偉人の年収「女性運動家 市川房枝」 ― 2026-09-01
2026年9月1日 當山日出夫
偉人の年収「女性運動家 市川房枝」
市川房枝については、それほど知っているということではない。だが、見ながら思ったこととしては、次のようなことがある。
兄がアメリカに留学していたと言っていたのは、かなりの資産家の家だったのだろうと思うのだが、社会階層、階級という視点で見るならば、上層の部類に入るだろう。また、師範学校に通っていたということだが、普通に考えると、学力はあるが、お金はない、という場合の選択肢になるかと思っているのだが、どうだったのだろうか。
こういう出自とか教育の環境と、時代の流れの中で、どうやってその女性の権利ということを考えるようになっていったのか、その経緯が、気になるところではあるが、ここを深く描くのは、この番組の範囲ではないだろう。
日本で、普通選挙(男子のみということだが)が実施されたのは、世界的な流れでみると、そう遅いということではない。
現在の憲法で、男女の平等ということになったが、これは、この時代の世界の潮流としてはこうなることであったし、さらには、アメリカが、自分の国ではできないことを、アジアで占領した敗戦国でためしてみようと、かなり過激なことまで、いろいろと試してみた、ということもあるだろう。その中で、憲法のいろんな条文もあったはずである。(これも、占領統治が終わったら、どうせ変えることになるだろうと思っていたのかもしれない。しかし、その後、アメリカの予想に反して、日本がかたくなに憲法護持の姿勢になってしまったということもあるのかと思っている。)
市川房枝の頑張りはそれはそれとして認めるとして、評価しなければならないが、憲法のことについては、どれほどの影響力があってのことかは、また、別に考えることになるかと思っている。
番組の中で触れるかどうかと思っていたことが、市川房枝が公職追放の対象であったこと。公職追放の全貌とか、是非をめぐっては、議論のあるところかと思っているが、太平洋戦争中に戦争に協力したとして、公職追放になったことは、それはそうだろうと思う。よくもわるくも、戦争というときにあっては、女性の働く場が増えたということは、どの国でもあったことである。
2026年8月28日記
BSスペシャル「叫ぶ声なく〜開高健が見たベトナム戦争〜」 ― 2026-09-01
2026年9月1日 當山日出夫
BSスペシャル「叫ぶ声なく〜開高健が見たベトナム戦争〜」
開高健については、いくつかの作品を読んだことはあるのだが、そうはっきりと憶えているということではない。ベトナム戦争と釣り、ということで、記憶にある作家である。
見ていて思ったこととしては、次のようなことである。
まず、ベトコン、と言っていた。NHKの番組で、ベトナム戦争をあつかうことは、ときどきあるのだが、このごろでは、ベトコンという用語を避けていると思っていた。だが、この番組では、どうどうと使っていた。
ただ、ベトコンの定義は、ややこしい。タテマエ上は、南ベトナムの人で、その政権とアメリカに批判的な立場をとる武装した人びと、ということになる。南ベトナムの正規軍ではない。また、北ベトナムの軍隊でもない(あくまでもタテマエとしては)、である。しかし、その背後には、北ベトナムがあって、さらに、その背後には、中共(あえてこの言い方をしておく)と、ソ連、があった。タテマエ上のことと、実質的にどのような人びとであったかということは、歴史の経緯もあって、そう簡単ではない。はっきりいって、よく分からないというのが、私の知識の限界である。
ともあれ、ベトコンという用語を使っていたことには、見ていて、少なからず驚いたというのが正直なところである。へ~、NHKでも、ベトコンということばを使うこともあるのか、と思った。
常識的な知識としては、ベトナム戦争は、アメリカと中共・ソ連との間の、資本主義勢力と共産主義勢力との代理戦争ということだと思っているのだが、こういうことについては、ほとんど触れることがなかった。常識的すぎることだからわざわざ言わなかったのか、今のベトナム戦争の理解として、こうなっているのか、どうなのだろうか。
日本とのことについても、あまり言及がなかった。ちょっとだけ、ベ平連、のことが出てきていた。この時代、沖縄は、まだアメリカの統治下にあって、そこを拠点として、アメリカ軍がベトナムを攻撃していた、ということになるのだが、これも、当たり前すぎることだから、言わなかったのか、どうなのだろうか。
左翼的な言い方をすれば、日帝資本主義は、アメリカの帝国主義の手先となって、ベトナムの人民を相手とする戦争に加担している、その日本政府は許せない、ということになる。これには、この時代、多くの人びとが共感したことでもあった。
公開処刑というようなことは、この時代、さして珍しいことではなかったはずである。だが、このことに、開高健がショックを受けたということは、これは開高健に関わることとしては、重要である。
