『豊臣兄弟!』「最強のライバル」2026-09-07

2026年9月7日 當山日出夫

『豊臣兄弟!』「最強のライバル」

この回で、また脚本の担当が変わったんだろうと思うが、それにしても、変わりすぎである。徳川家康と、豊臣秀吉・秀長ということで、この次の、小牧長久手の戦いを描きたいということかと思うが、それならそれで、これまでに、徳川家康の人物像を、きちんと描いておくべきである。この回になって、急に、過去の回想シーンで、徳川家康の人となりがどんなかを説明しようとしても、どうしても無理がある。単発のドラマで、徳川家康と豊臣秀吉、ということで作ったとでも思ってみれば、まあ、こんなふうになるのかとは思う。しかし、一年を通してのドラマとしては、もはや、脚本が破綻しているというどころのことではない。

単発のドラマとして見るならば、徳川家康はひじょうにいい。だが、こういう人物になることを時間をかけて、描くことの積み重ねこそが、大河ドラマの面白さだったと思うのだが、この回の作り方は、そういうことを覆している。これが意図的にそうしたのなら、ある意味でたくみであるともいえるが、私には、あまりそうは感じられない。

徳川家康の人生として、忠誠と裏切りの積み重ねということを描きたかったのは、分かる。だからこそ、画面の中に、石川数正が映るように作ってあった。だが、それだけのことである。

戦国時代の忠誠と裏切りは、どんなだったか、また、人質になる、人質を差し出すということは、これまでのこのドラマの中でも、いくらも描かれてきたことなのだが、それが、この回への伏線として生きてきているとは、とても思えない。

忠誠と叛逆……説明するのも面倒だが、丸山眞男の本のタイトルである……これを、このドラマは、どう描こうとしているのか、さっぱりわからない。都合のいいところで、敵を調略している(つまりは、主君への忠誠心を捨てて寝返っている)し、その一方で、信長の家臣、あるいは、秀吉の家臣としての、武将の忠誠心ということを描いている。前回の柴田勝家のことがそうである。

ドラマの都合のいいように、主君への裏切りがあり、逆に、忠誠心がある……人間の気持ちを、あまりにももてあそびすぎている、という印象をいだいてしまう。こういう作り方を積み重ねていくと、見ていて、戦国時代の歴史の激動の中で、人間とはこういうふうに感じて思うものだと、登場人物の心情に共感するところが、どんどんなくなっていく。

秀吉と小一郎の人物造形も、一貫性がない。小一郎は、なんとなく温厚なタイプの人間ということになってはいるが、秀吉は、いったい何を考えているのか、(あまり適切な表現ではないかもしれないが)人格の統一性が感じられない。

どう見ても、ドラマ全体として、今の時代の「太閤記」を作ってみせるという気概のようなものが感じられない。歴史の史実に忠実かどうか、議論のあるドラマであることはあるが、こういうことの議論の以前に、見ていて面白いものになっていない、時代劇としても、歴史ドラマとしても、とにかく、エンタテイメントになっていない。

2026年9月6日記

『太平記』「京都攻略」2026-09-07

2026年9月7日 當山日出夫

『太平記』「京都攻略」

BSP4Kで、『太平記』の再放送を見ている人は、つづけて『徳川兄弟!』も見ていることだろうと思う。どうしても比べることになってしまうのだが、『太平記』の方が、人間というものを……その心情について……より深く広く描いていると感じるし、歴史の激動の中で、それぞれの登場人物がどのように思うことになるのか、歴史の前で人間とはこういうものだよなあ、と思うことが多い。しかし、『豊臣兄弟!』を見ていて、このように感じるところがほとんどない。まあ、今日の回だと、単発の徳川家康ドラマとして見れば、面白くはあるのだけれど。

高氏が主人公のドラマなのだが、この回でも、そんなに出番が多いというわけではない。むしろ、この回で良かったのは、執権の北条高時(片岡鶴太郎)である。こんな執権だから鎌倉幕府は潰れることになってもおかしくはないと感じる一方で、高時の生まれ育ちを考えると、こうなってしまうのも運命であり、しかたないことかもしれない、という気にもなる。

