NHKスペシャル「絶海に眠る巨大洞窟 〜南大東島・驚異の水中世界〜」 ― 2025-08-28
2025年8月28日 當山日出夫
NHKスペシャル 絶海に眠る巨大洞窟 〜南大東島・驚異の水中世界〜
きれいだなあと思うし、よくこういうのが見つかったものだとも、思うのだが、あまり感動するということはなかった。これは、おそらく、探検や撮影の現場の苦労ということを、極力出さないという番組の作り方だったせいかと思う。水中洞窟が見つかった歴史的な経緯や、探検にあたっての具体的なノウハウという部分があると、私としては、こちらの方が興味がある。
それにしても、こういう島に人が住んでいるということも、ある意味で驚きである。南大東島というと、台風のニュースで目にするぐらいである。この島の歴史に人が住んできた歴史というのは、どんなものなのだろうか。考古学的な遺跡、先史時代の遺跡というのは、あるのだろうか。今のようなサトウキビ栽培は、いつごろからはじまったのだろうか。琉球王国の時代は、どんなだったのだろうか。
それから、番組のなかでちょっとだけ言っていたことなのだが、この島の地下には淡水がある。水中洞窟の水は、海水なのだろうか、淡水なのだろうか。雨水が空から降ってきてたまった水だろうと思うのだが、それだけで、あんなにたくさんの水がたまるということなのだろうか。島の外から流れ込むであろう海水と、まざらないでいる理由は、どう説明できるのだろう。
私は、水中の鍾乳洞の映像よりも、この島の水のことについて、知りたいと思う。
2025年8月26日記
NHKスペシャル 絶海に眠る巨大洞窟 〜南大東島・驚異の水中世界〜
きれいだなあと思うし、よくこういうのが見つかったものだとも、思うのだが、あまり感動するということはなかった。これは、おそらく、探検や撮影の現場の苦労ということを、極力出さないという番組の作り方だったせいかと思う。水中洞窟が見つかった歴史的な経緯や、探検にあたっての具体的なノウハウという部分があると、私としては、こちらの方が興味がある。
それにしても、こういう島に人が住んでいるということも、ある意味で驚きである。南大東島というと、台風のニュースで目にするぐらいである。この島の歴史に人が住んできた歴史というのは、どんなものなのだろうか。考古学的な遺跡、先史時代の遺跡というのは、あるのだろうか。今のようなサトウキビ栽培は、いつごろからはじまったのだろうか。琉球王国の時代は、どんなだったのだろうか。
それから、番組のなかでちょっとだけ言っていたことなのだが、この島の地下には淡水がある。水中洞窟の水は、海水なのだろうか、淡水なのだろうか。雨水が空から降ってきてたまった水だろうと思うのだが、それだけで、あんなにたくさんの水がたまるということなのだろうか。島の外から流れ込むであろう海水と、まざらないでいる理由は、どう説明できるのだろう。
私は、水中の鍾乳洞の映像よりも、この島の水のことについて、知りたいと思う。
2025年8月26日記
地球ドラマチック「なぞの雪男“イエティ”を追え!」 ― 2025-08-28
2025年8月28日 當山日出夫
地球ドラマチック なぞの雪男“イエティ”を追え!
