おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 漆工芸家 角偉三郎」2026-02-17

2026年2月17日 當山日出夫

おとなのEテレタイムマシン「土曜美の朝 漆工芸家 角偉三郎」

1994年の放送である。

ちょっとだけ映っていたが、昔の輪島の街は、風情のあるいい街である。

なかで言っていたこと……材料、道具、作り手、使い手、自然、これらが合わさって一つの仕事になる。そして、その仕事として生み出されるものについて、自分は、作家ではなく、職人である、と言っていたのが、印象に残る。

食器は、実際に、それに食べるものを入れて、食事のときに使ってみて価値がある。番組の中では、民芸、ということばは使っていなかったが、どこか通じるところもあり、あるいは、柳宗悦とは違う考え方でもあるように感じる。

伝統工芸という場合、出来上がった作品に目がいきがちであるが、それを作るための道具を作るのも、また職人の仕事である。漆塗りの場合であれば、木から漆を採取する職人の仕事があり、またそのために表面に傷をつける特製の鎌も必要である。(この鎌を作る職人が、今ではもういないという話しを目にした記憶があるのだが、はたしてどうなのだろうか。)

柳田国男が書いていることを思うと、漆器が、日常生活の食事につかわれるようになったとして、それが、どのような人びとの生活の感覚に影響をおよぼすことになったのだろうか、こんなことを思ってみたことになる。

2026年2月11日記

ハイケン内見 〜世界の町で部屋探し〜「イスタンブール」2026-02-17

2026年2月17日 當山日出夫

ハイケン内見 〜世界の町で部屋探し〜「イスタンブール」

トルコのイスタンブールである。このシリーズが、そういう作り方をしているということなのだが、その地方のローカルな住まいというのは、基本的に出てこない。住まい、それから、生活のスタイルとしては、現代の一般的な欧米風の近代的な生活様式ということで作ってある。

社会階層から見ると、上流から中流の人びとということになる。私としては、一般の人びと、できれば、下層(ということにするが)の人びとの、地域に密着した生活を知りたいところであるが、しかし、こういう生活では、不動産物件の内見ということが、たぶんないだろうから番組にならない、ということなのかと思う。

一番興味深かったのは、ネコ。ネコ注意の標識がある。家の中でネコを飼っていて、勝手に外に出ないように網がある。これは、日本だと逆である。日本だと、ネコが外に自由に出入りできるように、ドアとか窓に工夫をするところかと思う。(これも、最近のマンション暮らしでネコを飼うとなると、外に出ないように気をつかわなければならなくなっているようだが。我が家のネコは、自由に外に出かける。家の屋根の上で鳴いたら、窓を開けてもらえるものと思っている。夜中でも、ネコの鳴き声が聞こえたら、起きて窓を開けてあげないといけない。ネコの飼い主は、大変なのである。)

バスルームに、必ずしもバスタブ(日本風にいえば、風呂桶)が必要ということではない。シャワーだけで十分。こういうところは、今の日本とは違う。日本でも、少し前までは、都市部の住宅で風呂が無いのがあたりまえで、銭湯がたくさんあった。それが、急速に風呂付き住宅が増えて、銭湯が姿を消していった。)

郊外の住宅で、セキュリティ重視の物件がある。これは、こういうことを重視する人がいるからにちがいないが、いったい、今のイスタンブールの一般的な治安は、どんな感じなのだろうか。

海岸沿いに建つ豪邸は、相当のお金持ちの住まいになるが、どういうことで財をなした人たちなのだろうか。世の中にお金持ちがいることは、そういうことだと思うけれど、どういう仕事で稼いだのかということは気になる。

アザーンの声は聞こえてくるのだが、ほとんどイスラムにかかわることはふくめていなかった。実際の生活としては、モスクとの距離とか、いろいろとあるだろうと思うのだが。

2026年2月13日記

新日本風土記「尾道秋冬 心もよう」2026-02-17

2026年2月17日 當山日出夫

新日本風土記「尾道秋冬 心もよう」

見ながら思ったことを書いておく。はっきりいって、尾道の街の将来は、どうなのだろうかと思ったところである。

尾道のことを語るとしても、本四連絡橋の尾道今治ルート(しまなみ海道)のことにまったく触れないというのは、どことなく偽善的欺瞞的な感じがする。橋と高速道路の開通によって、尾道は、瀬戸内海の物流拠点の意味を失って、通過する町になってしまった……こういうことを語るのは、別に残酷なことでもないと思うが。

