ドキュメント72時間「千葉・利根運河 真夏の川べりで何を思う」 ― 2026-09-02
2026年9月2日 當山日出夫
ドキュメント72時間「千葉・利根運河 真夏の川べりで何を思う」
利根運河というのがあることは、知らなかった。こういうのが、身の回りにあるというのも、いいものである。人間は、川の水が流れているのを見ると、なんとなく気持ちが落ち着くということがある。ちょっとおもむきは違うが、『方丈記』の冒頭を思い出す。
そう極端に変な人というのが、この回には登場していなかったようである。意図的かどうか分からないが、この番組は、なんか変な人が出てくることが多いように思える。
英語の教師をしていたという男性。異国の地にきて、いろんなことがあったにちがいない。だが、そのいろんな思いも、川の流れを見ることで、どこかに流れていってしまう……というのも、かなり日本的なものの考え方かなと思ったりするところである。
虫取りをする子どもの姿というのは、東京あたりでは、珍しいものになってしまったというべきだろうか。
2026年8月31日記
ETV特集「今は、まだ産めません。 卵子凍結 彼女たちの現在地」 ― 2026-09-02
2026年9月2日 當山日出夫
ETV特集「今は、まだ産めません。 卵子凍結 彼女たちの現在地」
卵子凍結という技術があり、そのことで、おおぜいの女性が幸せになる……ということでは、なさそうである。卵子凍結が出来ている、ということは、ある一定期間については、人生の猶予の期間といえるかもしれないが、それでも、最終的にいつまでもそのままで保存しておくということはない。(技術的にはできることなのだろうが、もしそうなったら、という将来のことについては、番組では言っていなかった。しかし、このことの議論はもうはじめておかなければならないと思う。すでに死んでしまった人間の卵子や精子が冷凍保存して残るということが、現実に可能になっているのであるから。)
生命倫理というのは、技術的に可能なことが生まれてくれば、それをどうにかして妥当なものとして多くの人が認めるように、なんとか工夫して論理を考えてきた、ということだろうと思っている。
かなり以前に、日本で問題になったこととしては、脳死移植について、脳死を人の死と認めるかどうか、ということについて、さまざまな議論があった。これも、現在では、認める方向で、多くの人が納得している。このころから使われていることばでいえば、社会的合意ができたということになる。
このことも端的に言いかえれば、技術的には可能なのだが、それを日本でおこなうと、殺人になってしまう。そうならないためには、どうするか、ということである。そして、これは、臓器移植をもとめて外国に行く人については、募金したりして美談となって報道されることが多かったのだが、しかし、視点を変えてはっきりいうならば、日本人は殺せないので、外国人を殺して、自分が生き残ることにしたい……ということになる。このようにはっきり言うことは、報道などではないのだが、つまりはこういうことに他ならない。
どうにかこうにか生命倫理の枠組みをつくって、都合の悪いことは、見て見ぬふりをして、なんとかやっているというのが、現状だといっていいだろう。
卵子や精子があって、人工的に受精卵を作ることができるならば、その先にまっているのは、代理母であり、その先には、人工子宮ということになる(ここまでくると、かなりSFっぽくなるが、考える必用はある。)代理母ぐらいのことならば、現実には、世界においてすでに行われていることである。
日本で公的に認められることでないということなら、闇にもぐって、外国に行ってということになるだけのことである。だから、技術的に可能なことならば、なんとか倫理的に問題がないようにして、社会の監視の目のとどくところにおいておきたいということになる。技術先行で、倫理は、後からおいかけるだけである。
ハクスリーの『すばらしい新世界』は、私は、ディストピア小説と思っていたのだが、最近の生命倫理について考え方や、セクシュアリティについての議論は、なんだか、この小説がユートピア小説として読まれるのかもしれないと、感じるところがある。残るのは、ソーマの開発だけである。
そもそもということになるが、遺伝子、ということが発見されて広く社会の一般的な知識になったことで、家族の関係とか、親子のこととか、根本的に変わってきてしまっていることは確かである。変わることはいたしかたないとしても、あまりに急激な変化に、古くからの家族や親子についての価値観で、どう対応していいのか、分からないでいるというのが実際である。DNAの二重螺旋構造が発見されてから、たかだか半世紀なのである。
