『世界は五反田から始まった』星野博美2022-12-30

2022年12月30日 當山日出夫

世界は五反田から始まった

星野博美.『世界は五反田から始まった』.ゲンロン.2022
https://www.genron-alpha.com/gotanda/

大佛次郎賞ということで読んでみた。なかなか面白いというのが第一の感想。思うことは、いろいろあるが二つぐらい書いておく。

第一に、五反田という街の物語として。

私は若いとき東京に住んでいたとき、目黒に主にいた。他には、板橋にしばらく住んでいたことがある。JRの目黒駅から歩いていける範囲であった。鳳神社の近くである。目黒駅界隈が、私にとって一番馴染みのある街ということになる。その周辺の地域として、五反田もあることになる。

五反田のあたりも大きく変わった。私が学生のころだったろうか、五反田の駅の近くには、「三業」の看板がかかっていたものである。歓楽街としての五反田を象徴するものだろう。

その五反田の町工場の盛衰が、この本では語られる。五反田の町工場から見た日本の近代の一面と言っていいだろうか。

そから、印象に残るのが、満州への移民が多く東京、それも五反田界隈から出ていること。その顛末は、この本に詳しい。

また、東京の空襲のことも書いてある。目黒あたりの空襲のことは、例えば向田邦子がエッセイに書いている。また、山田風太郎も『戦中派不戦日記』で記している。その空襲のありさまと、そのときに人びとはどのように感じ、考え、行動したか……このあたりの記述は非常に興味深い。

このようなところを読むと、大佛次郎賞に納得がいく。

第二に、左翼的な立場について。

著者は、反体制的左翼の立場にたって書いている。このことを悪いともいいとも思わないが、しかし、今の時代となっては、ほとんど絶滅危惧種のような左翼的発想に、読み始めは辟易するところもないではないが、読み進めていくにしたがって、よく今の時代にこんな考えの持ち主が生き残っていたものかと、感心してしまう。これはこれとして、絵に描いたような古典的左翼の標本のような文章になっている。

以上の二点が、この本を読んで思うところである。

東京に行っても、目黒も五反田も変わってしまった。私が住んでいたのは、いまから半世紀も前のことになる。その当時の街の光景とはがらりと変わってしまった。街の記憶の物語として、この本は読まれていくことだろうと思う。

2022年12月25日記