BSスペシャル「原爆裁判 〜被爆者と弁護士たちの闘い〜」 ― 2026-09-08
2026年9月8日 當山日出夫
BSスペシャル「原爆裁判 〜被爆者と弁護士たちの闘い〜」
再放送を録画しておいて、ようやく見た。最初の放送は、2025年8月8日。
朗読を担当していたのは、吉岡秀隆。私の記憶では、朝ドラの『エール』で、永井隆だったことを思い出す。
いわゆる原爆裁判については、反核という立場からいろいろと言うことはあるとは思うが、ちょっと違う角度から、思ったことを書いておく。
原爆裁判が、被爆者の中から訴訟を起こそうとという動きがあって始まったことではなかった。弁護士(岡本尚一)の働きがあって、原告になってくれる被爆者を探して、依頼して、やっと五人がなってくれた、ということである。
昭和30年代まで、広島で、原爆の被災者は、今のように被爆者として広く認知される存在ではなかった。強いていえば、ピカドン(このことばは、番組の中で使っていなかった。意図的にだろう。)にあった人たちということで、端的にいえば差別と沈黙の中にいた……というのが、私の知識としては、思っていることである。
被爆者の証言ということは重要なのだが、それよりも意味があるのは、その人たちが沈黙していたということだろうと、私は思う。こういうことについて、印象に残っているのは、井上ひさしが語っていたことである。被爆者の人たちに話しを聞こうとしても、黙っていて何も話してくれなかった。(だが、いったん話しをはじめると、非常に雄弁でもあった。)
番組の意図からして、そうはならなかったのだろうが、訴訟の準備段階で、被爆者の人たちに原告になるように打診して、断った人たちが、むしろ多かった、ということの方に、私は、意味があると思う。取材すべきは、この断った人たちの気持ちではなかっただろうか。
裁判の原告となった人たちも、そのことを回りの親族や家族に話すこともなかった。この沈黙の意味をこそ、感じるべきことかと、私には思われる。
また、原爆裁判の判決としては、国際法にてらして人道的な観点から違法である、基本的にはこういう趣旨だったと理解するが、戦争そのものは否定していない。この意味では、絶対平和主義からすると、許しがたい判決ということになるはずだが、さすがにこういうことは言っていなかった。
国際法で違法であるとはいえても、それを、日本政府の国家賠償をもとめるのは、無理だろうと、私には思える。少なくとも、東京裁判を経て、サンフランシスコ講和条約ということで、さらには、日米安保条約があって、戦後の日本がある、という歴史的経緯と現実をふまえるならば、非常にハードルが高い、というよりも、そもそも無理筋の主張だったといっていいだろうか。
一般市民をまきこんだ無差別の攻撃ということでは、特に原爆が被害がひどいということはあっても、これがはじめてであったといことではない。無差別爆撃については、以前にも事例があり、こっちが先だ、いやあっちこそ、という議論になってしまう。
現代でも世界の少なからぬ国が原爆を保有し、開発を進めているのは、それが、兵器として強力だからである。その強力な破壊力を示しているのが、ほかならぬ広島や長崎での被害の実態である。その被害をうったえればうったえるほど、それほど強力な兵器ならば、保有したくなる、これは、国家の論理としては、ありうることである。このような強力な兵器であれば、これで脅せば日本という国は屈服するだろうと、日本の近隣の核保有国は思っていることになる。いや、逆に、日本だからこそ、核兵器の恫喝には絶対に屈しないということも、ありうるかもしれない。だが、こういう観点からの、現実的な議論は、ほとんどなされないのが現状である。
核兵器禁止条約については、日本は加わってもいいと、私は思っている。無論、アメリカの核の傘のもとにあるという現実はある。だが、こうことについて、国際社会のなかで、巧妙にたちまわる狡猾さというべきものがあってもいいだろう。
2026年9月6日記
新日本風土記「利尻 礼文」 ― 2026-09-08
2026年9月8日 當山日出夫
新日本風土記「利尻 礼文」
