『風、薫る』「集いし者たち」 ― 2026-05-03
2026年5月3日 當山日出夫
『風、薫る』「集いし者たち」
この週について、良かったと感じたことがある。それは、看護婦の学校の寮で、ランプの掃除をするシーンがあったことである。明治のこのころだったら、夜の灯りとしてランプが利用されていただろうとは思うが、その日常の手入れは面倒である。すすが付着するので、頻繁に、分解してガラスの内側を掃除しないといけない。この場合、手の小さい女性、さらには、子どもの手が、便利であったことになる。こういうことは、戦前までは多くの地域で、一部では戦後になってからも、残っていたことなのだが、今では、すっかり忘れられてしまっている。
明治の時代を描くならば、それまでの蝋燭や行灯などによっていた夜の灯りが、ランプになり、あるいは、アーク灯があって、ということの生活の感覚の変化が重要かと思う。ドラマの中でアーク灯は、文明開化の東京として映っていたかと思うのだが、それよりも、人びとの日常の感覚としては、ランプの使用ということがあっただろう。
直美のことが、どうしても理解できない。
金曜日の回で、直美は、神様を信じていないと言っていた。教会で育った孤児である。しかし、神様は、家も、結婚も、お金も、アメリカ行きも、かなえてはくれなかった、と言っていた。
これには、私は、強烈な違和感をいだいたところである。直美が世話になっているのは、プロテスタントの教会である。牧師様が出てくるので、カトリックではない(カトリックだったら、神父様になる)。プロテスタントの基本的な考え方としては、唯一絶対の神があって、その教えは聖書に書かれていて、それを読むことで神様の教えに触れて、信者の心のうちの信仰心を呼び起こす……ざっとこういうことだと思っている。そして、現世での勤勉が、神の意志にかなったことであり、社会の中で市民として、つとめにはげまなければならない。(その教えのバリエーションは、多彩であるとは思うのだが。その一派が、いわゆる福音派である。)
直美は、(キリスト教の)神様に、現世利益を期待していたことになる。これは、どう考えても、プロテスタントの教えにかなった発想ではない。
このドラマでは、教会で出てくるのは、基本的に牧師さんと直美だけである。その他の、教会に通っている信者という人たちのことが出てこない。その信者の人たちがどういう信仰を持っているのか、その日常生活での実践はどんなものなのか出てきてていない。
せいぜいが、貧民窟での炊き出しなのであるが、このことだけで、教会とプロテスタントの信仰を描くのは、無理である。
明治のはじめのキリスト教の布教が、(仏教や神道ではなく)この神様を信じたらお金持ちになれます、という現世利益的なものだった、というならそれでもいいのだが、そうだとすると、牧師さんのイメージとそぐわない。
観音様や、お稲荷さんや、キリスト教の神様など、いろいろあるけれど、キリスト教の神様は、あまり御利益がない……直美にとっての信仰とは、この程度のものにしか見えない。これは、宗教というものについて、あまりに浅薄であるとしか思えない。
寮で、直美は、料理が出来ない。これもおかしい。みなしごだった直美は、長屋で一人暮らしをしていたということになっていた。それで、普通の料理が出来ないというのは、どうなのだろうか。三食とも、教会のお世話になっていて、自分では炊事など、何もしなかったというのだろうか。しかし、教会の貧民窟での炊き出しには、参加してはたらいていた。
寮生活の中で、料理が出来ない直美というキャラクターと、一人暮らしをしてきて教会の炊き出しで働いていたというキャラクターは、どう考えてもつながらない。はっきりいって、ドラマの中の登場人物の設定として破綻している。
たまたま、直美が炊事当番だったときに、不機嫌だったということかなと思うが、さて、どうだろうか。家事をする技能は、看護婦の技能にも通じるものがあると思うし、食べる人について、「observe」するということも、大事ではないかと思われるのだが。(普通だったら、料理を作って出す前に味見はするだろう。それに、酢は、まず匂いで分かる。こういうこと……味や匂いが分かる……も、看護婦の仕事として必要な素質だと思うのだが。)