建武の中興から室町幕府の時代というのは、裏切りの時代であるともいえる。高氏は、鎌倉の幕府を倒しただけではなく、その後、後醍醐天皇と対立し、また、仲間であった楠木正成や新田義貞とも争うことになり、また、身内の対立もある。なんだかんだとやっているうちに、なんとなく、最終的に生き残ったのが、高氏だった、ということかもしれない。歴史の結果としてはそうなるとしても、この時代の激動の中では先のことは分からない、ただ、世の中の動きに翻弄されるばかりである。

まさに、1990年代の、ベルリンの壁の崩壊をうけてのころに作られたドラマという感じが強くある。今の時代に、『太平記』を、もう一度作るとするとしても、とても、こんな感じでは作ることはできないだろう。

2026年9月6日記

日曜美術館「私の出会ったダリ 岸惠子」2026-09-07

2026年9月7日 當山日出夫

 日曜美術館「私の出会ったダリ 岸惠子」

岸惠子が亡くなって、その特別再放送である。

これは面白かった。岸惠子という女優さんは、芸術を語ることのできる人であることがよくわかる。それも芸術の「毒」を語ることのできる人である。(これは、今の番組で、坂本美雨なのは、芸術の毒を語らないから、であり、端的にいうならば、毒にも薬にもならないし、単純に、わ~きれい、と言っても、まあまあ許されるかと思わせる、ということになる。バカを演じるのも才能である。)

昔の放送を再放送するときに、その当時の表現のままで、とことわりがあるのが通例であるが、この番組の場合は、これをことわっておかなければ、大変なことになる。今の時代で、こんなことを言ったら、一発でアウトだろう、ということがいくつもある。現代だったら、(自称)フェミニストというような人たちから、猛反発をくらうような箇所がある。その主義主張と、芸術が分かる分からないということは、別のことであり、それをどう表現するかは、時代によって変わるということであるが、芸術というのは、分からない人には分からない、そういうものなのである。

「正しい」(PC)表現で芸術について語るという制約があって、それで芸術について語ることが、非常に困難になってきている時代であるといっていいだろう。

私は、ダリについては、そう知識があるということではない。シュルレアリスムの画家の一人という認識である。

人間の無意識の部分ふれる、無意識から生まれてくるものに形をあたえる、これが芸術の一つの意味であるとするならば……無論、無意識ということを意識するようになったのはフロイト以降のことではあるが……食欲と性欲が、複雑にからまりあった、人間の根源的な深いところの感情となる。実際に、表面的なことがらとしても、食べることと、性とは、深く関係していることは、たしかなことである。具体的に書いてしまうならば、人間の口もまた性器なのである。

芸術のそこに潜む性の闇の部分、男が女を思うことであり、また、女が男を思うことである、現代、このような表現で語れる人はいないだろう。この時代の岸惠子ならではである。(現代だったら、その極端な形として、男が男を思う、というような表現でないと、性の表現にならないといっていいかもしれない。)

ガラケスの村の風土と言っている。風土ということばは、このごろではあまり使わなくなったことばであるが、その土地ならではの自然環境の何かがあり、それが、そこに住む人びとのいろんな感覚に影響を与える、これは、非常に自然なことだろう。それを、現代では、理知的に、ユニバーサルな人間の理性や知性ということを基本に、人間をとらえようという方向になっている。これは、見なおしてみるのがいいかもしれない。

光がちがう、という。こういうことを感覚的にとらえることができるのも、芸術の分かる女優さんだから、といっていいだろうか。

番組の趣旨とは関係ないかもしれないが、村の人びとのダンスがとても良かった。こういう素朴な人びとの生活のとともにダリの作品があったかと思うと、非常に興味深い。

岸惠子は、キャメラと言っていた。昔の映画女優さんならではの言い方である。現代なら、普通にカメラというところである。

岸惠子の書いた『わりなき恋』は、読んでいなかった本であるが、これは、読んでおこうかと思う。

2026年9月6日記

『風、薫る』「歩々清風」2026-09-06

2026年9月6日 當山日出夫

『風、薫る』「歩々清風」

この週から、脚本が実質的に変わったかなと感じる。先週まで、吉澤智子ひとりの名前だったが、この週から、佃良太の名前が、並んで表示されるようになった。脚本協力、というような形にしていないのは、どういう事情があったのか、と思うことになる。