北海道の北の方にある島というぐらいの知識しかない。地図で、どっちがどっちと聞かれたら、正直にいって困ってしまうのが、本当のところである。利尻と礼文については、いろんな番組で出てきていることであり、すでに知っていることがかなりある。それほど、テレビ的には、番組作りのタネになるところということかもしれない。(京都ほどではないとしても。)
中学校に野球部があっても、人数が少なくてチームが作れない、というのは、なんだかかわいそうな気がする。二つの中学を合わせればなんとか人数があつまるのだが、二つに別れて練習試合ということはできない。(日本の少子化、過疎化、ということとしては、こういう中学や高校は、たくさんあるのだろう。)
パン屋さんがあるというのは、とてもいい。だが、冬になると、簡単に出かけることができなくなるので、店が開けられないというのは、これも、なんだか哀れな印象がある。だが、そういうのが、北国の冬の生活であった、と考えるべきなのだろう。年中、家から歩いて出て近くのところにコンビニがあるという都会の生活の方が、なんかおかしいのである。(こういうのは、柳田国男が『雪国の春』などで描いたことにもつながる。)
ユースホステルは、以前に、「ドキュメント72時間」でとりあげていて、記憶に残っている。今の日本で、ユースホステルというのが、どうなっているのか、気になることではある。私の中学から高校生ぐらいのときには、ユースホステルは、若い人が旅に出て泊まるところとして、ごく普通だった。(沙漠を旅をする人は、泉があってもそれを飲み干してはいけない。次に来る人のために、半分残しておかなければならない。こういうような考え方は、もう今では、残っていないことかとも思える。)
獅子舞が残っている、というのは、とても興味深い。日本海を通じた、昔の人たちの交易のルートがあってのことである。
昆布を干すのに、京都大学の学生アルバイトがやってくる……これは、かなりつづいていることらしいが、企画としては、非常にいいことだと思う。京都大学は、卓越大学になるということで、変わっていくことになると思うが、こういうことは続いてほしいことである。
海岸の漂着物アートは、面白いこころみだと思うのだが、気になるのは、いったいどこからきた漂着物なのか、ということがある。これは、日本からのものということではないだろう。
縄文遺跡のこと、DNAから復原された縄文人のこと、これは、以前に、別の番組で見ている。だが、もう、行政発掘はこれからない。つまりは、島のインフラ整備……公共の建物をつくったり、道路をつくったり……が、これからはないということになる。過疎高齢化の島としては、どうにか現状維持ができればいいといっていいのだろうか。
ウニをとる漁師さんがはたらいている。そういう人の、手、を映している。手を見て、その人のはたらいてきた人生を思う、というような生活の感覚も、現代では、失われてきていることである。
島の出身の若者が、フェリーの乗組員になって、航海士になりたい、船長になりたい、これは、いい希望の話しである。
番組の中で使っていなかったことばとしては、利尻富士、がある。この名称はつかわないで、この山が、古来からアイヌの人びとの信仰の山であったと紹介していた。今の時代としては、こういうことになるのかと思って見ていたことになる。
2026年9月1日記
サイエンスZERO「持続可能な22世紀へ!“森林活用”最前線」 ― 2026-09-08
2026年9月8日 當山日出夫
サイエンスZERO「持続可能な22世紀へ!“森林活用”最前線」
再放送である。最初は、2025年7月27日。
木材がどのように使えるのか、ということである。
一つは建築資材としての利用。これは、普通のコンクリートを使うのよりも、いくつかの点でメリットがある。少なくとも、耐久性とか、耐火性については、問題がない。そして、何よりも軽いということで、建設や輸送までふくめると、CO2削減に効果がある。
木で柱を作るのに、たくさんの木を貼り合わせて作るらしいのだが、その断面を見て分かることは、木目が、同じ方向にそろわないように並べてある。これは、一定方向から力が加わっても大丈夫なようにということなのだろうが、こういう工夫のためにどういう試験をしているのか、興味深い。