キリスト教信仰については、これから先の展開で、直美が本当の神への信仰に目覚めるということの伏線になっていてもいいのかとも思うが、さて、どうなるだろうか。
看護婦の学校で、先生が日本にやってくる前の課題として、本を読むことになる。その中で、「observe」の訳がうまくできない。大山捨松に聞きに行ったり、卯三郎の店でシマケンに教えてもらったりである。ここで、りんは、シマケンから、「観察」という訳語を教えてもらって、それで納得するということになっていた。また、最終的には、学校のみんなもこれでいいと思った。
しかし、「観察」という訳語は、西周が考案したものであるとしても、(ここで、西周の名前を出して、きちんと明治の時代について考証していますよ、ということを言いたかったようなのだが)、りんにとっては、始めて目にすることばである。もとは仏教用語であったとしても、一般に知られていたことばではない。
それにもかかわらず、りんは、「観察」が「observe」の訳語としてふさわしいと納得することになる。「observe」もよく分からない英語であり、「観察」も始めて知ることばであって、それがふさわしいと納得するというのは、どう考えても不自然である。この脚本は、ことばというものについて、根本的に無理解であるとしかいいようがない。
ことばの意味というものは、文脈による。辞書に書いてある訳語ということではない。このドラマでは、英語の辞書は登場しているが、文法とか、英語のテキストでの文脈の理解ということは、出てこない。このことも、ことばについての感覚としては、かなりおかしい。
この週になって、急に、看護婦ということばをつかうようになった。このドラマの制作発表の段階からのこととして、NHKとしては、可能な限り看護婦ということばを使用しないでいる、という印象だった。かといって、看護師というと、これは、現代になってからのことなので、この時代では使えない。そういうこともあって、トレインド・ナース、ということばをメインにつかってきている。
そもそも、ナースを看護婦ということ自体から、きちんと描いておくべきことだったと思うのだが、これをふっとばしている。ここは、非常に無理をしているという印象を持つ。ここをきちんと歴史的経緯を描いておかないと、その後の歴史として、看護婦が女性の職業として定着することになり、現代において、看護師として、女性に限らず男性の仕事としても認められるようになってきた、という非常に重要な部分が分からないことになる。
看護婦の学校が、女学校に附属として作られた事情、歴史的背景、大山捨松のはたらき、こういうことをまったく無視して、トレインド・ナースが、看護婦にことばが変わって、しかも、女性だけの仕事になっているのは、これまでのドラマの流れからすると、唐突である。現代から見れば、看護婦が女性の職業であってもいいのだが、(そして、それは、今では変わってきているのだが)、こうなった歴史的、社会的な事情を完全にすっとばして、看護婦の学校になるのは、やはり無理があることになる。
看護婦の学校に集まった生徒たちは、いろんな境遇にあり、出身もまちまちということになっていた。これは、ドラマとして、多様な登場人物ということで、こうなるかと思う。だが、基本的に、ナース=看護婦として、一定のイメージは共有しているようである。これもおかしい。
この前の週まで、意図的に、トレインド・ナースといって、看護婦とは言ってこなかったにもかかわらず、看護婦の仕事はこうである、さらには、ナイチンゲールはこんな人だった、看護婦の服は魅力的である……こういうような言い方が突然出てくるのは、どう考えても、ドラマの進行として、飛躍しすぎである。
