六角精児の呑み鉄本線・日本旅「旧北陸本線を呑む!ハピラインふくい編」2026-09-19

2026年9月19日 當山日出夫

六角精児の呑み鉄本線・日本旅「旧北陸本線を呑む!ハピラインふくい編」

敦賀には、しばらく前に行ってきた。三方五湖の年縞博物館にどうしても行ってみたかった。その帰りに、敦賀の街によった。気比神宮の駐車場に自動車をとめて、神社を参拝して、それから、港の方に行って、赤レンガの倉庫を見て、ということで、帰った。お昼ご飯をどうしようかとなって、越前そばのお店と、ラーメン屋さんとあって、結局、ラーメン屋さんで食べた。これは、越前そばの方がよかったのかもしれない。

昔の北陸線のトンネルが残っている。これは、鉄道の歴史に詳しい人なら、行ってみたいところにちがいない。昔の線路の跡が道路になっていて、スイッチバックで方向転換していた線路の痕跡を見ることができる。

今庄の街の蔵元の話が面白かった。私は、お酒には知識がないので、スズメの話しが面白かった。蒸気機関車の煙で、スズメが黒くなった、というのは、昔の蒸気機関車というのは、煙が大変だったなあと思い出す。(とにかく、トンネルにはいるたびに窓を閉めなければならないのは、夏は地獄のようだった。そして、今では、日本にスズメがいなくなってきている。)

越前そばのお店があった。メニューは、越前そばの普通と大盛りしかない。なんだか、昔の牛丼の吉野屋みたいである。ここは、昔は、並(200円)と大盛り(300円)しかなかった。だまって店に入って、だまっていれば並が出てくる。席を立つとき、100円玉を二つ、音の出るようにおいてでる。店員さんと口をきくことがないお店だった。私の学生のころのことである。

お酒は基本的に冬に造るものだと思っていたが、夏でも造れるようだ。そのかわり、乳酸菌をつかって、とっても酸っぱいものになる。室町時代の製法らしい。おそらく、昔のお酒は、保存がきかなかったはずなので、(現代のように殺菌密封して瓶詰めできない)、長期保存ができなかっただろう。ということは、お酒を飲むとして、それは、とても酸っぱいものだったと思っていいだろうか。

お酒をほうっておくと酢になる……とは、昔から言われていたことだと思うのだが、近年では、こういうことを言わなくなった。

最後に出てきた居酒屋のご主人。仕事を定年で辞めて、居酒屋をひらいた。仕事をしていたときは、週に一二回は、もう仕事に行きたくないということがあった。しかし、居酒屋に変わってからは、そういうことがまったくなくなった。……これは、とてもいい話しだと、深く共感する。(きっと、そう思って見ていた人も多いのではないだろうか。)

2026年9月15日記

100分de名著「オルダス・ハクスリー“すばらしい新世界” (2)文明社会が捨て去ったもの」2026-09-19

2026年9月19日 當山日出夫

100分de名著「オルダス・ハクスリー“すばらしい新世界” (2)文明社会が捨て去ったもの」

素直に読めば、『すばらしい新世界』で描いている、未来社会のことの多くは、現代の、いわゆるリベラル左翼、フェミニズム、の主張と重なるところが多い。特に、女性を結婚や出産や育児や家事から解放して、ということでは、それを実現するための技術としては、ハクスリーの描いたことを、根本的に否定することは難しいはずである。

だからといて、リベラル左翼やフェミニズムの考えていることが、人間にとってディストピアである……とはいいきれない。ここをどう説得力あるように話すかというのがポイントになるはずである。そう思って見ていると、どうにも、伊集院光の言っていることが、どうにも的外れという印象になる。すぐに、科学技術の進歩した未来の一般的なこと、という方に持って行く。まあ、このようにいわざるをえないかなとは思うが、それでも、かなり強引な話しのもっていきかたをしている。

この意味では、講師に、堤未果を選んだというのが、ミスだったか(?)という気もしないではない。ある意味では、現代でもっともふさわしい人選だと思えるのだが、しかし、ふさわしすぎて困るということになってしまっている。

2026年9月15日記

日本の話芸「柳家小満ん 落語「青菜」」2026-09-19

2026年9月19日 當山日出夫

日本の話芸「柳家小満ん 落語「青菜」」

前半が、旦那と植木職人、そして、その家の奥様との会話。後半が、それを、真似してみようという職人と、そのかみさん、そこにとおりがかった友達のこと。落語によくあるパターンということになる。厩火事なども、こういうパターンなるだろう。

