『カーネーション』「宣言」 ― 2025-03-09
2025年3月9日 當山日出夫
『カーネーション』「宣言」
Eテレの「偉人の年収 How much ?」で、小篠綾子のことをあつかっていたので、これは録画して見た。『カーネーション』の脚本は、かなり忠実に、モデルの小篠綾子の人生をなぞっているということが分かる。
岸和田の呉服店に生まれ、女学校をやめてパッチ屋につとめてミシンの使い方を習得し、看護婦さんの制服を作ったり、立体裁断を独自に始めたり、このあたりことは史実どおりということになる。また、三人の娘たちがが、「ピアノ買うて」の紙を家中においたことも、本当のことだったらしい。
そして、七〇を超えて、新しく自分のブランドを立ち上げたことも、史実をふまえてのことになる。この過程を、ドラマとしては、非常に自然に描いていたと感じる。
間違えて仕入れてしまった100反の生地の使い道として、高齢の女性向けの服をデザインすることになり、その売れ行きがいいので、じゃあ自分の名前でブランドをたちあげて、高齢女性向けのプレタポルテをはじめる。このあたりの流れは、非常に自然だと感じる。
また、孫の里香のことも、この時代に、こういう高校生ぐらいの少女がいても、これはそうだったかと、感じるところがある。
岸和田のオハラ洋装店は、オハライトコに、看板が変わる。この店は、昔の小原呉服店にリフォームを重ねたものだが、それぞれの店の時代にあった作りになっている。そして、この店がドラマの展開の主な舞台になるのだが、それぞれの場面が、非常に立体的な映像として描かれている。奥行きのある構図であり、窓から外の景色や通りの様子が見える。窓から見える庭木の枝が、風にふかれて揺れている。映像としても、非常に凝った演出になっていると感じる。
この週の最後のシーンで、家の中におかれた写真がずらりと出てきていた。これまでのドラマに登場してきた人たちである。しかし、このなかに、周防の写真はない。ないのだが、しかし、糸子が周防のことを忘れているわけではない。このあたりの心情が、写真が出てこないことによって、じんわりと表現されていると感じることになる。
そして、このドラマも終盤になって、老人の孤独ということを描くようになっている。それを社会問題として否定的に見るでもなく(糸子は、今でいえば、一人住まいの高齢者ということになる)、人間が普通に生きていればそういうものなのだ、という視点で描いている。商店街の周囲に生活をサポートしてくれる人がいるという安心感はある。
2025年3月8日記
『カーネーション』「宣言」
Eテレの「偉人の年収 How much ?」で、小篠綾子のことをあつかっていたので、これは録画して見た。『カーネーション』の脚本は、かなり忠実に、モデルの小篠綾子の人生をなぞっているということが分かる。
岸和田の呉服店に生まれ、女学校をやめてパッチ屋につとめてミシンの使い方を習得し、看護婦さんの制服を作ったり、立体裁断を独自に始めたり、このあたりことは史実どおりということになる。また、三人の娘たちがが、「ピアノ買うて」の紙を家中においたことも、本当のことだったらしい。
そして、七〇を超えて、新しく自分のブランドを立ち上げたことも、史実をふまえてのことになる。この過程を、ドラマとしては、非常に自然に描いていたと感じる。
間違えて仕入れてしまった100反の生地の使い道として、高齢の女性向けの服をデザインすることになり、その売れ行きがいいので、じゃあ自分の名前でブランドをたちあげて、高齢女性向けのプレタポルテをはじめる。このあたりの流れは、非常に自然だと感じる。
また、孫の里香のことも、この時代に、こういう高校生ぐらいの少女がいても、これはそうだったかと、感じるところがある。
岸和田のオハラ洋装店は、オハライトコに、看板が変わる。この店は、昔の小原呉服店にリフォームを重ねたものだが、それぞれの店の時代にあった作りになっている。そして、この店がドラマの展開の主な舞台になるのだが、それぞれの場面が、非常に立体的な映像として描かれている。奥行きのある構図であり、窓から外の景色や通りの様子が見える。窓から見える庭木の枝が、風にふかれて揺れている。映像としても、非常に凝った演出になっていると感じる。
この週の最後のシーンで、家の中におかれた写真がずらりと出てきていた。これまでのドラマに登場してきた人たちである。しかし、このなかに、周防の写真はない。ないのだが、しかし、糸子が周防のことを忘れているわけではない。このあたりの心情が、写真が出てこないことによって、じんわりと表現されていると感じることになる。
そして、このドラマも終盤になって、老人の孤独ということを描くようになっている。それを社会問題として否定的に見るでもなく(糸子は、今でいえば、一人住まいの高齢者ということになる)、人間が普通に生きていればそういうものなのだ、という視点で描いている。商店街の周囲に生活をサポートしてくれる人がいるという安心感はある。
2025年3月8日記
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