「試される“アメリカの民主主義”」2024-06-22

2024年6月22日 當山日出夫

BS世界のドキュメンタリー
「試される“アメリカの民主主義” 前編:議会乱入事件 被告になった大統領」
「試される“アメリカの民主主義” 後編:議会乱入当日 大統領は何を」

二〇二四年、アメリカの制作。

録画しておいて、続けて見た。

アメリカのトランプ前大統領については、いろいろ考えるべきことがある。まず、なぜ、今のアメリカでトランプ支持が熱狂的に高まっているのか、このことについては、さまざまに解説されてきている。

番組は、二〇二一年のアメリカでの議会乱入事件について、トランプがどのようにかかわったのか、何をしたのか、あるいは、何をしなかったのか、ということを、議会の特別委員会での公聴会を軸に描いている。番組としては、トランプに批判的な立場から作ったものではあるが、なるほど、トランプとはこのような人物なのかと改めて思ったところがある。

ただ、見ていて思ったことしては、トランプのこととは別にアメリカの人びとの意識ということが印象に残った。

「法の支配」ということばをこのごろよく目にする。日本のニュースなどで、開かれたインド太平洋における法の支配、というような使われ方をする。

この番組で、何度か「法の支配」ということばが出てきていた。これは、言いかえれば憲法を遵守するということである。なるほどアメリカ人の意識する法の支配とはこういう感覚のことなのか、と思った。

言うまでもなくアメリカは、移民が建国した国である。独立するにあたって、憲法をさだめ、憲法のもとにあつまった人びとがアメリカという国を作ってきた。その精神的な伝統は、今につながっている。法の支配、それから、国家に対する忠誠心というものが、公聴会で語る人びとには、強く感じられた。

これは、おそらく今の日本にはないものである。日本の政治家は無論のこととして、一般の国民においても、法の支配と国家への忠誠心は希薄といっていい。なかには、護憲派という人もいるが、しかし、それは反体制、政府批判のためにその主張をしえいるのであって、法の支配という価値観を強く内面化しているものとは言いがたい。

また、公聴会で宣誓して証言するするということの重みを感じるシーンもあった。これは、日本の国会での証人喚問や参考人質疑などとは、まったく次元の違った緊張感を感じさせる。日本では国会での証人喚問で嘘をついても、さして倫理的に負い目を感じるということはないであろう。むしろ、省庁や企業や党のために、ウソをついてでも頑張ったという感じかもしれない。こういう政治にかかわる場面での意識の違い……国家のためにウソをついてはいけない……これは、民主主義とは、このような感覚を基本にしてなりたっているものかと、強く感じるところがある。

民主主義をなりたたせるための、人びとの政治や国家というものへの意識のあり方ということが、非常に印象にのこる番組であった。そのように編集して作ったということもあるのだろうが、しかし、このような価値観が人びとに広く共有されていなければ、作ることもできない。

2024年6月21日記

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