テレビの番組表を見ていて、たまたま「雪男」という文字が目にとまったので、録画しておいて見た。
そういえば、最近、ヒマラヤの雪男という話しを聞かなくなった。私の子どものころ、若いころまで、ニュースなどで、雪男、イエティ、ということばはかなり目にしたと憶えている。
もし存在するとしたら、ということで、科学的に考えられる仮説をいくつか提示してあった。これは、作り方として、良心的な作り方だったと感じるところである。
まず、興味深かったのは、その足跡が実は人間のものだとしても、ヒマラヤに住む人びとは、裸足でいるので、足が変形している場合がある。そういう足なら、普通とは違った足跡があってもおかしくない、という説明だった。
これはそうなのだろうと思うが、それよりも、ヒマラヤのようなとても寒いところで、人間がどうして裸足でいるのだろうか、ということに驚いた。靴とか足に履くのは、その必要があってということもあるだろうが、非常に文化にかかわる問題なのだろう。
南アメリカの最南端に住む先住民族の人びとは、とても寒い環境なのだが、暖かい衣服を身につけるという生活様式ではなかったと憶えている。実際は、どうなのだろう。衣服とか靴とか、生活環境によって必要とするようになっていく部分もあるが、文化的にそれを身につけるかどうか、ということも大きく影響すると考えるべきだろう。
日本でも、昔は、裸足で歩くということが、そう特異なことではなかった。残っている絵巻などの絵画資料でも、裸足の人たちがいる。あるいは、あしなか、という半分だけの草履が使われていた。私が子どものころ、小学校の運動会では、児童生徒によっては、速く走るために裸足になる例が、珍しくはなかった。(私は、そうしたことはないが。)松本清張の『天城越え』を読むと、山道を歩く女郎の女性は、草履をぬいで裸足で歩いている。これは、最近、NHKが生田絵梨花主演で何度目かのドラマ化している。このミステリでは、裸足で歩いた足跡が、手がかりの一つになっている。
クマかもしれないし、生き残りのネアンデルタール人かもしれないし、あるいは、心理的な錯覚や、幻想であるのかもしれない。ヒマラヤの高山地域で多くの証言があるということは、高山病が影響した幻覚と考えるのが、最も妥当であるかと思う。そして、人間は、幻覚を見るとしても、それをどういうものとして意味づけるかとなると、文化的な環境の影響を受ける。
ネッシーもいないことが証明されたみたいだし、日本でも、ツチノコがひょっとするといるかもしれないと期待したのだが、雪男ぐらいは、最後まで生き残ってほしいと思うのである。
2025年8月26日記
地球ドラマチック なぞの雪男“イエティ”を追え!
テレビの番組表を見ていて、たまたま「雪男」という文字が目にとまったので、録画しておいて見た。
そういえば、最近、ヒマラヤの雪男という話しを聞かなくなった。私の子どものころ、若いころまで、ニュースなどで、雪男、イエティ、ということばはかなり目にしたと憶えている。
もし存在するとしたら、ということで、科学的に考えられる仮説をいくつか提示してあった。これは、作り方として、良心的な作り方だったと感じるところである。
まず、興味深かったのは、その足跡が実は人間のものだとしても、ヒマラヤに住む人びとは、裸足でいるので、足が変形している場合がある。そういう足なら、普通とは違った足跡があってもおかしくない、という説明だった。
これはそうなのだろうと思うが、それよりも、ヒマラヤのようなとても寒いところで、人間がどうして裸足でいるのだろうか、ということに驚いた。靴とか足に履くのは、その必要があってということもあるだろうが、非常に文化にかかわる問題なのだろう。
南アメリカの最南端に住む先住民族の人びとは、とても寒い環境なのだが、暖かい衣服を身につけるという生活様式ではなかったと憶えている。実際は、どうなのだろう。衣服とか靴とか、生活環境によって必要とするようになっていく部分もあるが、文化的にそれを身につけるかどうか、ということも大きく影響すると考えるべきだろう。