脚本が変わったと感じるのは、セツと寛太のことである。

寛太が看護婦派出の仕事をやっていて、それが、りんと直美たちの仕事のさまたげになりかける。様子を見にいって、そこで、りんと直美は、セツに再会する。セツは、女郎を辞めて病院を退院して出ていったところまでが、以前に描かれていたことである。その後、どうなったかは出てきていなかった。

セツは、いろいろと働いてみたのだが、女が一人で生きていくのは、とても大変で、結局のところ、寛太のやっている派出看護婦の仕事に拾ってもらった、ということのようだった。ここで、寛太が、りんと直美に言うことが、敵と思っているのは、実際には、社会の底辺に生きざるをえない弱い立場の女性である……ということである。

これは、そういう側面があることはたしかである。だが、このような社会の中の人間の見方というのは、私の感覚では、これまでのドラマで描いてきた路線とは、かなり異質である。こういう複合的な視点というのは、これまでにはなかった。もっと単純に、善悪を割りきることになっていた。(せいぜい、帝都大学病院の看病婦のフユのことが、人間を多面的に見る視点があったかと、思い出されることになる。)

社会の構造的な問題を見る視点というのは、これまでになかったことである。

だが、社会の構造的な問題といって、派出看護婦の仕事をするセツ、という設定は、ちょっと無理があるように思える。元は女郎だったということだから、手に職はない。こういう女性の一番の問題は、手に職がないということである。幼くして娼婦に売られたという境遇であるとすると、料理とか裁縫とか、家事にかかわることを、身につけることが出来ていない。だから、手っ取り早く稼げる仕事ということで、体を売ることになる。こういう悪循環にあるということが、社会の構造的な問題としては、描くべきことなのだが、どうも、そこまで深く考えているようではない。

派出看護婦という仕事は、おそらくは、家の中の家事をする女中、下女が、ついでに病人の世話をする、というぐらいの感覚だったかとすると、セツのような境遇の女性としては、基本的な家事がそもそも出来ない……ということのはずである。

だから、近代になってからの廃娼運動は、同時に、女性への就労支援、職業訓練ということを伴っていたことになる。(たとえば、NHKが過去にドラマ化した作品では、宮尾登美子原作の『櫂』がある。)

こういうところは、さかのぼって考えてみると、きちんと描いておくべきことだったかと思える。セツのことだけではなく、直美の母親だった文についても、どういう経緯で、瑞穂屋の仕事ができるような素養を身につけたのか、ということがある。

このドラマは、働く女性ということを描きたいということは理解できるとして、それは、同時に、女性への職業訓練、就労支援、そして、教育、ということと総合的に考えなければならないことである……こういうことは、現代からすれば、ごく当たり前のことであるが、この視点でドラマが作られていない。その一方で、非常に現代的な価値観や感覚で登場人物を描いているところがある。どうにも、ちぐはぐである。

環を女学校に行かせるというのが、りんの望みだった。これはこれでいいとして、この時代の女学校は、女性にとっては、ごく一部のトップクラスの教育だったことを、描いておくべきだったし、何よりも、小学校に行くこともかなわない子どもが多くいたことを、無視ししていることになっている。

看護婦のドラマでありながら、この時代の医師や医療、医学教育、そして、看護婦教育ということについて、出てこなくなっている。こういうことの全体像があって、りんと直美たちの派出看護という仕事の意味が分かるということになるはずなのだが。

意図的にそう作っているのかどうかと思うこととして……派出看護の行き先として、山谷、とあった。また、御殿山に人力車で行っていい、ともあった。私の知識や感覚だと、山谷というと貧民窟ということになるし、御殿山というとお金持ちのお屋敷ということになる。明治の30年ごろにどうだったかということもあるのだが、こういうところは、すこし説明的な描写があってもいいところかもしれない。

御殿山のお金持ちから、高額の看護費用をもらっておいて、それで、無料の看護を山谷の貧民窟で行っている、という理解でいいのだろうか。

こういうことの伏線として、直美が昔世話になっていた教会の慈善活動も、お金の面から見れば、お金持ちがたっぷり寄付をしてくれていて、それで、貧しい人への炊き出しが出来た、ということだったはずで、こういうことも、描いておくべきことだったように思える。善意は、人の気持ちである、それを具体的に行動にうつすのには、お金がかかる。これは、昔も今も、かわらない。