人間の世の中には、男と女がいるもので、たいていは結婚することになり、そうすれば子どもができるので、子どもは育てなければならない、それには社会全体で助けることになる、それが普通である。だが、中には、普通ではない人もいる。異性が好きになれなかったり、子どもができなかったり、子どもができても可愛いと思えなかったり、そういう人がいてもいいが、ちょっと普通ではない人もいてかまわない……ということぐらいで生きていくのが、より多くの人にとってマシな生活であり、より少ない人にとってそれほど不幸にならないですむ生活である……こういうことでいいのかと思う。だが、今の時代に、こういうことを言うと、守旧的、間違った功利主義、と批判される。だが、進歩的であることは、かならずしも、人を幸福にすることにはならない、これもまた人間の歴史から学ぶことの一つであるにちがいない。(といって、進歩的であることが不必要というのではない。)
卵子凍結を選ぶのは、個人の自由である(自由意志の尊重)ということであるのだろうが、現実には、このような選択肢を持って生きる女生と、そうではない女生とを、分けてしまう……あえていえば分断してしまう……ということにもなるかと思うが、どうだろうか。
2026年8月31日記
3か月でマスターする世界史「(9)“中華”の確立と大航海時代」 ― 2026-09-02
2026年9月2日 當山日出夫
3か月でマスターする世界史「(9)“中華”の確立と大航海時代」
「中華」の成立ということになると、歴代の中国の王朝の交替の歴史を軸に見る旧来型の東洋史の視点と、どうかかわることになるのだろうか。日本史の側から見れば、邪馬台国の卑弥呼は、中国の魏に朝貢したということになるはずだが。このあたりのことは、視点を変えることによって、見える歴史の姿も変わってくるということでいいだろうか。
30年戦争があって、ウェストファリア条約が結ばれ、その結果として、主権国家というものが成立した。この主権国家を基本として、今日の、国民国家(主権、領土、国民)というものになったことになる。この回では言っていなかったことだが、近代の国民国家の成立ともも、近代的な啓蒙思想が生まれ、特に社会契約説が近代的な国家論につながる、ということになる。その延長に、現代の日本もある。
こうして見ると、ユーラシアの東にあって、中国のエリアだけが、近代化から取りのこされてしまった、西の方で主権国家のルールが出来てきたのに対して、東の方では、(あえて昔風のことばをつかってみるならば)アジア的停滞のなかにあったということになる。
今の世情の話題としては、国際的な法の支配ということがある。このことの歴史をさかのぼるならば、(私は法の歴史にはまったく門外漢なのであるが)おそらくは、近代の西欧の主権国家(これがたくさんできた)において、形成されてきたものだろうと、思ってみる。となると、このことに取りのこされていた中国とかロシアが、今の世界で、法の支配なんて知ったことではない、という態度でいるのは、まあ、もっともなことかなという気もする。アメリカについては、また、別の理由があるかなと思うが。ともあれ、法の支配、ということも、自分の国に都合のいいように使うというのが、みもふたもないが、そういうものだろうと思っている。
銀が国際的な通貨であったとして、お金、貨幣、銅銭……ということで見えてくる、世界の歴史のすがたということもある。これはこれで、興味のあることである。
2026年8月31日記
日曜美術館「彬子さまと巡る 大英博物館 日本美術コレクション」 ― 2026-09-02
2026年9月2日 當山日出夫
日曜美術館「彬子さまと巡る 大英博物館 日本美術コレクション」
この番組の、特にこの回については、いろいろと批判があるのだが、見て思うこととしては、この回は、はっきりいってつまらない。彬子さまをヨイショするだけの番組となってしまっている。
だが、その中に見るべきところを探すと次のようなことになるだろうか。
まず、ウィリアム・アンダーソンという医者であり、日本美術のコレクターであった人物の事跡。この人物については、彬子女王が論文を書いたりしていることであるので、むしろ、この人物のことを大きく扱う内容であった方が、面白いものになっただろう。
大英博物館の日本美術コレクションが、どういう来歴をもつのか、これが気になる。当初は、西欧におけるジャポニスムとしてスタートした部分があるかと思うが、これに、アンダーソンのコレクションが加わることによって、どういう内容のものになっていったのか。方向が変わっていったようである。