ドラマの中で、病人の看護として映っていたのは、りんの故郷の那須で、コレラの看護をするために雇われた貧相な男性の姿だけだった。これで、急に、看護婦という仕事が、社会の中で認知されている、その理想はナイチンゲールに体現されている、ということになるのは、無理があるだろう。
さらにいえば、りんが看護婦の学校の寮生活になり、母親の美津が卯三郎の店で働くということになっていたが、これも不自然に感じる。普通なら、妹の安が働いて、おばあちゃんの美津が、家で環の世話をしているということになるかと思う。孫のいる高齢女性が、輸入品をあつかう卯三郎の店ではたらくのは、まあ、いいとしても、それが不自然ではない描き方ができなかったのだろうか。妹の安は、特に特徴のある登場人物になっていない。那須にいたころの安は、姉のりんに来た縁談を横取りするような、積極的なところのある娘だったのだが、その性格はどうなったのだろう。このことは、美津と東京に出てきて直美とすれ違うシーンを作るためだけのものだったことになるのだろうか。ここのあたりの人物の設定が、雑であるという感じがどうしてもする。
その他、気になることはいくつかあるが(生徒たちの出自、時計の普及、リンゴの栽培、などなど)、これぐらいにしておきたい。
2026年5月2日記
名将たちの勝負メシ「小泉八雲」 ― 2026-05-04
2026年5月4日 當山日出夫
名将たちの勝負メシ「小泉八雲」
『ばけばけ』関連の番組ということになる。
ラフカディオ・ハーンがアメリカにいて、いろんな職業を転々としていたことは知られている。このころ、料理の本も書いている。
ガンボ、というのは、クレオール料理ということだったが、いろんな民族が一緒になっているということでいいだろう。ザリガニを食べる文化があって、お米を食べる文化があって、こういう料理になったのかと思う。味付けがシンプルという印象はある。
日本で、八雲が好んだというマグロのへそ。心臓である。小泉八雲が日本にいたころ、マグロという魚はどうだっただろうか。江戸時代までは、さして高級な魚ではなかったことは、よくいわれている。その心臓の部分を焼き鳥のようにして食べるというのは、海辺の料理料理という感じである。
私が見ていて興味深かったのは、小泉八雲とセツの手紙。ヘルンさんことばで書かれている。表記はカタカナである。カタカナは、日本語の側からみれば、英語の表音表記に適していたということになるだろうし、英語の側からみれば、小泉八雲が覚えることができたのがカタカナということになるだろう。
カタカナには異体字が少ない。ひらがなのように変体仮名で書かれていて読めないということが、あまりない。それでも時代による変化はある。画面に映っていた範囲で観察すると、「ネ」のカタカナ字体として、「子」が使われていた。これは、かなり近年まで使用されていたものである。
2026年5月1日記
『太平記』「危うし足利家」 ― 2026-05-04
2026年5月4日 當山日出夫
『太平記』「危うし足利家」
日曜日の昼間に『太平記』と『豊臣兄弟』を続けて見ていると、私の感覚ではということになるが、『太平記』の方がずっと面白い。動乱の時代に生きる人間、権謀術数の中に生きる人間、というのは、こういうものだよなあ、とつくづく思うところがある。
強いていえば、『豊臣兄弟』は、表現が過剰なのである。登場人物がどう思っているか、どう感じているか、それは見るものの想像力で感じることであって、無理矢理、演技や演出や台詞で説明的に描くものではないだろう。(こういうのが、分かりやすいと好きな人もいるかとは思うけれど。)
父親の貞氏(緒形拳)が、寡黙ながら非常に存在感がある。発想が古めかしいと言われればそれまでなのだが、やはり男は黙っている方がいい。(こういうのは、このごろだと「正しくない」と批判されるのだが。)
この回でも、藤夜叉たちの旅芸人の一座が出てきている。鎌倉の幕府の内紛劇を、武士ではない社会階層の人から見ればどうなのか、という視点の設定がある。
2026年5月3日記
『豊臣兄弟!』「小谷落城」 ― 2026-05-04
2026年5月4日 當山日出夫
『豊臣兄弟!』「小谷落城」
