『慈雨』柚月裕子2017-02-19

2017-02-19 當山日出夫

柚月裕子.『慈雨』.集英社.2016
http://renzaburo.jp/shinkan_list/temaemiso/161028_book01.html

http://books.shueisha.co.jp/CGI/search/syousai_put.cgi?isbn_cd=978-4-08-771670-2

柚月裕子の作品は、すでに一冊とりあげた。

やまもも書斎記 2017年1月20日
『孤狼の血』柚月裕子
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/01/20/8327720

面白かったので、他の作品も読んでみたいと思って手にした。この作品、週刊文春ミステリーベスト10(2016)を見ると、19位になっている。期待して読んでみたのだが……その期待に十分にこたえてくれる作品になっている。

ただ、まず、言っておかなければならないことは、「警察小説」というミステリのジャンルは、リアリズムを基本とする、しかし、実際の警察の姿をそのまま描くのではない、あくまでも、警察というを設定したうえでの、フィクションである、ということ。なぜ、こんなことを書いておくかというと、Amazonのレビューを見ると、低評価のコメントが目につく。いわく、こんな警察官は実際にはいない……それはそうかもしれないが、この作品は、あくまでも、小説なのである。これを、忘れて、警察の捜査のノンフィクションであるかのように読んでしまってはいけないだろう。

事件は群馬県でおこる。少女誘拐強姦殺人事件。この捜査が警察で捜査される。それと平行して、もう退職した警官が、四国巡礼のたびに出る。彼には、16年前におこった同類の事件の捜査の記憶があった。あの事件のことがよみがえる。はたして、正当に捜査され、事件は解決したのだろうか。だが、彼は、妻をともなって、巡礼をつづける。だが、気になってしかたがない。警察に携帯電話で連絡する。そして、巡礼の旅をつづけながら、携帯電話で連絡をとりながら、捜査にかかわりつづけることになる。

ここに描かれたのは、警察官の職務倫理、生き方の問題であり、夫婦の物語であり、親子のものがたりである。これらが、重層的におりかさなって、最終的に、事件の真相にたどりつく。

たぶん、次のことばが、この作品の基調にある。冒頭近くにある、ある先輩刑事の言ったこととして、

「罪を犯すのは生きている人間だ。被害を受けるのも生きている人間だ。事件ってのは生きてるんだ。俺はいつも、事件という名の生きた獣と闘っているつもりだ。」(p.34)

この作品に描かれているのは、生きた人間としての警官であり生きている事件である。

この小説の面白さは、「探偵」の役になる、退職した警官が、妻をともなって、四国巡礼の旅をつづけつつ、携帯電話で、もとの職場の後輩警官と連絡をとりあいながら、事件解決にむけて、歩みをすすめていく、という大きな構図にあるだろう。四国巡礼の旅が、まさに、事件解決への道程と重なって読むことになる。

また、現在において、徒歩で四国巡礼をあるく姿の描写が実にリアルに描いてある。このリアルな描写が、この作品の魅力をささえている。ある種の罪の意識をかかえた、元警官が、妻をともなって徒歩で四国巡礼を旅する、その物語と呼んでも十分に面白い。

これは、おそらく日本ならではの「警察小説」というジャンルにおける、すぐれた作品のひとつといってよいであろう。私としては、おすすめとしておきたい。

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