面白さとしては、本物の旦那のことばと、職人のことば。その後に、旦那の真似をしている職人のことば、これが、似せているのだが、どうしてもまねごとだから、地が出る。このちぐはぐさ、ということになる。偽物を偽物らしく演じるということになる。

柳陰、なおし、ということばは知っていることばであるが、たしか、この落語で憶えた知識になるはずである。焼酎を味醂で割ったものということだが、どんな味の酒なのだろうか。(余計なこととしては、本物の味醂は法的には酒になる。昔、消費税をめぐる議論で、味醂の税率をどうするかで大きな議論になったと憶えている。食料品の税率引き下げということになったのだが、味醂はどうなるだろうか。調味料として食品に分類されるのか、それとも、酒になるのか。議論としては、実にくだらない議論だと思えるのだが、気になっていることである。)

鯉のあらい、は食べたことがあるかと思うが、もう昔のことになるので、いつのことだったか思い出せない。鯉が、日常の食べる魚であるというのは、かなり地域による違いがあることかとも思う。(鯉の料理としては、鯉濃が好きなのだが、これももう遠い昔に食べたきりである。)

ことばへの関心としては、「大好き」を旦那は「だいすき」と言っているのだが、職人は「でえすき」と言っている。位相のちがい、あるいは、役割語のちがい、ということで説明することになるだろう。

『源氏物語』に言及して、「すいはん」と出てきていた。『源氏物語』は長大な作品であるが、その中で、登場人物がものを食べる場面というのは、あまりない。その中で一番有名なのは、鮎を食べる場面かなと思う。

食べるものがなくなってしまうことを、「みなになる」と言っていた。聞いていて分かることばであるが、自分では使わない。

長屋の描写として、かみさんが、日常的な夏の恰好として、襦袢一枚にに腰巻き、とあったが、これは、やはり落語の中だから言えることになるだろう。

植木屋の職人が、仕事を終わって庭に打水をして……というようなことは、もう、今では昔のことになってしまった。あまりかしこくない庶民的な職人なのだが、仕事はきちんとする。落語の中に出てくる職人など多くは、仕事はきちんとするという設定になっている。それぞれの職業についての、(いまふうにいえば)リスペクトの念があってのことと、いっていいだろうか。

2026年9月17日記

サイエンスZERO「星の瞬きを狙え!掩蔽観測で迫る天体の謎」2026-09-19

2026年9月19日 當山日出夫

サイエンスZERO「星の瞬きを狙え!掩蔽観測で迫る天体の謎」

トリフネの写真撮影に成功した話しは、ニュースで知っている程度である。その背後に、こういうことがあるとは知らなかった。

そもそもの疑問なのであるが、トリフネのような小さな惑星(でいいのかな)は、どうやって見つけるということになっているのだろうか。ここらあたりのことから、説明してもらいたい気もしてくる。

掩蔽観測の理屈は、なんとなく分かるような気がする。興味深かったのは、石垣島の観測と分析。一瞬の光の変化、その暗くなったり明るくなったりの時間の変化、これを分析することで、ちっちゃな星の形とか、大気の有無まで、予測できる。これは、すごいと思う。いや、それよりも、そういうことを考えて、モデルを作ってみるというのが、すごい。

大気については、その成分によって光の進み方もちがうかとも思うので、どういうモデルを考えるかということと、実際にどうなっているかは、かならずしも一致しないかもしれない。だが、大気があることの蓋然性がきわめて高いということはいえる、という理解でいいだろうか。

こういう掩蔽観測ということが可能になるのは、精密に映像記録が残せて、同時に、その時間も記録できるようになったという技術の進歩もあるだろう。時間の記録は、GPSの時計によっているのか、と思うが、どうなのだろうか。

2026年9月16日記

ブラタモリ「東京・自由が丘▽憧れの街を生んだ“自由すぎる”街づくりとは」2026-09-18

2026年9月18日 當山日出夫

ブラタモリ「東京・自由が丘▽憧れの街を生んだ“自由すぎる”街づくりとは」

東急の自由が丘の駅は、乗り替えで使ったぐらいである。日吉と三田の行き来では、(私が学生だったころだと)、自由が丘で乗り換えて、大井町から京浜東北を使うのが、渋谷まで出て山手線に乗るより、早かった。(今は、変わっているかもしれないが。)