前半に戦国時代のあれこれ……武田信玄の死亡のこと、三方ヶ原の戦い、足利義昭の追放、朝倉氏一乗谷のおわり、など……を詰めこんでおいて、後半で小谷城の落城のこと、その中で、市と浅井長政、藤吉郎と小一郎、これをじっくりと描こうというのは、分かる。映像の作り方としても、前半部分が、とにかく短いカットでめまぐるしく切り替えながら進めていって、小谷城のところで、比較的長いカットでじっくり見せる、こういう意図で演出したことは、そうなのだろうと思う。
だが、これが成功したかどうかとなると、私は、共感しない。
特に、日曜日のお昼に、『太平記』の再放送と『豊臣兄弟!』を続けて見ると、そのドラマの作り方の違いが、大きく感じられる。『太平記』では、落ち着いた演出と台詞でありながら、それぞれの人物像と、歴史の中での役割ということを、描いている。ここには、見るものが、想像力をはたらかせて見る余裕がある。
しかし、『豊臣兄弟!』は、見るものが、想像力をはたらかせる余地を与えない作り方をしている。こういう方針は、私は、あまり好きではない。
短いカットを次々と切り替えて見せる合戦シーンなど、なぜこの登場人物は戦っているのだろうか、戦いながら何を思っているのだろうかと、見るものが、想像する余地をあたえないように作ってある。演出の意図は、分かるつもりでいるし、また、映像としても非常にきれいなのだが、見ながら考える、想像してみる、という部分がないドラマは、つまらない。
小谷城の落城のところになると、逆に、台詞や演技が過剰である。感情の表現が強すぎるし、また、台詞も説明的でありながら、いったいどういう思考回路なのか分からないところもある。そして、そこで表現されている感情が、兄と妹、夫と妻、義理の兄と弟、というような人間関係で、いかにも現代的なのである。戦国の武将だったら、こうだったかもしれない、という一種の古めかしさというところがない。これは、意図的に、こういう脚本にしてあるのだろうが、戦国時代ドラマとして見ると、私は、共感するところがない。もう、コントをやっているとしか思えない。そこには、戦国武将の心性を感じるところがない。義理と人情ということになるが、これを、落城する小谷城でやっても、どうかなと思うだけである。
小谷城落城ということで、このドラマの年間の前半の見せ場が終わったということなのだろう。オープニングも、次週の予告も省略だった。紀行はあったけれど。
『豊臣兄弟!』のこれまでを振り返ってみるとであるが、始まったときは、藤吉郎と小一郎が、異なるキャラクターであることを強調していた。しかし、その後の流れの中で、だんだん二人の違いがなくなってきた。もう今では、二人の片方がいなくても十分になりたつドラマになっている。何のために、これまでの「太閤記」とは違って、小一郎という人物を主人公に持ってきたのか、意味がなくなっている。
最初の方では、ドラマの中で、銭が多く出てきていた。戦国時代ドラマで、具体的に銭が登場することはあまりなかったかと思うので、このドラマは、かなり斬新な視点で、戦国時代を描くのかと期待していたのだが、これは、まったく裏切られた。銭で敵方を調略するというようなこともあっていいかと思うのだが(これも、無用な戦闘を避けるための知恵であるが)、それでは、人間の心(忠誠心)をお金で買うのか、と批判されることになるのかもしれない。でも、それでいいではないかとも、私は思う。利害損得であり、あるいは、一族の生き残りでもあり、いろんな要素があって、戦国の武将も動いていたはずである。「自分の一族ファースト」であって、何が悪いのだろう。そのような戦国武将をたくみにたばねて味方につけていったのが、藤吉郎であり、小一郎であっていいのかとも思うが、今からドラマの歴史観の路線変更は難しいだろうか。
たぶん、次の見せ場は、本能寺の変ぐらいのことになるだろう。
百姓出身の藤吉郎と小一郎という設定であるのだから、当時の百姓である階層の人びとには、天下統一の過程が、どう見えていたのか、このあたりを、最新の歴史学の研究を踏まえて描くことも出来るかもしれないとは思うが、どうなるだろうか。
