頼るしかないという、ある意味で悲鳴のような響きも感じ取れるのです。」(p.60)

このような箇所、史料に「ことば」として表現されているものの背景に何を読みとるか、どのような歴史的状況のなかでの「ことば」であるのかを理解しようとするか……これは、歴史家にとって、きわめて重要な資質である、と私は思う。

著者(加藤陽子)の専門は日本近代史であるが、もし、文学研究をやっていたら、あるいは、哲学の領域で思想史などをやっていたら、それはそれで、きわめてすぐれた研究者として仕事をすることになっただろうと、予想してもいいのではないだろうか。

最近、そのような加藤陽子の名前を見て、ちょっと驚いたことがある。それは、『「死の棘」日記』(島尾敏雄、新潮文庫)の解説を、加藤陽子が書いていることである。これは、加藤陽子に文学研究、史料(資料)読解のすぐれた資質をみこんだ、文庫編集部の慧眼というべきであろう。

この『「死の棘」日記』については、後ほど。

『とめられなかった戦争』加藤陽子2017-03-10

2017-03-10 當山日出夫

加藤陽子.『とめられなかった戦争』(文春文庫).文藝春秋.2017 (NHK出版.2011)
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784167908003

加藤陽子の本については、すでに何度かとりあげている。

やまもも書斎記 2016年9月12日
加藤陽子『戦争まで-歴史を決めた交渉と日本の失敗-』
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/09/12/8182853

やまもも書斎記 2016年7月9日
加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』憲法とE・H・カーのこと
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/09/8127772

やまもも書斎記 2016年7月10日
加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』松岡洋右のこと
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/10/8128707

そして、今回のこの本(文庫版)は、以前、2011年に、NHK出版から、『NHKさかのぼり日本史 ②昭和 とめられなかった戦争』のタイトルで出ていたもの。HNK版も買って読んだが、文庫本になって出たので、改めて読んでみた。

著者(加藤陽子)が、この本にこめた思いは、本書の最後にある次のようなことばだろう。やや長くなるが引用する。

(戦争の責任などについて)国家の責任を強く追求する思いで歴史を振り返りたくなる気持ちもわかります。しかし、たとえば、自らが分村移民を送り出す村の村長であったらどう行動したか、あるいは、県の開拓主事であったらどう行動したか、移民しようとしている家の妻であったらどう行動したか、関東軍の若い将校であったとしたらどう行動したか、そのような目で歴史を振り返って見ると、また別の歴史の姿が見えてくると思います。近代史をはるか昔におきた古代のことのように見る感性、すなわち、自国と外国、味方と敵といった、切れば血の出る関係としてではなく、あえて現在の自分とは遠い時代のような関係として見る感性、これは、未来に生きるための指針を歴史から得ようと考える際には必須の知性であると考えています。(pp.174-175)

このような歴史観のもとに、この本では、4章にわけて、時代をさかのぼるかたちで、なぜ、あの時に戦争をやめることができなかったのかが、検証してある。

第1章は、1944(昭和19)年 サイパン陥落
第2章は、1941(昭和16)年 日米開戦
第3章は、1937(昭和12)年 日中戦争
第4章は、1933(昭和8)年 満州事変

一般に、満州事変は、1931(昭和6)年の事件だが、この本では、熱河侵攻を歴史のターンイングポイントにしている。

そして、この本を歴史書として読んだときに、その特徴となるのは、歴史を動かすものとして、時の為政者の判断も重用だが、それと同時に、時代の雰囲気……今のことばでいえば「空気」とでも読み替えることができようか……の流れがあることを、書いてあることだろう。上は、昭和天皇の判断から、東条英機、松岡洋右、石原莞爾などの人物の、その時々の、重要人物の判断があったことが記される。そして、その時代、なぜ、そのような判断をすることになったのか、時代の流れ、社会全体の人びとの気持ちというものを見ることを忘れてはいない。

その一例として、第2章の日中戦争について語るとき、その当時の、四十歳代の社会の中堅をになっている人間たちが、いつの生まれかを見ている。それは、日露戦争の勝利の記憶のある人びとである、と指摘する。

