やまもも書斎記

2016-07-12　當山日出夫

長谷部恭男．『憲法とは何か』（岩波新書）．岩波書店．2006
https://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn0604/sin_k286.html

さきに、加藤陽子の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』（新潮文庫）について書いた。その最初の方で、ルソーと憲法のことについて言及した。

やまもも書斎記　2016年7月9日
加藤陽子『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』憲法とE・H・カーのこと
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2016/07/09/8127772

この本の該当する箇所を確認しておきたい。

「戦争のもたらす、いま一つの根源的な作用という問題は、フランスの思想家・ルソーが考え抜いた問題でした。ルソーのこの論文は日本語訳がなかったこともあって、私はつい最近まで知らなかったのです。東大法学部の長谷部恭男先生という憲法学者の本『憲法とは何か』（岩波新書）を読んで、まさに目から鱗が落ちるというほどの驚きと面白さを味わいました。」（p.49）

さっそく、件の岩波新書『憲法とは何か』を読んでみることにした。

読んでみると……たしかにルソーのことは出てくるのだが、太平洋戦争と日本国憲法のことは出てこない……とりあげてあるのは、東西冷戦の終結についての事例である。それを、さらに確認しておきたい。

「ルソーの戦争状態論」の章（p.38）

「政治哲学者のジャン=ジャック・ルソーは、その遺稿「戦争および戦争状態論」で、ホッブズの描く国家設立による平和の実現という議論に批判を加えている。」（p.38）

「戦争は国家間でしか発生しない。しかし、だからこそ、それは生身の個人の命を全く奪うことなく、終結させることができるというのが、ルソーの結論である。」（p.39）

「ところで、戦争とは主権に対する攻撃であり、社会契約に対する攻撃であるから、社会契約さえ消滅すれば、一人の人間が死ぬこともなく戦争は終結する。」（p.39）

……この箇所を読んで、ちょっと違和感を持ったのが正直なところである。太平洋戦争で、日本もアメリカも、多大の犠牲を出したうえで、やっと終戦をむかえたのではなかったか。その後、日本を占領したアメリカが「憲法」を、日本にあたえた……という話しではないのか。戦争の犠牲者の上になりたつ憲法というのが、現在のおおかたの判断だと思うのだが……

長谷部恭男は、次のようにつづけている。

「このルソーの想定は、単なる空理空論ではない。それはわれわれの知る最近の事件として発生した。冷戦の終結がそれである。東欧諸国はそれまでの共産主義に基づく憲法を廃棄して、議会制民主主義を採用することを明らかにした。（中略）終末論的帰結に至ることなく対立を終結させる手段としては、ルソーの描いたもののみが考えられる。」（p.40）

つまり、戦争（戦闘）という犠牲をはらうことなく、終結した冷戦、特に、東欧の場合についての説明として、ルソーに依拠しているのである。これはこれで、筋のとおった話しにはなっている。

しかし、この事例を、双方が多大な犠牲をはらって終結をみた太平洋戦争にあてはめるのは、どうか。いや、そうではなく、冷戦の終結においてさえルソーのいうように、憲法の変更という形で国家体制の変革があったのである。ましてや、多大な犠牲をはらった太平洋戦争においては、となるべきなのかもしれない。

ともあれ、東西冷戦の終結を説明するのにルソーをひきあいにだす長谷部恭男もなかなかのものだが、それを読んで、さらに太平洋戦争と日本国憲法の話しにもっていく加藤陽子もさすが、としかいいようがない。

だが、このルソーの議論は、「国家」が「憲法」という基本原則を持つという状態においてしか、なりたたない。現在、世界で問題となっている、国家を相手としない「テロとの戦い」に、この論理が適用できるかどうかは、また別の観点が必要であろう。