2026年5月3日記
芸能きわみ堂「鈴木福プレゼンツ魅惑の和楽器!DRUM TAO」 ― 2026-05-05
2026年5月5日 當山日出夫
芸能きわみ堂「鈴木福プレゼンツ魅惑の和楽器!DRUM TAO」
まったく無粋きわまりなく、ヤボのきわみというべきことを書いておくと……楽譜というべきものが、映っていなかった。楽譜に書けないということではないだろうと思うのだが、必要としないというべきかもしれない。
こういう太鼓の演奏は、限りなく身体的なもので、頭の中に純粋に音楽をイメージすることができる、というものではないだろう。耳が聞こえなくなったベートーベンであっても、作曲することができたのは、純粋な音楽が頭の中に描き出せたからだと思うが。
しかし、この太鼓の演奏を、純粋な音楽として頭の中でイメージすることは、困難であるにちがいない。体の動きとワンセットになったものである。そういうものとして、音楽があり、そして、舞台があり、公演がある……と理解していいだろう。
2026年4月28日記
クラシックTV「清塚信也presents 楽しい楽譜の世界」 ― 2026-05-05
2026年5月5日 當山日出夫
クラシックTV「清塚信也presents 楽しい楽譜の世界」
再放送である。最初は、2025年4月10日。
私は、楽譜はまったく読めないのであるが……楽譜の歴史ということには、興味がある。
出版の歴史として、番組の中では、活版印刷の発明の中で説明していたが、楽譜は、活版では印刷できないはずである。楽譜の印刷の歴史というのは、おそらく、印刷技術の歴史として、非常に面白いところがあるかと思っている。
自筆の楽譜が残っているとして、その作曲家は、それが印刷されて演奏家のもとにとどく、ということを、どれぐらい意識していたのだろうか。原稿はあくまでも原稿であって、印刷されたものが完成品である、そして、それを見て演奏されて音楽になる、と思っていたのだろうか。
現代では、楽譜があって、それをどう解釈して演奏するか、ということで、演奏者の音楽的感性、芸術性が、評価される時代になっている、と理解していいかなと思う。
天邪鬼なことをいえばであるが……モーツアルトの時代に、現代のようなピアノはなかったので、その楽譜を見てピアノで演奏することで、モーツアルトの表現したかった音がどんなものであったかは、分からないかもしれない。現実ある音の向こう側に、純粋な音楽をイメージするなら、また話しは違うのかとも思うが。
今では、おそらく、即興で演奏した音を、AIで分析して楽譜に表記してくれる、ということもできるはずだと思うが、こういうことを、音楽家はどう考えているのだろうか。少なくとも、楽譜を書くのに、紙とペンという時代では、かならずしもない。直接、コンピュータのディスプレイで、ワープロで文章を書くように、楽譜を書いていくことができる時代になっていることはたしかである。つまり、書き損じ、試行錯誤の過程が残らないし、見えない。これは、文章を書くのに、原稿用紙にペンで書いていたことを思えば、そうなるだろう。
ただ、世界の伝統的な民族音楽などを考えると、楽譜への記載ということがなくても、音楽は、創作されて、継承されていくものだということはあるはずである。
2026年4月30日記
3か月でマスターする西洋美術「(4)細かすぎる描写〜アルプス以北のルネサンス〜」 ― 2026-05-05
2026年5月5日 當山日出夫
3か月でマスターする西洋美術「(4)細かすぎる描写〜アルプス以北のルネサンス〜」
美術についての話しなのだが、やはり、宗教改革のことから話しを始めた方がよかったかもしれない。ヨーロッパの中で、プロテスタントの地域での美術・絵画ということで、全部が説明できるわけではないとしても、イタリアなどと比較するならば、どうしても必要になることかと思っている。
なぜ、この回に出てきた絵は、サイズが小さいのだろう。ミケランジェロが描いたシスティーナ礼拝堂のフレスコ画とか、ダ・ヴィンチの最後の晩餐とかは、とても大きい。モナリザは、かなり小さいのだが、この大きさにも理由があってのことになるだろう。