日本でも、昔は、裸足で歩くということが、そう特異なことではなかった。残っている絵巻などの絵画資料でも、裸足の人たちがいる。あるいは、あしなか、という半分だけの草履が使われていた。私が子どものころ、小学校の運動会では、児童生徒によっては、速く走るために裸足になる例が、珍しくはなかった。(私は、そうしたことはないが。)松本清張の『天城越え』を読むと、山道を歩く女郎の女性は、草履をぬいで裸足で歩いている。これは、最近、NHKが生田絵梨花主演で何度目かのドラマ化している。このミステリでは、裸足で歩いた足跡が、手がかりの一つになっている。
クマかもしれないし、生き残りのネアンデルタール人かもしれないし、あるいは、心理的な錯覚や、幻想であるのかもしれない。ヒマラヤの高山地域で多くの証言があるということは、高山病が影響した幻覚と考えるのが、最も妥当であるかと思う。そして、人間は、幻覚を見るとしても、それをどういうものとして意味づけるかとなると、文化的な環境の影響を受ける。
ネッシーもいないことが証明されたみたいだし、日本でも、ツチノコがひょっとするといるかもしれないと期待したのだが、雪男ぐらいは、最後まで生き残ってほしいと思うのである。
2025年8月26日記
映像の世紀バタフライエフェクト「シリーズ昭和百年(1) 戦時下の宰相たち」 ― 2025-08-28
2025年8月28日 當山日出夫
映像の世紀バタフライエフェクト シリーズ昭和百年(1) 戦時下の宰相たち
最後まで見て、クレジットに出てくる名前を見ると、まあ、こういう作り方になるのだろうなあ、と納得がいく。
保阪正康 佐藤卓己 井上寿一
無論、昭和の歴史、メディア史についての専門家であることはいうまでもない。この回を見て感じたこととして、満州事変以降、日本国民を戦争へと熱狂的にかりたて、対米戦争も辞さずという強行路線を主張したのが、マスコミ(新聞)であり、それを、国民も支持したこと……こういう視点をとりこんであるのは、佐藤卓己の研究を活かしてということと、理解できる。
だが、そうはいっても、最終的には、悪いのはやっぱり軍部であり、軍人は愚かである、という歴史観……東京裁判史観ともいえるし、司馬遼太郎史観ともいえる……が軸になっている。
見ようによっては、NHKの自己弁護、弁解ともとれる。新聞(朝日も毎日も、その他も)はとにかく売るために戦意高揚記事を書き立てたが、日本放送協会(NHK)は、政府・軍の命令にしたがっただけである、ということにしてあった。形の上では、それが事実であるとしても、いかにも言い訳がましい。そういえば、NHKは、この「映像の世紀」シリーズでもそうだが、その後の戦後のGHQのもとでどうであったかということについては、極力触れないようにしているらしい。「真相はこうだ」ぐらいは、どこかであつかうことがあってもいいと思うのだが。
最後に、伊丹万作のことばが引用してあった。これは、暗に、GHQによる占領政策への批判とも受けとれるが、番組内でそこまでの言及はなかった。(GHQのもとで成立した、平和主義の日本を、いまさら否定することは、かなり難しいだろう。それが、たとえ(今でいう)マインド・コントロールとして、国民をだましたものであったとしても。)
この伊丹万作のことばで、知っている人は思い出すであろうこととしては、小林秀雄のことばがある。これを番組で引用することは、今の時代としては無理だろうとは思うが。
ところで、「近衛は弱いね」という昭和天皇のことばを憶えている人はどれぐらいいるだろうか。近衛文麿が自殺したときのことである。武田泰淳の『政治家の文章』(岩波新書)の中に出てくる。これは、私の若いころ、学生のころは、広く読まれた本だったと憶えている。
菊池寛が、公職追放になったとき、自分のことを、リベラルと言っていたが、これはこの時代のことばとして普通である。いや、しばらく前までは、リベラルということばは、どちらかといえば保守的な立場の人に対する評価のことばであった。保守派リベラル、というのはごく普通に使われていた。それが、いまでは、非常に変化したというか、かなりかたよった政治的な意味でつかわれるようになってきている。
ちなみに、私などは、自分のことを、保守的、(本来の意味での)リベラルな価値観をたっとぶ人間であり、守るべき価値観としては、戦後民主主義の「虚妄」である……と、思っているのだが、もうこういう言い方をしても、このことばの出典を知らない人が多いだろう。それよりも、このようなことを言えば、今の時代だと、極右あつかいされかねない。とんでもない時代になったものだと思うのであるが。