自由が丘で降りて何かをしたということは、ほとんどない。ただ、たしか、三省堂のお店があっただろうか。

東京の郊外の街……山手線の外側にある……ということでは、魅力的な街の一つだとは思っている。ここも、昔は、田畑の広がる村だった。そもそも、渋谷が、片田舎というべきところだったし、そこから、さらに電車で行くところだった。自由が丘の街の歴史は、東京の渋谷を中心として、どのように鉄道の沿線に街が出来ていったのかということの中で考えることになるだろう。

昔は、台地の上ではなく、川の流れる低湿地帯だった、ということでいいのだろうか。農村だったときは、どんな農業をしていたのだろうか。

それにしても、昔の村の時代の名主さんが、今でも、その末裔が住んでいるというのも、面白い。(地主だったとしても、戦後の農地解放で、酷い目にあったということなのだろうか。ちょっと気になる。)

ケーキ屋さんには、東郷青児の絵があった。東郷青児は、宇野千代と関係があったので、次の朝ドラの『ブラッサム』では、どんなふうに登場するのだろうかと思っている。個人として見れば、とんでもない人だったらしいけれど。

モンブランを食べるのに、苦労することはないと思う。お菓子は、見た目もあるが、食べやすいように食べればいいと思っている。このごろのケーキ屋さんのケーキは、見た目に凝りすぎという感じことが多い。(鯛焼きとか、豆大福みたいに、がぶりと食べるのが、私は好きである。)

鉄道の駅の近辺の空き地(多くは強制的な建物疎開だったと思うが)があって、そこが闇市になり、その後、商店街などになっていった……こういう経緯については、このごろになって、ようやく戦後の都市の歴史の一部ということで、語られるようになってきた。都市に住む人は、いったい何処で何を買って生活していたのか、という視点で見ると、いろいろと考えることがあるだろう。

2026年9月14日記

日本の話芸「三遊亭萬橘 落語「二階ぞめき」」2026-09-18

2026年9月18日 當山日出夫

日本の話芸「三遊亭萬橘 落語「二階ぞめき」」

面白い噺なのだが……正直いって、いまひとつ、という印象である。

この噺は、構造が二重になっている。噺家がしゃべっていて、その中の登場人物の一人が、さらに話し手となって、家の二階に作った吉原のセット(?)で、一人で何役かを演じて興じる……という筋である。虚構の中の虚構である。このときに、一番基層ににいる話し手(落語を演じている)が、さらに、虚構の話し手になって話しをする、この時に、キャラクターが変わっているという印象になっていない。同じ落語家の話しのように見える。……ちょっとめんどくさく言うと、こうなる。

それから、見ていて全体として、話し方が早口である。私の趣味としては、もうちょっとゆっくりとした口調で話してもいいのではと思える。(さて、落語家の話し方が、スピードが変わったというようなことは、あるといっていいのだろうか。)

「~~じゃん」という言い方は、近年では、かなり耳にするようになってきた。これは、ちょうど私が学生のころ(今から半世紀ほど前のこと)、東京あたりで使われはじめた。しかし、私自身は使わないことばである。(国語学研究者としては、自分自身が、どのことばを使うか、使わないか、ということについては、自覚的でなければならないと思っている。)

街を歩いていて、着物の着方がさまになっていない、ということは、もう珍しいことでもなくなっている。(古くからの感覚を持っている人だったら、仕立てるときに、鯨尺で仕立てたかどうか、分かるもの……らしい。だが、もうこういう感覚は、残っていないだろう。いや、もはや、鯨尺、ということばが死語といっていい。)

吉原をひやかして歩く……ということが、落語の中にしか残っていない。この近代的なバリエーションとして、かざりまど、ということもあるかと思うが、こういう正しくないものは、世の中から姿を消しつつある。

2026年9月16日記

ドキュメント72時間「北海道・十勝 小さな日用品店で」2026-09-18

2026年9月18日 當山日出夫

ドキュメント72時間「北海道・十勝 小さな日用品店で」

これは、NHK ONEで見た。AKの放送と、BKとは、ちょっと違うことがあって、見られないときがある。そのうち、BKでも放送するかと思うのだが、待っているのも面倒な気もする。最近だと、「気になる家」を見逃している。(オンデマンドで見てもいいのだけれど。)