それから、チュウのお団子屋さんしか、もう使えるセットがないのだろうか。なんでもかんでも、お団子屋さんのお店で、話しを進めようとするのは、無理があるように感じられる。このドラマ全体の計画性のなさの無理ということかと、見ながら思ってしまうことになる。

2026年9月5日記

『ひまわり』「第十章 罪を憎んで人を憎まず?」2026-09-06

2026年9月6日 當山日出夫

『ひまわり』「第十章 罪を憎んで人を憎まず?」

このドラマを見るのは三回目になるはずだが、この検察の研修のときが一番印象に残っている。検事の仕事として、法の正義のもとに、悪いやつを罰する、という方向になっていない。下手なリーガルドラマだと、こういう方向になりがちである。

被疑者はもちろんであるが、被害者の感情をふくめて、総合的に、どのように決着させると、より多くの人が納得することになるのか……かなり功利的な考え方でもあるし、現代では功利主義をいうと、そこには、かならず何かしらの不幸があることを前提にしている議論ということで、批判的に考えられる傾向にある。だが、どのように考えるとしても、現実的なおとしどころとしては、なんらかの形で功利主義的にならざるをえないというのが、人の世の中だろうと思っている。

新平じいさんのやったこと……意図的な詐欺だと立証できたということではないようなのだが……が、とてもショボい。大がかりな詐欺事件ということでもないし、だまし取ったお金の金額も、100万円ということである。これぐらいの金額なら、そして、それが全額賠償で還ってくるのなら、もうこれ以上、ことをあらだてて裁判につきあいたくはない、というのも、人の情である。これは、決して、悪事を見過ごすということではない。悪いことは悪いことであり、それは、法律にのっとってさばかれなければならないのだが、それが全てではない、ここの部分を余裕を持って見ているところが、このドラマのいいところかと思っている。

この週でも、新平じいさんと息子との関係が、大きな論点になっている。これまでにのぞみがかかわってきた事件でも、多くは親子の関係がある。そこで、のぞみが、実は私の父親も家を出て行ってしまって~~と、言いださないでいるのが、非常にいいところだと思って見ている。見ていると、のぞみが、自分の南田の家のことを思っていることは分かる脚本、演出になっているのだが、そうとはっきり科白に出していうことはない。

そして、最終的に、新平じいさんは、自分が悪かったことを認めて反省してということになっていない……らしい、という結末であるのも、とても面白い。人間は、そう簡単に変わるものではない。ましてや、老人については、ということである。

2026年9月5日記

『ひよっこ』「旅立ちのとき」2026-09-06

2026年9月6日 當山日出夫

『ひよっこ』「旅立ちのとき」

この週で、みね子は、東京に行く。

お正月にお父さんが帰って来なかったので、東京で働くと決心したのだが、お正月をすぎてからの就職活動は厳しい。そこをなんとか、学校の先生の尽力で見つけることができた。

このドラマでは、悪い人が出てこないということが基本であり、人間の善意を非常に肯定的に描いている。その一つの事例が、学校の先生の生徒を思う気持ちとして表れている。

ただ、この時代、奥茨城村から東京まで、そう簡単に電話がつながることではなかったはずなのだが、学校から、向島電機までは、簡単に電話がつながっていた。ここは、時代の設定として無理があるところではあるけれど、学校の先生の頑張りと、向島電機の愛子さんの登場ということを考えると、こういう演出であってもいいかなと思う。

東京に行くのは、みね子、時子、三男、の三人である。学校の規模とかを考えると、同級生を三人だけで描くのは、どうかなと思わないではない。しかし、これも、それぞれの家庭の事情とか、親同士の関係とかを、並行してきちんと描くとなると、三人ぐらいでちょうどいいかなとも思える。

卒業式の日のことが、とてもいい。学校での式や生徒たちがメインではなく、母親たち三人の気持ちを描くことで、この村で、育ったみね子たちのこれまでの生活を表すことになっていた。そして、みね子たちを育てた母親の気持ちがあってこそ、村を離れて東京に行くみね子たちの決意が、深く感じられる。このとき、みね子の家の柱に、子どもたちの成長の記録として、身長を測った跡が映っているのは、とてもいい場面だったと感じる。