小さい画面の中に、さらに小さく細かくリアルに描きこむ。いったいどうして、こんなにリアルに描くようになったのか。現実の世界に対する、ものの見方、観察のあり方、ということが根底にはあるのだろう。遠近法(一点透視)で描いていないということで絵の中に空間的秩序を求めてはいない。だが、その一方で、目に見えるもの、空想できるものを、忠実に描こうとしている。
プロテスタントの地域ということで、神がいて、自分がいる。それは、聖書を読むことで、この世の中の個人ということを、意識するようになる。そこに個性ということが生まれる。個性の表現としては、人間の悩みや欲望という、陰の部分、邪悪な部分もふくめて、人間というものを見るようになる。ざっといえば、こんな感じだろうか。
細密な描写が可能になったことの理由として、油彩画が発達したということがある。このころ、筆とか絵の具は、どのようなものを用いていたのだろうか。ちょっと気になる。
ブリューゲルの、人間のことわざを描いた絵。映った中に、ネコに鈴、というのがあったが、ネコの首に鈴をつけるのは、ヨーロッパでもこのころにはやっていたことになるのだろう。ちょっと面白かった。
デューラーのウサギの絵は見事である。
西洋の美術で、動物をどう描いてきたか、植物をどう描いてきたか、という観点から見ると、また、面白いことがあるにちがいない。
2026年5月1日記
どえらい大学。「東京農工大学」 ― 2026-05-06
2026年5月6日 當山日出夫
どえらい大学。「東京農工大学」
東京農工大学については、知り合いの先生はいないが、ここの卒業生という人は知っている。
見ていると、(理学というよりも)工学の傾向のつよい大学かなという印象がある。
農学部で、樹木の葉っぱを200種類について同定する試験があるというのは、面白い。分野にもよるが、植物について勉強している学生なら、普通に街を歩いていても、街路樹だったり、庭の植木だったり、これは何の木であるか、と判断しながらということがあるだろう。というよりも、こういうことが身につかないと、専門家とはいえないだろう。(日本語学でも文字の研究者であれば、街を歩いていても、看板の文字などは読みながら歩くのが普通である。)
工学部で、ARで、食べ物を食べるときの感触や音などを、再現して感じられるようにするということは面白い。これも、現代では、人間の味覚についての研究も進んでいるし、場合によってある程度コントロールする(あるいは、だます)ということも可能になっているかと思う。
学内の自動販売機にペットボトルがないというのも、これはいいことだと思う。(あえていえば、ちょっと偽善的ではあるが。)
寮の学生の部屋の内部がかなり広い。よく作ってあると感じたのは机。いまだったら、パソコンをつかって、大きなディスプレイを横に並べて使うことが普通になっているので、その幅が確保されている。
2026年5月1日記
新日本風土記「太宰府」 ― 2026-05-06
2026年5月6日 當山日出夫
新日本風土記「太宰府」
再放送である。最初は、2024年3月19日。
太宰府には行ったことがない。九州国立博物館をふくめて、行ってみたいところの一つなのではあるが、さて、行くことがあるかどうか。
見て思ったことの一つは、太宰府天満宮の門前町の参道が、まっすぐで道幅が広いことである。昔からこうなのか。あるいは、何かの事情があって、こうなったのか。(『ブラタモリ』だったら説明があるところだろうが。)
それから、菅原道真の事跡について触れるとき、讃岐国の国司であったときに、民の窮状について書いているのだが、これは、文学史としては、中国の漢詩の流れの中にある「風諭詩」というジャンルを受け継いでいることになる。ただ、道真の詩だけをとりあげて、民衆の気持ちの分かった政治家というのは、ある意味でちょっとおかしい。(極端にいえば、実際の民衆のことなど知らなくても書ける文学のテーマである、といってもいいだろうか。このあたりは、和漢比較文学の専門家がどう考えるかということになるが。)