十勝だったら、こういうお店が必要なのだろうということは、理解できる。集まっている人たちの関係としては、それほど濃密ということでもないし、また、疎遠ということでもない。なにせ、ひろびろとした土地であるから、すぐ隣の家のことが、窓から分かる、ということではない。だからこそ、他の土地から移住してくる人もいるということで、なんとかやっていける地域ということになるのだろう。

おそらく、就労や住居についての支援サービスがあるなら、それほど過疎高齢化、少子化、ということは、心配しなくてもいいのかもしれない。(このあたり、深くつっこんでどうこうという内容ではなかったが。)

だが、どうしても、自動車は必須である。このお店の特徴は、ガソリンの給油ができるということだろう。

日本で、いろんな問題があるが、そのなかの一つとしては、道路のインフラの維持と、ガソリンスタンドの維持、ということがある。ガソリンスタンドについては、規制緩和ということで、なんとかできるかどうか、ということだろうか。

帯広畜産大学の学生が、アルバイトで、牧場で働くというのは、いいことだと思う。おそらくは、大学の中の実習でも経験できることはあるにちがいないが、実際の牧場での生活と仕事ということを、体験できるというのは、貴重なことであるにちがいない。

2026年9月15日記

未解決事件「上智大生殺害放火事件」2026-09-18

2026年9月18日 當山日出夫

 未解決事件「上智大生殺害放火事件」

この事件のことは、ほとんど憶えていないというのが、正直なところである。

見ながら思ったこととしては、次の二つのことがある。

まず、時効、という法律の規定について、現代の法律の専門家は、どのように考えているのだろうか。殺人事件の時効が無くなったということは知っていたことであるが、このときに、どのような法律の議論がなされたのか、ということについては、(法律について無関心ということもあるが)、まったく知らない。

事件のことよりも、時効という制度がなぜあるのか、そして、それをなくすことになったときに、どのような経緯や議論があったのか、このことについて、少し説明があった方がよかったと思う。だが、これも、そう簡単に説明できることではない、複雑な議論になるので、誤解を与えかねないような説明なら、省いてしまおうということだったのだろうか。

それから、DNA鑑定が、技術的に格段に進歩したということは、たしかにある。その結果、DNAを特定できれば、確実に、その個人を特定できる。これは、犯罪捜査などにおいては、非常に有効なことではあるのだが、その利用については、あまり社会的な議論がなされていないように思われる。

究極的には、すべての人(この場合は、国民のといってもいいかもしれないが)のDNAデータを、国家が管理する、ということも、不可能ではない。これを、ディストピアと見るか、ユートピアと見るかは、判断が分かれるところかもしれない。ハクスリーの『すばらしい新世界』が書かれた時代では、まだ、DNAの研究が進展する前のことだったが、もし、ハクスリーが、このことを知っていたら、すべての人間のDNAデータを、産まれたときから管理するという社会を描いていたことになるだろうと思う。(すでに、世界の国の中には、これに近いことを実現している国があってもおかしくはないと思うが。)

現代だったら、犯行のあった家の周囲の監視カメラの映像を集めて、不審な人物の行動を特定することになる。こういう捜査については、普段はなんとも思わなくなっている。しかし、これも、その先には、普通に道を歩いていても、電車に乗っていても、個人の行動が、すべて把握できるということになる。

これを監視社会として、ディストピアとイメージすることは、もうできなくなっている。先年の、COVID-19パンデミックのとき、スマートフォンの位置データで、個人の動きと接触を把握して管理することの是非があったが、これを完全に忌避するということにはならなかった。むしろ、日本よりも、他の国が積極的に活用している事例を、進んでいる、と見ることもあった。

知らず知らずのうちに、生活の感覚が変わってきてしまっていることを感じる。

2026年9月15日記

六角精児の呑み鉄本線・日本旅「夏・由利高原鉄道を呑む!」2026-09-17

2026年9月17日 當山日出夫

六角精児の呑み鉄本線・日本旅「夏・由利高原鉄道を呑む!」

日本酒……私は、この言い方が、あまり好きではない、ただ、酒、といえばいいと思っている、ビールやウイスキーなどの、洋酒、がひろまってから、日本酒、という言い方が生まれてきた、古来より、酒はただ酒といってきたのである……の作り方については、ほとんど知らない。お米を原料に作ることぐらいを、知っている程度である。

