『とと姉ちゃん』「常子、出版社を起こす」2025-08-31

2025年8月31日 當山日出夫

『とと姉ちゃん』「常子、出版社を起こす」

このドラマは、戦時中の生活の描き方は、ほとんど感心しなかったのだが、戦後になって、闇市の部分は、頑張って作ってあると思う。一言でいって、たくさんの人とものが映っている。映っているもののかずや人数が圧倒的に多い。これを作るのは、かなり大変だっただろうと思うが、この時代の闇市というと、こんな感じだったのだろうかと(私は闇市の経験はまったく無い世代であるが)、見ながら思うことになる。(『とと姉ちゃん』の闇市と比べると、『あんぱん』の闇市が、いかにスカスカで手抜きで作っているか、感じることになる。)

常子は、女学校の同級生だった綾子と、再会する。しかし、綾子は、めぐまれたくらしではない。いや、この時代、日本に生きて帰ってこられて、住むところがある、というだけで、幸運だったというべきかもしれない。

出版社を作って、それでもうけようと、常子は考える。こういう考えもありだとは思うが、せっかく出版社につとめているなら、その会社の軒を借りるような形で始めた方がいいように思える。何より、紙の調達、印刷所の手配など、出版社の実績やこれまでの人脈などが、使えるかと思うのだが、戦後まもなくのころだと、どうだったのだろうか。

ファッション雑誌を作るのはいいとしても、雑誌を買って自分で縫うとなると、これはハードルがある。生地を買わなければならないし、なによりも、型紙が必要である。ここは、既存の服(戦争があっても残っているもの)を再利用する工夫、というあたりが現実的な路線かなと思ったりする。

2025年8月29日記

『チョッちゃん』(2025年8月25日の週)2025-08-31

2025年8月31日 當山日出夫

『チョッちゃん』 2025年8月25日の週

昭和19年のことである。

時代の背景としては、この年の7月にサイパン島が陥落して、ここを基地としてB29が日本に飛んできて空襲が可能になった。サイパン島からだと、日本がB29で往復できる範囲に入ったことになる。日本本土への空襲が激化するのは、これ以降のことになる。最初の本土空襲は、昭和17年であるが、これは、B17が空母から発艦して日本への爆撃の後、中国に向かって飛んで着陸している。これは、継続的に大規模に行えるということではなかった。よく太平洋戦争が始まってそれから毎日のように爆撃があったような描き方がされることがあるが、これは史実に反している。

このころは、戦局も悪化していることが、日常生活の中でも感じられるようになったころのことである。

要は、長男の雅紀にバイオリンを厳しく教える。その理由を要は語る。自分が雅紀に残せるものは、バイオリンしかない。バイオリンを演奏する技術と、いい音が分かる耳と、芸術への感性だけは、どんなことがあっても失うことはないし、これは、次の世代へと受け継いでいくことができるものである。

これは、そのとおりだと思うことになる。戦況が悪化することを感じながら、自分もいつ応召することになるか分からない。そして、無事に生き残れるかどうかも分からない。こういう状況にあって、自分が何を残せるのか、ということを考えたとき、要のように思うことも、また、人間として自然なことである。

ただ、そうはいっても、その教え方はかなり厳しいものがある。

この週で、もっとも印象に残っているのは、頼介のことである。戦地におもむくことになった頼介は、千駄木の野々村の家を訪問し、また、洗足の岩崎の家も訪れる。岩崎の家に行ったとき、要がいなくて、蝶子と話をする。頼介は軍人であり、戦地におもむくことを当然のこととしてとらえている。また、戦争について、否定的な考えを持っている神谷先生や、要とは、必ずしも意見が合うということではない。ときとして、意見が対立することがあり、これまで、そのような場面が、このドラマの中でも描かれてきた。

蝶子に頼介は語る。滝川ではじめて蝶子と会ったときの思い出などである。頼介は、滝川の貧しい農家の長男であった自分の生いたちのこと、東京に出てきてからのこと、軍隊に志願したこと、これらを、自分の人生として語る。これは、自分が、なぜ、今このように思っているのか、感じているのか、ということについて自覚的であるということである。こういうことがあるからこそ、自分とは意見を異にする神谷先生や要と対立することはあっても、しかし、異なる考え方があるということは認めることになっている。