この時代は、集団就職列車が実際にあった。奥茨城から東京まで、そんなに長距離ということではないが、その心理的な距離は、今では、容易に想像できないといっていいだろう。特に、もう、若い人たちには感じられないことかと思う。(逆に、一人一人が、スマートフォンを持っている現代だと、物理的な距離よりも、古くからの人間関係がいつまでもつきまとうということが、わずらわしくなってきているだろう。昔だったら、学校を卒業して、バラバラになってしまったら、本当にそれがお別れであった。)

列車の集団就職の生徒たちとか、上野駅の雑踏と喧噪とか、非常にそれらしく作ってあった。このドラマのいいところの一つは、ここぞという場面での、エキストラをケチっていないことである。列車の中で、科白のあるのは、みね子と時子と三男のいつもの三人と、乗り合わせた青天目澄子(松本穂香)である。

さりげない場面だが、引率するみね子の学校の先生と、同じ列車で同じように生徒を引率していく別の学校の先生同士が、おたがいに大変ですね、とことばをかわしているシーンがとてもいい。こういうちょっとしたところで、この時代の人びとの気持ちを表現している。

上野駅について、それぞれが、就職先の人が出迎えにきてくれるのを座ってまっている。東京に就職で上京するというのは、とても大変なことであった時代である。

奥茨城村を離れる日の、最後の、それぞれの朝御飯のシーンがいい。みね子、時子、三男、それぞれの家らしい。また、旅立ちの日の朝御飯として、御馳走を作っていることになる。それから、本当に朝御飯を食べているという演出になっている。ここは、このごろの朝ドラの多くがそうであるように、ただ、お茶碗とお箸を持って科白を言っているというだけのことになっていない。

列車の中でのお弁当も、この時代の奥茨城村としては、せいいっぱいの御馳走であることが感じられる。おにぎりが、お赤飯だったりする。

ただ、お弁当箱がアルミであったのは、どうかなとは思う。東京に持って行っても邪魔になるだけだから、こういうときは、折りを使うかなと、私の感覚では思うのだが、どうだろうか。

2026年9月5日記

アナザーストーリーズ「ウクライナ侵攻 予見した者たち」2026-09-05

2026年9月5日 當山日出夫

アナザーストーリーズ「ウクライナ侵攻 予見した者たち」

この回は、つまらなかった。というよりも、もの足りなかった、というべきだろうか。

純然と、軍事的な視点から見ると……開戦の前段階で、ロシア軍が、ウクライナとの国境付近に兵力を集めていた、これが、衛星画像の分析から分かる。これは、すでに、その当時においても、日本でも言われていたことである。軍事的に意味があるとすると、国境のあたりに、どれだけの戦車があるか、ということも大事だが、それよりも、兵站の準備が、どうなっているかということの方が、重要だろう。ただ、おどしというだけで戦車を集めたのではないとすると、戦争を始めてからの兵站……さまざまな物資の補給ということが、重要になる。戦車の数よりも、弾薬や燃料の補給体制が整っているのか、それによって、どれぐらいの規模の軍事行動を、どれぐらいの期間で、想定しているのか、予測できることかと思うが、軍事の専門家としては、どうなるのだろうか。

そもそも、ウクライナ戦争の前の、クリミア半島併合の時点から、ロシアの戦争は始まっていたというのが、現在からふりかえって常識的な見解かと思う。

ロシアにしてみれば、ウクライナは歴史的にロシアの一部である……これは、ウクライナとしては受け入れがたいことであっても、ロシアとしては、こう思うことには、なにがしかの理由がある。このことも、多く言われていることである。

この番組では、プーチンをことさらに特異な人間として描くということにもなっていないようである。ロシアの歴史、プーチンという人間、それから、KGBの組織で何を学んで考えてきたか……こういうことを総合して考えなければならないことだろう。