それから、番組の趣旨とは無関係なことだが、とても興味深く思ったのが、ラストにホーチミンの街の映像が流れたときに、おそらくは視覚障害の人なのだろうが、白杖をもって行商をしている人物の姿が路上にあった。こういうことは、日本だとまず見ることはないはずである。ベトナムの人びとの生活の中では、こういう光景は普通なのだろうか。
2026年8月28日記
NHKスペシャル「白い旗 水木しげると硫黄島」 ― 2026-09-01
2026年9月1日 當山日出夫
NHKスペシャル「白い旗 水木しげると硫黄島」
水木しげるは、かなり読んでいる。代表作は、『ゲゲゲの鬼太郎』であるが、これが、『墓場の鬼太郎』として、少年マガジンに連載されたときからリアルタイムで読んでいる。だが、その前の、貸本漫画の水木しげるは、知らない。ちょうど私ぐらいの世代が、貸本漫画から、少年漫画雑誌へ移行する時期にあたっていたということになる。貸本屋のことは、かろうじて記憶にはある。
水木しげるの戦争漫画というと、何よりも、南方のジャングルの樹木の描写の濃密さが印象に残る。
水木しげるが、硫黄島の白い旗のエピソードを漫画に描いたことは確かだとして、それがどういう意図であったのかは、これは、水木しげる自身が書いているように(テレビに映っていたように)……降伏することも、また、命令にしたがって戦い続けることも、どちらも選択肢としてあって、一方だけが良いということにはならない。これはこれでいいと思う。
それを、この番組だと、反戦、という方向に持っていきたくてしかたがない、という作り方になっている。
私の理解だと、水木しげるは、戦争の過酷さ、戦場の残忍さを描いた漫画家ではあったが、しかし、現代のような絶対平和主義の反戦ということではない。それは、『ゲゲゲの鬼太郎』やその前の『墓場の鬼太郎』など、読んでみると感じるところである。
2026年8月24日記
芸能きわみ堂「鈴木福プレゼンツ 追求!箏の新たな魅力」 ― 2026-09-01
2026年9月1日 當山日出夫
芸能きわみ堂「鈴木福プレゼンツ 追求!箏の新たな魅力」
これは面白かった。
芸術には毒がある……当たり前のことであるが、こういうことを、(いくぶん婉曲にではあっても)言えるような番組は、少ない。また、芸術は、分かる人間にしか分からない、世の中の芸術のわからない連中を相手にしてもしかたのないことである……端的にいえば、こういう部分もある。音楽もしかり、文学もしかりである。
そうはいっても、芸術ということの社会的価値は一般に認められることなので、それはそれで、尊重しましょう、ということはある。
芸術家のセクシュアリティについては、ちょっとややこしいかと思っている。これも、ちょっと社会の普通からはずれた感覚を持っているから、芸術家として、普通の人たちでは、感じとれないような人間の心の奥にある何かを表現出来る、それを敏感に感じとることができる……こういうことはあるかと言っていいだろう。これを、はっきり言ってしまえば、芸術家という人たちに、人格円満だとか清廉潔白だとか、もとめること自体が、そもそもおかしいということでもある。これは、決してけなしているのではない、ほめているのである。
朝ドラの次は、『ブラッサム』で、宇野千代がモデルである。宇野千代にかんする本がいろいろと出るようになっている。それなど読んでみると、近代になってから、文学とか芸術とかにかかわるような連中にろくなやつはいない(特に現代の一般的な価値観からすると)、と言ってもいいだろう。だが、このことと、その残した作品の芸術的価値とは、また、別のことである。
箏の弦の数というのは、気になっていることの一つなのだが、いったいいつごろからどういう経緯でそうなっているのだろうか。25弦箏を見ると、糸に色がつけてある。5本ごとに黄色い糸になっている。
気になったのは、箏を置く台。箏という楽器は、それを床やテーブルなどの上において、底面にできた空間で音が共鳴して音色を出すという要素があるはずなので、スタジオや舞台で演奏するときに、どういうセッティングをするかということは、とても大事なことかなと、思っている。
25弦の箏も、薩摩琵琶も、邦楽の歴史においては、比較的新しい楽器かなと思っている。
音楽の分野というのは、最終的には、耳で聞いて一緒になることなので、来歴の違ういろんなジャンルの要素が、混ざりやすいし、そうであっても、人間の耳できいて、音楽としてなりたつということはある。文化のなかでも、異種格闘技をやりやすいジャンルといっていいだろう。
体を楽に使う演奏をすると、聞いていてつかれない音楽になる……これは、実際の演奏者でなければ分からない感覚にちがいない。
2026年8月30日記
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