林芙美子のことや、エンタツのことなど、いろいろと思うことはある。戦時下における人びとの行動を、今の価値基準でさばくようなことは、私のこのみではない。
一つ気になったこととしては、肉弾三勇士が出てきていたが、これが、第一次上海事変(昭和7年)のことであったことは、語っておくべきだったと思う。
2025年8月27日記
映像の世紀バタフライエフェクト シリーズ昭和百年(1) 戦時下の宰相たち
最後まで見て、クレジットに出てくる名前を見ると、まあ、こういう作り方になるのだろうなあ、と納得がいく。
保阪正康 佐藤卓己 井上寿一
無論、昭和の歴史、メディア史についての専門家であることはいうまでもない。この回を見て感じたこととして、満州事変以降、日本国民を戦争へと熱狂的にかりたて、対米戦争も辞さずという強行路線を主張したのが、マスコミ(新聞)であり、それを、国民も支持したこと……こういう視点をとりこんであるのは、佐藤卓己の研究を活かしてということと、理解できる。
だが、そうはいっても、最終的には、悪いのはやっぱり軍部であり、軍人は愚かである、という歴史観……東京裁判史観ともいえるし、司馬遼太郎史観ともいえる……が軸になっている。
見ようによっては、NHKの自己弁護、弁解ともとれる。新聞(朝日も毎日も、その他も)はとにかく売るために戦意高揚記事を書き立てたが、日本放送協会(NHK)は、政府・軍の命令にしたがっただけである、ということにしてあった。形の上では、それが事実であるとしても、いかにも言い訳がましい。そういえば、NHKは、この「映像の世紀」シリーズでもそうだが、その後の戦後のGHQのもとでどうであったかということについては、極力触れないようにしているらしい。「真相はこうだ」ぐらいは、どこかであつかうことがあってもいいと思うのだが。
最後に、伊丹万作のことばが引用してあった。これは、暗に、GHQによる占領政策への批判とも受けとれるが、番組内でそこまでの言及はなかった。(GHQのもとで成立した、平和主義の日本を、いまさら否定することは、かなり難しいだろう。それが、たとえ(今でいう)マインド・コントロールとして、国民をだましたものであったとしても。)
この伊丹万作のことばで、知っている人は思い出すであろうこととしては、小林秀雄のことばがある。これを番組で引用することは、今の時代としては無理だろうとは思うが。
ところで、「近衛は弱いね」という昭和天皇のことばを憶えている人はどれぐらいいるだろうか。近衛文麿が自殺したときのことである。武田泰淳の『政治家の文章』(岩波新書)の中に出てくる。これは、私の若いころ、学生のころは、広く読まれた本だったと憶えている。
菊池寛が、公職追放になったとき、自分のことを、リベラルと言っていたが、これはこの時代のことばとして普通である。いや、しばらく前までは、リベラルということばは、どちらかといえば保守的な立場の人に対する評価のことばであった。保守派リベラル、というのはごく普通に使われていた。それが、いまでは、非常に変化したというか、かなりかたよった政治的な意味でつかわれるようになってきている。
ちなみに、私などは、自分のことを、保守的、(本来の意味での)リベラルな価値観をたっとぶ人間であり、守るべき価値観としては、戦後民主主義の「虚妄」である……と、思っているのだが、もうこういう言い方をしても、このことばの出典を知らない人が多いだろう。それよりも、このようなことを言えば、今の時代だと、極右あつかいされかねない。とんでもない時代になったものだと思うのであるが。
林芙美子のことや、エンタツのことなど、いろいろと思うことはある。戦時下における人びとの行動を、今の価値基準でさばくようなことは、私のこのみではない。
一つ気になったこととしては、肉弾三勇士が出てきていたが、これが、第一次上海事変(昭和7年)のことであったことは、語っておくべきだったと思う。
2025年8月27日記
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