2026年9月3日記

英雄たちの選択「地下鉄をつくった男 〜早川徳次 100年前の挑戦〜」2026-09-05

2026年9月5日 當山日出夫

英雄たちの選択「地下鉄をつくった男 〜早川徳次 100年前の挑戦〜」

もう東京に行くこともなくなったので(学会があっても、行くことがない、学会費は若い人たちの活動の場への寄付と思っている)、銀座線に乗ることはない。銀座線も、渋谷駅の改造で、大きく変わったはずである。

昔の銀座線は、途中で急カーブがあって、社内の照明が消えるときがあった。これは、無理に二つの路線をつないだことの結果ということだったと思うが、今は、どうなっているだろうか。

早川徳次の話しも興味深いのだが、それと同時に、ゴウトウケイタの五島慶太の辣腕ぶりがすさまじい。こういう経営者がいて、今の東急があることになる、とは思うが。(五島美術館は、昔の、五島慶太の屋敷跡のはずだが、その敷地のすぐ側を自分の経営する電車を走らせるという感覚が、どうもわからない。だが、五島美術館の庭を歩くと、五島慶太の信心深さが分かるところもある。とにかく、世の中で悪いやつほど、妙に信心深かったりするものである。)

見ていて、私が、一番興味深いと思ったのは、地下鉄のポスター。杉浦非水のデザイン。見ると、描いてある人物に女性が多く、そして、洋装である。銀座線の昔の映像資料の部分で写っている女性は、着物姿が多い。つまり、実際の街の人びとの様子というよりも、これからは洋装で街に買物に行く、そのときには地下鉄に乗る、というイメージであったことが、はっきりと見てとれる。

それから、番組の趣旨とはまったく関係ないことだが、お金を勘定する場面の映像で、平たい四角いお盆のような箱に、縦横にマス目が作ってある。そこに小銭を入れて、各マス目に一個ずつコインが入るようにして、枚数を数える。こういうやりかたを、私の体験では、小学生ぐらいのときに、近所の農協(だったと憶えているが)の窓口で見た記憶がある。昭和40年ごろになるだろうか。このようなことは、金融機関などで、多く使われていたことと思うが、もう今では使わないだろう。現代では、銀行などだと、自動でコインを数えて金額を出してくれる。

東京を中心とした首都圏の鉄道の歴史を総合的に見ると、銀座線の建設ということも、また、違ったことが見えてくるのかとも思うが、これは、また、別の大きなことになる。鉄道の歴史に詳しい人が見れば、いろいろと思うところがあるにちがいない。

東京の鉄道の歴史と、それを利用することになる中産階級の歴史、これは興味深いいことがたくさんあるだろう。それから、番組では何にも言っていなかったが、鉄道や地下鉄の建設に従事した労働者は、どういう人びとだったのだろうか。

私は、いまだに、営団、といってしまう。東京メトロと目にして、これは昔の営団地下鉄のことだな、と頭の中で変換しないといけない。もう、世捨て人である。世の中についていけない。

それにしても、なんで東京には、営団地下鉄と都営地下鉄が別々にあるのか、これも気になっている。昔、東京で暮らしはじめたときから、訳の分からないことの一つである。

この回で地下鉄のことをとりあげていたことになる。東京の都市部の交通としては、近代になってからは、徒歩でなければ、人力車、円タク、路面電車、などもあるはずだが、これらをふくめて、人びとの生活の歴史と交通の歴史ということを考えることも必用だろう。それから、大きな荷車を人間がひっぱっていると、(昔の意味での)たちんぼの仕事があった。たぶん、トラックの普及とともに姿を消したかと思うのだが、歴史的にはどうだったのだろうか。

2026年8月24日記

よみがえる新日本紀行「風浪の岬〜9月の室戸〜」2026-09-05

2026年9月5日 當山日出夫

よみがえる新日本紀行「風浪の岬〜9月の室戸〜」

再放送である。最初は、2019年。オリジナルは、昭和44年(1969年)。

現代では、気象情報、天気予報というと、気象衛星からの画像からはじまるのが普通の感覚になっている。地球規模での気候変動というが、地球全体の気象を考えることが日常的になったのは、かなり新しい。

気象観測の歴史としては、富士山頂のレーダーのことがあるし、室戸岬のレーダーも、重要な位置をしめていた。気象衛星の画像が一般的となる前のことである。

台風の予想も、今から考えれば、とても大雑把なものだったということになる。それでも、漁師である人たちは、空を見て、雲を見て、波を見て、空気を肌で感じて、海で仕事をしていた。