ここを、頼介を、日本の軍国主義にだまされた愚かな男性として描くこともできるかとも思うのだが、このドラマでは、(これまでに描いてきた範囲では)そういうことにはなっていない。たいていの朝ドラでは、庶民の戦争反対が善であって、軍人は悪者ということになっていることが多い。

頼介が蝶子を訪問したとき、要は外出していないという設定だった。オープニングを見ていて、要の名前が出てこないのは何故かなと思って見ていたのだが、ここは、わざと要が登場しないということで描いてあった回ということになる。

この時代の描き方として、戦争の時代であっても、それぞれの人に、それぞれの考え方、感じ方がある、それは、その人の人生が背景にあってのことである、という視点で作ってある。このような視点があってこそ、異なる立場、価値観の多様性についての寛容性、ということが生まれる。こういう描き方ができたのが、今から40年ほど前のことだったと思うと、ずいぶんと世の中の風潮も変わってきてしまったものだと感じる。

それから、この週であったこととしては、泰輔おじさんの家で蕎麦を食べようかとうシーン。このとき、家にあつまった蝶子たちに、富子おばさんが、じゃあだしとろう、と言って台所に行った。この時代、蕎麦を食べようと思えば、そばつゆのだしを作る必要があった。今のように、薄めれば使える便利なものを売っているという時代ではなかった。

脚本でうまいなと思ったこととして、泰輔おじさんの家で、みんなが集まっていて二階を見に行く、蝶子も行こうとするのだが、それを、連平が呼び止めて、蝶子と連平の二人の会話になる。この流れが、実に自然で、同じ部屋で、人物の入れ替わりができている。このような部分を見ると、脚本のうまさということを感じる。

どうでもいいことかもしれないが……私が学生のとき、先輩の中に、(要のモデルの)黒柳先生にバイオリンを習ったという人がいて、思い出話を聞いたことがある。めちゃめちゃ厳しい指導であったらしい。どうしてできないんだと、バイオリンの弓で叩きまくっていたという。このドラマで、要が雅紀にバイオリンを教えている場面を見ると、若いときに聞いた話しを思い出す。

2025年8月30日記

『あんぱん』「愛するカタチ」2025-08-31

2025年8月31日 當山日出夫

『あんぱん』「愛するカタチ」 

この週については、脚本を書いている中園ミホの少女時代をモデルにした女の子が登場したりして、いろいろと話題があったのだが、全体として、私には、やはり面白くない。その理由を書いてみる。

セットを作る都合なのだろうとは思ってみるのだが、しかし、それでも、喫茶店を無理に使いすぎであるし、そこで、都合よく人と人が出会いすぎる。

嵩が出版社の人と打合せをしているところに、メイコが子どもを連れてやってくる、というのはどうだろうか。NHKのテレビのディレクターの仕事がどんなで、メイコの家族は、どんな生活をしているのか、ちっとも分からない。せいぜい、着ているもので、裕福な生活が出来ているだろうぐらいは分かるが。どういう家庭だったのか、子どもを連れて街の中の喫茶店に行くのか、特別のお出かけだったのか、近所の店としてちょくちょく行っていたのか、このあたりの説明的なことが、ここまでにまったくなかった。

セットの準備の都合と、ドラマの筋の展開が、きちんとかみあっていない、という印象がどうしてもある。全体に筋のはこびが、ご都合主義的でぎこちないのである。

セットを作る都合になるのだろうが、嵩の家も、戦後まもなくの中目黒の長屋のままである。家電製品(電気洗濯機、電気冷蔵庫、テレビ、それから電話)があってくらせる程の収入がありながら、もとのままの住まいというのは、どう考えてもおかしい。まあ、生活に贅沢しない人だったということならそれでもいいのだが、それならば、家電製品などなくても我慢する生活を描くべきである。この時代としては、標準以上に裕福なくらしであったということになる。

それよりも問題だと思うのは、嵩は、いろんな仕事をしている。絵も描けば、詩も書く。いろんな仕事をするためには、まず、生活とはきりはなされた、独立の仕事のための部屋が必要である。少なくとも、それがほしい、という気持ちがなければならない。特に、絵を描く仕事をするならば、どういう照明の部屋で仕事をするかは、決定的に重要である。

