原点は井戸端会議 ― 2009-07-07
2009/07/07 當山日出夫
インターネットの時代だ、フラットな時代になった、クラウドが来る・・・といっても、そもそも、インターネット上のコミュニケーションは、所詮、井戸端会議、といって悪ければ、円卓会議のようなものだと思っている。
これは、昔、パソコン通信のときからの持論である。
数名~十数名なら、井戸端会議(円卓会議)も可能。しかし、直径、100メートルもある井戸(でなければ、もう池とか)では、井戸端会議は不可能。個々の井戸端会議と、他のその他の井戸端会議をつなぐシステムが必要。
実は、これが、インターネットではないのか。ネットワークのネットワーク。これが、あまりに巨大になりすぎたので、ゆりもどしがおこって、小さなSNSなどに回帰している。
だが、原点は、井戸端会議(それがバーチャルなところであっても)であることを自覚して、新しいコミュニケーションと、プラットフォームを考えたい。
リアルに人と人があつまる研究会・学会でも、数百人以上になり、また、出来てから一世代もたつと、昔の、井戸端会議の発想が通用しなくなる。
というような懐古譚から、これからのことを考える。
當山日出夫(とうやまひでお)
インターネットの時代だ、フラットな時代になった、クラウドが来る・・・といっても、そもそも、インターネット上のコミュニケーションは、所詮、井戸端会議、といって悪ければ、円卓会議のようなものだと思っている。
これは、昔、パソコン通信のときからの持論である。
数名~十数名なら、井戸端会議(円卓会議)も可能。しかし、直径、100メートルもある井戸(でなければ、もう池とか)では、井戸端会議は不可能。個々の井戸端会議と、他のその他の井戸端会議をつなぐシステムが必要。
実は、これが、インターネットではないのか。ネットワークのネットワーク。これが、あまりに巨大になりすぎたので、ゆりもどしがおこって、小さなSNSなどに回帰している。
だが、原点は、井戸端会議(それがバーチャルなところであっても)であることを自覚して、新しいコミュニケーションと、プラットフォームを考えたい。
リアルに人と人があつまる研究会・学会でも、数百人以上になり、また、出来てから一世代もたつと、昔の、井戸端会議の発想が通用しなくなる。
というような懐古譚から、これからのことを考える。
當山日出夫(とうやまひでお)
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