『居酒屋』ゾラ2017-07-13

2017-07-13 當山日出夫(とうやまひでお)

ゾラ.古賀照一(訳).『居酒屋』(新潮文庫).新潮社.1970(2006.改版)
http://www.shinchosha.co.jp/book/211603/

今、新潮文庫で読めるゾラの作品は、『居酒屋』と『ナナ』だけのようである。検索してみると、文庫本で短編集が他にいくつかある。それから、『ジェルミナール』の岩波文庫版もある。これは、中央公論の「世界の文学」の中にもはいっている。

さて、この『居酒屋』であるが、文学史的に基本的なことを書いておけば、「ルーゴン・マッカール叢書」という一群の作品の一つ。1877年の刊行。19世紀、フランス自然主義文学の一つ、ということになる。

自分自身が、大学で、文学部国文科というところを出ているので、フランス自然主義文学というものには、何かしら、ちょっとした思い入れのようなものがある。日本の近代文学に与えた影響ということで、読んでおかねばならない作品であると意識すると同時に、なんだか敷居の高いような感じがしてきた。

そして、このゾラの作品も、これまで、なんとなく読まずに過ごしてきたのだが、読んでおきたくなって読んでみた。まず『居酒屋』から読んで、次に『ナナ』と読んだ。系図的には、母親と娘がそれぞれの主人公になる。だが、作品としては、完全に独立している。

私の好みとしては、この『居酒屋』の方が、文学作品、小説として、完成度が高いように感じる。『ナナ』について、別に書いてみたい。

『居酒屋』は、19世紀のパリの下層階級、職人階級の物語である。主人公は、ジェルヴェーズという洗濯女。男に捨てられ、それでも、子供を育てるために、結婚して、必死に働く。ようやく自分の店(洗濯屋)ひらいて、これからまともな生活になろうかというときに、昔の男(ランチエ)がもどってくる。そして、それから、彼女の生活の転落がはじまる。

大雑把な筋道はいたって簡単である。そこに、当時のパリの下層階級、特に職人たちの様々な生活が、詳細に記述されている。それは、現代の21世紀の我々の目から見れば、悲惨な生活かもしれないし、しかし、その中に充実した生活の喜びもまたある。この作品は、主人公のジェルヴェーズによりそいながら、その周りの人びと(職人たち)の生活の悲喜こもごもを、リアルな筆致で綿密に描写してある。

最後、主人公の人生は破綻していくことになるのであるが、それをリアルにおっていく。読んでいくと、その生きている姿に、やはり文学的感銘をうける作品である、といえよう。

近代、19世紀のヨーロッパの都市、パリにおける、下層階級、職人階級の生活をリアルに描写してあるこの作品は、それだけで、ある意味で、歴史的な証言にもなっている。登場人物たちの生活は決して恵まれているというわけではないのだが、その描写は、実に生き生きとしている。生活のちからがみなぎっている。みんな死に物狂いで働き、そして、よろこび、かなしんでいる。読んでいくと、小説中の人びとの生活感覚のなかに、はいりこんでいくような感じがする。

このような生活が、近代のヨーロッパの下層階級の市民なのだな、と深く感じるところがある。この意味では、『ブッデンブローク家の人びと』(トーマス・マン)が、ドイツを舞台にして、裕福な市民階層の物語であるのと、きわめて対照的である。とはいえ、『ブッデンブローク家の人びと』を面白く読むことができたならば、この『居酒屋』も、同じように面白く読むことができるにちがない。

文学的感動の普遍性……などというと大げさであるが、そのようなものをこの『居酒屋』に感じ取ることができるだろう。

19世紀、フランスの自然主義文学のリアリズムの目が、日本の近代文学にどのように影響を与えたか、受容されたか、これは、日本近代文学史の重要なテーマになる。このことについては、改めて書いてみたい。

追記 2017-07-15
この続きは、
やまもも書斎記 2017年5月15日
『居酒屋』ゾラ(その二)
http://yamamomo.asablo.jp/blog/2017/07/15/8620613