せめて、向かいのアパートの一室でも、仕事用に使うようになった、ということでもあればと思ってみるのだが、そうはなっていない。嵩が、自分の仕事用の部屋がほしいけど、今は、我慢しておこう、というような科白があればいいかもしれないが、それもない。

このあたりは、どう考えてみても不自然きわまりないのである。つまり、嵩のような仕事をする人間の気持ちを、まるで分かっていない、としか思えないのである。だが、昭和の30年代から40年代にかけて、東京にもこのような住宅があったのは、普通のことだっただろう。

このドラマは、視点を変えてみるならば、高知の家に生まれた、のぶ、蘭子、メイコ、この三人の人生を描く群像劇的な作り方をしているともとれる。だが、そのわりには、全体の流れがまとまっていない。メイコが健太郎に惚れるのはいいとしても、東京でNHKのディレクターと結婚して、子どもができて、専業主婦で、ということをどう感じているのか、説得力のある描写になっていない。出てきていたのは、この生活に不満である……健太郎は仕事ばかりで、妻としての自分のことを見てくれない……ということらしいのだが、この考え方は、この時代としては、かなり変わっている。こういうメイコのような考え方があってもおかしくはないのだが、高度経済成長期の都市部のサラリーマンの主婦が一般にどうであったか、ということは、ひととおりは踏まえた描写であるべきだと思う。そして、そう思ったとしても、それは喫茶店で話すようなことだろうかと、思ってしまうのである。

蘭子の登場シーンも、個別には見れば、よく作ってあると思うのだが、これまでの高知のときからの描き方として、こういう生き方をした女性がいた、このようにしか生きられなかった、という必然性のようなものを感じないのである。つまり、ドラマの中の登場人物として、一貫した説得力がないのである。

同様のことは、八木についてもいえる。最初に登場したときは、変わった兵隊ということだったが、なぜ、そのような兵隊でいられたのか、当時の軍隊や戦場の描き方のなかで、説得力がない。こういう兵隊がいたとしても、そういうこともあっただろうなあ、と感じさせるところがまったくない。

東京の有楽町のガード下、それから、雑貨店、ビーチサンダル業、そして、出版と仕事を変えていく。これはいいとしても、ビジネスの感覚というか、商才、というかが、まったく感じられない。嵩の絵詩を見て、これは売れる、ビジネスになる、という計算があってもいい。そして、それは、孤児院の子どもたちを愛するということとは、決して矛楯するものではないはずである。ここの部分(普通にはあまり考えられない二つの要素が同居している)が描けていないというのは、どこかおかしいと感じることになる。つまり、人物像の造形の失敗である。

のぶについては、この週になると、専業主婦ということのようだ。この時代だったら、嵩のかせぎがあれば、これでいいとは思うのだが、いろんな仕事をする嵩の助手的なことはなんにもしていない。事務的なこととか、会計とか、いろいろと、嵩自身がするには、雑用であり創作の邪魔になることはたくさんあるはずだが、それを、手助けするような気持ちは微塵もないようである。

家に八木からかかってきた電話をのぶが取る場面があった。話しの内容からすると、そばにいる嵩に電話を代わった方がいいと思えるのだが、そうはしていなかった。かといって、電話番は自分がするから、嵩は仕事をしていればいい、ということにもなっていない。

かつて高知で月刊誌の編集をしていた経験があるなら、嵩が本をつくる、八木の会社で出版を手がける、というときに、なにかしら手助けしたいと思うのが普通かと思うのだが、そのような気配はまったくない。鉛筆を削ること以外に、なにか嵩の手助けになるようなことはしない。(その鉛筆を削る場面でも、見ていると本当にナイフで鉛筆を削っているとは見えなかった。すこし難しいかもしれないが、そんなに困難なことでもない。)

もう専業主婦以外のなにもしたくない、ということのようである。これで、なにものにもなれなかった、と慨嘆していたとしても、あまり共感するところはない。

週の最後の、「やさしいライオン」はよかったが、これは、脚本が変な筋を考えつくよりも、史実に即して、やなせたかしの作品をそのまま使った方が、いいものになるということだったとしか、思えないことになる。

2025年8月29日記