浮世絵を中心としてのジャポニスムではなく、当時の目で見て、アンダーソンが日本美術の総合的なコレクションを意図したらしい。これは、かならずしも、名品を集めるということではなく、総合的なカタログ的なコレクションだったかと思われる。これはこれで、美術史としては、きわめて意味のあることである。
美術の歴史、いや、文学などをふくめて芸術の歴史というのは、これこそが芸術である、いやそうじゃない、こんなのは古くさい、もっと斬新なものであるべきだ、違うのだ、これが本物の芸術だ……というような、対立と新旧の更新の歴史の積み重ねであるといっていいだろう。非常に、ざっくばらんにいえばであるが。この流れの中で、明治の初めごろの英国人が、日本で、日本美術のスタンダードなコレクションを目指したとして、それは、具体的にどのようなものだったのか。それは、江戸時代までの日本人のいだいていた美術の価値観とどうちがうのか、そして、明治期以降の近代的な日本の美術についての考え方とどうちがうの、この流れのなかで、アンダーソンは、どういう仕事をしたことになるのか……こういうところが、一番の重要点かと思える。(いうまでもないことだが、この時代、日本で浮世絵はゴミだったのである。)
応挙の絵について、アンダーソンのコレクションにあるものは、全部、偽物であるとあったということだが、これは、非常に興味深い。それだけ、当時の日本で、応挙の偽物が美術市場の流通していたのであり、また、それを作る人がいたということになる。
法隆寺の壁画の模写について、彬子女王が、美術品の模写の始まりではないか、という意味のことを言っていたが、これは、おかしい。日本における、美術の徒弟修行としては、まず、師匠のまねをすること、価値があるとされる作品の模写をすること、これは、普通のことだったはずである。法隆寺の壁画の模写が出来たのは、もともとこういう技術を日本の画家が持っていたからに他ならない。この技術の応用が、応挙の偽物を作ることだったりもする。こういうことは、総合的に考えなければならないことである。(強いていえば、美術史家としての彬子女王は、どうなのかということにもなってしまうが、発言として不用意であり、それをそのまま放送した番組スタッフのミスともいえる。)
屏風は立てて見るものである、というのはそのとおりなのだが、そういうことを言うのなら、ふすま絵というのは、ふすまを閉めた部屋の中から見るものである。では、このときの照明はどうだったのか、ここのところに話題がいかないというのは、美術史家として失格といってもいいだろう。
日本の美術品が海外に出て行ったことには、いろんな理由があることであり、また、現在でも、美術品の流通やコレクションの分野は、いろいろと分からない部分……せいぜいひかえめな表現をすれば、ダークな部分がある……ここに、皇族としてかかわっていくのは、必ずしも、プラスのことばかりではないはずである。皇族の彬子女王だから得られる情報もあるにちがいないが(こういうのは、所詮は闇の人脈の世界でもある)、それが、論文に書けるかどうかは、また、別のことであり、研究者としては、かなりつらいことになりそうである。(だからということではないが、研究するなら、ニワトリとかハゼとかということにしておくのが無難なのである。)
津軽の宮越家と大英博物館に行き別れになった、多武峰妙楽寺にあったふすま絵。話題になったことである。このことについては、やはり、何十年か前に見た絵のことを憶えていて、宮越家のものとつながることを直感したという、山下善也のことを、(ことばどおりに信用するとして)、美術の研究者というのは、こういう素質が必要であると同時に、どこかでいい作品とめぐりあう運の良さがある、と思う。
余計なことかとも思うが、明治の英国人が日本の文化を見て、非常に冷静で客観的で総合的な視点を持っていたということの事例の一つが、ケンブリッジ大学の持っている、アストン文庫である。書籍のコレクションであるが、幅広く総合的にカタログ的な書物を集めたものである。こういうコレクションは、日本の国内にもそう多くないはずである。(この目録を作ったのは、若いときの、林望である。)
法隆寺の壁画の模写、特に6号壁についていえば、NHKスペシャルの方が、格段にレベルが違う。文化財保存、復原、デジタルの画像技術、についてきちんと作ってある。同じNHKが、同時に、同じことに言及した番組を作って、ここまで内容的にレベルが違うというのは、珍しい。いや、「日曜美術館」もこの回については、本当にダメな内容だったとしかいいようがない。
2026年8月31日記
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