出てきた蔵は、三無しの蔵であった。櫂入れをしない、加水しない、濾過しない、ということらしい。日本酒の造り方としては、かなり特殊な造り方なのだろうということは分かるが、それ以上のことを理解する知識がない。

ふらりと入ったお店で、キノコの料理を食べるというのも、いいものである。山で採ってきたキノコを料理して出してくれるというのは、都会では、なかなかない。

角館の街には、一回だけ行ったことがある。学会で一度行った。武家屋敷のあたりは、ちょっとだけ歩いたが、いい町並みである。でも、こういう街を維持するのも、大変だなあとは感じる。早朝に歩くと、秋田犬を散歩につれて歩いている人がいる。(犬を飼いたいという気がないわけではないが、今から飼うと、どっちが長生きできるか心配しなければならなくなっている。)

ホルモン焼き定食というのは、実に庶民的な料理である。こういうのは、都会だと見かけなくなった。そもそも、ホルモン、ということばをあまりつかわない。我が家の近所の焼き肉屋さんだと、メニューにはのっているのだが、昔の庶民的な感じの食べ物ということではなくなってしまっている。

単線の鉄道で、タブレットの交換というのは、昔の鉄道は、こんなだったなあ、とこれは憶えていることである。

植木等の歌う「笑えピエロ」は、とてもいい。植木等を憶えているというだけで、もう老人といわれることになるが。

2026年9月15日記

ネコメンタリー 猫も、杓子も。「角田光代とトト あれから」2026-09-17

2026年9月17日 當山日出夫

ネコメンタリー 猫も、杓子も。「角田光代とトト あれから」

角田光代の作品は、読んだことがない。特に嫌いというわけではなく、たまたま手を出さずにきた、というだけのことである。

『源氏物語』の現代語訳をした作家であるということは、知っていることである。

与謝野晶子や谷崎潤一郎からはじまって、たくさんの『源氏物語』の現代語訳や、翻案作品(?)が書かれてきている。現代では、日本文学研究で、『源氏物語』研究においても、その現代語訳の歴史をたどることが、一つの研究となっている。

古典文学の現代語訳というと、さかのぼれば、本居宣長などの国学者の仕事から考えなければならないことになる。本居宣長の全集は、持っているが書庫の中である。

『源氏物語』は、何度か読んでいる。読むときは、基本的に最初の「桐壺」から通読するようにしている。新潮の古典集成、小学館の古典文学全集、岩波文庫(新しい方)、ぐらいになるだろうか。学生のときは、昔の、岩波の古典大系版で読んだものだが、現代では、これは古めかしい。

最初から読んでいくと、「若菜(上・下)」あたりから、登場人物の心理描写が入り組んでくる。特によくわからないのが、落葉宮のあたり。ああでもない、こうでもない、ああしようか、どうしようか、なんで、こんなにまわりくどく、しつこく考えをめぐらすのだろうかと、読みながら混乱してくる。

『源氏物語』の文章は、理詰めで読むことができる(いわゆる古典文法にきっちりとのっとって書いてある。いや、実際は、『源氏物語』を読むために、作られたのが古典文法である、という歴史があるのだが。)……だから、高校レベルの古文の知識があれば、注釈をたよりに、読むことはそう難しいことではない。

しかし、現代だと、大学で日本文学を専攻して、その中で、『源氏物語』を選ぶような学生、いや、大学院生ぐらいでないと、現代の校注本とはいえ、通読するということはなくなっているかと思う。

トトと年寄りネコである。

年をとったネコを見ていると……我が家にいるネコも、一番の年寄りは、10数年以上生きている、まだ、20歳には満たないはずであるが……年をとってくることを、素直に受け入れているように見える。無理に、若作り(?)しようとはしていない。家の中、あるいは、庭の気に入ったとろこで、日がな一日、のんびりとしている。お腹が空いたら、おやつをくれといってねだりにくる。おやつがもらえないと諦めると、台所のキャットフードのお茶碗のところに行く。

ネコには、年寄りの冷や水、ということはないようである。

トトは、テーブルの上のコップの水を飲んでいた。ネコは、なぜか、テーブルの上の水が好きである。同じ水道の水であるが、人間の飲むものと知ってほしがっているのかもしれない。

昔いた黒ネコは、人間が食べるものは、なんでも欲しがった。お煎餅の一かけとか、ラーメンを1センチとか、あげると満足していた。それも人間の手のひらの上にのせてあげないといけなかった。

2026年9月13日記