また、木は、燃料にもなるし(発電に使える)、プラスチックの原料にもなる。いいことづくめのようであるが、問題は、やっぱりコストということかと思う。
国産の杉であれば、安定して供給することができそうであるが、そのために、林業をどうするかが課題となる。実際に林の中に入って、樹木の調査をするのに360度カメラの画像とAIで、簡単にというのは、今の時代ならではのことである。
伐採した材木を市場に出すには、重機が入って、トラックなどが、通行できないといけないのだが、このための道路の計画も、航空測量などのデータから、簡単にできるようになっている。
いいことだらけのようだが、それでも、問題は、日本の林業に従事する労働者がどうなるか、ということであるにちがいない。
2026年8月31日記
ETV特集「それ、仏教かも。〜謎の寺・寳幢寺の実験〜」 ― 2026-09-08
2026年9月8日 當山日出夫
ETV特集「それ、仏教かも。〜謎の寺・寳幢寺の実験〜」
非常に目新しいことのようでもあり、まったく、新しくないことでもあり、ということかなと思って見ていた。
基本的に、人間が自分が不幸である、苦を感じている、これを解決するには、二つの方向しかない。一つは、自分のいる世界が自分にとって良くなるように変わることである。もう一つは、世界はそのままであるとして、自分自身が変わって苦を感じなくなることである。
この二つの方向があって、その中で、中間的にいろんなことがあり、社会のあり方や、個人のあり方ということを反映して、いろんな幸福論や人生論や、場合によっては、宗教論などが、論じられ語られてきたのが、おそらくは人類の歴史(少なくとも文明の歴史)と重なることであろう。
この観点では、寶幢寺でやっていることは、大きな方向としては、前者の道、つまり、自分自身の考え方や感じ方を変えることによって、苦を無くす、幸福感を増やす、満足感を得る、ということになる。
それを、既存の日本の仏教とは、かなり違った形で、実践的に行っているということになる。(私が見て思うことは、基本的に、ただこれだけである。これを実践する中で、仏教らしさ、ということを、どの程度出していくのがいいのか、というのが、試行錯誤ということかと思う。)
仏教の用語でいえば、因果とか、縁起とか、ということで考えることになる。そこに華厳のことが、ちょっと入ってきている。見ていた範囲内では、唯識ということは触れていなかった。
この番組の意図からは外れることになるだろうが、一番興味深かったのは、最初は、ミャンマーの仏教のように、僧が厳格に戒律を守る修行の生活をおくり、それに、普通の人びとが布施をくれる……というモデルを考えて、頓挫してしまったというエピソード。実は、これは、日本における、少なくとも、現代の日本における、社会の中での宗教とはどんなものかを、典型的にあらわすことになっていると思う。
番組の中で大乗仏教という言い方をしていた。それに対して、上座部仏教という言い方をしていなかったのは、分かりにくいと思って避けたのか、ミャンマーの仏教ということだけで十分という判断だったのか。
護摩壇があったのは、なんとなく真言密教という雰囲気になっている。だが、正面の壁にお稲荷さんの掛け軸があるのは、神仏習合っぽい。本尊ということを設定しないのは、意図的にそうなのだろう。
あえて批判的にいえばであるが、毒矢のたとえは、仏教において基本的に言われることである。これはこれできわめて重要なことであり、惻隠の情ということにもつながる。しかし、その一方で、社会的な構造というような部分から目をそらすことにもなる。(こういう批判は、昔からの定番であるが。古風な左翼用語でいえば、宗教はアヘンである。)
どうでもいいことだが、ここで飼っているネコたちは、外にには出してもらえないらしい。ちょっと可哀想である。京都の街中であるなら、しかたないかとは思うが。
2026年9月4日記
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