最近は、高潮による災害ということが、少なくなった。まったく無くなったということではないが、かつての伊勢湾台風のような大規模な高潮の災害は減少した。各地につくられた防潮堤のおかげというべきだろう。

海に出た漁船との通信には、モールス信号をつかっていた。私は、見てそれと分かるが(実際には使ったことはないけれど)、今の若い人には、なんだか分からないことかもしれない。

遭難した船があると、お地蔵さんをつくる。そのお地蔵さんの数も、決して少ないとはいえない。亡くなった人の供養のために、千枚ながし、を女性たちが海岸でしている。こういう風習は、今では、どうなっているのだろうか。

ところで、インド洋から大西洋にかけてマグロの漁に出かけていたことになるが、おそらく、北杜夫の『どくとるマンボウ航海記』の書かれた時代と、重なることになるかと思って見ていた。これは、水産庁の調査の船ということだったと記憶しているが。

現代の室戸の漁業はどうなっているのだろうか。新しく室戸に移り住んできて漁業に従事するという人がいたことになるが(2019年の現代では)、今は、どうなっているのか。おそらくは、遠洋漁業も近海の漁業も、いわゆる外国人労働者なしにはなりたないことかと思っているのだが、まず、実態がどうなのかということが知りたい。日本の漁業にとって、必要な労働力をどう確保するのか、現実的な判断がもとめられるにちがいない。

2026年9月2日記

映像の世紀バタフライエフェクト「陸軍 VS.海軍」2026-09-04

2026年9月4日 當山日出夫

映像の世紀バタフライエフェクト「陸軍 VS.海軍」

最後まで見て、名前が出てきていたのは、相澤淳、高杉洋平、菊月俊之。前回の特攻のときとは、メンバーがちがう。同じなのは、菊月俊之。日本の軍事の歴史を語るとしても、特攻という視点から見るとの、陸軍と海軍の対立という視点で見るのとでは、かなり違ってくることは、そうだろうと思う。

最初の方で、陸軍を象徴する音楽が「戦友」であって、海軍を象徴する音楽が「軍艦マーチ」というのは、どうなのだろうか。軍艦マーチは、いかにも海軍の曲であるが、「戦友」は、陸軍のいさましさを歌った歌ではない。(そういえば、陸軍の「いさおし」……ちょっと古いことばだが、浅田次郎がこのんで使っている……をあらわす曲は、何がふさわしいだろうか。「歩兵の本領」では、今では、知っている人は少ないかもしれないし。)

陸軍と海軍の対立ということは、いろんな場面で語られてきたことであるが、これだけをとりだして、この手の番組を作るというのは、かなり珍しいかなと思う。といって、それほど目新しい映像資料があるということでもないのだが。

気になったこととしては、ソ連が日ソ中立条約を破って満州に侵攻したのが、8月8日と出ていた。普通の知識だと、8月9日になってから、ということだと思っているのだが、これは、最新の研究で、8月8日のうちに攻撃を開始していたということなのだろうか。ここは、説明がほしかったところである。

昭和天皇が映っているとき、裕仁親王、と文字であっただけだった。(後の)昭和天皇とも、皇太子ともなかったのは、ちょっと気になった。見れば、昭和天皇の若いときのことだと、すぐに分かることではあるが。

陸軍と海軍の対立の歴史ということを描くのに、瀬島龍三が登場するのは、どうなのだろうか。それなら、淵田美津雄ぐらいが、海軍の代表として出てきていてもよかったかもしれない。

それにしても……本当かどうかわからないが、某出版社の入社試験千人のうち、山本五十六の名前を知っていたのが二人だけだったと、つい最近、話題になったことであるが、これは、一種の都市伝説のようなものなのか。いや、そうであっても、今の若い人たちが、山本五十六の名前を知らなくても、おかしくはないと思える。

だが、山本五十六のことを知らないと、日本の真珠湾攻撃の意図ということも理解できないだろう(それを、どう解釈するにせよ。)

といって、学校の歴史の教科書に名前の出てくるような人物ということでもないし。

2026年9月1日記