『豊臣兄弟!』「清須会議」2026-08-10

2026年8月10日 當山日出夫

『豊臣兄弟!』「清須会議」

清須会議の舞台裏は実はこうだった、という趣向なのだが、見ていて面白くない。

歴史のドラマが面白いと感じるのは、やはり、人間を描くところがあってのことである。見ていて、人間というのは、こういうものなのだよなあ、と感じさせるところが必要である。清須会議(その前段階で)で、織田家の重臣たちが、信長の死んだ後のことを、あれこれと画策するのだが、ここに、いろんな権謀術数があり、利害の打算があり、忠誠心もあり、恋心もあり、といういろんなことがいりまじって、こういう時にには、人間とはこんなふうに思ってしまうもんだよなと、感じるところがほしい。だが、ドラマには、それがまったくない。

また、結果的に秀吉が、実質的な後継者として出てくるのだが、その背景にあった、支配地域、勢力圏、領地経営ということがあっていいのだが、これもまったく出てきていない。せいぜい、摂津の国の領有がどうなるかということが、科白の中に出てきただけである。

中国攻めをしていたから、中国地方は秀吉の勢力圏にあっただろう。長浜に居城があったのだから、近江のエリアと琵琶湖水運を手中にしていただろう。これで、摂津が手に入れば、東海から畿内、瀬戸内海のエリアを、秀吉が勢力圏内に持つことになるだろう。この地域の、ロジスティックスを握ってしまえば、もう天下をとったようなものである。

だが、こういう観点からの描写はまったく出てこない。ただ、信長の次がどうなるか、説明的な科白が延々とつづいていた。こんな名目上の主君など、どうでもよくて、実質的に天下を統一するための戦略がどんなだったか、これを描くべきだったかと思う。

この回で、ようやく、小一郎が、インテリジェンス担当らしき役割であった。だが、これも描き方として、急ごしらえで面白いものになっていない。これまでの小一郎がどんなふうであったかということの、積み重ねの実績があって、清須会議の裏側で動いた小一郎ということになるはずだが、その準備となる伏線があったとは思えない。たいていは、秀吉と並んで、絶叫していただけだった。

豊臣の女性たちも、綺麗な衣装を着て、ただ並んで科白を言っているというだけのことである。ここで、家族の情愛、夫婦の情愛ということは、まったく描かれていない。科白で、それらしきことは言っているだけれども、見ていてそれを感じない。

茶々が大きくなった。後の淀君として、どうなるかは分かっているのだが、さてどうなるだろうか。今のところ、気の強そうな美人、というだけのようである。

どうせフィクションとして描くことになるのなら、清須会議の裏で暗躍した徳川家康の隠密ということがあってもいいと思うのだが、さて、どうだったのだろうか。

このドラマの作り方で、このままだと、お市さまと、柴田勝家が、なんとなく可哀想に思えてくる。

2026年8月9日記

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