『ひよっこ』「響け若人のうた」「椰子の実たちの夢」 ― 2026-09-27
2026年9月27日 當山日出夫
『ひよっこ』「響け若人のうた」「椰子の実たちの夢」
ドラマの時代は、昭和40年である。この時代のことを描きながら、エンタテイメントとしてよくできているし、同時に、このころの社会のことも視野にはいっている。
ものの値段が具体的に出てくることが、ドラマとしては珍しいかもしれない。
みね子は、初めての給料をもらう。いろいろさしひかれて、手取りが6000円ほどである。この時代の、大卒公務員の三分の一以下である。地方から出てきた若い女性の労働者を安い賃金で働かせているといえばそれまでなのだが、しかし、悲壮感はない。過酷な労働条件で搾取されているみじめさを感じさせない。これはこれで、いいと思う。
奥茨城の家に仕送りをするので(5000円)、みね子の手元には、1000円しか残らない。みね子は、赤坂のすずふり亭を訪ねていくが、途中の電気店で、自分の工場で作っているラジオを見て誇りを感じる。だが、その値段は、9800円だった。とても、みね子の給料で買える値段ではない。
すずふり亭で、みね子は、一番安いビーフコロッケ(60円)を注文する。このときの描写も、微笑ましい感じである。貧乏な労働者であるみね子と分かるのだが、それと分かっていて、無理なことを言わない、すず子や高子たちがとてもいい。
このドラマでいいところの一つは、すずふり亭の厨房で、実際に料理を作っている雰囲気をきちんと出していることである。手を動かして料理を作っている。また、赤坂の裏庭でも、ヒデたちは、手を動かしてジャガイモの皮をむいている。
向島電機のラジオの工場といい、実際に役者さんが手を動かしているところを、画面で見せているのが、非常にいい。
警察官の綿引が、みね子の父親(実)を見かけたという目撃情報をつたえにやってくる。そこで、みね子たちは、奥茨城の時子の家に電話をかけて、時子の母親から谷田部の家に伝えてもらうことにする。このあたりのことは、まだ、電話が普及する前の時代の感覚をうまく表現している。(この時代の長距離電話は、かなり高額だったはずである。電話が一人に一台になり、通話時間など気にする必要がなくなった現代では、失われてしまったことでもある。)
この時代、まだ、高度経済成長期のころで、まだまだみんな貧乏なところはあるけれど、明日はきっと良くなるという希望が持てた時代でもあった。この明日への希望こそが、現代の日本が失ってしまったものであると、今になって、この時代のことを振り返ると思うことになる。
澄子の故郷のことが出てきていた。父親は再婚して、家には帰る場所がない。ただ、ばあちゃんがいるが、便りもない。乙女寮の同室の仲間たちには、故郷から荷物や手紙がとどくが、澄子のところには、葉書も来ない。非常にみじめな境遇というべきなのだが、故郷でのばあちゃんとの思い出話が、笑い話にもなっている。こういうところは、脚本のうまさだと感じるところである。
奥茨城の谷田部の家で、母親の美代子が、ミシンのところで裁縫をしていて、立ち上がってこっちに来るとき、右手にしていた指ぬきをはずしてミシンの上に置いていた。ちょっとした動作なのだが、これだけで、実際に針仕事をしていたことの雰囲気がよく演出されている。
2026年9月26日記
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