『地下室の手記』光文社古典新訳文庫2019-01-28

2019-01-28 當山日出夫(とうやまひでお)

地下室の手記

ドストエフスキー.安岡治子(訳).『地下室の手記』(光文社古典新訳文庫).2007
http://www.kotensinyaku.jp/books/book28.html

光文社の古典新訳文庫版でドストエフスキーの長編……『白痴』『罪と罰』『カラマーゾフの兄弟』『悪霊』……を読んで、次に何を読もうかとおもって、ふと読んでみたのだが、読み始めて思わずに作品世界の中に没入してしまっている自分に気付いた。なんと魅力的な文学世界であろうか。

特に、その「Ⅰ」の「地下室」にひかれる。

世界から疎外された人間の孤独感と苦痛……特に精神的な苦痛を感じていることに、逆説的に快楽を感じてしまう、屈折した人間心理をえぐりだしている。これまでドストエフスキーは長編作品を主に読んできた。この作品、実は未読の本であった。長編のいくつかを何度か繰り返し読んでみた後で読んだせいかもしれないが、新たなドストエフスキーの魅力が分かったような気がする。

「Ⅰ」の「地下室」が、苦痛に快楽を感じてしまう人間の心理を描写したものとして、「Ⅱ」の「ぼた雪に寄せて」は、そのような人間を、さらに突き放して、諧謔的に描き出している。

ここに、私は、ドストエフスキーの文学者としての天分を見る。ここまで人間というものの本質を見つめる文学は、他に類を見ないのではないだろうか。全部で200ページほどの短い作品であるが、その作品世界の中に魅入られてしまうような感覚を感じる。

文学が人間というものを描くとするならば、『地下室の手記』は、その到達点に位置する作品である。

現代、この世界においては……スマホ(あるいはパソコン)とインターネットで世界とつながっていながら、同時に、世界から疎外されている人間のあり方というものがある……この作品は、十九世紀に書かれたものであるが、二十一世紀の今日の世界の黙示録のようではないか。