引用すると、

三十六年も前、四十歳代の彼らは、もちろん(日露戦争に)参戦したわけではありません。けれども、「少年のときに日露戦争を体験した」という共通点があるのです。(p.84)

とあり、昭和天皇もその例外ではないことに言及している。

この本は、重厚な歴史書ではないが、今日から近現代の歴史をどのように考えるか、貴重な視点を提供してくれる本である。まず、NHKから出た本であり、今回、文庫版になった。新発見の歴史的事実があるという類の書物ではない。しかし、歴史から何を学び取るかという観点からは、重要な提言のある本だと思う。

さて、このような観点にたって、私自身の場合は、どうであろうか。日露戦争に勝った時の体験を幼少期にもっている人間が、日中戦争から太平洋戦争・大東亜戦争へとつきすすんでいくことになった。では、戦後に生まれた、私自身の場合はどうか。戦争に敗れた記憶を継承している世代ということになろうか。あるいは、ベトナム戦争の記憶のある世代ともいえよう。だから、平和主義ということもあるし、反面、軍事的リアリズムの重要性を感じるというところもあるだろう。このような自分自身の感性のよりどころを、歴史の流れのなかにおいて見ることも、時には必要なことである。

追記 2017-03-11
このつづきは、
やまもも書斎記 2017-03-11
『とめられなかった戦争』加藤陽子(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/11/8400780

『豊饒の海』三島由紀夫2017-03-09

2017-03-09 當山日出夫

この春休みの「宿題」にしようとしてあるのが、『豊饒の海』四部作。三島由紀夫である。

『春の雪』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105021/

『奔馬』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105022/

『暁の寺』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105023/

『天人五衰』
http://www.shinchosha.co.jp/book/105024/

以前に読んだのは、大学生になって、国文学専攻になってからのことだったと記憶する。その当時の新潮文庫版で読んだ。そのとき、このような文学があるのかとは思ったが、この年になって、再読してみることになるとは予想だにしなかった。いや、もう、三島はこれでいい、終わりにしようと感じたぐらいである。

それぐらい、読後感の印象のつよい作品であった。

憶えているのは……「春の雪」の甘美な恋愛小説の雰囲気……「奔馬」のラストのシーン……「暁の寺」のインドの濃厚な描写……「天人五衰」のその最後のことば……などである。

三島由紀夫という作家は、最後にひとこと多いのである。そのひとことが余計だなと感じるか、それで納得するかは、人によって違うかもしれない。が、私は、余計なひとことを書いてしまう作家だという印象で憶えている。

例えば、『午後の曳航』のラストのひとこと。これなど、無い方がいいだろうと、読んだときに思ったものである。

ともあれ、新学期の準備には、まだ時間の余裕がある。次年度から、授業も減ることになる。オンラインで、古書「1円」で買える文庫本でも読んで時間をすごしたいと思っている。花粉症のシーズンなので、あまり外出はしたくない気分でいる。本を読むという生活をおくりたい。そして、それが、あくまでも人文学の基本なのであるということを、確認しておきたいと思っている。

昔、若い時に読んだ本、名作、名著、古典、それから、近年の文学賞受賞作など、再度、読書ということに時間をつかう生活をおくりたいと思っている。

今、『春の雪』を読み始めている。

三島の文章というのは、こんなに華麗な、あるいは、見方をかえれば、虚飾とでもいうべき文章であったかと、今になって再読してみて、感じいっている。昔、若いときに読んだときには、この装飾過多とでいうべき文章は、さほど気にならなかったのだが。

「春の雪」の冒頭近くにある、清水と髑髏の例え話。昔、読んだときも、このエピソードだけは、強烈に憶えているのだが……今でも憶えている……このエピソードが、『豊饒の海』にどうかかわるのか、ある意味での余計なひとことなのか、あるいは、用意周到な伏線として書いてあるのか、そのようなことを考えながら読んでいる。

追記 2017-03-19
『春の雪』については、
やまもも書斎記 2017-03-19
『豊饒の海』第一巻『春の雪』三島由紀夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/19/8410111

追記 2017-03-24
第二巻『奔馬』については、
やまもも書斎記 2017-03-24
『豊饒の海』第二巻『奔馬』三島由紀夫
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/03/24/8418304