映画や小説で、尾道は描かれてきた。『東京物語』(小津安二郎)や、大林宣彦監督作品は、あまりに有名である。だが、神社の階段が映っていなかったのは、ことさら映す必要がないと思ったのか、もう今の若い人には通じないことであると判断してのことだったのか。『放浪記』(林芙美子)は、何度か読んでいる。これも、初出のバージョンと、その後の単行本での各種の版とで、かなり違うので、どの版ではというべきことになる。『暗夜行路』(志賀直哉)にも、尾道は出てくるのだが、もう志賀直哉は、読まれる作家ではなくなってしまったといえるかもしれない。

一日に10人のお客さんのために、銭湯を営業しているというのは、古風な街の美談ではあるが、ビジネスとしてはなりたたないだろう。あえて残酷にいえば……このような善意の商売があるから、街はすたれていく、と逆説的に見ることできるだろう。

だからといって、観光や漁業に、これからの活路を見出せるかとなると、かなり厳しいかもしれない。番組の中で出てきたことでは、島の分葱農家ぐらいしか、将来性のある(かもしれない)仕事は出てきていない。

造船がすたれ、漁業も難しいとなると、さて、尾道のこれからはどう考えることになるだろうか。

しかし、坂道のことさえ苦にしなければ、風光明媚で温暖で住みやすい環境だろうと思うので、移住してくる人が増える可能性はあるかと思える。要は、仕事があるかどうか、ということになるが、これは、日本全体での産業と経済の構造の問題だから、尾道だけでを見てどうこうということはできないとは、思うが。

高等学校のピアノは、貴重である。だが、これのメンテナンスは、難しいかもしれない。(古いピアノは、鍵盤に象牙が使ってあったりすることがあるので、修理が難しい。番組で出てきたピアノは、どうだろうか。)

魚屋さんや食料品店のような地域密着型の小さな商売であれば、これからもなんとかなるだろうか。だが、これも、大手のスーパーなどの、配達サービスが普及することになるかもしれないことを考えると、将来的に、どうだろうかという気はするが。しかし、値段のことよりも、あの店から買う、という昔ながらの生活の価値観があるうちは大丈夫だろう。こういう生活の感覚が、いつまで残るだろうかということである。

海峡の夕陽の絵がとてもいい。夕陽の太陽の色、それが、海面に映った色、これが違っている。同じ色にしていない。観察と色彩の感性が、非常にいい。

幼稚園の子どもの数が減っているということは、人口減少が急激に進んでいるということに他ならない。それでも、坂道を通う子どもたちの姿は、ほほえましい。

興味深かったのは、戦後のしばらくまで残っていた、海に生活する人びとのこと。今では、無くなってしまったことだが、かつては、海の船で日常生活を送る人びとがいた。こういうことの記録……今のことばでいえば、生活誌、生活史……については、今が、話を聞いて書きとどめておくことのできる、最後の時期にちがいない。(宮本常一などの仕事のある領域になるが。)

番組では特にふれることはなく、最後の、ゴミの収集のところで集約的に表現していたことになるが、坂道だらけの街の生活インフラは、これからどうやって維持することになるのだろうか。電気や通信はなんとなるとしても、上下水道の維持管理のコストは、これからの地域の大きな負担になるかと思われる。今の時代だと、軽トラックが入れないような土地について、建物の解体も建築も難しいだろう。

坂道の上に昔は幼稚園が三つあった。それが、今では一つということである。それだけ、人口が減少していることになる。当然、空き家も多いだろう。坂道の上にあるエリアの空き家は、いったいどうなるだろうか。おそらく、今の状態として、かなりあるだろうと推測するのだが。解体しようにも、そのコストは、非常に高いものになる。少なくとも軽トラックが入れないようなところの家の、維持も解体も建設も、ものすごく難しい。

あえていえば、このような仕事の労働力になるのは、安価な移民労働者ということになるかもしれないのだが、こういうことは、日本という国の選択として妥当なことなのだろうか。見終わって、こういうことを思うことになった。

2026年2月10日記