今の太宰府天満宮が、文化や芸術にちからをそそいでいることは、重要だろう。九州国立博物館のこともあるし、新しく建てた建物のふすま絵のこともある。
参道にあるお餅やさん(でよかったかな)で使っていた電話は、昔ながらのダイヤル式の電話機だった。今でも、生き残って使われている。電話で音声通話だけなら、これで十分である。コードレスにすると便利なのだが、しかし、コードレス電話は、子機がどこかにいってしまうという不便がある。
神社のお祭りを、門前町の人びとが、協力してささえてきているというのは、いい話しだと思う。見方によっては、前近代的な習俗ということになるが、こういうことが残っていく価値はある。ワラで縄をなうということを手仕事ですることは、もう農家の仕事ではなくなってしまっている。このような行事の中で、かろうじて継承されているといっていいだろうか。
太宰府天満宮の宮司さんが、道真の子孫の家系でつづいていて、また、神社につとめる家系もつづいてきている。由緒ある神社だと、その宮司になれるのは、特定の家系の人に限られるということはある。
平安時代の道真の時代から、ずっとそのままということはないのだろうが、それでも、古くからの習わしを残している。鬼をやっつける行事は、いつごろからのものだろうか。平安時代でも、『今昔物語集』ぐらいになると、「鬼」というのは出てくるが、しかし、現代でイメージする鬼とは、ちょっとちがっている。日本の文化史における鬼は、いろいろと研究されていることである。
神社には、楠が多い。照葉樹を中心とした文化があった、という理解でいいだろうか。
神様を移動させる行事がある。日本の神様は、移動する。天神さまも、十一月になると、出雲にいらっしゃるのだろうか。ずっと同じ土地にいつづける霊的なものがある一方で、移動することができる霊的なものもある。こういう視点から見ると、日本の信仰も、面白いことが見えてきそうである。民俗学において、十分に研究されていることではあるが。
神社の中にある遊園地というのもいい。蒸気機関車は弁慶号ということだったが、前には、無限、と書いてあった。これも、時代の流れである。
2026年5月3日記
ドキュメント72時間「大阪 人情銭湯ここにあり」 ― 2026-05-06
2026年5月6日 當山日出夫
ドキュメント72時間「大阪 人情銭湯ここにあり」
大阪の豊中で62年前からやっているという。おそらくは、高度経済成長期に、大阪の郊外の住宅地として人口が増えてきたエリアで、そのころは、まだ家にお風呂のない家が多かったので、地元の人たちが日常的に利用するところだったのだろう。それが、なんとか今まで営業が続いてきているのは、ビルに建て替えて、施設を大きくして、駐車場も作って、ということができたからかと思う。たぶん、店をふくめて駐車場の土地を持っていたからかな、ということを思うが、どうだろうか。
都市部に銭湯は残っているが、どこも経営は苦しいらしい。特に近年では、燃料の重油が価格があがっている。規模を大きくして、お客さんを増やして、24時間営業にして、収益と、その運営コストは、なんとかバランスがとれているということかなと思う。
都市の中にこういうところがあることは、いいことだと思う。それも歩いていけるところ、自転車でいけるところにあるというのはいい。
600円は高いような気もするが、しかし、ここに来てお風呂に入ることを楽しみにしている人にとっては、納得のいく料金かなと思う。
老人にとっては楽しみだろうし、働く人にとっても気持ちと体のやすらぐ場であるだろう。それから、特に、子どもにとっては、こういうところがあるというのは、いいことだと思う。
このようなところが、都市の生活から、どんどん無くなってきているというのが、今の日本の姿かと感じる。
2026年5月3日記
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